第161話

「え? 俺もですか?」


 ソフィアに呼ばれたイオは、自分が洞窟にいる兵士を倒す役目を行わないかと尋ねられると、半ば反射的にそう尋ねる。

 まさかこの件が自分に関係してくるとは思わなかったのだろう。

 それでもソフィアがイオに命令するのではなく頼んでいるのは、イオが黎明の覇者に所属する傭兵なのではなく、あくまでも客人だからというのが大きい。

 客人である以上、ソフィアに出来るのは要請だけなのだ。


「そうよ。ただ、私としては出来れば引き受けて欲しいと思っているわ。イオはまだ戦いに慣れてないでしょう? なら、ここでしっかりと戦いを経験しておいた方がいいと思うのよ。イオが戦場に出ないのならこんな真似をする必要もないけど……出るんでしょう?」


 確認するようにそう言われると、イオは素直に頷くことしか出来ない。

 今の自分の状況を思えば、戦場に出ないという選択肢はないのだ。

 すでにイオが流星魔法を使うという話は多くの者に広がっており、そんなイオが一人だけでその辺にいれば……あるいはレックスという護衛を一人連れているだけでも、それは襲撃してくれと言ってるようなものだろう。

 流星魔法の効果を考えれば、襲撃してくる者はかなり多くなる。

 それこそレックスだけでは時間稼ぎ程度しか出来ないくらいに。

 そもそも、レックスは防御に高い適性を見せたものの、まだ傭兵になってから日が浅い。

 ……黒き蛇という傭兵団に入っていた時期はそれなりに長いのだが、その間は雑用だけを行わされており、傭兵として鍛えたりといったことはなかった。

 つまり、実質的に傭兵として鍛えるようになったのは黎明の覇者に所属してからということになる。

 その短時間で防御の才能を認められたのは大きいのだろうが。

 しかし、才能を認められたからといって実戦経験が必要ない訳ではない。

 才能を認められたからこそ、出来るだけ多くの実戦経験を積ませるべきなのだ。


「そうですね。この騒動はある意味で俺が原因のようなものですし。戦場に出ないという選択肢は、俺にはないかと」

「ベヒモスのあとで起きた騎士団とか諸々の傭兵団との一件はともかく、今回のグルタス伯爵の一件はイオにはそこまで関係がないと思うけどね」


 グルタス伯爵は、元々ダーロットに敵対心を持っていた。

 女好きでありながら有能で、その結果としてダーロットの領地はドレミナも含めて繁栄している。

 それが羨ましく、そして妬ましい。

 自分がダーロットの領地を占領してもおかしくはないと思えるほどに。

 あるいは単純にダーロットが気にくわないから、ダーロットの損になるようなことをしてやろうと思っただけかもしれないが。

 ……もちろん、その中には流星魔法を使うイオを入手するといった目的もあったのだろうが。

 グルタス伯爵にしてみれば、自分と犬猿の仲でもあるダーロットが流星魔法などという圧倒的な……それこそ一人で戦況を一変させるだけの存在を手に入れさせるといったような真似を許容出来るはずもない。

 そういう意味では、イオの一件が今回の件に繋がっているというのは決して間違ってはいないのだろう。

 ソフィアもそれは十分に理解していたが、それでも今この状況でそれを口にするのは、イオのためにもよくないと思い、その件については黙ったままだ。


「とにかく、俺が行きます。せっかくソフィアさんが誘ってくれたんですし……こういう本格的な戦いには出来るだけ慣れておいた方がいいでしょうし」


 そうイオが言うと、一緒に話を聞いていたレックスも反対せず、こうして出撃することが決まるのだった。






「じゃあ、私たちは洞窟にいる兵士たちを倒したらそっちに合流するから」

「分かったわ。ソフィアなら心配はいらないと思うけど、それでも何かあったときのことを考えると大変なことになるわ。だから気を付けてね。それと……イオ、頑張りなさい」


 ローザはソフィアに言葉を返し、続けてイオにもそう告げると馬車に乗り込む。

 他の者もすでに馬車には乗り込んでおり、案内役の男も馬車の中にいる。

 これからすぐにローザたちは別の場所に向かうのだ。

 グルタス伯爵の兵士がどれだけの人数入り込んでいるのか、今のところ分からない。

 そうである以上、今は少しでも早く、少しでも多くの場所を見て回る必要があった。

 もちろん、それで見て回れるのはあくまでも案内役の男が怪しいと思っている場所だ。

 中には案内役の男が全く知らない場所も当然あるだろうし、そのような場所に兵士が隠れていたら対処するのは難しくなる。

 だからこそ、今は少しでも多くの場所を回り、万が一にもそのような兵士たちが動いたときに他の兵士が連動出来ないように潰しておく必要があった。

 去っていく馬車の群れを見ていたソフィアだったが、意識を切り替えるように手を叩く。

 パン、と。

 そんな音が周囲に響いた。

 誰がやっても同じような音になるのだろうが、不思議なことにその音はイオを始めとした他の面々の耳にしっかりと届く。

 なお、現在この場に残っているのはソフィアとイオ、レックス……そして黎明の覇者に所属する傭兵が十人の合計十三人。

 ただし、レックスは基本的にイオの護衛に専念するので、敵と戦うといったことはあまり想定されていない。

 イオが敵に狙われるようなことがあったら、そのときはレックスの出番となるが。


「そうですね。分かりました。やれるだけやってみます」


 そんなイオの言葉に頷き、ソフィアは他の傭兵たちを引き連れて森の中に入っていく。

 イオとレックスもそんな面々に続く。

 ソフィアと一緒に行動している傭兵の中には、偵察能力や罠の解除に優れた傭兵もいる。

 偵察隊にも参加した女だけに、最初の罠がどこにあるのかは理解出来た。


「これよ。……罠があるのが分かる?」


 糸が張られている場所に到着すると、女はイオに向かってそう言う。

 最初は女の言葉を聞いても罠がどこにあるのか分からなかったイオやレックスだったが、女の示す場所をよく見ると、そこに罠があるというのを見つけることが出来る。


「これは……ありますね。こうして見ると、とてもではないけど一目見てだと分かりませんけど。……むしろ、よくこういうのを見つけることが出来ましたね」

「それは、私はそういうのが得意なのよ」


 少し照れ臭そうに言う女。

 イオにここまで正面から褒められるとは思わなかったのだろう。


「それでもこういうのを見つけることが出来るのは凄いですよ」


 女を褒めるのはイオだけではない。

 レックスもまた女を褒める。

 イオと違って、レックスは傭兵とかにそれなりに詳しい。

 そうである以上、イオよりも女の凄さを理解していた。


「えへへ……って、別にそこまで褒める必要がないわよ!」


 周囲にいる他の傭兵たちが生暖かい目で自分を見ているのに気が付いた女は、慌てて叫ぶ。

 褒められるのは好きだったが、周囲から生暖かい目で見られるのはごめんだった。


「さて、じゃあそろそろ行きましょうか」

「え? ちょっ、ソフィア様? 私のことはスルーですか?」


 女の傭兵がソフィアにそう言うが、ソフィアはそんな女に対して特に何も気にした様子もなく、言葉を続ける。


「ここであまり時間を浪費してしまうと、洞窟にいる兵士たちが何らかの行動を起こす可能性もあるわ。……それでも敵の罠があるだろう場所で戦闘にならないという意味では、そう悪くない話なのかもしれないけど」


 何かあったときのために罠があるだろう洞窟で戦いになるよりは、森から出ようとしている兵士たちと遭遇して、それで戦いになるのが最善だ。

 しかし、いつ洞窟から兵士が出てくるか分からない以上、それを待つといったことは出来ない。

 偶然……本当に運よくそのようになったらいいなとはソフィアも考えていたが。

 ソフィアの言葉を聞き、女の傭兵も周囲から向けられる生暖かい視線については一旦忘れる。

 そうして森の中に向かう。

 もう罠があるかどうかは、しっかりと確認してある。

 最低でも茂みのある場所……最初に罠を見つけた場所までは特に気にする必要もないだろう。

 もちろん、女たちが回り道をしている間、そして森を出て報告している間に、兵士たちが新たな罠を設置した可能性もあるので油断は出来ないが。

 盗賊たちが新たに罠を設置するように命令された可能性もあったが、自分たちに情報をよこしたときのことを考えれば、その辺はあまり心配する必要はない。

 罠を設置するように言われても、一目で分かるくらいにするだろう。

 兵士たちを嫌っている……あるいは憎悪している傭兵たちにしてみれば、そこまで熱心に罠を設置する必要もないのだから。


「じゃあ、行くわよ」

「あ、ちょっと待って下さいソフィア様。念のために私が先頭を進みますから!」


 慌ててそう告げ、女は一行の先頭に向かう。


「ほら、イオとレックスも私の側に来なさい。まずはどういう風に罠があるのかとか、そういうのを教えてあげるから」


 女の言葉は、イオやレックスにとって予想外のありがたさだった。

 罠のあるような場所の見分け方や、それをどのように解除するのかといったことは、専門の知識を持った者から教えて貰うのが一番いい。

 もちろん、独学でその手の技術を覚える者もいる。

 だが、罠の発見や解除を独学で覚えるというのは、非常に危険だ。

 罠を見つけられるかどうか、そして罠を解除出来るかどうかは、自分の技量と運に左右される。

 もし失敗した場合、それが致命傷となるかもしれない。

 独学でその辺りの技術を入手した者達は、そのような運試しを生き残ってきた者たちとなる。

 そういう意味では、イオやレックスがこうして罠の発見や解除について教えて貰えるのは幸運だった。

 もっとも、女も何も自分に何の得もないのにそのような真似をする訳ではない。

 今回の一件でイオやレックスが多少なりともその手の技術を覚えることが出来れば、それが将来的に黎明の覇者の利益になると思ったからこその行動だった。

 レックスはともかく、イオはまだ黎明の覇者にとっての客人で正式な傭兵ではない。

 それでもこれまでの経験から、恐らくそう遠くないうちに黎明の覇者に正式に所属するだろうと、女はイオとレックスに丁寧に説明するのだった。

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