第176話
イオたちが野営地で待つこと、数日……やがて、本隊の姿が見えてきた。
本隊の数は、千人を越えているだろう。
これは単純にダーロットの領地から集めた戦力以外にも、黎明の覇者のように傭兵団、あるいはソロで活動している傭兵たちを雇ったからこその人数だ。
ダーロットは女好きという悪癖はあるが、有能な領主であるのは間違いなく、領民からも慕われている。
実際、貴族の権力を振りかざして横暴な態度をとったりということはないという時点で貴族の領主としては非常に評価が高くなる。
領民から慕われ、だからこそ今回の戦いにおいても兵を募集したところ、結構な人数が集まった。
戦争でダーロットが負けてしまったときのことを考えれば、その対応は当然だろう。
また、傭兵たちもゴブリンの軍勢の一件で多くが集まっていたこともあり、そちらを雇うのもそう難しい話ではない。
そういう意味では、ダーロットがこうして傭兵を大量に雇えたというのは自然な流れなのだろう。
もっとも、そこまで多くの傭兵を雇うということは、それだけ資金が必要になるということを意味している。
つまり、ダーロットにそれだけの資金がなければ、傭兵がどれだけいても雇うような真似は出来ないのだ。
そんな傭兵が多数いる本隊に、黎明の覇者は合流する。
当然の話だが、黎明の覇者は傭兵団の中でも特に名高い一団だ。
そうである以上、合流すれば本隊の方でも特別な動きがあり……
「ようやく合流したようだね。正直なところ、君たちに今回のような真似をさせてしまって申し訳なかったとは思ってるんだ」
合流すると呼び出されたソフィアは、ダーロットにそう言われる。
ソフィアはそんなダーロットの言葉に首を横に振る。
「気にしないで下さい。こちらは仕事ですから」
「おや、てっきり怒られると思ったんだけどね」
「何の意味もない行動ならそのようにもしたでしょう。ですが、いざ戦いが始まったときに後ろで破壊工作をされると考えれば、前もってそれを防ぐことが出来たのは悪い話ではないかと」
「ありがとう、そう言って貰えると助かるよ。今回の件も報酬にはきちんと組み込んでおくから、そのつもりでいてくれ。それと……流星魔法の件だが、少しいいかい?」
そう聞いてくるダーロットに、ソフィアは笑みを浮かべて頷くのだった。
「あら、ご機嫌ね。どうしたの?」
ダーロットとの会談を終えて戻ってきたソフィアを見て、意外そうにローザが告げる。
ローザにしてみれば、ソフィアがダーロットと会ったのなら、その機嫌は悪いものだとばかり思っていたのだ。
だが、戻ってきたソフィアが上機嫌なのを見れば、そんな疑問を抱くのは当然だった。
ソフィアはそんなローザに、笑みを浮かべて口を開く。
「今回の戦争、先鋒は私たちに任されたわ。ただし、開幕の一撃はイオの流星魔法でとのことだけど」
「それは……いいの? 相手の被害がとんでもないことになるわよ?」
先鋒となることそのものは問題ない。
ダーロットにしてみれば、先鋒というのは消耗が非常に大きく、受けるダメージも洒落にならないのだから。
しかし、同時にそれは戦いの中で大きな役割を果たしたということになる。
傭兵としては……いや、黎明の覇者としては、それについては問題ない。
いや、むしろ望んで先鋒を任されてもいいくらいだった。
普通なら先鋒は消耗が激しいが、黎明の覇者に所属している傭兵たちはその大半が精鋭と呼ぶに相応しい実力を持つ。
先鋒を任されても、そう大きなダメージを受けるといったことはないはずだった。
だが……この場合問題なのは、流星魔法を最初に使うということだろう。
流星魔法を使えば、それだけで相手が壊滅してもおかしくはない。
おかしくはないのだが、そのような状況になってしまえば戦いも何もなく、自分たちの活躍はほとんどなくなってしまいかねない。
何よりも、相手が向かってくるのなら喜んで戦うが、半ば壊滅状態になった敵に向かって攻撃をするのはあまり気が進まないというのもある。
そんなローザの思いを理解した上で、ソフィアは問題ないと首を横に振る。
「安心してちょうだい。ローザが思うようなことにはならないから。最初に流星魔法を使うのは事実だけど、それはあくまでも相手に直接隕石を落とすのではなく、周囲に隕石を落とすのよ」
「なるほど。それはいいかもしれないわね」
直接敵に攻撃をする訳ではないから、敵を倒す訳ではない。
だが直接攻撃はしないものの、そのような行動をされた場合、敵の士気はどうなるか。
傭兵として多くの戦場を経験してきたソフィアやローザには、簡単に予想出来る。
恐らく……いや、ほぼ間違いなく兵士たちは混乱し、この場から逃げ出そうとするだろうと。
そのような状況になれば、敵を正面から倒すのも決して難しくない。
それどころか、自分たちと同じランクA傭兵団の鋼の刃を相手にしても、対処しやすくなるだろう。
もちろん、それだけランクA傭兵団である以上は、一般の兵士のように隕石が落下してきたからといって逃げ出すような真似はしなだろうが。
それでも士気が落ちるのは確実だった。
ランクA傭兵団であっても……いや、だからこそと言うべきか、士気の上下というのは戦う際の大きな要因となる。
「特に鋼の刃は、知っての通り正面からの戦いを好む……というか、頑なにそれだけをやって来る傭兵団よ。それだけに、遠距離から圧倒的な質量を持つ隕石が次々と降ってくる光景を見ると、一体どうなるのかしらね?」
ソフィアが笑みを漏らし、そんなソフィアの様子を見たローザも呆れ混じりにだが笑みを浮かべるのだった。
「はい、俺はそれで構いませんよ。マジックバッグのおかげで、杖にも困らなくなりましたし」
戦闘が開始したら真っ先に流星魔法を……それも連続で使うという話を聞いたイオは、特に悩む様子もなく頷く。
流星魔法のうち、対個人用のミニメテオは複数回使っても杖が壊れるといったことはない。
しかし、普通のメテオを使った場合、基本的に杖は一度魔法を使っただけで砕けてしまう。
それを解決するのが、ダーロットから貰ったマジックバッグだった。
マジックバッグに入れて杖を持ち歩ける現在、杖不足で困るといったことはまず気にしなくてもいいのだ。
そういう意味では、イオにしてみれば随分と楽になったのは間違いなかった。
「そう。じゃあ、お願いね。敵がどう行動してくるのかは分からない。けど、イオの流星魔法を使えば、相手の戦意を破壊することは出来ると思うし」
笑みを浮かべて怖いことを口にするソフィアだったが、イオはそれに何の問題もないと頷くのだった。
「こうして見ると、何だか不思議な気分になるな」
「何がですか?」
馬車の中から窓の外を見たイオの言葉に、近くに座っていたレックスがそう尋ねる。
現在この馬車には、イオとレックス、それ以外にも数人の傭兵たちが乗っていた。
現在戦場となる場所に向かっている途中なのだが、馬車の速度は決して速くはない。
いや、むしろ遅いと言ってもいいだろう。
その理由としては、この軍の大半が歩兵で構成されているためだ。
黎明の覇者は傭兵団の中でも全員が馬車や馬に乗って移動することが出来るという特徴を持っているが、それはあくまでも黎明の覇者がランクA傭兵団で、金回りがいいからこその話だ。
傭兵団に所属していない傭兵というのは基本的に徒歩での移動だし、傭兵団であっても全員が馬車や馬に乗って移動するといったことが出来るのは黎明の覇者のような一部だけだ。
そうである以上、移動する際は歩兵の速度に合わせるのは当然の話だろう。
もちろん、黎明の覇者だけで進んで陣地を確保しておくといった真似も出来ない訳ではないし、侵入してきた兵士の対処を任されたときのことを思えば、そのような命令があってもおかしくはない。
だが、今のところそういう命令はなく……黎明の覇者も普通に移動しているだけだった。
「こうして外の様子を見ていると、これから本当に戦争に行くんだなと思って」
「あははは。そう言えば、こうしてきちんと傭兵として戦争に参加するのは初めてでしたね。ベヒモスの時は偶然でしたし、そのあとの多数の傭兵団との戦いは成り行きでしたし」
「そんな感じだよ。だから、こうして改めて見ていると不思議な気分になる」
イオにしてみれば、まさか自分がこんな状況になるとは思ってもいなかった。
少し前……日本にいるときは、漫画を集めるのが趣味という、どこにでもいるような高校生だったのに。
それがいつの間にか流れに流れてこのような状況になっていると思えば、本当に不思議でしかない。
「黎明の覇者と行動を共にすれば、これからはこういう機会も増えると思いますよ」
「そうだな。今は客人だけど……」
黎明の覇者に正式に所属するのかどうかは、今はまだイオもしっかりとは決めていない。
どちらかと言えば、所属する方に心の天秤が傾いているのは事実だ。
黎明の覇者の傭兵たちは、何だかんだと面倒見がいいし、イオも決して居心地は悪くない。
中には未だにイオを嫌っている者もいるが、イオがしっかりと自分の力を見せた今では、そのような者は非常に少数だ。
もちろん、黎明の覇者の者たちが好意的なのは自分に流星魔法という圧倒的な力があるからだというのは理解している。
もしそのような力がなければ、全員が……とまでは言わないが、多くの者たちは今のように親切にはしてくれないだろう。
それはイオも理解してたが、それでも今の自分の状況を思えば特にどうこうといったように思うことはない。
自分の力を利用しようとしているので親切にしてるのは間違いないが、それを言うならイオもまた黎明の覇者の面々の力に頼って……ある意味で利用して、自分の身の安全を確保しているのだ。
そういう意味では、今の状況はイオだけが一方的に搾取されている訳ではなく、あくまでもお互いに対等な立場であると、そうイオは思っていたのだから。
そんな風に思いつつ、イオは馬車の外の景色を眺めながらレックスや他の傭兵たちと会話をするのだった。
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