第100話
夜、イオたちは当初の予定通り野営を行っていた。
馬車で眠るのはソフィア。
そしてテントはイオ、レックス、ギュンター、御者。
テントの大きさを考えると、かなり狭い中での睡眠となる。
とはいえ、野営をしている最中は周囲を警戒している必要があり、そう考えれば眠るのは二人ずつなのでそこまで狭苦しくはない。
なお、ソフィアも最初は見張りをやると言ったのだが……ギュンターがそれに反対し、ソフィアは結局見張りをしないことになった。
いざというときにソフィアが切り札になるというのを理解しているからだろう。
純粋に切り札という点では、イオの流星魔法もある。
しかしこの場合は、個としての戦力という意味でソフィアに期待した方がいいと判断したのだろう。
それを抜きにしても、人数的にソフィアを入れると奇数になってしまう。
ギュンターにしてみれば、その辺の考えもあってもおかしくはない。
そして当然の話だが、イオが見張りをやる際はレックスと組む……などということはない。
イオとレックスは、双方共に傭兵としては未熟だ。
イオとは違って一応傭兵団に所属していたレックスだったが、それでもやっていたのは雑用で、傭兵としては未熟なのは間違いない。
実際には雑用の中には夜の見張りも含まれていたので、そういう点では必ずしも未熟という訳ではなかったのだが……それでも今の状況を思えば、完全に任せるといったような真似は出来ないだろう。
そんな訳で、結局イオはギュンターと、レックスは御者と見張りをすることになる。
「イオ、見張りの際は張り詰めるのはいけない。……かといって、気を緩めすぎるのも駄目だがな」
ギュンターは焚き火の前でイオに向かってそう告げる。
せっかくなので、この機会に見張りの心得を教えようとでもいうのだろう。
とはいえ、本当の意味でしっかりと見張りが出来るようになるのは、相応の経験が必要となる。
イオにはその経験が足りない以上、どうしても心得は知識だけとなってしまう。
とはいえ、こうして見張りをする上でその心得というのは必須なのだ。
それがあるかないかでは、本当に大きく変わってくる。
そういう意味では、ギュンターがこうして見張りの心得を教えているのは決して意味のないことではない。
「分かりました。ただ……こうして見張りをしていると、やっぱり眠くなったりしますよね」
「その辺は自分で上手く調整するしかないな。それなりに経験すれば、身体が慣れるし」
「慣れる、ですか。……健康にはよくなさそうですね」
「健康に気を遣うような者が、傭兵をやると思うか?」
そう言われると、イオとしては反論出来ない。
実際、傭兵というのは夜更かしであったり、徹夜をするのは珍しい話ではないし、命懸けの危険というストレスを半ば日常的に感じている。
戦いの中では怪我をすることも珍しくはなく、生き残れば宴会と称して朝まで飲み続けるといった者も多い。
そんな生活をする傭兵が健康的なのかと言われれば、大抵の者は首を横に振るだろう。
唯一健康的だとすれば、日常的に身体を動かしているので運動不足になる者は極めて少ないということだろう。
何しろ身体を動かす……鍛えるような真似をしなければ、戦場で生き残ることは難しいのだから。
「こうして考えると、傭兵ってもの凄く健康に悪そうな職業ですよね」
「それは否定しない。だが、黎明の覇者は傭兵の中では健康的な生活を送れる方なのは間違いないぞ」
「それは……なるほど、そうかもしれませんね」
実際、黎明の覇者はある程度規律があり、毎日のように訓練を行っている。
食事に関しても、宿の方でそれなりに考えられた物を出されている。
他の傭兵団の、腹が膨れれば何でもいいといったような食事とは違う。
そういう意味では、ある程度健康的な生活を送れるようになっているというのは間違いなかった。
「あとは……まず、気配を察知することが出来るようになるのが一番いいな。気配を察知出来るようになれば、野営のときの見張りだけではなく、普通に戦闘をする上でも大きな意味を持つ」
「気配の察知って……そう簡単に出来るようになるものなんですか?」
イオも、ギュンターの言ってることは分かる。
いや、正確には分かるというか、日本にいるときに読んでいた漫画では、気配や殺気を感じるというのは頻繁に出て来たのだ。
そういうのがあるのは分かる。
分かるものの、具体的にイオがそのような真似が出来るのかと言われれば、その答えは否だ。
今の自分の状況で一体どうやって気配の類を察知すればいいのか。
その方法すら分からないのが正直なところだった。
「出来るようになるというか……そうだな、一定以上の実力の者なら基本的な技能だぞ」
マジか。
思わずそう言おうとしたイオだったが、それは何とか堪える。
この世界がファンタジー世界である以上、気配を察知するという技量を持つ者がいるというのはおかしな話ではない。
(それに、日本でだって……いや、地球でだって気配を察知出来るといったような者は多分いただろうし。俺に身近なところでは、猟師とか)
イオが住んでいたのは、東北の田舎だ。
それでもイオの家は街中にあったが、同じ高校に通っていた者の中には山のすぐ側に家があるといった者もいた。
そんな状況だけに、イオの知り合い……正確にはイオの両親の知り合いの中には猟師もいる。
その猟師が獲った鹿や熊、猪といった肉を分けて貰うというのも珍しい話ではない。
……そのような動物の肉は結構な量になり、当然ながらそれを全て自分たちで消費するといった真似は出来ない。
ストッカーと呼ばれている巨大な冷凍庫には冷凍された肉が大量に入っているのをイオも見せて貰ったことがある。
獲物を多く獲ることが出来た場合、ストッカーの肉を消費するよりも増えていく方が多くなりそう、そういう時に猟師は知り合いに肉を渡すのだ。
(いや、今は肉云々じゃなくて、気配の件だったな)
イオが猟師から話を聞いたところによれば、猟をしているときにたまに……本当にたまにではあるが、気配というのを察知出来ることがあるらしい。
それが本当なのかどうか、生憎とイオには分からない。
分からないが、そうして猟師であっても気配を察知することが出来るというのなら、このファンタジー世界において気配を察知出来るのが普通の技能であってもおかしくはなかった。
「具体的にどういう風にすれば、気配を察知出来るようになるんですか?」
「その辺については感覚的なものだから何とも言えないな。俺の気配の感じ方と他の奴の気配の感じ方は違うし、当然ながら俺とイオの気配の感じ方も違う」
「つまり、気配を感じるようになるには自分でどうにかするしかないということですか?」
「そうだな。こればかりは自分でどうにかするしかない」
そう言いながら、ギュンターは焚き火の中に薪を放り込む。
パチリという音と共に薪に火が回って燃え出す。
そんな焚き火の炎を見ながら、イオは気配を出来るようにはどうすればいいのか迷う。
(ある程度以上の実力のある者は気配を察知出来る……となると、多分俺だけじゃなくてレックスも気配も察するような能力はないと思うんだけど)
そんな風に思いながら、イオは自分の中にある何かの感覚を見つけようとする。
だが、当然ながらそのような感覚がそう簡単に見つかるはずもない。
そしてイオがやっているのは見張りである以上……
「おい、イオ。見張りもしっかりやれよ」
当然のように、ギュンターからそう注意される。
自分の中にある何かを集中し、周囲の気配を探ろうとしていたイオだったが、そんなイオの姿はギュンターから見れば眠っているように思えたのだろう。
あるいは気配を感じることが出来るようにしてはいるが、今はそれよりもしっかりと見張りをしろと言いたかったのか。
その辺は生憎とイオにも分からなかったが、今の状況で出来るのは見張りをしっかりとするという行為のみ。
別に気配を感じるようになるのは、目を瞑って自分の中に眠る何らかの力を見つける……といったような真似をしなくてもいいのだから。
今の状況を考えれば、色々な手段を使って周囲の状況を確認するといった行為から行ってもいいだろう。
そう考えたイオは、焚き火で照らされる周囲の景色を眺めつつ、何かを感じ取れないかと思う。
ととはいえ、イオは別に天才という訳ではない。
気配を察知する方法を覚えようとして、すぐにそれを覚えられる……といったような真似が出来るはずもなかった。
流星魔法の使い手という意味では、その場のアレンジで呪文を変え、メテオの効果範囲を多少なりとも変えたりといった真似が出来るので、その方面では天才と呼んでもいいのかもしれないが。
もっとも、次々に隕石を落とすというのを考えると、天才よりも天災と呼ぶべきかもしれない。
しかし、それはあくまでも流星魔法についての話であって、気配を察するという能力については、とてもではないが才能がある訳でない。
「ちなみに、気配を察知出来るようになれば殺気とかも感じたりしやすくなるんですか?」
「どうだろうな。似たような能力なのは間違いないが……その辺も人によって違う。それこそ気配は察知出来ても殺気は察知出来なかったり、あるいはその逆だったりな」
「それは……」
気配を感じる能力は個人によって違うというのは先程も聞いていたが、殺気についても同様なのかと、イオは驚く。
(結局その辺の能力を会得するには、自分でどうにかするしかない訳だ。……問題なのは、具体的にそれをどうやってやるかだな)
イオにしてみれば、全く何もない状況からどうやってその能力を習得すればいいのか迷う。
迷うが、その中に能力を習得しないという選択肢は存在しない。
「まぁ、気楽にやれ……とは言わないが、急いでどうにかなるものでもないしな。ゆっくり訓練をして着実に身に着けていくしかない」
そう告げるギュンターの言葉に、イオは真剣な表情で頷くのだった。
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