第159話
森の中で、案内役が普段使っている道には罠があったために遠回りをして洞窟に向かって黎明の覇者の偵察隊。
案内役の男が口にしたように、実際にその道は獣道に近い道で歩きにくく、かなり狭かったりもした。
それでも傭兵ともなれば何らかの理由でそのような道を歩くことそれなりにあるため、若干の苦労はしつつも洞窟の近くに到着することに成功した。
幸いだったのは、罠の類がなかったことだろう。
もし罠があれば、その罠を解除する手間を考えて最初の道を使っていた可能性が高い。
そのようなことが出来なかったと考えれば、洞窟を使っている者はその道に気が付かなかったのか、それともそちらを通るような者はいるはずがないと思っていたのか。
「盗賊と思しき連中がいるわね」
敵に気が付かれないよう、隠れている茂みを少しだけ動かしてそこから洞窟の様子を確認した傭兵の女がそう呟く。
その言葉を聞いた案内役以外の面々は若干の驚きを感じる。
「盗賊? グルタス伯爵領からやって来た兵士じゃなくてか? もしくは、盗賊の振りをしている兵士とか?」
「こうして見る限りだと普通の盗賊だと思うわ。身のこなしとかを見ると、本職には及ばないけど素人以上なのは間違いないでしょうし」
一定以上の実力があれば、相手の身体の動きを見ればどれくらいの技量か見抜くことが出来る。
黎明の覇者に所属するくらいの傭兵なら、その程度は問題なくこなす。
そんな女から見て、視線の先にいるのは盗賊にしか見えない。
……もちろん、グルタス伯爵が派遣した兵士がそれだけの技量しか持たないという可能性もあるのだが。
とはいえ、罠のことを考えると少し疑問なのは間違いない。
そう思ったのは、女だけではなかったのだろう。
一緒に行動している者たちも茂みの隙間から盗賊たちの様子を見る。
そして数分が経過したところで、一人の傭兵が呟く。
「あの連中が盗賊なのは間違いないと思う。けど、何だか怯えている様子がないか?」
「え?」
その言葉に改めて盗賊の様子を確認する女。
そうして確認していると、仲間の言葉に納得する。
表面上は普通の様子に見える盗賊たちだったが、その表情はどこか強張っている。
何かを怖がっているのを、何とか隠そうとしているような……そんな感じ。
それを見てとると、女も傭兵だ。何となく事態を飲み込めた。
「つまり、あの盗賊たちは誰か……可能性として一番高いのは、グルタス伯爵が派遣してきた兵士に使われている訳ね」
「実は今回の件とは全く関係がない可能性もあるが……それでもこのタイミングでと考えれば、やっぱりその可能性が高いだろうな」
この一件が偶然の出来事だと考えた場合、それは明らかに疑問が残る。
それが理解出来るだけに、偵察隊の面々は最初の場所で敵を見つけたことを喜んだ。
「じゃあ、戻るとしよう。偵察の成果としてはこれで十分だろうし」
「そうね。……ここで相手に見つかるような真似をしたら、馬鹿な姿にしか見えないでしょうしね。そういう意味では、盗賊が見張りだったのは悪くない話ね」
もし見張りをしているのが敵の兵士だった場合、盗賊たちを倒して従えるだけの実力を持っている以上、もしかしたら自分たちの存在に気が付いた可能性も否定出来ない。
そうならなかったのだから、今の状況は悪くない……どころか、かなり良い状況なのは事実だった。
相手に見つからないうちに、素早くその場を移動する。
そんな中……不意に傭兵たちの中でも最後尾だった男は、ふと盗賊の一人が自分たちの方に視線を向けているのに気が付く。
「待て! 気が付かれた!」
「嘘!」
傭兵の女が小さく、だが驚きを隠せない様子で叫ぶ。
自分たちは曲がりなりにも黎明の覇者に所属する傭兵だ。
それも新人組と言われている者たちではなく、きちんと実力を認められている者たちなのだ。
傭兵の中でも、精鋭中の精鋭と呼ばれてもおかしくはない。
そんな自分たちが、しかも盗賊たちに見つかる前に撤退を選んだというのに見つかった?
そんな疑問を覚えるのは当然のことだった。
しかし、驚きも一瞬。
見つかった以上は襲撃してきた敵を倒して……と思って武器を構えたのだが、一向に攻撃される様子はない。
「ちょっと?」
見つかったと口にした最後尾の男に対し、女は疑問の声を向ける。
しかし、最後尾の男はそんな女の様子に対して手を伸ばし、動かないようにと指示をする。
偵察隊の面々はそんな様子に疑問を抱きつつも、迂闊な行動はしない。
案内役の男も自分が下手な真似をしたせいで周囲に被害が出たらと思えば、迂闊に動くような真似は出来なかった。
「そう言えば、知ってるか? 俺たちのご主人様だが、明日にでも色々な村を襲ったりするらしいぜ。やってることは俺たちと違わないってのに」
不意に聞こえてくるそんな声。
仲間に対して話しているように見えるが、その盗賊の視線は茂み……偵察隊の面々が隠れている茂みに向けられている。
周囲にいた他の盗賊たちは、そんな仲間の様子に気が付いているのかいないのか、特に気にした様子もなく口を開く。
「俺たちの場合は奪うのが目的だけど、あの連中はあくまでも陽動が目的なんだろう? なら村は破壊するけど、人は殺したりしないんじゃないか?」
陽動である以上、村が襲われたという情報を周囲に広げる者たちが必要となる。
だからこそ、全員を殺すといった真似が出来るはずもない。
「そうなると俺たちにとっても面倒なことになりそうだな。そもそもの話、十人ちょっとでそういう真似をするってのがどうかと思うけど」
「それなりに腕が立つのは事実なんだろ。実際、俺たちはそんな連中に負けてこうして従わされてるんだし」
そう言いながら、先程偵察隊の面々に視線を向けた男は改めて茂みに視線を向ける。
今の会話は普通に考えれば、自分たちの現状を嘆くようなものだ。
しかし実際には、偵察隊の面々にこの場所を拠点としている者たちについての情報を渡そうとしているのは明らかだ。
(一体何故そんな真似を?)
先程味方に止まれと口にした男が、そのような疑問を抱く。
自分たちを倒して従えてる相手に対しての意趣返しか、あるいは他にもっと理由があるのか。
生憎と男にはそんな理由は分からなかったが、敵の数が十人程度というのを知ることが出来たのは大きい。
また、陽動をするためにここにいるというのは分かっているが、その内容を知ることが出来たのも大きかった。
……その内容を聞いた案内人は引き続き緊張した表情を浮かべていたが。
自分の村が襲われると言われたのだから、そのように思うのは当然の話だろう。
「退くぞ」
短く、近くにいる者たちだけに聞こえる声で男が呟くと、他の者もその意見に特に反対はないのか、素直に撤退を開始する。
いつまでもここにいることで、洞窟中のいるという兵士たちに自分たちの存在を気取られるのは面白くない。
……これで、相手が二人や三人程度なら、いっそこの場で攻撃をするという選択肢もあったのだが。
しかしそれが十人くらいとなると、戦っているときに逃げられる可能性も高い。
……洞窟に他に出入り口がなく、力で従わされているという盗賊が完全に協力をしてくれるのなら、あるいは何とかなったかもしれないが。
しかし盗賊たちは偵察隊に情報を流しはしたものの、一緒に戦うのかと言われれば、その答えは否だろう。
もし本当に偵察隊と共に戦おうというのなら、このようにまどろっこしい真似をするようなことはせず、普通に声をかけていただろう。
偵察隊が、そして偵察隊の所属しているだろう集団がどれくらいの実力を持ってるのか分からないというのも、この場合は大きい。
偵察隊の所属が黎明の覇者であると知っていれば、それこそ即座に協力をしてもおかしくはなかった。
「それで、どうするの? 攻撃するとき、あの盗賊たちには攻撃する?」
「躊躇う必要はないだろう」
女の言葉に、偵察隊の一人がそう告げる。
盗賊たちが洞窟にいる者たちの情報を流してくれたのは間違いない。
だからといって、盗賊たちを意図的に見逃すという選択肢はない。
情報を提供したのは間違いないが、それでも盗賊は盗賊だ。
そうである以上、放っておけばこの辺りの村に被害が出る可能性は否定出来なかった。
そうならないようにするためには、侵入してきた兵士と一緒に盗賊も倒した方が手っ取り早い。
「まぁ……けど、そうだな、盗賊を倒すのに集中して兵士たちを逃がしては意味がないから、集中するのは兵士に対してだろうな」
それはつまり、意図的に盗賊達を見逃すといった真似をするつもりはないが、最優先で対処するのが兵士たちである以上、その隙に盗賊たちが逃げ出したりしたら、対処するのは難しいと暗に言っていた。
案内役の男は、聞こえてきた言葉に不満そうな表情を浮かべる。
黎明の覇者にしてみれば、自分たちの仕事……侵入している兵士をどうにかすればそれでいいのかもしれないが、この森からそう離れていない村に住む男にしてみれば、ここで下手に盗賊を逃がせば自分たちの村にとって致命傷になると理解しているからだろう。
とはいえ、まさか案内役の自分がここで盗賊もきちんと倒して欲しいと言う訳にはいかない。
いや、言うことは出来るが、それを黎明の覇者が聞いてくれるかどうかは話が別だった。
偵察隊のうちの一人が、そんな案内役の男を一瞥してから口を開く。
「兵士たちとの戦いで盗賊が逃げても、しばらくはこの付近に戻ってくることはないだろうな。これからここで戦いが起きるというのははっきりしているんだし、ここに盗賊がいるという情報はもうある。つまり、盗賊たちの討伐が行われる可能性が高い訳で、当然盗賊たちにも逃げ出す」
その言葉は現状を確認するように見せながら……ただそれだけでは終わらず、案内役の男を安心させるための言葉でもあった。
事実、聞こえてきた言葉に案内役の男は自分たちの村が盗賊たちに襲撃される心配はなくなったのだろうと、安堵して森を出る案内をしたのだから。
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