第158話

 森の中を数人の男女が進む。

 その中には案内役として村で雇われた男の姿もある。

 目的の洞窟に向かうのに黎明の覇者の全員……そこまでいかずとも、もっと多くの人数で進まないのは、これが偵察だからだ。

 案内役の男が言っていた、怪しい洞窟。

 そこに本当にグルタス伯爵から潜入してきた者たちがいるのかどうか、実際にそれを確認してみる必要がある。

 もしそこにいなかった場合、それはそれで構わない。

 もちろん、倒すことが出来ないのは残念だったが、それでもそこにいないという情報を知ることが出来るのは、それだけで意味があるのだから。


「けど……考えてみれば、その洞窟はこうして真っ先に案内されるような場所なんだよな? そうなると、向こうもその洞窟について怪しいと思っていれば、その洞窟を使うとは思えない」

「普通はそうかもしれないわね。けど、短時間だけなら多少なりとも快適な場所がいいでしょうし、まさか向こうもこうして私たちを派遣するようなことなるとは思っていないかもしれないでしょう?」


 男の呟きに女がそう返す。

 こうして真っ先に向かうべき場所として選ばれたのだから、当然ながらその場所を使うとは思えない。

 そのように考える者は決して少なくなく、だからこそ今の状況においてはまず確認することが大事だと考えているのだろう。


「向こうから侵入していた兵士とかじゃなくて、動物とかモンスターとか……それこそゴブリンがその洞窟を拠点としているとか、そういうことはあるかもしれないな」


 住みやすく快適――あくまでも自然の中での話だが――な場所である以上、侵入してきた兵士だけではなく、動物やモンスターがその洞窟を使っていても不思議はない。

 そう言う言葉に、話を聞いていた者たちはそれぞれ納得の表情を浮かべる。


「そうなると、もしかしたら……本当にもしかしたらだけど、洞窟を使おうとして戦いになっている可能性もあるかもしれないわね。出来れば、侵入している兵士がそういう戦いに巻き込まれているといいんだけど」


 女の傭兵の言葉には皆が同感だったが、この場合問題なのはそこまで上手く物事が運ぶかどうかだろう。

 もし侵入してきた兵士がいても、その兵士が洞窟に他の動物やモンスターがいた場合は別の場所を使おうとするはずだった。

 その洞窟を使っているのが盗賊なら、あるいは制圧して盗賊を捨て駒として使うような真似をするかもしれないが。

 侵入してきた兵士たちは、領土の境で騒動を起こすのが目的のはずなのだ。

 あるいは何かもっと別の狙いがあるのかもしれないが、その辺の情報は今のところ黎明の覇者には入っていない。

 そうである以上、今はとにかく敵を発見したら即座に殺すという方法をとる必要があった。


「……誰かいるのは間違いないようね」


 森の中を進んだところで、女の傭兵が呟く。

 その視線の先にあるのは、地面。

 正確には、地面の少し上に張られている一本の糸。

 その糸を切った場合、どうなるのかは分からない。

 糸の先が茂みに繋がっているので、その茂みの中を確認しないとどのような罠があるのか分からない。

 矢が飛んでくるのか、あるいは侵入者の存在を周囲に知らせるのか……もしくはもっと違う何かなのか。


「茂みの中を確認するか?」

「茂みを揺らすと、それで罠が発動する可能性もあるわよ」

「ならどうする? このままここでただ様子を見ているような真似は出来ないだろう?」

「洞窟を誰か……それも罠を使うだけの知能のある奴が使ってるのは分かったんだから、それだけでも報告するには十分だと思うが。どう思う?」


 もし洞窟にいるのが動物であれば、罠という選択肢はないだろう。

 ……実際には動物の中には罠を仕掛けるといった種類もいる。

 しかし、目を凝らしてようやく見ることが出来る糸を用意するのは普通の動物には難しいだろう。

 そしてモンスターの中でも、大雑把な罠はともっかく、ここまできちんとした罠を作れるとなると相当に知性が高くないと難しい。

 ゴブリンのようなモンスターでは難しい。

 やはり一番可能性が高いのは、高い知性を持つ者……グルタス伯爵が派遣した兵士だろう。


「洞窟にいるのは兵士の可能性が高いと思う。けど、それでもしっかりと確認はしたいわ」

「そうだな。盗賊か兵士か、あるいは単純に金のない傭兵かで対応は変わるし」


 黎明の覇者は傭兵としてかなり資金に余裕があるが、傭兵というのは実力の社会だ。

 腕の立たない傭兵が雇われるのは難しい。

 もし雇われても敵を倒せず、報酬が安くなることも珍しくなかった。

 それ以外にも傭兵になったばかりの者たちだけで行動していると、暗黙の了解が分からなかったりするので金に困ることになる。

 そのような者たちが、宿に泊まるような金もなくなったらどうなるか。

 そして洞窟のように比較的快適な場所があればどうなるか。

 それ以外にも、傭兵としての仕事がないときは盗賊として活動しているような者がいた場合、その拠点として使われている可能性もある。

 それらをしっかりと確認するためには、やはりこの場でしっかりと洞窟を確認しておく必要があった。


「そうだな。洞窟にいる相手がどういう連中なのかは、しっかりと確認しておく必要があるか」


 傭兵の一人が賛成すると、他の者たちも賛成する。

 ……なお、案内役の村人は意見を聞かれるようなことはなかった。

 案内役の村人はあくまでも洞窟まで連れていくのが仕事なのだ。

 そうである以上、案内役に話をするといったようなことは必要がない。

 案内役の男も、もしこの状況で自分に話しかけられたとしてもどうしたらいいのか、素直には分からなかっただろう。

 ……あるいは、洞窟まで案内しないと報酬をもらえないと思い、どうするべきかと言われても進むことを主張したかもしれないが。

 今のこの状況において、洞窟に行くのははっきりと危険だ。

 罠があったことを思えば、そのように考えてもおかしくはない。

 しかし、一緒にいるのが黎明の覇者というランクA傭兵団である以上は、ちょっとやそっとの危険に対処するのは難しくないと思ったのだろう。

 周囲にいる者たちが強いので、自分の身の安全も強いだろうと。


「罠がない道を探すわよ」

「この罠を解除した方が手っ取り早いじゃないか? もし洞窟に敵がいた場合は、ここを通って洞窟に行くんだし」


 罠を発見した女の言葉に、話を聞いていた一人がそう言う。

 女はその言葉に納得出来るところもあったのだが、それでも首を横に振る。


「罠の解除をするとなると、結構時間がかかるわ。まさか乱暴に罠を解除する訳にもいかないでしょう?」


 もし乱暴に罠を解除したらどうなるか。

 それは考えるまでもなく明らかだろう。

 最悪の場合は、罠が壊れたことによって他の罠が発動し、ここにいる者達に被害が出る可能性も否定は出来なかった。

 もちろん、このような場所にある罠にそこまで難易度が高い物があるとは考えにくい。

 考えにくいが、それは絶対にそうなっていないという保証でもないのだ。

 もしグルタス伯爵側が黎明の覇者が来るというのを知っていた場合、一番の難敵の戦力を少しでも減らそうと考えてもおかしくはない。

 もっとも、それはあくまでもグルタス伯爵側が黎明の覇者がこの戦争に参加するという情報を持っていればの話だが。

 グルタス伯爵と直接繋がっていた者は既に処分されている。

 そうである以上、黎明の覇者の情報について知らなくても無理はないのだが……本当にもうダーロットの部下にグルタス伯爵と繋がっていない者がいるかどうかは微妙なところだろう。

 表には出ていないが、息を潜めて情報だけを流すといった者がいてもおかしくはない。


「とにかく、行くわよ。……洞窟に続く道で、ここ以外の場所を教えて貰える?」


 そう聞かれると案内役の男は少し考える。

 この森については村からそう離れていないこともあって、狩りに来ることも珍しくはない。

 そういう意味では、案内役の男の庭……というのは少し大袈裟かもしれないが、恐らくはそのような場所で間違いはないだろう。


「えっと、そうですね。……はい、問題ありません。ここ以外でも洞窟に行けます。ただ、少し道が悪くなりますが」


 罠があった道は、街道のようにきちんと作られた道ではなくそこを通る者たちが踏み固めた結果道として使われるようになった場所だ。

 しかしこれから男が向かおうとしているのは、踏み固められてすらいない道。

 つまりあまり人に知られていない道……正確には茂みを掻き分けながら進むような場所で、よく言って獣道だ。

 それだけに罠がある可能性は低い。

 ……低いのであって、決してないと保証された訳ではないのだが。


「それで構わないわ。いえ、むしろそういう場所の方が洞窟を使っている相手にも見つかりにくいと思う」


 罠を見つけた女がそう言うと、他の者たちもその言葉に反対はしない。

 今の状況を思えば、少しでも早く誰が洞窟を使っているのかを調べたいところではあるのだが、それよりも優先されるのは、やはり敵に見つからないように偵察することなのだから。


「いっそ、イオの流星魔法で洞窟ごと潰してしまえば手っ取り早いじゃないか?」


 一人が冗談っぽく言うが、その目は若干……本当に若干ではあったが、本気の色があった。


「その、洞窟は少し不便なところもありますが、村で使うこともあるので壊すようなことはやめて貰えると助かります」


 恐る恐るといった様子で案内役の男が懇願する。


 話を聞いていた方には、動物やモンスター、盗賊といった者たちに使われている洞窟を村が一体何に使うんだ? と疑問を抱いたが、そこに詳しく突っ込むような真似はしない。

 案内役の男との約束は、あくまでも侵入してきた兵士たちがいそうな場所に案内をして貰うことだ。

 それ以外の事情に自分たちから触れるような真似は避けた方がよかった。


「そうか。悪かったな。あくまでも冗談だ」


 イオの流星魔法で破壊したいと口にした男が謝り、そして一行は再び案内役の男と共に別の道を通って洞窟に向かうのだった。

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