第160話
「なるほど。盗賊を力で支配しているということは、その兵士たちはそれなりの強さはあるんでしょうね」
森から戻ってきた偵察隊の報告を聞きながら、ソフィアが呟く。
その言葉に偵察隊の中の女が口を開く。
「はい。ただし、私たちに意図的に情報を聞かせるようにしたことから、戦いに巻き込まれるのを嫌っているのは間違いないでしょう。そうなると戦いになれば真っ先に逃げ出すでしょうから、盗賊を戦力として考える必要はないと思います。むしろこの場合に重要なのは、罠かと」
洞窟に続く、踏み固められた道。
そこには罠があった。
具体的にどのような罠なのかは分からなかったが、罠というだけで最悪の結果を予想しなければならないときもある。
もっとも、今回はそこまで警戒する必要はないだろうというのがソフィアの予想だったが。
「そうね。ただ、罠があっても多少強引にでも解除出来れば問題はないわ。それで、戦力だけど……どうしたの?」
話をしている途中でソフィアが視線を向けたのは、案内役の男。
自分の方をぼうっと見ているだけなのに気が付いたソフィアが尋ねると、その案内役の男は慌てたように首を横に振る。
「い、いえ。何でもないです!」
そう言いつつ、ソフィアに声をかけられたことに顔を赤く染める男。
ローザを間近で見ただけでも衝撃的だったのだ。
そんなローザを上回る美貌を持つソフィアを間近で見た男がこうなるのは、ある意味で当然だったのだろう。
ソフィアもそんな男の反応には慣れたものだったので、それを表には出さない。
「問題なのは、今回見つけた洞窟にいる兵士たちが侵入してきた全てなのかどうかということだろうな」
ギュンターのその言葉に、話を聞いていた者たちもそれぞれ頷く。
案内役の男が一番怪しいと思った洞窟に向かうと、そこにいきなり敵の兵士がいたのだ。
あまりにも都合がよすぎると思うのは当然だろう。
今回の洞窟にいるのは十人くらいの兵士だということだったが、そうなると場合によっては他の場所にも同じように兵士が派遣されている可能性は否定出来なかった。
「そうね。私もその意見には賛成だわ。なので、今回は敵を倒したらすぐにでも他の場所に向かうとしましょう」
「……もう洞窟のある場所や敵の戦力は分かってるんだし、戦力を分けた方がいいんじゃない? まさか、黎明の覇者の全戦力で攻撃するというのは、ちょっと過剰戦力だし」
ローザの提案はソフィアにとっても十分に納得出来るものだ。
今のこの状況において、黎明の覇者の全戦力というのは過剰戦力すぎる。
それもちょっとやそっとではなく……もしイオがこのことを知ったら、アリ一匹を殺す為にICBM……いわゆる弾道ミサイルを使うようなものとでも表現するだろう。
黎明の覇者の全戦力で十人くらいの兵士を攻撃するというのは、本当にそれだけの戦力差があるとイオなら思ってもおかしくはない。
「俺もローザの意見には賛成だ。ここで洞窟にいる兵士を倒している間に、他の場所にいる兵士……もし本当にいればだが、そのような者たちが逃げる可能性は否定出来ない」
ギュンターもローザの意見に賛成し、そうなるとソフィアもその意見を受け入れる気になる。
元々どうしても黎明の覇者の全戦力で戦うといったことを考えていた訳ではないので、特に問題なくソフィアは頷く。
「じゃあ、そういうことにしましょう。ここは私が引き受けるわ。戦力は……そうね。二十人いればいいわ。それとイオとレックスも置いていってくれる?」
「え? ちょ……ソフィア? 別に貴方がここに残る必要はないでしょう?」
まさかソフィアがそのようなことを言うとは思わなかったのか、ローザは驚く。
ローザにしてみれば、何故ここでソフィアが残ると言ったのか分からない。
ソフィアがこの場所に向かない理由はいくつもあるのだが。
たとえば、ソフィアの武器は氷の魔槍だ。
平地では強力な武器となるが、森の中や洞窟の中といった場所では長柄の武器である氷の魔槍はその本領を発揮出来ない。
もちろん、狭い場所であってもソフィアなら氷の魔槍を使えるが、それはあくまでも使えるというだけであって、最大限の力を発揮出来ない。
それ以外にも、ソフィアは黎明の覇者の団長だ。
そうである以上、団長のソフィアは本来なら黎明の覇者の本隊を指揮して他の場所に行き、侵入している兵士たちを見つけたら戦力を派遣するといった行動をするのが普通だった。
だというのに、何故ここでソフィアが自分で洞窟に行くと言うのか。
ローザだけではなく、ギュンターも……そして報告に来ていた偵察隊の面々もまた、それを不思議に思う。
「そうね。本来ならこういうときに私が出る必要はないわ。それこそ十分な戦力があれば問題ないんだから、ギュンター辺りに任せればいいでしょうし」
俺かよと口の中で呟くギュンター。
しかし、実際にソフィアの言葉が間違っている訳ではない以上、ここで行くのなら自分の可能性が高いというのは理解していたのか、大きく不満を口にする様子はない。
「けど……何でかしら。私が行った方がいいような気がするの。特に何かの理由がある訳じゃないんだけど」
つまり、勘。
女の勘や戦士としての勘により、自分が行った方がいいと思ったのだろう。
普通であれば、そんな勘などというもので行動の指針を決めるようなことはない。
もちろん、傭兵にとって勘というのは非常に重要なものだ。
勘と一口に言ってもその中には色々な意味の勘がある。
魔力による勘や、第六感的な意味での勘、自分では気が付かないがこれまでの経験から恐らくそうだろうと考えてた結果が本能から勘となることもあるし、女の勘というのもある。
このように多数の意味を持つ勘だが、傭兵として活動する上で勘に従うかどうかで生死が分かれたりするのは珍しい話ではない。
しかし、だからといって最初から勘で行動を決めるというのはどうかと思う者が多い。
……あくまでも普通ならの話だが。
今回はソフィアの勘だ。
黎明の覇者を危機を今まで何度も救ってきたソフィアの勘。
その勘がここで自分が洞窟に行くべきだと主張しているのなら、その勘について知っている者として、それを受け入れないという選択肢はない。
とはいえ、それでも疑問がある。
「けど、こんな状況でソフィアが行く方がいいというのは……一体何故そんなことになるのかしら」
ローザの言葉に、他の者たちも同意するように頷く。
今回の一件で戦うべきは十人ほどの兵士だけだ。
盗賊からの情報である以上、それを完全に信じるのはどうかと思わなかったが、偵察隊が見た盗賊たちは自分たちを力で従えている兵士たちに意趣返しをしたいと思っているらしい。
そうである以上、偵察隊が得た情報は真実の可能性が高い。
そうなると、黎明の覇者の全戦力というのは論外にしても、ソフィアを含めた少数を差し向けるというだけで過剰戦力だ。
それもアリ一匹にICBMとまではいかないが、それでもアリ一匹に艦砲射撃くらいと表現されてもおかしくはないほどの。
ソフィアが連れていくと言っているイオやレックスにしてみれば、兵士十人という相手は適正……いや、かなり不利な状況ではあるのだが。
もちろん、イオが流星魔法を使うのならICBMどころか核爆弾に近い戦力差になるが。
だが、ここで流星魔法を使ってしまえばイオの存在をグルタス伯爵側に気取られる可能性が高い。
ソフィアとしては、そんな真似をするはずもなく……つまりイオは、流星魔法を使わずに兵士たちの相手をする必要があった。
そうなるとイオが使えるのは、地魔法と水魔法のみ。
それも土を少しへこませる程度の土魔法と、少しの水を出せるだけの水魔法だけだ。
土魔法なら相手を転ばせるといった真似は出来るが、それで盗賊たちを倒せるかと言われれば、その答えは否だろう。
「イオは絶対に必要なのか?」
「ええ。私はそうした方がいいと思うわ」
ギュンターの問いに、ソフィアは一瞬の躊躇もなくそう告げる。
そんなソフィアの様子に、質問をしたギュンターと話を聞いていたローザは何となくイオを連れていった方がいいという理由を理解する。
つまりそれは、イオに実戦経験を積ませたいと思っているのだろう。
実戦経験というのは、何よりも大きな財産となる。
訓練で強くなった者であっても、いざ実戦となればその実力を十分に発揮することが出来ずに死ぬというのは珍しい話ではない。
そういう意味では、この程度の戦い……相手が兵士十人程度といった小規模な戦いでイオに経験を積ませるというのは、おかしな話ではなかった。
実際の戦果という意味ではゴブリンの軍勢を倒し、高ランクモンスターのベヒモスを倒しと、それこそ一流の傭兵でも出来ないようなことをやっているイオだったが、それはあくまでも流星魔法があってのことだ。
流星魔法を使わないで戦った場合、イオは本当に初心者でしかない。
せいぜいが、ゴブリンとの命懸けの鬼ごっこを数日やったり、傭兵……それも黎明の覇者に所属する傭兵から多少は訓練をつけてもらったということで、初心者より若干上といったところか。
そんなイオだけに、今回の戦いは丁度いいと判断したのだろう。
もっとも、イオやその護衛のレックスに実戦を経験させるのはともかく、何故そこにソフィアも一緒にいないといけないのかまでは分からなかったが。
単純にイオとレックスに実戦経験を積ませるだけなら、黎明の覇者の傭兵を何人かつけるだけでいい。
黎明の覇者の傭兵は全員が一騎当千、万夫不当とまではいかないがそれでも一般的な兵士の十人程度は特に問題なく倒すことが出来るだけの実力を持つ。
わざわざそこにソフィアがいる意味が、この場にいる者たちには分からない。
分からないが、それでもソフィアの勘がそう言っているのなら、黎明の覇者に所属する者としてそれを否定するような真似は出来ず……結局はソフィアと数人の傭兵、そしてイオとレックスが洞窟の担当とすることに決まるのだった。
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