四 亀石
「それでは重ねて話をする」
夕水は息子達を前に話をした。
帝の呪いを外し、妖の塊である亀石にこれを封じる策を講じた。
「まずは帝の呪いを解く。今は妖隊のおかげで帝の中の呪いが減っていると思われる」
「そうですね。それに弱まっていると思います」
「油断はできぬぞ」
晴臣と弦翠の後に、紀章が続けた。
「父上。お聞きしますが、その呪いは全て亀石に入るのでしょうか」
「私もそれを気にしている」
溢れ出た呪いが再び悪夢を起こさぬか、夕水も恐れがあると話した。彼らは帝の中の呪いがどれほどなのか把握できずにいた。
「それに、亀石に入る妖力の数もわからぬ」
「……恐れ入ります。それにはこれが」
立ち会った加志目は目録を出した。
「これは亀石に使った妖の塊の内訳です。大きさにかからず四十九の石からなります」
「およそ四十九体の妖を収めることができるというのか」
「理屈ではそうなります」
この言葉に、晴臣はその数だけ封じれば良いと話した。弦翠はできないと話した。紀章はできる策を考えようと言った。父は続けた。
「それにだ。いざ呪いを解くと一気に吹き出すかもしれぬ。一体ずつ体から引き抜くのは至難の技だ」
「……」
考え込んでいる加志目を見て弦翠は話してみろと言った。
「私は笙明様の退治の書を思い出しておりました」
彼は妖退治の報告書を全て読んでいた。
「妖とは言っても鬼のような化け物も居れば、動物、死人もおるようですが。笙明様はまず本体を斬ってから妖を退治しておるとのこと」
「まさか……お前は帝を斬れと申すのか」
驚く弦翠に加志目は違うと遮った。
「しかし。肉体をそのままに妖を出す術は何かと思案しておりました」
ここで晴臣が口を開いた。
「確かに。帝を苦しめねば妖は出て来ぬぞ」
「では兄上。その傷具合で出てくる妖の数が絞れるのではないですか」
紀章の言葉に一同は鎮まった。
「仮にです。右腕を痛めればその数だけしか妖は出て来ぬではないでしょうか」
「紀章の話も一理あるが。皆はどうだ」
すると弦翠が続けた。
「傷の箇所というよりも。痛みの度合いであろう。軽ければ少ししか出ないかも知れぬ」
これに晴臣が続けた。
「痛みならばこちらで加減ができます。これなら妖の数を調整できます」
「……それしかないか。帝様には申し訳ないが」
こうして策は立てられて行った。
やがて祈祷の日となった。妖力が緩む満月の夜。結界の張られた部屋で帝は苦しみ出した。血を流すと決めたのは若帝本人であった。
薄い傷がつけられた細い背からは赤々と血が流れていた。この傷に、夕水は呪文を流して行った。すると傷からドロドロと黒い塊が流れ出てきた。
白装束の八田陰陽師達は呪文を唱え続けていた。苦しむ帝を他所に彼らが続けると黒い塊が煙となっていった。部屋中を立ち込める黒い煙。ここで数を数えていた加志目が傷を塞ぎ彼らに合図を出した。
彼らは一気にこれを亀石に封印し始めた。
暑い部屋。吸い込まれるように入っていく黒い煙。陰陽師達は息もつかず必死に念じていた。やがてジリジリと亀石を囲むように迫る陰陽師達は、これで最後の煙を封じていた。
しかし。
ここで帝が咳をした。口からは黒い塊が出てきた。塊は彼らの術によって煙となり部屋に蔓延していた。
すでに規定数を封じている彼らは加志目を見た。
「加志目。これはいかが致す」
「これも亀石に!」
「わかった」
夕水達はこれも封じたのだった。
「終わったか」
「ああ。みろ、亀石の色が」
「は、はあ。真っ黒だ」
晴臣、弦翠、そして紀章は渾身付きて床に座っていた。
「それよりも加志目。お前は数を間違えたのか」
晴臣の声に、汗だくの加志目は微笑んだ。
「そうなりますね。私は四十九と申しましたが、後で考えたらあの亀の分があったのです」
「なるほど。亀に感謝せねば」
「帝様。いかがでございますか」
「ああ。少し、楽になったぞ」
背の傷を手当てする若帝はそう微笑んだ。
「口の中が血の味がする。しばらく味覚もなかったのだな」
「力及ばず今はこれのみですが、いずれは御身の呪詛を必ず滅しましょう」
「ああ。背が痛むがこれもまたよしと致すか」
「……帝様。暫し我に」
ここで晴臣が念をかけ、傷を封じた。これで出血は止まった。
「完全ではありませんが」
「良い。皆に感謝する。それと」
帝はニコと亀石に微笑んだ。
「亀よ。そなたに礼を申す。では」
こうして若帝は退室したのだった。
「うう……」
「どうした加志目?」
「亀が、亀が」
驚く弦翠が見ると彼は帝に礼を言ってもらった亀石に感動して涙していた。
「なんだ。お前はあやつを虐めていたのではないか」
「虐めていたのは晴臣様です。自分は可愛がっておりました」
これには晴臣が眉を潜めた。
「それは嘘だ。お前だって餌を」
「それは命令でやむを得ずです」
「いいから。封印して帰ろう」
「紀章の話す通りじゃ」
八田陰陽師は亀石に妖を封じ込めた。
結界の中の石はどこか笑っている様子だった。都の夏の夜、蛙の鳴く夜は賑やかに過ぎて行ったのだった。
「亀石」完
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