五 西へ

 大火で焼けた都の城。人々の住まう町は徐々に修復されていた。城は焼失を免れたが、鬼門を守る守護寺が焼失し、現在、新社寺が建設されていた。

だが建設のための材木の不足。それに伴う疫病のため大工の不足で工事は難航していた。

都に雨が降る日。新家屋建設の責任者の八田夕水は、屋敷にてため息をついていた。


「父上。休みをお取りください」

「何を言う。帝が苦しみであり、民が病で伏しているのに。我だけが休むわけには参らぬ」

「……今日は私にお任せ下さい」


 あまりにも自分を追い込んでいる父を見かねた晴臣。母に頼み父を休ませた。そして弟の弦翠を呼んだ。


「父上は責任感が強すぎる。それに仮の社寺は上手く行っておるのに」


結界を張るのが大変だった彼らは小さな石の仮社を作り、今は都の鬼門はこれに任せて建設に専念していた。が、父の心労に悩んでいた。


「兄上。父上は帝のお苦しみが辛いのだ。少し和らいできたようだが」

「あの呪詛は妖の呪い。各地の妖を退治せねば祓えぬものだ」


 鬼門から入ってきた妖は、都を守ろうとした帝に呪いをかけて去って行った。各地に散った妖隊はこの妖を求めて退治をしており、一年が過ぎていた。

陰陽師八田家は末弟の笙明を行かせており、彼から妖を滅していると報告を受けている晴臣であった。


「東の話は聞いておる。西の妖はどうなのだ」

「その事だが」


 帝の側近の弦翠は噂を耳にしたと呟いた。それは前帝の弟の話であった。


「何やら画策しておるようで。きな臭い話ばかり」


彼がいる西の国では妖退治が進んでいないと言う話であった。


「弟帝の指示ということか。これはありそうだ」


「証拠はない。しかし退治が進んで居れば帝はもっと治っているはずだ」


 北と南は遠方で時間がかかるが、東は妖退治が進んでいることを把握している晴臣は、西へ向かった妖隊が、天代宗の隊が多いことが気になっていた。


「兄上?」

「弦翠よ。これは占いをせねばならぬな」


 この後、晴臣は占いをし、西の国の妖気を調べ弦翠に見せた。この見立てに弦翠は眉間に皴を寄せたが、晴臣の顔は涼しかった。


「ここだ。ここに大物がおる。化物だ」

「なぜだ?なぜ皆退治せぬのだ」

「……帝に苦しんで欲しい者がおるのだ」


 そういって彼は立ち上がった。月が綺麗に上がっていた。


「さて。我らも参るか」

「何処に?」

「決まっておる。妖退治ぞ」

「我らで?」


 ああと晴臣は珍しく微笑んでいた。こんな上機嫌の兄を見るのは久しぶりであった。


「しかし。兄者はその、天満宮は?ここはどうします」

「父がおる」

「はあ?」

「良いか。これは我らで内密に出かける」


 目を細めた晴臣はそういって口角をあげたのだった。



◇◇◇


 そんな晴臣は父の許可を取り、弟の玄翠と側近の弟子の陰陽師、加志目かじめを伴い馬を西へ走れせていた。加志目は幼き頃より八田で育った二十歳の若者で、晴臣は頼りにしていた。


「兄上。どこまで参るのです」

「例の妖がおる所までに決まっておる。良いから黙って進め」

「……お二人とも。お気をつけなさいませ」


 従者、加志目の声に晴臣と弦翠は馬を止めた。前方から黒い雲が立ち込めていた。


「あれは……雨か?」


 しかし。この道に生温い風が吹いてきた。

 

「いいえ。あれは竜巻か、砂嵐でございます」

「ほお?妖か。さてさて、どうするか」


加自目の報告に喜ぶ晴臣。弦翠は声を上げた。


「兄者は何を呑気な!」


 一行は馬を走らせ逃げ場を探した。先に街道を走っていた加志目は馬を停めた。。


「どうどう!お二方。あの井戸に入りましょう」

「何を申す?」

「弦翠は黙れ。綱を持て」


 そんな晴臣は馬を降り、道の脇の木の下で馬に暗示をかけた。馬はまるで眠ったかのようにおとなしくなり、地面に横になった。彼は他の二頭も草むらに眠らせた。


「いい子だ。このまま、伏せっておるのだ。さて、弦翠は綱だ」

「俺に何をするんだ?あ」

「黙れ!さあ、井戸に入れ」


 彼らは身を綱に結びこれを木に縛り、井戸に入っていた。井戸の途中に足場を見つけここに立ち、加志目は木の蓋を閉めた。


 途端に頭上では風の轟音がしていた。恐ろしい風が過ぎていたが、井戸の中は静かであった。


「我らを倒そうと。必死なことよ」

「何を呑気な」

「お静かに。風が止みました」


 やがて加志目は蓋を押上げ、先に地上に出た。彼は二人に手を貸し井戸から出した。


「晴臣様。弦翠様。私は馬を見て参ります」

「頼んだ。兄者。これはなんと」

「……何もなくなったか。これは」


 一体は全てをなぎ倒れていた。かろうじて森の木が残っている世界であった。


「ひどい有様じゃ。その大岩はどうしてここに?」

「嵐が運んできたのであろう」


 当たれば死を意味する岩に弦翠は背筋がゾッとしていた。ここに加志目は馬を連れてきた。


「怪我なく無事でございました」

「良かったな。よしよし」

「何もよくないぞ!危うく死ぬところであった」


 怒る弦翠であったが、加志目と晴臣は黒い雲の去った空を見ていた。


「……これは心して掛からねばならぬぞ」

「はい。我らのことを視ておるのかもしれませぬ」

「そうか。これは妖の仕業か。腕がなるな」


 この夜。彼らは倒れた木の下で休んでいた。


「しかし。兄者が妖退治とは」


「おかしいか?」

「ああ。笙明にあのように行かせたくせに」

「あれはまだ半人前だ」


 晴臣は焚き火に小枝を入れた。パチパチと燃えた。


「あの時。他宗派からは即身仏の話も出ていた。都に居ればどうなっておったか分からぬ」

「初めて聞いたぞ」

「初めて話したからな」


 炎に照らされた晴臣の顔はどこか笙明に似ていた。


 彼らの父の弟夫婦が亡くなりその息子笙明は弟として迎え入れた。彼を可愛がった弦翠は、冷たく当たる兄を以前から不思議に思っていた。


「兄者。なぜあれにそのような態度なのだ」

「……あやつは我らと違い力が弱い。甘やかすのは容易いが」

「思っての事なのだな?まあ、そうだとは思っていたが」


 東の国の弟を、水鏡の占いで密かに視ている晴臣を知る弦翠は笑みを溢した。


初夏の星の下。陰陽師の兄弟は静かに休んだのだった。



続く



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