三 疫鬼を退く
「帝のご様子はいかがで御座いますか」
「調子が良い時もあるが、まだ伏せっておいでじゃ」
右大臣の話を八田夕水は首を垂れて聞いていた。
八田家陰陽師の封印により現在の城の鬼門は仮の石社にて守られていた。城内の妖はもちろん払拭されており。今は帝のかけられた呪詛が残っている状態であった。
天代宗の僧侶が一度祓うと申し出たが、それも立ち消えていた。
地方に散った妖は妖隊にて退治が進んでいるが、帝にかけられた呪いは数多くの僧侶が神官が祓ってきたが、一向に効果がなかった。
「天満宮の八田もお手上げではのう」
「右大臣様。決してそうではございませぬ。これは妖の根源を絶たねば」
「わかっておる。祈祷が効かぬのはもうわかった」
帝の呪詛。これは帝の躰に妖が呪いをかけているものと夕水は見立てていた。よって呪いをかけた妖を退治せねば、滅することは困難と当初から申し出ていた。
しかしこれを聞き入れぬ僧侶、神職関係者はこぞって帝を祈祷し、これにより帝が疲弊しているとようやく右大臣も省みていた。
「しかし。それはいつまで続くのだ?もう帝の苦しみを見ておれぬ」
「……妖隊の書状を見て参ります」
右大臣の嘆きに首を垂れた夕水は、天領隊の詰所に立ち寄り、話を聞きに行った。
「八田様。これが今の妖隊の書状です」
「これは、妖の塊か?」
全国から集められた妖隊の書には、妖の塊が添えられていた。これらを扱う神職達は、それぞれに祓いを掛けていた。清められた塊の一つを夕水は手に取っていた。
「八田様。それは笙明殿が送ってきたものです」
「あいつが?これは何の妖だ」
「それは……桜の精とありますな」
「美しいものだ。このような妖もおるのだな」
妖気はないが、桜色の石を夕水は目を細めて見ていた。彼は息子の書状を読んだ。
そこには桜の大樹が妖の塊を取って欲しいと懇願してきたことが書いてあった。
「我々はこれらは妖が欲しがるものと思っておりましたあが、決してそうではないようですな」
「……これを借りて良いか?息子の書も」
「どうぞ」
夕水はこれらを携えて天満宮に戻ってきた。
黒い床の静かな御堂。聞こえるのは風の音。聞こえるのは己の心臓の音。集中の世界で夕水は体の深いところで己に問いかけていた。
……帝の呪い、妖の塊……
呪いは妖が掛けたもの。塊はその形。
……『桜の大樹、これを取れと我に懇願す』……
清い桜には、毒。帝にも、毒。
……『桜、これ外せば蘇ると我に懇願す』……
外す。塊を、帝から。どうやって?
この日。夕水は堂から出ることはなかった。
翌朝。
彼が母屋に顔を出すと、そこには薄汚れた男達がいた。
「おお。帰ったか」
「変わりはないようですね」
「いや。疲れ申した」
晴臣と弦翠は衣を着替えるところであった。そこへ加志目が入ってきた。
「夕水様。妖を滅したので、これを」
「加志目。ご苦労であった。それにしても」
あの生真面目な晴臣が外遊びから帰った少年のように生き生きとし、弦翠はそんな兄と珍しく気を寄せていた。
「いかがしました。父上。そのような顔で」
「息子の顔をお忘れか?」
「いや。その、お前達」
此度の退治の旅。自分を見つめる二人の息子の成長になったことに父は心奮わせていた。
「いや何。お前達が泥だらけなのでな。つい、昔を思い出しただけだ」
しかし、彼らの妖の塊を掴んだ夕水は、二人の息子に相談があると夜の席に呼び寄せた。
「そうか。天代宗が妨害を」
「左様。なので西の国の妖が進まぬのです」
晴臣の話す退治の話に夕水は顔に影を見せた。
「でも兄者はやりすぎだ?鬼の首を飛ばすなど」
「そうか。あれでもぬるいと思っておったがな」
呆れる弦翠であったが、晴臣は嬉しそうに酒を飲んだ。三人で話す席。夕水は笙明の桜の精樹の話をした。
「ほう?それは桜の精が自ら塊を除いて欲しいと申したのですか。興味深い」
「そうなのだ。それで笙明は取ってやったと言うことだ」
「それはどうなったですか」
夕水は弦翠に書を見せ内容を話した。
「これよると、この木は元々寿命で死にかけだったのだな。しかし、取った途端、死んだわけではないのだ」
そう言って夕水は桜色の塊を晴臣に渡した。彼は目を細めていた。
「……美しい石だ。大方。妖力で寿命が伸びていたんだろう。どんな花か見て見たかったな」
「兄者。ここには『震えるほどの狂い咲き』とあるぞ」
「ほう。彼奴にしてはよく書いたものだ」
「二人とも。よく聞いて欲しい。これは重要なことだ」
ここで夕水は息子は話をした。息子達は黙って聞いていた。
翌朝。
三人は動き出した。
「この妖の塊に、妖気を移すわけだろう。果たして入るのかな」
「大きさもあるが、相性もある」
「相性か。なるほど」
一晩考えた三人は各々の意見を出していた。
帝の中の妖気を妖の塊に移せないか、という試みに三人は知恵を絞っていた。
晴臣は同じ系統の妖の塊を使うのがよいと言った。
「蛇は蛇、鬼は鬼で」
「一つ一つか。そうなると帝の呪いを調べなくてはならないな」
「一つや二つでは効かぬ。百はあると思わねば」
目の前に置かれた桜の妖の塊。父の言葉に二人はじっとこれを見ていた。ここに付き添った加志目が問うた。
「晴臣様は、一つの塊に一つの妖気を入れるおつもりですか」
「ああ」
「兄者の話だと、例えば帝の周りに塊を置き、払ったものをそれぞれの中に入れ封印をする」
「……無理だな。それは」
帝の体から追い出しすが必死で、それぞれの石を封印するまではできぬと夕水は言った。
「それもそうだな。では少しずつ祓うしかない」
「できるか?そんなこと。祓えるのかもまだわからぬのに」
そこで加志目は桜色の塊をそっと手にした。
「……これが大きければ、一度に入るのに」
「今、なんと申した」
「え」
晴臣は加志目の襟を掴んだ。
「申せ。今なんと」
「お、大きければ、よい、と」
「兄者?」
「晴臣。一体」
「……貸せ!それを」
晴臣は加志目から奪うと桜色の塊を見つめた。
「そうか……そうだな、笙明よ。なるほどな」
笑顔の晴臣はそっと三人に向かった。
「これを大きくするのだ」
「どうやって?合わせてもくっつくものではない」
「それは……桜の木に関係あるのか」
「はい。父上」
晴臣は、妖の中に塊を入れて、塊を合わせると言い出した。
「まずはやって見ましょう」
「でも、どうやって?それに妖に入れるのは危険だ」
「弦翠よ。もう手段を選んでおる場合ではないのだ」
こうして八田陰陽師は妖の塊を合わせることにした。早速老木にこれを複数入れ様子を見たが、なんら動きがなかった。妖気が強くないと不可能だと気づいた彼らは、ある実験をすることにした。
「これがよいかと」
「おお?見事な亀だ」
「紀章様が見つけてくださいました」
沼に住んでいた亀。魔物ではなかったが、歳を取り妖気を漂わせていた。彼らはこれにさらに呪かけ、亀を妖に仕上げていった。
そんな亀に彼らは妖の塊を飲ませた。鈍い亀は眼をギラつかせ毒を吐くようになっていった。世話係の加志目はさらに塊を飲ませて行った。晴臣は亀を虐め、殺さぬように嬲っていた。
餌は生命を維持する限界の量。こうして育てた亀は天領庁に保管されていたすべての塊を飲んでいた。
「加志目。亀の様子はどうだ」
「そろそろ時期ですね」
「……ん。今なんか音がしなかったか?」
弦翠と加志目が様子を見に行くと、檻が壊されていた。
「逃げました」
「では。もう此奴をやっていいのだな」
どこか嬉しそうな弦翠は袖をめくり韻を唱えようとした。しかし彼は背後から襲われた。
「うわ!こいつ!俺の足をかじろうとしたな?」
「餌をあげていないので。指をかじられぬようにしてください」
フーフーを息を吐く大亀は、真っ赤な目で弦翠を睨んでいた。
「たぶん。弦翠様を、晴臣様と間違っていますね」
「お前を虐めたのは俺じゃないぞ?くそ」
そんな亀はまた襲ってきた。弦翠は刀で亀を斬ろうとした。
「なんと?斬れぬ?」
「甲羅が硬いのです」
「何を呑気な?加志目!責任を取れ!」
「ふう」
わがままな兄弟とは言わない加志目は抜いた刀を背後に隠しすっと亀の前に立った。
「餌の時間だよ……今日はお前の好きな鶏だ」
「……ぐう……ぐう」
「その前に雀をあげようか。ほら、口を開けて」
そして亀は首を伸ばした。これを加志目は一瞬で裁った。草むらには朱が飛んでいた。
「すまぬ。これも帝のためだ」
「うえ?しかし、これで塊がどうなったか」
「どれ。腹を割って見ましょう」
加志目は気にすること無く亀を解体した。
「……これですね。ああ、くっついています」
「すごいな?形は悪いがな」
血みどろの腹から取り出した溶岩石のような拳二つほどの大きさの石は、白地に黒い斑が入っていた。
「まるで亀のような形です。これで帝様のお祓いができますね」
「そうだが、加志目よ」
「?なんですか」
「よくやった」
「……それは、この亀におっしゃって下さい」
天満宮の庭には夏の風が心地よく吹いていたのだった、
弦翠は晴臣とこれを清め真っ白な石にした。
魔妖石「亀石」はこうして誕生したのだった。
「疫鬼を退く」完
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