第101話
野営の際の見張りは、当然ながら夜中に途中で交代となる。
そのあとは、イオも何だかんだと疲れていたのかぐっすりと眠り……そして、朝。
「イオさんもやっぱり気配を感じたりとかは出来ないんですか?」
野営に使ったテントを片付けつつ、レックスとイオは会話をしていた。
どうやらイオだけではなく、レックスもまた見張りをしているときに御者から気配を感じるようにと言われたらしい。
あるいは御者とギュンターの間で話し合って、イオとレックスにその辺を見張りのときに教えておくつもりだったのかもしれないが。
御者ではあるが、当然ながら黎明の覇者の御者である以上はただの御者であるはずもない。
それこそ黎明の覇者に所属する他の傭兵たちには劣るものの、それでも新人組と呼ばれる者たちと同じ程度の実力は持っている。……つまり、他の傭兵団に行けば即戦力となる程度の強さは持っているのだ。
当然ながら気配や殺気を感じるといったような真似は普通に出来る。
だからこそ、ギュンターもレックスと一緒に組ませて野営の見張りをするように言ったのだから。
それはイオやレックスは傭兵ですらない御者と比べてもまだその技量が劣っているということを意味していた。
本人たちはあまり認めたくないことではあったが。
「ああ、俺もまだ気配を感じたりは出来ないな。……そもそも、何で俺が気配を察知出来たりすると思ったんだ?」
イオにとって、それは素直な疑問だった。
現在の自分はその辺が素人だというのは当然ながらレックスも知っていたはずだ。
なのに、何故ここであたかもイオは気配を感じることが出来るようにレックスが思っていたのか、それが分からない。
しかし、そんなイオに対してレックスは不思議そうに口を開く。
「だってイオさんは、魔法を使えるでしょう? なら、気配を感じることが出来てもおかしくはないかな、と」
「いや、魔法と気配を感じるのじゃ、全然違うからな?」
一体何故そんな風に思ったのかと、そう疑問を口にするイオだったが……
「そうじゃないわよ?」
そこに、こちらも野営の片付けをしていたソフィアが口を挟む。
正直なところ、朝からソフィアの美貌を目にするのは色々と刺激的すぎる。
とはいえ、イオも黎明の覇者と一緒に行動するということを決めたのだ。
そうである以上、その辺には慣れておく必要があるのは間違いなかった。
動揺や緊張を顔に出さないように注意しながら、イオは尋ねる。
「どういうことです? 魔法使いは気配を感じられるんですか?」
「そういう人もいるって話だけどね。中には魔力を気配と同じように感じていたり、魔力をきっかけにして気配を感じるようになったって人もいるらしいもの」
「そんなことが……なら、俺もその関係で気配を感じやすくなったりするんですか?」
イオにしてみれば、今の自分の状況を思えばもしかしたら同じようにすぐにでも気配を感じることが出来るようになるのではないか。
そう思っての言葉だったが、それに対するソフィアの答えは首を横に振るというものだった。
「もし出来るのなら、もう最初から出来ていてもおかしくないわ。でも、今のイオは魔力によって気配を感じるといった真似は出来ないんでしょう? なら、今すぐに……というのは難しいでしょうね。とはいえ、それはくまでも今の話よ。訓練を続ければどうなるか分からないわ」
人によって気配を感じるやり方が違う以上、イオは自分でどうにかする必要があるのは間違いなかった。
とはいえ、実際にそれが具体的にどのようになるのかというのは、ソフィアにも分からなかったが。
「それでも、イオさんは目安があるから羨ましいですよ。僕なんか、そういう手掛かりの類は全くないですし」
その言葉通り、羨ましそうにイオを見るレックス。
魔力という基準のあるイオとは違い、レックスは全てが最初から自分でどうにかする必要があるのだ。
イオもなかなか気配を感じることは出来ないのだが、レックスはそんなイオよりもさらに不利な状況から気配を感じる必要があった。
レックスの言葉の意味をイオも理解し……やがて少し困った様子で口を開く。
「俺もお前も、結局は頑張るしかないってことだよな」
「そうですね。少しでも早く黎明の覇者の傭兵の一員として認められるように、頑張りたいと思います」
そうして言葉を交わしながら、イオとレックスは出発の準備を整えるのだった。
「うわ、やっぱりまたいたわね。……昨日の一件から考えて、いるとは思ってたけど」
馬車の中で、ソフィアは嫌そうにしながら口を開く。
その視線の先にいるのは、街道を封鎖している者たち。
多くが傭兵と思われる者で、中には歴とした兵士の姿もあるように思える。
兵士までもが同族稼業なのか? とイオは思ったが、兵士であっても上司によっては何の土産もなく戻ったりすれば罰を受けてもおかしくはない。
そうならないようにするには、何らかの土産を手に入れるか……あるいは、そもそも戻るのを止めるか。
兵士よりも盗賊の方が稼ぎはいいと考えれば、職業を変えるような者がいてもおかしくはない。
「イオ、お願い出来る?」
ソフィアのその言葉に、イオは頷きながらも一応疑問を口にする。
「その、俺が言うのもなんですけど、一応確認しなくてもいいんですか? もしかしたら、何か理由があって検問をしてるのかもしれませんけど」
「それは私も少し考えたのだけれど、もしこの状況で検問をしてるとすれば、それは間違いなくイオを目当てにしたものだと考えた方がいいわ。盗賊になった連中なら言うに及ばずね」
そう言われると、イオもある程度は納得出来る。
数日前にここを通ったときは、当然ながら検問の類はなかった。
それどころか、ソフィアの話を聞く限りではソフィアたちがメテオの隕石を見て出発したときも、ここに検問の類はなかったのだろう。
その辺の事情を考えると、やはりこれがイオを見つける……いや、捕らえるためのものに違いはない。
ないのだが、イオとしては出来れば問答無用で魔法を使いたくはなかった。
それは事情も完全に分からないままに攻撃素をするのは嫌だ……といったような理由ではない。
それなら、昨日ミニメテオを使って脅した者たちのときにそう言っていただろう。
だが、今回は違う。
その理由は、検問をやっている場所がドレミナに近いからというのが理由だった。
もちろん、検問をしている場所のすぐ側にドレミナがある訳ではないのだが、それでもドレミナに近い場所なのは間違いない。
そうである以上、ここでミニメテオを使えば降ってくる隕石がドレミナから見えるかもしれない。
ミニメテオで降ってくるのは小さな隕石なのだが、それでも隕石である以上は見る者が見ればしっかりとそう判断出来るのだ。
そうである以上、出来ればここでミニメテオは使いたくなかったイオだった……ソフィアの様子を見る限り、使わない訳にはいかないと判断する。
(それに、いつまでもダイラスにいる訳じゃない。ダイラスに行ったらすぐに他の黎明の覇者の人達と合流して、それで離れるんだし)
そう判断すると、ミニメテオを使っても問題はないだろうと半ば自分に言い聞かせるようにして杖を手に呪文を唱え始める。
『空に漂いし小さな石よ、我の意思にしたがい小さなその姿を我が前に現し、我が敵を射貫け……ミニメテオ』
検問をやっている場所に近付く馬車の中で紡がれる呪文。
やがてその魔法はすぐに発動し、少しのタイムラグのあとで宇宙から隕石が降ってきた。
ただし、その隕石が落ちるのは検問をしている者の頭上……ではなく、検問をしている場所から少し離れた地面。
ミニメテオなので、周囲に与える影響そのものは少ないが……
「よし、そのまま突っ切るのよ!」
ミニメテオであっても、隕石は隕石が。
空から降ってきた隕石を目にした検問を行っていた者達は、その隕石が自分たちではない場所に落下……あるいは着弾したのを見ながらも、完全に動揺していた。
すでにこの馬車にイオが……もしくは流星魔法を使える何者かが乗ってるのは、向こうも理解しているだろう。
イオを捕らえるためにこのような検問をしていたのなら、本来ならこの馬車にイオが乗っているというのを理解したことは、検問をしている者たちにとって悪いことではない。
だが……流星魔法を使うイオが馬車に乗っているということは、当然ながら流星魔法を使われる可能性があるということだ。
その辺については楽観的に馬車の中から使われるようなことはないと考えていたのか、それとも自分たちには使わないという、意味もない確信があったのか。
その辺りは生憎とイオにも分からなかったが、現在はイオの使ったミニメテオによって完全に混乱していた。
そうして混乱している中にイオたちが乗った馬車が突っ込んで来たのだから、検問をしていた者たちにも対処のしようがない。
あるいは何らかの門のような建物を用意したり、そこまでいかずとも木の杭を地面に打ち付けたりといったような真似をしていれば、馬車も無理に進むことは出来なかっただろう。
……もっとも、そうなったらそうなったで、イオのミニメテオに落ちる先が地面ではなく、馬車の移動を邪魔していた障害物に変わっただけだったかもしれないが。
「どうやら問題はないようね。……とはいえ、あそこで検問されていると戻るときにまた面倒になりそうだけど」
ソフィアが面倒そうに言う。
ドレミナにいる黎明の覇者の傭兵たちと合流したあとで、ベヒモスの骨のある場所に戻る必要がある。
そのときは当然ながらこの場所を通る必要があった。
しかし、そのときも検問がされていればどうなるか。
もちろん、今のように無理矢理に通るような真似も出来るだろう。
だが当然ながら、向こうも今の状況を考えれば新たな戦力を多数用意するといった真似をする必要がある。
(そうなると、次にここに戻ってくるときはどのくらいの速度で戻ってこられるかだな。……ベヒモスの骨の場所で合流しても、向かう場所によってはまたここを通らないといけないし)
イオはそんな風に考えつつ、ミニメテオを使っても壊れなかった杖を握るのだった。
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