第58話

 ベヒモスを倒した日の翌日……ベヒモスの解体も大体終わり、貴重であったり高価な素材を馬車に詰め込んでいたのだが、そんな中でルダイナは改めてイオに尋ねる。


「本当にいいのか? ベヒモスの魔石だぞ? この魔石を売れば、それこそ一生遊んで暮らせるだけの金額になる。なのに……」

「構いませんよ。俺がそんな魔石を持っていても使い道はないですし。それに売って金にした場合、それを目当てに狙われる可能性も高くなりそうですから」


 ただでさえ、イオは流星魔法の件が知られると人に狙われる可能性が高かった。

 そんな中でさらに自分が狙われる可能性が高くなる魔石を貰いたいとは思わない。

 このとき、イオが思い浮かべていたのは日本にいたときにTVか何かで見た話。

 宝くじで高額の当選をした場合、どこからともなくその情報を得て、寄付して欲しいといったような者、今まで顔を合わせたこともない親友や付き合いの薄かった親戚といった者たちが次々に現れるという。

 実際にそれが本当なのかどうかは、イオにも分からない。

 だが、一生遊んで暮らせるほどの金額をここで入手した場合、同じようなことになってもおかしくはないと思える。

 ましてや、これで実はベヒモスの魔石を入手した者が歴戦の傭兵……それこそ黎明の覇者に所属するような傭兵であればともかく、今のイオは黎明の覇者の客人ではあっても、正式に所属している訳ではない。

 いや、あるいは今のイオの状況を思えば、一応今もまだ黎明の覇者の客人という立場ではあるが、ベヒモスを倒す為に二度目の流星魔法を使ってしまった現在、現在の自分がどのような状況なのか分からない。


「イオの考えは分かった。だが……正直、ベヒモスの魔石ほどの話となると、俺がそれをはいそうですかといったように決めることは出来ない。この件は上にどうするか聞いてから決める。だから、今は……一応、イオがベヒモスの魔石の所有者ということにしておいてくれ」

「俺が、ですか? けど……俺がベヒモスの魔石を持っていると、すぐに奪われてしまいかねませんよ?」


 イオは戦闘そのものはほとんど素人同然だ。

 そんなイオの唯一にして最大の攻撃方法が流星魔法なのだが、その流星魔法も現在はベヒモスに使ったときに杖が砕けてしまっている。

 杖がなければ魔法は使えない。

 もし今のイオを倒そうと思えば、ここにいる黎明の覇者の傭兵たちどころか、少し戦い慣れした傭兵を一人連れてくれば、それで終わる。

 そんな状況でベヒモスの魔石を持っているのは落ち着かないし、金に換えるなどといった真似は自殺行為でしかない。

 だからこそ、今の状況を思えばイオが魔石を持つというの論外だった。

 改めてそう説明すると、ルダイナはその言葉に完全に納得した訳ではないだろうが、頷く。

 そしてさらに何かを言おうとしたところで……


「ルダイナさん、遠くに土煙です! 多分こっちに向かっている連中がいます!」


 と、不意にそんな叫び声が聞こえる。


「何っ、もうか!? くそ、予想していたよりも早いな。素材の積み込みはどうなっている!」

「まだ半分ちょっとってところです!」


 これでも、昨日のうちからある程度は素材の積み込みは行っていたのだが、それでもまだ半分程度でしかない。

 馬車を満杯にするまでとなると、その作業の途中でこちらに近付いてきている相手がここに到着する方が早いのは明らかだ。


(どうする?)


 ルダイナは迷う。

 もし近付いて来るのが自分たちよりも弱い相手なら、迎撃してしまえばいい。

 自分たちは黎明の覇者の見習いではあるが、それでも他の傭兵団なら即戦力となるだけの実力は持っているのだから。

 そうすれば、ベヒモスの素材をより多く持ち出せるのは間違いない。

 だが……近付いて来るのが自分たちよりも強い相手ならどうするか。

 それこそ最悪の場合、ベヒモスの素材を全て奪われ、さらには流星魔法を使うイオも奪われる。

 そんなことになるよりも前に、逃げるべきか。

 それとも戦うべきか。

 今ここにいるルダイナはそんな風に迷い……


「ちょ……ルダイナさん! 近付いて来る連中、尋常じゃないくらいの速度が出てます!」

「何!? ちっ、しょうがない。こうなったら、すぐにでも撤退を……」

「待って下さい!」


 そんな中、不意に叫んだのはイオ。

 一体この状態で何を言う?

 そんな疑問の視線を、ルダイナ……だけではなく、他の者たちからも向けられる。

 しかしそんな視線を向けられたイオは、何の証拠もないのに何故か確信を持って呟く。


「あれ……多分ですけど、ソフィアさんたちだと思います。この感覚、ゴブリンの軍勢を倒したときにソフィアさんたちが近付いてきたときと同じです」


 何故そのようなことが分かるかは、口にしたイオ本人も分からない。

 分からないが、それでも何故かそう理解出来てしまったのだ。


「団長たちだちと? ……それは本当か?」


 ルダイナは急激に近付いて来る土煙を前に、そう呟く。

 ルダイナの視力でも、近付いて来るのがソフィアたちなのかどうかというのは、分からない。

 しかし、それを口にしたのはイオだ。

 昨日見せた流星魔法の影響もあって、近付いて来るのがソフィアっであるという言葉にある程度ではあるが説得力を与えていた。

 もしこれが、流星魔法を使う前ならルダイナも……いや、話を聞いている誰もがイオの言葉を信じるといったような真似はしなかっただろう。

 そのような、聞く者によっては一種の世迷い言と言っても間違いではないようなそんな言葉ですら、信じさせるような説得力が今のイオの言葉にはあった。

 そんなイオの言葉に真っ先に反対しそうなのはドラインなのだが、そのドラインもイオの流星魔法を見たあとでは、もしかしたら……と、そう考えてしまう。


「どうします、ルダイナさん。待ちますか? それとも逃げますか?」


 傭兵の一人が、ルダイナにどうするのか尋ねる。

 今の状況を思えば、ルダイナがどう判断しても仕方がないと、そう思っているのだろう。

 それが分かるだけに、ルダイナもどのように反応すればいいのかを迷う。

 今この状況で、何を口にするべきか。

 イオの言葉を信じて、ソフィアだと考えてこの場で待つか。

 それともイオの言葉を世迷い言と判断して、さっさとこの場から逃げるか。

 そうして迷っている中……不意に、レックスが口を開く。


「イオさんを信じてみませんか? イオさんの力は昨日見たはずです。それを考えれば、イオさんの言葉を信じてもいいと思いますけど」


 何人かは、レックスの言葉に不満の視線を向ける。

 レックスはまだ黎明の覇者に所属したばかりだ。

 それも、黎明の覇者の所属するだけの能力を持っている訳ではなく、客人という立場にあるイオの推薦によって。

 ……実際には、ギュンターがレックスはそれなりに期待出来る人材であると認識し、それによって黎明の覇者に所属することを許されたのだが……生憎と、そこまでの事情を知っている者はいなかった。


「おい、まだ黎明の覇者に入ったばかりの奴は偉そうに口を出すんじゃない」


 傭兵の一人が、レックスに向かって不愉快そうに言う。

 それに対して、レックスは申し訳ありませんと頭を下げ、それ以上は何も言わない。

 しかし、そんな今のやり取りがルダイナにとっても決断を迫るには十分だった。


「そうだな。昨日見たイオの力を考えると、それを信じてもいいか」


 ルダイナの呟きを聞いた傭兵の一人が、落ち着いた様子で尋ねる。


「じゃあ、ここで待つんですか?」

「そうだ。ただし、何もしないで待つ訳じゃない。もし近付いて来るの団長たちでなければ……そしてベヒモスやイオの身柄を寄越せと言われた場合は、戦ってでも守り抜く」


 イオを守るという言葉に、ドラインは面白くなさそうな表情を浮かべたが、反対意見を口には出さない。

 もしここでドラインがそのようなことを言った場合、間違いなく面倒なことになるだろうと、そうドラインも思ったからだ。

 誰かが近付いて来るなどといったことがない状態なら、あるいはここでドラインもここで不満を口にしていた可能性がある。

 しかし、今この状況でそのような真似をした場合、近付いてくる相手に対処する余裕がなくなってしまう。

 ドラインは、イオが言ってるように近付いて来る相手がソフィアだとは思っていない。

 この距離でソフィアだと言われても、一体どのような理由で信じることが出来るというのか。

 それでも何故かルダイナはそんなイオの言葉を信じており、他の者たちも流星魔法のような強力な魔法を使えるのなら、もしかして……? と、そう思っていた。

 ドラインにはそんな者たちの様子が信じられなかったものの、他の者たちがそのようにしている以上、このまま自分だけで逃げるといった真似が出来ないのだから、やってくる相手が敵で、しかも自分たちよりも弱い相手であることを願うしかない。

 いっそイオなどいう存在は渡してしまった方がいいのでは? と、そんな風に思わないこともなかったのだが。

 だが、すぐにドラインは首を横に降る。


(イオは気にくわない奴だが、それでもあの流星魔法だったか? あれは黎明の覇者の役に立つ。杖が壊れるとか、イオが魔法以外は無能だとか、欠点は多いがな)


 ドラインはイオのことは気にくわない。

 元々相性が悪いというのもあるし、ベヒモスと遭遇したときにイオなら相手を倒せるというのに、実際には勿体ぶって他の者たちを危機に晒した。

 もしイオが最初からベヒモスを倒していれば、自分たちがベヒモスに追われて命の危機を感じる必要もなかったのだ。

 それを思えば、やはりイオのことは決して許せる相手ではない。

 相手ではないが、それでもイオの流星魔法というのが黎明の覇者にとってどれだけの利益になるのかを考えれば、気にくわないまでも自分の気持ちを表には出さない方がいい。

 ……実際には、こうして一緒に行動している者の多くはダイラスがイオを気にくわないというのは知っているのだが。

 ともあれ、近付いてきた敵と戦う準備をしていると……


「え?」


 ドラインの口から間の抜けた声が上がる。

 何故なら、近付いてきた者たちはソフィア率いる黎明の覇者だったのだから。

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