第102話

 ドレミナに向かう途中の街道で遭遇した検問を混乱させてあっさりと通り抜けたイオたちの乗った馬車は、遠くにドレミナの街並みが見える場所までやってきていた。


「どうやら……今のところは特に問題はないようね。もしかしたら、門の前騎士団が待ち構えているんじゃないかと思っていたんだけど」


 馬車の中から遠くに見えるドレミナの街並みを見て、ソフィアがそう言う。

 ベヒモスの骨の戦場でドレミナの騎士団と黎明の覇者は接触している。

 結局本格的な戦いにはならなかったものの、イオにかんする情報は知られてしまっているのだ。

 ……それを示すかのように、あの戦場にいる他の勢力にイオの情報を流すといった真似をしたのだから。

 その辺りの状況を考えれば、もうドレミナの領主はイオについて知っていてもおかしくはない。

 だとすれば、黎明の覇者が戻ってきたといったことを知れば、それこそ騎士団を用意して待ち受けていてもおかしくはなかった。

 ドレミナの領主は女好きではあるが、優秀な人物なのは間違いないのだから。

 そして先程の検問を突破する際のミニメテオも、ドレミナからなら見ることが出来た可能性が高い。

 であれば、準備万端で待ち受けていてもおかしくはなかった。

 だというのに、何故かドレミナの前には騎士団の姿はない。

 それ以外にも傭兵の姿もなく、ドレミナに入るための手続きで並んでいる者たちがいるだけだ。


「ちょっとおかしくないですか? 俺のことはもう領主とか……ベヒモスの骨の戦場で先に撤退した人たちは知っていてもおかしくはないですよね? なのに、何で何も対処してないんですか?」

「イオが……というか、流星魔法が手に負えないと判断した人もいるでしょうけど、少し不自然ではあるわね」


 メテオの威力を間近で見た者にしてみれば、とてもではないが自分たちが手を出してもいいような相手ではないと認識してもおかしくはない。

 相手が人であれば、どうにか対処は出来るだろう。

 だが、相手は人ではなく天変地異だ。

 ……正確には天変地異ではなく、天変地異を起こす力を持つイオというのが正しいのだが。

 とにかく、そんなイオに対して意図的に手を出そうなどと考える者はそうはいない。

 そうはいないのだが、中にはそれでも自分たちならどうにか出来ると、そう思っている者も多い。

 相手がイオだけならば、そのような者たちでもどうにか出来ただろう。

 流星魔法は強力だが、弱点もあるのだから。

 しかし、イオを匿っている黎明の覇者がその弱点を潰している。

 イオが流星魔法を使おうとしても、黎明の覇者の傭兵たちがそれを防ぐのだ。

 これで、実は黎明の覇者がその辺りにいくらでもいる傭兵団なら、そこまで問題はなかっただろう。

 だが、黎明の覇者はその辺の傭兵団とは違う。

 ランクA傭兵団という、傭兵団の中でもトップクラスの能力を持つ者たちなのだ。

 他の傭兵団では即戦力……場合によってはエース級の活躍をする者たちですら、黎明の覇者で新人という扱いになるの見れば、黎明の覇者に所属する傭兵の練度がどれだけのものなのかを示していた。


「取りあえず、中に入るか。この様子を見る限り、まだ領主に雇われたという特権は使えるようだし」


 ギュンターのその言葉に、ソフィアは頷く。

 ドレミナの領主が一体何を考えているのかは、ソフィアにも分からない。

 ベヒモスの骨のあった戦場に騎士を派遣してきたことを思えば、当然ながら現在の自分たちの状況についてはよく理解しているはずだった。

 なのに、特にこちらを警戒するような真似はせず……それどころか、むしろ望んで自分たちを街中に迎え入れようとしているように思う。

 一体何を考えているのかは分からない。

 分からないが、それでも黎明の覇者の仲間たちがドレミナの中にいる以上、そこに入らないという選択肢はない。


(もしかして……いえ、それは難しいでしょうね)


 もしかしたら、ドレミナにいる黎明の覇者の傭兵たちがすでに捕らえられているのでは?

 一瞬そう思ったソフィアだったが、それは戦力的な問題から考えて無理だろうと思い直す。

 精鋭はソフィアと共にイオたちのいる場所に向かったが、それでもここに残っているのは黎明の覇者の傭兵たちなのだ。

 ましてや、その中には黎明の覇者の副団長的な存在のローザもいる。

 魔弓の異名を持つ凄腕である以上、それこそその辺の兵士や騎士の集団が襲ってきても、それでどうにかするのは不可能な実力の持ち主であり、それでいて指揮能力も高い。

 もしドレミナの騎士団が黎明の覇者を捕らえようとしても、それこそ逆に攻撃をして相手に大きなダメージを与えるといったようなことになるだろう。

 そのあとは、宿に籠城するか……あるいはドレミナから脱出するか。

 ローザの選択肢はいくらでもある。


「取りあえずドレミナに入りましょう。中に入ってしまえば、他の傭兵団は迂闊にちょっかいを出してくるといったことは出来なくなるはずよ」


 ソフィアのその言葉に従い、馬車はドレミナに向かうのだった。






「本当に何もないわね。てっきりドレミナの中に入れば何かあると思っていたのに」


 ドレミナの中を進む馬車で、ソフィアが不思議そうに呟く。

 街中にはその言葉通り特に兵士や騎士、傭兵が待ち受けたりといったような真似をしていない。

 イオたちにとっては面倒がなくていいのだが、それでもこのような状況で何も起きないのは不思議だと疑問に思う。


「考えられる可能性としては……領主にまだ情報が届いてないとか?」

「ギュンター……それはさすがに……」


 ギュンターにしてみれば、思った通りのことを口にしてみただけなのだろう。

 だが、ソフィアはそんなギュンターの言葉を素直に納得するような真似は出来ない。

 そもそも、街道で検問をしていた者たちすらいたのだ。

 だというのに、ドレミナの領主に何の情報も届いていないということは少し考えられない。

 そう思ったのだが……ギュンターは首を横に振る。


「もしドレミナの領主が今回の一件について詳しい事情を知れば、どうなると思う?」


 どうなる? とそう聞かれたソフィアは、特に考えることもないまま口を開く。


「恐らくイオを渡せと言ってくるでしょうね。それと私に言い寄ってくるのも間違いないと思うわ」


 領主の性格を知っているからこそ、ソフィアはすぐにそんな言葉を口に出すことが出来た。

 実際、今の状況を思えば間違いなくそのように行動すると、理解出来ていたからだ。

 ソフィアの言葉に、ギュンターも異論はないのか素直に頷く。


「それは間違いない。しかし、当然ながらソフィアはそれを受け入れる気はない」

「当然でしょう」


 一瞬の躊躇もなく、ソフィアは断言する。

 ソフィアにしてみれば、ドレミナの領主はいい依頼人だとは思うが男として好意を持っている訳ではない。

 むしろ露骨に言い寄ってくる姿には嫌悪感……とまではいかないが、決して愉快な気持ちではなかった。

 ギュンターもソフィアから色々と事情を聞いているし、ソフィアの性格も知っている以上、そのように思うというのは分かっていたので、予想通りの言葉にそうだろうと納得する。


「だからだ。もしこの件を知ってドレミナの領主が無理にどうにかしようとした場合、騎士団と黎明の覇者で戦いになる。そうなれば、当然だが向こうの被害は大きい。……こっちは万全の状態だしな」


 正確には、現在のドレミナには黎明の覇者の中でも精鋭と呼ばれる者の多くはいない。

 しかし、そのような状況でも黎明の覇者の戦力は一級品なのは間違いなかった。

 それこそドレミナの騎士団と正面から戦っても、一歩も退かない……どころか、倒してしまってもおかしくはないくらいに。


「それを避けるために、私たちの情報は領主に伝えられていないと? ……けど、そんなことが本当に出来るのかしら?」


 ただの女好きなら、ソフィアもそこまでこの状況を気にしたりはしない。

 だが、ドレミナの領主は女好きであると同時に、優秀な能力を持っているのだ。

 そうである以上、今この状況で自分にイオの……隕石を落とした者の情報が全く入ってこなければ、違和感を抱くだろう。

 一体何故そのようなことになっているのかといったことを調べれば、自分に情報が届いていないことくらいはすぐに理解出来る筈だった。


「そうだな。長期間は無理だと思う。だが、数日……いや、そこまでいかずとも、一日……あるいは数時間程度なら可能だろう。そして情報を止めている者にしてみれば……」

「出来るだけ早く私たちにドレミナから出ていって欲しい訳ね。……考えられるわね。ただ、あの領主に対してそこまで強い忠誠心を抱く者がいるかと言われれば……まぁ、いるんでしょうね」


 何かを思い出したのだろう。忌々しげな表情で呟くソフィアに、ギュンターも無言で頷く。

 あるいはこれでドレミナの領主が女好きなだけで無能な領主なら、多くの者に嫌われてもおかしくはないだろう。

 実際、貴族の中には能力的には無能でも、女好きであったり、平民をいたぶることを楽しんだりといった者が多いのだから。

 そういう意味では、ドレミナの領主は間違いなく有能で、そのような者達よりも忠誠心を抱くには十分な相手だった。

 もちろん、その女好きというのがなければ、忠誠心を誓う相手はより多くなっていただろうが。

 それ以前に、もし女好き出なければソフィアとの件でこうして問題になったりもしなかっただろう。


「そんな訳で、黎明の覇者としては出来るだけ早くドレミナを出た方がいい。……もう出発の用意はしてあるんだろう?」

「ええ。その辺はローザに任せてあったから、問題ないはずよ」


 ローザに任せていたという言葉を聞くだけで、ギュンターは納得した様子を見せる。

 それを見れば、ギュンターがどれだけローザを信頼しているのかというのが明らかだろう。


「なら、さっさと合流して出るとしよう。ドレミナの騎士団はともかく、他の勢力……傭兵団辺りが、自分たちだけではどうしようも出来ないから、他の傭兵団と組んで襲ってくる可能性もある」


 ギュンターの言葉に、ソフィアは真剣な表情で頷いて御者に宿屋に向かうように告げるのだった。

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