六 悪鬼
馬で旅を進める晴臣の一行は目的地である大江山にやってきた。
「ここだ。あの山のどこかにおる」
「兄者の話では悪鬼との事だが」
「ああ。この匂い。妖気が漂っておる」
どこか嬉しそうな兄に、背筋がゾッとした弦翠であったが、忠臣、加志目は静かに二人に向かった。
「私も感じます。これだけの妖気。草も枯れておりまする」
「人家があるが。どれ、俺が見てこよう」
弦翠が訪れたが、盲目の老婆がいるだけであった。
「都の人よ。村の人は皆、食われてしまいました」
「妖隊はどうした。ここに坊主が来たであろう」
晴臣の問いに、老婆は歯のない笑顔を見せた。
「あの線香臭い男どもは、このワシの食べ物を盗んで行った?大した仏様じゃ」
「加志目。何か与えよ。してお婆婆殿。悪鬼について何か知っておるか」
老婆はもらった菓子を黒い手でムシャムシャと食べていた。
「ああ、うまい。ああ、知っておるとも」
老婆の話では鬼どもはたまに山を降りてくると話した。
「酒をもらいにくる。誰が渡しておるのか知らぬが」
「兄者。誰かであろう?」
「すぐにわかる。加志目。お婆婆様に食べ物を置いてやれ」
そう言って先に晴臣は小屋を出た。後に続こうとした弦翠の着物の袂を老婆が掴んだ。
「お前様。あのお方は何者じゃ」
「……我らは陰陽師で兄弟だ」
「兄弟?お前様は明るい太陽のような男だが、そうか」
晴臣をそう例える老婆。不思議そうな老婆に弦翠は向かった。
「その見えぬ目で何が視えたのだ」
「恐ろしい影じゃ。そうか。鬼払いは鬼がするのか……」
これに弦翠はふっと笑った。
「そなたの目は視えているようだ。さて、加志目。参るぞ」
小屋を先に出た晴臣は、念じていた。鬼の妖気を感じた彼は二人に向かった。
「さて。参るか」
「まさか兄者。直接行くのか」
「……」
「加志目までそのような顔を?」
この後、晴臣は策を二人に話したのだった。
そんな大江山の早朝。山伏が三名、鬼の住処まで登ってきた。これを匂いで知った鬼の大将は、仲間の鬼に様子を見に行かせた。
「ここまで登ってくるとは愚か者め。わざわざ食われに来るとは?」
「待て。坊主の話ではここには誰も来ないはずだ」
天代宗の僧侶から酒をもらい悪さをしている鬼の大将は、ひとり気にしていたが、仲間の鬼達は、山伏を食おうと待ち伏せに行ってしまった。
しかし帰ってこなかった。
「おい。お前。様子を見て来い」
「ハハハ。俺が食ってやる」
しかしこれも昼を過ぎても帰って来なかった。そんな鬼の大将は恐る恐る人の匂いがする山道を進んでいた。
そこにいた山伏達は、夜を待たず夕焼けの中、火を起こし囲んでいた。彼らは火に何かを放り込んでいた。
……いい匂いだ。
これに釣られた鬼は思わず山伏の元に出てしまった。こんな山伏達は、彼に一緒に酒を呑もうと優しく誘ってきた。
火の中には美味そうな肉が焼けており、彼らは鬼に食べろと勧めてきた。
「どんどんお食べください。まだまだあります」
「酒もどうぞ。山の暮らしは大変でしょう」
「まあな?しかし麓では暮せぬ」
ご馳走と酒の勢いで鬼は饒舌になって行った。
「それで、お酒は天代の御坊様からの貢物ですか」
「ああ。この山を護衛している見返りじゃ」
「さぞ苦労された事だ」
「わかるか?ああ、今宵の酒は旨いの」
そんな鬼に、弦翠はさらった娘はどうしたか尋ねた。
「ん?坊主が連れて行った。わしは知らん」
「どこにいるかご存知ですか」
「さあ。船に乗せていたな。ん?……」
「いかがしましたか」
骨を持った鬼は山伏の晴臣の顔を見た。
「この肉は熊じゃないのか」
「……」
「臭い……これは。腕か?も、もしかして」
腰を抜かす鬼に、晴臣は薄ら笑いを浮かべた。
「骨までとは?さぞ仲間も喜んでおるぞ」
「貴様!よくも」
飛びかかろうとした鬼は、なぜか体が動かなかった。加志目の呪文で縛られている鬼に晴臣は優しく鋭い刃を鬼の頬に当てた。美麗の彼に、鬼は恐怖で失禁した。
「見ろ。鬼が震えておる……この怯えた顔?おお、このまま首を撥ねるのは惜しい。そう思わぬか弦翠」
「兄者……戯が過ぎますぞ」
「これはしたり?」
そういうと晴臣はたもとを払い、スッと地面に座った。そして手を合わせた。夜の空に黒い雲が立ち込めていた。
「な、何をする」
「……弦翠。やれ」
「はっ!」
弦翠の一振りで鬼の首は飛んで行った。しかしこれは黒霧に包まれて空に飛んで行った。晴臣が目を瞑り念じる姿を加志目と弦翠は黙って見ていた。
◇◇◇
「ホホホ。帝はそんなに苦しんでおるのか」
「左様でございます。夏を越すかどうか」
先の帝の弟は天代宗の西代と宵の酒を楽しんでいた。粗末な家であったが、さらった娘を置き優雅な着物を着ていた。
「西に来る妖大事は大江山に任せておりますので、ん?」
そこに何かが飛び込んできた。
「きゃああああ」
「ぎゃあああ」
「帝様!これは、大江山の鬼……」
弟帝にぶつかった血だらけの鬼の首は真っ赤な目で彼を睨んでいた。これには皆腰を抜かし、娘は失神してしまった。
「ひえええ?これを取れ、早う」
「くそ!」
西代は鬼の首を足で蹴った。すると鬼の口から蛇が出てきた。蛇は何匹もおり、部屋は蛇だらけになった。逃げ惑う彼らの夜は、悲鳴に包まれていたのだった。
◇◇◇
「……さて。これで帰るか」
「そんなに念じられて。晴臣様は一体何をされたのです」
「加志目。知らぬが仏だ」
そんな二人に晴臣は乱れた髪で立ち上がった。
「左様。おお。今夜は月が綺麗だ」
月を愛でる晴臣の横顔は、いつもの顔に戻っていた。
これにほっとした弦翠も隣で月を望んだ。
本職のある彼らの退治はこれにて旅を終えたのだった。
続く
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