四 鵺を刺す


「さて、あの小屋で休むとするか」


東山道を旅する一行は、人里離れた無人の小屋に入った。人が住んでいた気配があるが、すでに荒れ果てていた。しかし旅で疲れていた彼らには雨を凌ぐ小屋であった。


妖退治の彼らであったが、目立つ妖はすでに一年前に出立した先発隊が仕留めており、手応えのない日々を過ごしていた。そんな彼らには一つだけ危惧する事があった。


「まだ着いてくるね」

「しつこいとはこの事だ」

「何の話なの?」

「澪は怖がると思うて言わずにいたのだが」


笙明はため息まじりで話し出した。囲炉裏の火はパチパチと燃えていた。


「実はな。我らをつけ狙う者がおるのだ」


天代宗の輩は妖を仕留められずにおり、笙明達をつけ狙いあわよくば妖の塊を奪おうとしていると彼は話した。


しかし龍牙がまだ信じられないと話した。


「仮にも仏に仕える者。そのような事をするのかと」

「でもさ。確かに妖を一体も退治してないのならあり得るよ」


龍牙と篠の話に澪は目をパチクリさせていた。


「そう。それならば妖を退治させれば良いのよ」

「……今、なんと申した」


澪の提案に笙明は驚きを隠せなかった。彼女の話では手柄を与えればもうつけて来ぬと言う話であった。


「それがいいや。別に俺達はもう退治しているし」

「確かに。妖が減るのなら我わらはそれで良いしな」


一族の期待外れの彼らは戦勝を挙げる確約などはない。帝のために妖が減れば良い話。この澪の策を試みる事にした。



笙明の占いにて妖の見当をつけた彼らは策を決行した。


「道元様。そこにいますか」

「お、おお。お前は篠だな、如何した」

「良かった。力を貸してくれませんか」


彼らの元に馬でやってきた篠は、妖退治の手を貸して欲しいと話した。


「とても俺達だけでは難しいと笙明様が言っています」

「そこまで言うのなら、手を貸しても良いが」


道元は協力の引き換えに妖の塊が欲しいと言った。篠はこれにうなづいた。


「もちろんです。ではどうぞこちらに」


篠は支度をさせ彼らを小屋に連れて来た。手筈どおり澪は身を隠していた。

笙明は澪が作ったおいた夕餉を食べさせ策を話した。


「鵺にございます」

「鵺、鳥ですか」

「左様」


猿の顔、虎の胴体など諸説あるが、笙明は鳥が魔物になったと話した。


「ここから先を流れる川におります。明日の退治でどうか力添えを」

「わかり申した」


鳥と聞いてどこか安堵した僧侶達は、澪の食事を食べ龍牙と話をし夜の褥に着いた。


こうした彼らは翌日。魔物、鵺を滅するために川辺にやってきた。天代宗の彼らの前には白鷺が飛んできた。鷺は木の上で一鳴きすると、恐ろしい声が返ってきた。


「鵺の声じゃ。心せよ」

「あいわかった。笙明殿。ここは我らにお任せを」


手柄が欲しい彼らに鵺を譲ると決めた笙明達は、現れた鵺を前に後退りしていた。この時、天代の道元や、紫藤、長海は立ち向かっていた。


恐ろしい形相の鵺は一頭で、恨むように睨むと、今度は道元らに飛びかかっていた。


「行け!道元様」

「篠。静かにせよ」

「そうじゃ。黙っておれ」


笙明と龍牙は彼らの戦いを離れて見ていた。しかし、僧侶の彼らは念を唱え鵺を抑え込もうとしていた。


「……笙明殿。あれは」

「ああ。しかし利いて居らぬようだ」

「大丈夫なの?」


笙明らの妖隊は他流の集まりであった。龍牙の力業、篠の素早さ。そして笙明の妖を滅する呪文の連携により今まで妖を難なく退治していた。しかし道元らの隊は全て僧侶。念仏だけでは到底、妖は退治できぬやり方であった。


「あれではいかん。加勢いたすぞ」

「ああ、篠も行け」

「世話が焼けるよ」


しかし鵺は突然暴れ出した。道元を咥えて川に放り投げ、長海の足をかじった。

ぎゃああと悲鳴の中、紫藤は腕をかじられていた。

ここに龍牙が走ってきた。


「この、魔物め」


そう言って大刀を鵺に振り落としたが、鵺は黒い煙を出し始めた。


「危ない!こっちだ」


篠は鵺から長海と紫藤を引き摺り出した。血だらけの二人が逃げ出した後、笙明はキリリと弓を引いていた。


「往ね!」


彼がさっと矢を飛ばすと、これが鵺に命中した。当たりは背であったが、まるで毒が回ったように鵺は静かになった。ここで龍牙がとどめを刺した。



◇◇◇


怪我をした彼らを連れて戻った笙明達は、看病に追われた。

中でも腕を噛まれた紫藤は重症であり、腕はおろか熱でうなされていた。

道元と長海の看病は龍牙と篠で行い、紫藤は澪が面倒見ていた。

笙明は汚れを払おうと、彼に言霊を掛けていた。


「はあ、はあ」

「紫藤様。水をどうぞ」

「はあ、はあ」


澪に水をもらった彼は朦朧とした頭で美しい彼女の手を握った。


「これは夢か。天女が舞い降りたか」

「しっかりなさって。血は止りました」


夢現の紫藤を澪は必死で看病した。こうして看病の末、三人は命を繋ぐことができたのだった。


やがて一番軽かった道元が二人の世話をする事となり、笙明達は先を急ぐ事となった。


澪に看病してもらった紫藤は腕は動かないが、起き上がれるようになっていた。そんな彼に笙明は挨拶をしていた。


「笙明殿。誠に面目ございません」

「いいえ。私の方こそ、力足らずに」

「そうではありません。これはバチがあたったのです」


元から自力で妖をなしとげたかった紫藤は恥ずかしいと頭を下げた。


「我らの力が足りぬのです。これからさらに邁進します」

「そうですか」

「ところで、私は夢を見たのです」


紫藤は恥ずかしそうに美しい娘に看病してもらった話をした。

これに眉を潜めた笙明は紫藤に妖の塊を渡した。


「これは」

「あなたが持って下さい。そして今の話を忘れ、都に帰られよ」


鵺を退治した笙明はその塊を紫藤に渡した。彼は動く左手で受け取った。


「忘れよとは?」

「此度の妖退治のことです。そして、怪我を治されよ」


笙明はそう話し、道元と長海と別れた。彼らは東山道を歩き出していた。




「大変だったな」

「そうじゃな。しかし、妖の塊は渡したのだ。これで誉であろう」

「……笙明様はどうして怖い顔をしているの」

「いや何。どっちが悪か考えておったのだ」


人か妖か。それは彼にも分からなくなっていた。


「俺は悪じゃないよ。看病したもの」

「わしもだ。妖を滅したからの」

「私は半分妖だから、きっと」


すると彼は澪を抱き上げ馬にのせた。


「そなたは悪ではない。悪は私だ」

「そんなことありません」

「いや。悪だ」


頑な彼に、澪は彼の頬を撫でた。


「では澪も悪になります。一緒に」

「俺も」

「わしもです」

「そうか。みな悪か……」


初夏の空には白い雲がぽっかり浮かんでいた。皐月の風は心地よく彼らの背を押しているのだった。


続く




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