第175話
村での一件を終えると、黎明の覇者は本隊と合流すべく動き出す。
とはいえ、すでにこちらに領境に向かって進軍しているという話は聞いているものの、それが具体的にいつくらいに到着するのかというのまでは分からない。
今の状況を思えば、数日中だろうというのは分かるのだが。
そんな訳で、黎明の覇者は街道沿いで野営をしながら待つことになった。
「ほらほらほら、一ヶ所だけを見るじゃなくて、他の場所にもしっかりと意識を集中しろ! 右手に持つ武器だけじゃなく、左手、左右の足による攻撃もする可能性があるんだぞ!」
「分かりました、頑張ります!」
模擬戦をしている相手の言葉に、レックスは必死になって叫ぶ。
相手は黎明の覇者の傭兵である以上、強者であるのは間違いない。
だが、それでも防御に徹することが出来る自分なら、何とか対処出来るかもしれないと思っていた。
思っていたのだが、実際に戦ってみれば片手だけの攻撃に対してついていくのがやっとという有様だ。
それでいて少し隙を見せれば、言葉通り左手の攻撃や蹴りによる攻撃が放たれる。
必死になってついていくものの、それでも防御が追いつかなくなっていく。
前に出した盾に横から長剣の一撃が放たれる。
予想外の方向から受けた衝撃に、レックスの身体は少しバランスを崩す。
しかし、それはあくまでも少しだ。
攻撃をしている相手が普通の……それこそ、つい先日まで戦っていた兵士と同程度の実力であれば、レックスがバランスを崩したのを理解しても、ほんの僅かな動きである以上はそれに乗じて攻撃するといった真似は出来なかっただろう。
だが、今レックスが模擬戦をしている相手はあくまでも黎明の覇者に所属する傭兵だ。
兵士とは強さが違いすぎた。
レックスがバランスを崩した一瞬を見逃さず、鋭い一撃が放たれ……長剣の切っ先がレックスの顔面に突きつけられたことで、模擬戦は終わる。
「それなりに使えるようになってはきたが、まだまだだな」
模擬戦をやっていた男の言葉に、レックスは頭を下げる。
「ありがとうございました」
「気にするな。どのみち、本隊と合流するまで俺たちにやることはないんだ。その間、レックスの技量が高くなるというのは悪い話じゃない。イオを守る盾が強ければ、こっちも安心出来るし」
そう言い、笑う男。
イオの使う流星魔法がどれだけの実力を発揮するのか、見ているからこそ十分に理解出来るのだろう。
「そう言えば、隕石を落とす魔法……流星魔法か。それは今度の戦争で本格的に使っていくのか?」
「さぁ? 僕はあくまでも護衛役ですから、何とも。ただ、相手の指揮官……向こうの貴族の血筋に者がいる場合だと、出来れば捕虜にした方がいいんじゃないですかね?」
「そうだな。もし無事に捕らえることが出来れば、身代金とかが期待出来る。もしくは雇い主に渡して追加の報酬とか。そういう意味では、隕石を使うのは難しいか」
流星魔法で降ってくる隕石は、それこそ相手を区別するようなこともなく殺してしまう。
一撃が強力極まりないだけに、それは使う方も手加減が出来ないのだ。
「恐らくそうなりそうですね。相手の士気を減らす……いえ、相手の心を折るという意味では、直接命中させるのではなく、相手の近くに連続して隕石を落とすといった手段はありますけど。その場合、敵に被害が出ても部隊の前方にいる相手だけなので、指揮官とかには関係ないでしょうし」
「それは……相手にしてみれば、最悪の展開になりそうだな」
命中すれば全てを破壊するような隕石が、次々と天から降ってくるのだ。
敵にしてみれば、とてもではないが士気を維持出来ないだろう。
……もっとも、そう言いながらも実際にそのような真似はしないだろうというのが男の予想だ。
これが黎明の覇者だけが出る戦争なら、そのような真似をしても問題はないだろう。
しかし、ダーロットの要する騎士団や兵士たちが出てくる以上、ダーロットたちにも面子というのがある。
戦果の全てを黎明の覇者に持っていかれるということになれば、それは面子が立たない。
もし無理にそのような真似をした場合、それこそ黎明の覇者が他の面々に恨まれるということにもなりかねないのだ。
ダーロットもそのようになると理解している以上、わざわざイオの流星魔法だけで全てを片付けるといった真似はしないだろう。
ただし、これはあくまでも上にいる者たちの認識だ。
実際に前線で戦う兵士や、徴兵された者たちにとっては自分たちが直接戦う必要もないので、もし流星魔法を使えるイオという存在を知っていれば、是非とも使って欲しいと言うだろう。
実際に前線で戦う者たちにとっては、自分たちが命懸けで戦わなくてもいいのだから。
(そうなると、上の者たちは流星魔法について隠しているか? いや、だがあそこまで大々的に何度も使われたのを考えると、とてもではないが本格的に隠し通せるとは思えない)
レックスと模擬戦をしていた男は、離れた場所で黎明の覇者に所属する魔法使いのキダインから何らかの教えを受けているイオを見ながら、そんな風に思う。
すでにイオが流星魔法を使うというのは、それこそ広く知られている。
イオを……正確には、当初はマジックアイテムか何かだと思われる、隕石を降らせる何かを手に入れようと多くの傭兵団が襲ってきたときに、イオが流星魔法を使うというのは多くの者に知られてしまっている。
そうである以上、ここで上の者たちがイオの存在を隠そうとしても、そう上手くいくとは思えなかった。
「もう一度、模擬戦をお願いします!」
イオについて考えていた男は、レックスのその言葉で我に返る。
レックスの目は、少しでも強くなりたい、何があっても自分が対処出来るようになりたいといった強い光が浮かんでいる。
以前の傭兵団では雑用だけをさせられており、レックスが希望したような英雄的な傭兵になるといったことは考えられなかった。
しかし、この黎明の覇者では違う。
戦いにおいて、自分が直接敵を殺すといったことはないだろう。
しかし、魔法を使えばそれを容易に行える……それこそ一人二人ではなく、一軍ですら一撃で倒せるだけの実力を持つイオを守るという役目があった。
正直なところ、レックスが子供の頃に夢見た英雄とは違う。
しかし、それでもレックスは現在の自分の仕事にやり甲斐を感じていた。
自分が直接英雄のような行動をすることは出来ない。
しかし、それだけの力を持つイオの護衛を任されているのだ。
それはつまり、自分が英雄の仲間のように思えてしまうのだ。
実際にはイオは自分が英雄とよばれるようなことがあれば、一体何を言ってるのか理解出来ないといった表情を浮かべるだろうが。
だからこそ、レックスは実際にそれを口にするようなことはない。
「よし、分かった。じゃあもう一度だ。レックスは防御の才能がある。だが、才能があるからといって、それだけで何でも出来る訳じゃないからな。こういうのは最終的に地道な訓練が重要になってくる。……まぁ、団長とかみたいに、本当の意味で天才と呼ばれるような連中はともかく」
最後の方で少し言いにくそうにする男。
努力こそがもっとも重要だと信じている男だが、ソフィアのような本当の天才を相手にしたとき、その言葉は意味を失う。
もちろん、ソフィアも才能だけを頼りにしているのではなく、しっかりと訓練も行っているのだが。
そういう意味では、ソフィアは努力する天才とも言うべき、手に負えない存在なのは間違いなかった。
そのような相手と比べるのは、色々な意味で間違っているだろう。
とはいえ、レックスはイオの護衛を任されている男だ。
そうである以上、場合によってはソフィアに匹敵する相手と戦わなければならないといったようなことになる可能性も否定は出来ない。
だからこそ、男としてはここでレックスとの模擬戦を適当にするなどとは思えない。
「じゃあ、次の模擬戦を始めるぞ。ただし、今のように普通の模擬戦をするのとは違う。俺はレックスを攻撃しながら、後ろに抜けようとする。つまり、レックスが守っているイオを攻撃するような感じだな。当然、レックスはそんな風に動く俺を妨害する必要が出てくれる訳だ」
その言葉に、レックスは真剣な表情で頷く。
これがただの模擬戦ではなく、より実戦的な……実際にイオを守る想定をした戦いなのだということを、十分に承知出来たからだ。
もし実戦の場であった場合、自分が抜かれてイオを攻撃されるということはイオにとっての致命傷となる。
もちろん、イオもただ黙ってやられたりはしないだろう。
具体的には、イオが持つ雷と風の魔剣がある。
それぞれ回数制限はあるが、それを使えば敵を迎撃することは可能だ。
あるいは魔剣を使わなくても、水や土の魔法を使うという手段もある。
水の魔法で生み出された水を掛けられるだけでも相手は一瞬怯むだろうし、土の魔法で落とし穴……とまではいかないが、足を引っかける程度の段差を作ることも出来る。
とはいえ、魔法を使うには呪文の詠唱が必要だ。
土や水の魔法に強い適正があれば、そこまで難しいことでもないだろう。
しかし、イオは流星魔法はともかく、それ以外の魔法についてはそこまで突出した才能を持っている訳ではない。
だからこそ、レックスはそのイオを守るためにしっかりと行動をしなければならない。
「お願いします!」
レックスの言葉に男は頷き、長剣を構える。
まずは牽制といった軽い一撃を放ち、レックスはそれを盾で防御しつつ……男が自分の横を通り抜けようとしたのを見て、素早くその行動を邪魔しようとする。
だが、男はレックスのそんな行動は読んでいたかのように足を出し……自分の前に立ち塞がろうとした相手の足を払う。
ドシャ、と。
そんな音を立てて転ぶレックス。
そんなレックスに対し、男は呆れたように視線を向ける。
「俺の動きを封じるために移動するのはともかく、相手の足の動きを読めなかったのは大きなマイナスだな。どうする? まだやるか?」
「お願いします!」
やる気に満ちた声を上げ、レックスは起き上がるのだった。
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