第54話
その日、ドレミナの住人は二度目の隕石を見る。
ドレミナの周辺……大きな目で見ればドレミナという同じ場所に隕石が墜ちてくる確率は、一体どれだけのものなのか。
ある者は天変地異の前触れではないかと怯え、ある者は隕石が落ちながらもドレミナは無事だったことで吉兆だと判断した。
それ以外にも色々と思うところが多い者たちはいて、それぞれが今この地で一体何が起きているのかといった心配をしている。
そんな中、イオの事情を知っている者たちだけは違う。
「ローザ、すぐに出撃の準備をして。出られる者だけで出るわ」
「すぐに準備するから、待っててちょうだい。基本的にはイオの秘密を知っている者だけでいいのね?」
「ええ。……何が起きたのかは分からない。分からないけど、それでも何かが起きたのは間違いないわ。それこそ流星魔法を使うような何かがね。こうして二度も流星魔法を使った以上、もうイオのことを隠しておくのは不可能だと思った方がいいわ」
ソフィアの口から出た言葉は、ローザにとっても十分に納得出来た。
流星魔法という魔法について直接知ってる者は自分たち以外にはいないだろう。
だが、隕石が二度もドレミナの近くに落ちたのだ。
それを考えれば、これが人為的なものではないと判断しない者が一体どれだけいることか。
だからこそ……そう、だからこそ、今は少しでも早くイオのいる場所に向かい、イオを回収する必要があった。
そんなローザに向かい、ソフィアは真剣な表情で言葉を続ける。
「流星魔法を使わなければならない相手がいた。……まさか、餓狼の牙相手に流星魔法を使ったということはないでしょうから、何か予想外の事態があったんだわ。問題なのは、それがどれだけの問題なのかだけど」
「最悪、またゴブリンの軍勢が出たということかもしれないわね」
ローザの口から出た言葉には、ある程度の説得力がある。
つい数日前にイオがゴブリンの軍勢を倒したのだが、ゴブリンの繁殖力は凄まじい。
もちろん、数日前に生まれたゴブリンが新たな軍勢を築いたとは言わないが、最初に出て来たゴブリンの軍勢を率いていたゴブリンキングとは別のゴブリンキングがいたという可能性は否定出来なかった。
そうである以上、今はとにかく何としても少しでも早く動いて事情を知る必要があり……黎明の覇者は急いで出撃の準備を整えるのだった。
ドレミナにて、ソフィアやローザが急いで出撃の準備を整えている頃、その現場では……
「嘘……だろ……」
そう言ったのは、一体誰だったのか。
少し前までは必死になって馬車を走らせ、ベヒモスから逃げながら一定の範囲内から出さないという難事をしていたのだ、今ではそのようなことをする必要はない。
馬車を追っていたベヒモスは空から降ってきた隕石によって潰され、完全に死んでいたのだから。
イオの魔法でベヒモスを倒せるかもしれないという話は聞いていた。
また、ゴブリンの軍勢を倒したのもイオだと、聞かされていた。
その辺りの話を考えると、ある意味で目の前に広がっている景色はそんなにおかしくはなかったのかもしれないが、それでも現在目の前に広がっている光景は、見ている者の度肝を抜くだけの圧倒的な迫力がある。
山に生えていた木々よりも巨大なベヒモスの身体は、その半ばまで隕石によって潰されており、挽肉といった表現が相応しい状況になっている。
隕石が命中したことにより、ベヒモスの下半身はほぼ何もない。
上半身も半ばまでがなくなり……そのような状態で死んでいる。
そしてベヒモスの死体の周囲は隕石が落下した衝撃で荒れ果てているものの、それでもイオたちが乗っている馬車の周囲は普通の草原のままになっているのは、イオが流星魔法を使ったときに呪文の詠唱を変更することによって効果範囲を変えたためだろう。
本来なら呪文の詠唱を変えて魔法の効果を調整するのは、相応の技量を持った者にしか出来ない。
イオがそれを出来たのは、イオの持つ流星魔法の才能がそれだけ大きいものだったということを示していた。
ベヒモスに追い付かれれば射殺されるという、文字通りの意味で命懸けだったとはいえ、そのような真似をやってのけたのだから。
(ベヒモスを……ランクAモンスターを倒したのか。ゴブリンの軍勢を倒したときに流星魔法の強さは十分に理解していたけど、今回はベヒモスだぞ? 俺でも知ってるモンスターだ。いや、ゴブリンも当然知ってたけど)
イオは日本にいたときから、ゴブリンについては知っていた。
当然、それは漫画やゲームといったものでだが。
そんな漫画やゲームの中には、強敵としてベヒモスというモンスターが出て来ることもあった。
そういう意味では、ベヒモスを倒せたのはイオにとっても十分な実績と言えるだろう。
(とはいえ、実績云々という話よりも……間違いなく、ベヒモスを倒したときの隕石はドレミナからも見えただろうな)
一応。イオたちがいるのはドレミナから一日以上離れた場所となる。
しかし、その程度の距離であれば、間違いなくドレミナからも先程の隕石は見えたはずだった。
ゴブリンの軍勢に続いて二度目ともなると、さすがに色々と不味い。
(それこそ、このままここから逃げ出してどこか別の場所に行くか……いや、一応今の俺は黎明の覇者に所属している訳じゃないけど、客人って扱いだったか? だとすれば、守ってもらえる……と、いいな)
ベヒモスに追われているときは命の危機だったので、とにかくベヒモスを倒すことしか考えていなかった。
しかし、今は違う。
こうしてベヒモスを倒してしまっただけに、これからのことを考えてしまう。
それでもすぐに混乱しなかったのは、もし隕石が落下したのを見てからドレミナを発っても、ここに到着するまで一日くらいはかかるだろうと判断していたためだ。
もちろん、イオたちが乗っていた馬車よりも高い能力を持つ馬やモンスターに馬車を牽かせれば、ここに到着するまでの時間はイオたちの移動時間よりも早いだろう。
だが、それでもすぐにここまで来られるという訳ではない。
(空を飛ぶモンスターや魔法とか、あるいは転移の魔法やマジックアイテムとかがあったら、話は別だけど。……ないよな、さすがに)
イオとしては、出来ればそういうのはなければいいと思う。
それでも思いついてしまった以上、その可能性は完全には否定出来ない。
周囲の様子を確認し、この部隊を率いるルダイナを見つけると、そちらに近付いていく。
いつも持っている杖が流星魔法で砕けてしまったので、微妙に手持ち無沙汰なままだったが。
「ルダイナさん」
「っ!? ……イオ……お前は一体……」
イオが声をかけると、ルダイナは反射的に数歩下がってそう言ってくる。
ベヒモスを何とかすると、そう言っていた。
それは理解しているものの、だからといって本当にどうにかするとは思っていなかった。
あのときは藁にもすがる思いでイオに頼んだのだ。
頼んでおいて、味方にも大丈夫だと言って励ましてはいたが、実際には恐らくどうしようもないだろうと思っていた。
あるいはどんなに上手くいっても、ベヒモスを多少足止めすることが出来て、その間に何とか逃げ切れれば……と。
だが、実際にイオに任せてみたところ、その結果はベヒモスの死亡。
それも高ランクモンスターとして知られているベヒモスの下半身が半ば消滅するといったような状況で。
それを起こしたのが、イオ。
黎明の覇者の客人と聞いており、それでいて実際には魔法使い見習いでしかなく、戦いの経験もろくにないような、そんな相手。
だというのに、目の前にある結果は……
そんなルダイナの中にある怯えにはイオも気が付いたようだったが、それを気にしないようにして言葉を続ける。
何も知らない状況から、いきなり流星魔法を目にすればこのような態度も仕方がないだろうと判断して。
「ルダイナさん、ベヒモスの魔石とか素材とか討伐証明部位とか……そういうのはどうします? いつまでもここにいる訳もいかないですし、剥ぎ取るなら早くした方がいいと思うんですけど」
「え? あー……ああ、そうだな。悪い」
ルダイナは自分の中にある怯えに気が付かれたのを察し、それに対する一件についても謝るように、二重の意味での謝罪をする。
「構いませんよ。このベヒモスをどうするのか、決めるのはこの部隊を率いるルダイナさんですし」
そんなイオの言葉に、ルダイナはそれなりに冷静になってから考える。
ベヒモスはランクAモンスターで、その素材はそれこそ非常に希少だ。
今のように上半身だけしかなくても、黎明の覇者にとっては大きな利益となるだろう。
「だが……いいのか? このベヒモスを倒したのはイオだ。そうである以上、このベヒモスの所有権はイオにある。なのに、このベヒモスをどうするかを俺が決めても」
「構いませんよ。俺がこんなベヒモスの素材とかを貰っても、使い道はありませんし。敢えて使い道を考えるとすれば……店に売るといったものですけど、それなら世話になっている黎明の覇者に売った方がいいと思いますし。それに……ああ、ベヒモスの肉って食べられるんですか?」
「ああ、それは問題ない。多少の例外はあるが、基本的にモンスターというのはランクが高くなればそれだけ美味い肉になる。このベヒモスはランクAモンスターだし、恐らくかなり美味いと思うぞ」
そう言われると、イオとしてはベヒモスに興味を持つのは当然だった。
ただし、上半身だけになったとはいえ、まだかなりの大きさを持つ。
肉を食うにしても、それこそ大勢で食べなければ食い切れないだろう。
そして食い切れない肉は当然のように腐る訳で……そうならないためにも、黎明の覇者の面々でベヒモスの肉を食べるのは当然のようにイオには思えた。
「じゃあ、取りあえず……そうですね。ベヒモスを出来るだけ早く解体して、その肉を食べながらこれからどうするか決めましょうか。それでいいですよね?」
確認を求めて来るイオの言葉に、ルダイナはただ頷くことしか出来なかった。
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