第55話
ベヒモスの解体をするとなれば、黎明の覇者が動くのは早かった。
もちろん、今の状況でもイオに対して色々と思うところがない訳ではなかったが……それでも、やはりベヒモスのような高ランクモンスターを解体するというのは、傭兵にとって非常に珍しい機会だったのだろう。
中には何で自分がこんなことをしないといけないのかといったような不満を持つ者もいたのだが、とにかく今はベヒモスの解体をするのが最優先だった。
幸いにも……という表現をした場合、それはあまり面白くないと不満に思うような者もいるかもしれないが、ベヒモスの解体は丸々一匹という訳ではなく、イオのメテオによって下半身は消滅しており、上半身もそれなりに大きなダメージを受けている。
この被害の大きさだけに、純粋に素材として考えた場合、かなり買い叩かれてもおかしくはないだろう。
また、素材として使える内臓の部位も消滅した場所が多く、残っている部位も傷がついている部分も多い。
そしてイオが一番楽しみにしていた肉も、下半身が消滅しているのを見れば分かるように、食べられる部分はかなり少なくなっていた。
「流星魔法だったか? モンスターを倒すのはいいけど、素材の剥ぎ取りとかを考えると、ちょっと使い勝手が悪いな」
ルダイナが、イオに向かってそう告げる。
イオもまた、解体されていくベヒモスを見ながらそんなルダイナの言葉に誤魔化すような笑みを浮かべる。
なお、流星魔法を見た直後はイオの存在を怖がったルダイナだったが、今はもうイオを怖がっている様子は見せない。
時間が経つに連れて恐怖心がなくなったのか、あるいはまだ内心では恐怖しているものの、それを表に出さないようにしただけなのか。
正直なところ、イオにはその辺りは分からなかった。
ただ、それでもこうして自分と普通に接してくれているのは、イオにとっても悪い話ではない。
何しろ、イオがこうしてベヒモスの解体に参加していないのは、イオが客人であり、ベヒモスを倒した人物だからというのもあるが……それ以上に、解体に参加している者の中にはイオの存在を怖がっている者が結構な数いるというのが理由だったのだから。
イオと一緒の馬車に乗っていた者達はそうでもなかったのだが、他の馬車に乗っていた者たちの中にはイオを怖がる者がそれなりにいた。
そんな中でも特に怖がっているのは、イオの存在を気に入らず何度か絡んできたドラインたちだった。
イオがこれだけの力を持っているとは知らずに絡んでいたので、そのことに今さらのように後悔しているのだ。
「素材の剥ぎ取りとかを考えないと、敵を殲滅するのに十分な威力があるんですけどね。あとは……杖が俺の魔法に耐えられるといいんですけど。杖はこの通りですから」
そう言い、イオは何も持っていない手をルダイナに見せる。
ベヒモスと戦う前に持っていた杖は、流星魔法を使ったことによって粉々になっており、イオの手には現在何も握られていない。
イオが使っていた杖は、ゴブリンの軍勢を倒したときに入手した杖だ。
問題なのは、その杖を持っていたのがゴブリンメイジなのか、それとももっと別の……ゴブリンメイジの上位種や希少種といった存在なのかが分からないことだろう。
だからこそ、もしかしたら流星魔法を使っても壊れないかもしれないと期待していたのだが……残念ながら、そんなイオの期待は完全に外れてしまった。
「杖か。……むしろ、あれだけ強力な魔法を使って、その代償が杖だけというのは悪い話じゃないんじゃないか? 俺も聞いた話だが、魔法の中には自分の魔力だけではなく命を使って発動するようなのもあると聞く。そう考えれば、杖だけですんだ今の状況は決して悪いものではないと思う」
改めてルダイナからそのように言われると、イオもその言葉には納得するしかない。
ゴブリンの軍勢を一撃で消滅させ、ランクAモンスターのベヒモスを一撃で殺し……というその威力を考えれば、杖を犠牲にするだけで自分の寿命に影響はないというのは、十分にありがたい。
(え? でも……本当に寿命とかそういうのは俺には関係ないんだよな? 実は自分では理解出来てないだけで、寿命を使って流星魔法を使ってるとか……ないよな?)
イオにしてみれば、自分では寿命を使っているつもりは一切ない。
だが、それはあくまでもイオがそのように感じているだけであって、もしかしたら実は……と、そのように疑問を抱いてしまってもおかしくはなかった。
(これは、あとで誰かに聞いた方がいいな。幸いにも黎明の覇者には魔法使いが何人かいるって話だったし。それを考えれば、俺がここで何かを考えるよりは、そっちの方がいいと思う)
そんな風に考えつつ、もしかしたらルダイナも知ってるかも? と思いながらイオは改めて口を開く。
「寿命とかを使ってるという実感はないんですよね。もし寿命とかを使って魔法を使わないといけない場合、それって自分で分かるものなんですか?」
たとえば、これがゲームの類であれば寿命……あるいは生命力やHP、ヒットポイントと呼ばれるものが消耗しているといった感じで分かりやすいかもしれない。
だが、そんなイオの言葉にルダイナは首を横に振る。
「魔法を使えない俺にそんな風に聞かれても、分かる訳がないだろ。知りたいのなら魔法使いに聞け。この一件が終わった後での話だがな」
「そうですね。どうせなら黎明の覇者の魔法使いに聞きたいと思います。……とはいえ、それが具体的にいつになるのかは分かりませんけど」
その言葉の意味は、当然ながらルダイナにも理解出来た。
ベヒモスを倒すといったようなことをしてしまったイオだ。
このままここにいれば、やって来る相手によっては最悪の結果をもたらすかもしれない。
そう不安を抱いても、おかしくはないだろう。だが……
「安心しろ」
不安を抱いているイオに対し、ルダイナは安心させるように言う。
「今のお前は黎明の覇者の客人だ。そうである以上、もし無理にイオを奪おうとする相手がいたら、それは俺たちに……ランクA傭兵団の黎明の覇者に喧嘩を売ってるのは間違いない」
それは、たとえどのような相手が来てもイオを渡すことがないという、ルダイナの決意を示す言葉。
そんなルダイナの言葉に、イオは笑みを浮かべる。
ルダイナの言葉と態度がそれだけ嬉しかったのだ。
実際には、相手が強者と呼ぶべき存在であれば、イオを渡さないというのはそう簡単なことではないだろう。
……もっとも、ルダイナたちは黎明の覇者の中では見習いだったが、もっと低ランクの傭兵団であれば即戦力となれるだけの実力の持ち主も多い。
そんなルダイナたちだけに、もしイオを奪おうとしてやって来る者がいてもそう簡単に奪うことはできないだろう。
(俺としては、それは非常にありがたいんだよな。何しろ今は杖もないし)
杖がない……つまり、流星魔法が使えないイオは本当にただの戦闘の素人でしかない。
今のイオであれば、それこそ一定の実力がある者なら容易に捕まえられるだろう。
イオとしては、そのような状況だけにルダイナの言葉や態度は非常に頼もしい。
「ありがとうございます」
「気にするな。これはお前を預かった者として当然のことだ。それに、俺たちを助けてくれたのはお前なんだ。そんな相手を誰かに売るなどといったような真似をするつもりはない」
ルダイナのその言葉に、イオは笑みを浮かべて改めてベヒモスの解体作業をしている者たちを見る。
ベヒモスの死体は次々と解体されていく。
皆がそのような作業にはかなり慣れているらしいのが見て分かる。
最初はベヒモスの解体に戸惑っていたようだったが、今はもうかなりスムーズに解体が進められていた。
その素早い解体の仕方は、ギュンターからゴブリンの解体を教えてもらったイオにしてみれば、とてもではないが自分には出来ないと思わせるには十分な素早さだ。
いや、素早いだけなら同じように出来る者も多いだろう。
しかし、ベヒモスの解体をしている者たちは素早いだけではなく正確で綺麗なのだ。
イオからしてみれば、個人ならともかく皆が揃ってここまで解体出来るのかと、そのようにすら思ってしまう。
「どうした?」
そんなイオの様子に気が付いちたのか、ルダイナが不思議そうに尋ねる。
「いえ、ベヒモスの解体がかなり素早く出来ていると思って。最初は慣れない様子だったのに、随分とコツを掴むのが上手いんですね。……ちなみに、ベヒモスの解体って今までにもした経験がありますか?」
「まさか。そんなはずないだろ。相手はランクAモンスターのベヒモスだぞ? ……いやまぁ、黎明の覇者に所属する前にいた傭兵団でそういう経験をした奴がいてもおかしくはないが、こうして見たところでは、そういう奴はいないぞ?」
「だとすれば、解体をするのにこんなにすぐに慣れたというのは、一体どういう理由なんでしょう? 正直なところ、何でこんな風に上手く出来るのかが全く分かりません」
イオもゴブリンの解体をやってみたからこそ、モンスターの解体というのがかなり難しいのは理解出来た。
ギュンターから教えて貰いながらやっても、結果としてかなり失敗したのだ。
ギュンターからは何度もやればそのうち慣れると言われていたし、実際にそれは間違いではないとも思う。
それでもイオの目から見れば、自分が解体に慣れても、とてもではないが目の前で行われているようにベヒモスを素早く解体出来るとは思わなかった。
「こればっかりは慣れだな。イオも解体をしていれば、そのうち慣れる」
「ギュンターさんからも言われましたけど、正直なところ俺がいくら頑張ってもあんな風に素早く解体出来るようになるとは思えません」
そんなイオの言葉に、ルダイナは笑みを浮かべる。
自分も最初はイオと同じように思っていたと、そう示すかのような笑み。
だが、どのようなことであっても、やり続ければ慣れる。
それは人としての習性であり、イオもまた黎明の覇者に所属するようなことになったら、恐らく……いや、間違いなく慣れるだろうと、そう考えるのだった。
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