第57話
イオたちの夕食が終わると、それぞれ自由時間となる。
そんな中でも何人かは未だにベヒモスの解体をしている者もいたが。
特にベヒモスの骨は結構な素材として取引されているので、少しでも素材として確保したいと思う者もいるのだろう。
そんな中、イオは焚き火を見ながら特に何をするでもなくぼうっとしている。
ベヒモスの素材の剥ぎ取りをしてもいいと思うのだが、何となくそんなことをするつもりはなかった。
他には離れた場所では傭兵たちが酒を飲みながら騒いでいる。
そちらの方に行く訳でもなく、本当にただぼうっとしているだけだ。
(あー……何なんだろうな。ベヒモスの肉を食いすぎたせいか、何もやる気が起きない。……肉はそこまで油っぽくなかったから、胃がもたれるとかそういうのじゃないんだけど)
イオが以前いた日本では、高級な牛肉というのは基本的に脂身が多かった。
そういう肉は少しを食べるのならともかく、多くを食べるような真似をすれば胃がもたれる。
……実際にそういう肉を食べた回数はあまりないので、経験というには微妙だが。
しかし、ベヒモスの肉はそのような肉と比べても脂身は非常に少ない。
どちらかといえば、赤身系の肉だった。
だというのに、旨みは十分に詰まっており、硬い訳でもない。
それこそいくらでも食べられるといったような肉。
(うん、ああいう肉で美味い肉料理を食べることが出来たらいいんだけどな。とはいえ、今の状況を考えるといつそんな真似が出来るのは分からないけど)
そんな風に物思いに耽っていたイオだったが、不意に誰かが自分の方に近付いて来るのに気が付く。
出来れば今は面倒なやり取りをしたくないんだがと思って視線を陰ると、そこにいたのは予想外の人物。
これまでイオに何度も絡んできた、ドライン。
周囲には取り巻きの姿はなく。ドライン一人でイオの前に立っている。
「……」
しかし、イオの前に立ちはしたが、それで何かを言う様子もない。
仕方がないので、イオから口を開く。
「どうしました?」
そんなイオの言葉に、ドラインは苛立ちを……いや、その表情に浮かんでいるのは、苛立ちどころか憎悪とすら呼んでもいいような、そんな表情で口を開く。
「さぞ、面白かっただろうな」
「……何がです?」
唐突に出たドラインその言葉の意味を、イオは最初理解出来なかった。
一体何が面白いと思ったのか。
自分が面白いと思ったことは、それこそベヒモスの肉を食べてそれが美味かったことくらいで、他に何かそれらしいことはない。
まさか、ベヒモスの肉を食べたのが気に食わなかったのか?
そうも思ったが、ドラインの様子を見ている限りそのような理由からの言葉でないことは明らかだ。
だとすれば一体何が理由なのか。
それが分からないイオだったが、そんなイオに向かってドラインは改めて口を開く。
「実はあれだけ強力な魔法を使えるって、何で隠していた? そしてベヒモスに追われて、最後の最後でようやく魔法を使って……自分の力をそこまで見せつけることが出来て満足か? 何でそんな力があるのなら、最初から使わなかった!」
その叫びに、イオは何と答えるべきか迷い……やがて口を開く。
「まず第一に、俺はソフィアさんたちから流星魔法については出来るだけ使わないようにしろと言われてました。もし俺が流星魔法を使わなくてもベヒモスから逃げられるのなら、実際に流星魔法を使ったりはしなかったでしょう」
「けど、逃げられなかっただろ? それが分かってからも、お前は魔法を使わなかった! 一発でベヒモスを殺すことが出来るだけの威力の魔法を使えたんだ! なら、もっと早く使ってもいいだろう!」
「そうですね。けど、流星魔法は体験して貰って分かったと思いますが、魔法を発動してからすぐに彗星が降ってくる訳ではありません。それに流星魔法は特殊な魔法なので、一度使えば杖が壊れるということになっています。魔法使いの杖が破壊されることの意味は分かりますよね?」
「それは……」
魔法使いの杖というのは、非常に大きな意味を持つ。
実際、流星魔法を使う杖がなくなった今のイオは、純粋な戦闘力という点ではかなり低い。
そうである以上、イオとしては出来れば流星魔法を使おうとは思わなかった。
「それでも最終的に俺が流星魔法を使ったのは、ベヒモスから逃げ切れないと思ったからです。それに……流星魔法を命中させるために馬車を使ってベヒモスの足止めをしてもらいましたが、正直なところ、先程も言ったので繰り返すようですが、流星魔法でベヒモスを殺すことが出来るとは思いませんでした」
そう告げるイオの言葉に、ドラインは言葉に詰まる。
実際、ドラインの乗っている馬車もまたベヒモスを足止めするために動いていたのだ。
イオのその言葉はドラインにも納得出来るものがあった。
「ちなみに、あの一撃でベヒモスを殺すことが出来ていなければ、それこそ逃げることしか出来ませんでしたよ。そういう意味では、あの一撃でベヒモスを殺すことが出来たのは運がよかったとしか言えません」
それは間違いのない事実。
あのベヒモスに対する攻撃が失敗していた場合、イオたちは間違いなく死んでいただろう。
それもただ殺されるのではなく、喰い殺されるといった形でだ。
あるいは流星魔法の一撃によってベヒモスを殺すことは出来ずともダメージを与えるようなことに成功した場合は、逃げることも出来たかもしれないが。
そういう意味では、イオの使った魔法は一か八かといったような面があったのは間違いない。
「それでも、逃げ切れる可能性があったのならもっと早く使えばよかっただろう!」
「今の状況を考えると、そう簡単に使える訳がなかったのは、さっきも言ったと思いますけど」
すでにドラインにとっては、イオが何をやっても駄目で、その言動の全てが気にくわないという状態になっているのだろう。
イオとしては、ドラインに何を言っても無意味だろうというのは予想出来た。
だからといって、あっさりとドラインの言葉を無視するといったような真似も出来ない。
「その辺にしておけ」
いつから二人のやり取りを見ていたのか、ルダイナの声が周囲に響く。
「ルダイナさん! でも、もしイオが最初から俺たちのために働いてくれてたら、あそこまで追い込まれることもなかったんですよ!」
「俺はその辺にしておけと、そう言ったぞ。……そもそもイオは、本来なら黎明の覇者の客人だ。俺たちがイオを守ることはあっても、俺たちがイオに守られるというのは……恥だ。いや、恥というのは少し言いすぎかもしれんが」
ルダイナにしてみれば、イオは上から命じられて一緒に行動していたものの、それでもイオには戦って貰うような真似をせず、ただ一緒に行動するだけという認識があった。
もちろん、それはあくまでもイオが魔法使い見習いであると考えていたからこそ、そのように思っていたというのが大きいのだが。
それでも、本来は客人であるイオに助けて貰ったのは間違いない。
ルダイナにとって、それは一種の失態でもあった。
とはいえ、イオとの会話で自分の失態……そして不満も大分解消はされていたのだが。
そんな中で、こうしてドラインが再びイオに向かって絡んでいたのだ。
ルダイナの立場としては、そんなドラインの行動を放っておくような真似は出来ない。
「分かりましたよ。けど、忘れないで下さいよ、ルダイナさん。イオはいつでもベヒモスを倒せる立場にいながら、俺たちが慌てふためいて逃げるのを楽しんでたんだ。それが許せないって奴は、多分俺以外にもいるはずだ。……それを表に出しているかどうかは別としても」
「だろうな。それは俺も否定はしない。だが……イオの力のおかげで、俺たちが生き延びたというのも間違いのない事実だ。それを考えれば、それこそイオを恨むのは筋違いだろう。イオを恨むよりも前に、イオに頼らなければ生き残ることも出来なかった自分たちの未熟さを恨むべきだ」
そんな二人の会話が聞こえていた傭兵たちの何人かが、それぞれ図星を指された様子で頷く。
黎明の覇者ではまだ見習いという扱いの者たちだが、相応の素質を見出されたり、あるいは他の傭兵団で活躍していた者たちがほとんどだ。
それだけに、自分たちの実力が足りないと言われれば、その言葉に思うところはあるのだろう。
もっとも悪名高いとはいえ盗賊と戦うつもりだったのが、いきなりベヒモスと戦うようなことになっていたのだ。
多少腕が立とうが、ベヒモスを相手にどうしろと? というのが正直な気持ちだった。
「イオを相手に、色々と思うところがある奴もいるだろう。だが、そのイオのおかげで俺たちは今日ベヒモスを相手に生き残り、それどころかベヒモスを倒して肉や素材を大量に手に入れることが出来たんだ。……それを考えれば、感謝するのならまだしも、イオに不満は言えないだろう」
ルダイナのその言葉は、真実でもあった。
そして同時に、イオを相手に苛立ちや不満を露わにしたドラインを窘めているようでもある。
ドラインもルダイナの言葉を聞いて黙り込む。
ルダイナの言葉に納得した訳ではない。まだドラインはイオに対して不満を抱いてはいたが、ここで自分が何を言っても、自分の株を下げるだけだと、そう判断したのだろう。
ルダイナもドラインのそんな考えは分かっていたものの、ここでこれ以上追及しても意味はないと判断して黙り込む。
(ドラインにしてみれば、イオは能力云々という訳ではなく、単純に気にくわない相手なんだろうな。今まではあんな強力な魔法の使い手だとは思っていなかったから、そこまで気にするようなことはなかったのだろうが……実はベヒモスを一撃で殺せるだけの実力の持ち主だ)
ドラインにしてみれば、戦闘力という点だけでは自分の方が圧倒していると思っていた。
しかし、実際には戦闘力だけでも自分よりも上なのだ。
とてもではないが、ドラインにしてみればイオの存在を許容出来ないのだろう。
そんな風に思いつつ、ルダイナは憂鬱そうに息を吐くのだった。
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