五 河童の腕
笙明一行は妖を求めて下野国にやってきた。草むらが続く平野は近くに住む貴族が鷹狩りをする名所であった。
しかし疫病のためそれもなく、彼らは東山道を東へ進んでいた。
妖隊であるが一年後にやってきた彼らはなかなか妖にお目にかかれずにいた。結果、山奥へ進み人里離れるという悪路の旅を続けていた。
こんな彼らは寄せ集めの期待外れの隊である。お家のために必死に退治せずとも良かったが、妖娘の澪が察知する力と、笙明のそれを引きつける力により妖を滅し続けていた。
そんな彼らは妖隊を司る天領庁管轄の宇津宮神社で一息ついていた。
「おお?これは八田様。私は都から参った三峰神社の者です」
「お勤めご苦労様でございます」
「私は夕水様にお会いしたことがあります」
都の若き伝令係は栗松と名乗った。彼は笙明を前に興奮していた。
「ああ。嬉しや。都ではあなた様のご武運が伝わっておりますよ」
「そうでありますか」
「もちろんです。そして、こちらが妖の盾、豪腕の龍牙殿ですな」
「あ、ああ」
「お会い出来るとは?そして、こちらが都の懐刀、天狗の篠様」
「そんな名前がついているの?」
栗松は頬を染めて三人に見惚れていた。そこに澪がひょこと顔を出した。
「八田様。こちらの娘御は?」
「ああ。そ、それは」
ここで篠がさっと間に入った。
「この娘さんは妖につけ狙われている気の毒な方だ」
さらに龍牙がこれに続いた。
「左様。拙者達は安全な地までご案内をしておるのだ」
「何の事?」
ここで笙明が優しく澪の手を取った。
「そういうわけです。それよりも栗松殿。都の話を聞かせてくだされ」
そういって三人は栗松を奥の座敷に連れて行った。
この夜。三人は神社から出された食事を囲んでいた。
「おお。酒だ」
「龍牙。程々にしてよ」
「案ずるな。心得ておる」
しかし。先の村の祭りでいい気になって大酒を飲んだ龍牙を知っている篠は、疑いの眼で彼を見ていた。
その間。笙明は栗松と都の話で盛り上がっていた。
「そうですか。結界の仮社の仮の社を」
「はい。晴臣様の策と知られています」
「石の社とは。早く見てみたいものよ」
懐かしく酒を飲む彼に、栗松は目を細めた。
「それよりも。私も退治に参加したかったです。貴方様が羨ましい」
「ははは。今からでもいかがですかな?」
こんな彼は八田家に伝言はないか尋ねてきた。
「夕水様に何かございませぬか」
「あるな。父上に申したいことが」
先の蛇になった女の話をしたかったが、真面目な父の不始末に彼は笑みをたたえた。
「父上のおかげで退治が
「わかり申した。ところで、良いですか」
「何か」
栗松は心配そうに澪の姿が見えない事を尋ねてきた。
「ああ、良いのです。あれは静かな所が好きなので。別で休んでおります」
「そうですか。お一人で良いのですか」
「あれは骨のある娘でして」
「笙明様がそう申されるのなら良いのですか。大変お美しい方なので心配になります」
「……」
今頃は夜の草原で伸び伸びと飛んでいる鷺娘の彼女を気にしている栗松に、彼は黙って酒を飲んでいた。
この時、廊下を慌ただしく歩く音がしてきた。
「恐れ入ります。栗松様」
「いかがした」
「河童の腕をどうしましょうか」
神社の神職の困った顔に、笙明も栗松を見た。
「そうか。それがあったか」
夏の夜に怪しい風が吹いてきていた。
「河童の腕?」
「そうなのです」
栗松の話によると、村人が田を荒らす河童を捕まえたが河童は腕を残し、逃げたという。
「この腕に妖の気配があるかも知れぬというので。この神社で預かっておったのですが。ここでも扱いに困っておるようで」
「うわ。まだ生きているようだよ」
腐食する気配のない腕を囲んだ一同はじっとこれを見ていた。
「……これはいつ、ここに?」
篠と龍牙の問いに、栗松は首を傾げた。
「三日前に届いたそうで。いかがでしょう、笙明様」
そんな中、彼はそっと河童の腕に手をかざした。
「……この腕からは妖気を感じるが、弱いな」
本体は魔物かも知れぬという彼の低い声に、一堂は顔を見合わせていた。
その時、庭から奇怪な声がしてきた。
この席に外から大量の蛙が来襲してきた。
続く
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