第50話
ルダイナの意見により、イオたちは結局餓狼の牙が拠点にしていた山に向かうことになった。
数時間ほど移動し、昼前には山の麓に到着する。
手早く昼食を終えると、休憩している者たちにルダイナからの指示が出た。
「まずは周囲の状況を確認しつつ、山の捜索だ。一応偵察部隊がある程度は調べているから問題ないと思うが、偵察部隊では見つけられなかった何かがある可能性は否定出来ない」
そうして素早くグループ分けが行われ、それぞれが山の中に入っていく。
ただし、当然の話だが馬車の周辺には待機してる者たちもいた。
もし餓狼の牙がまだ山の中に潜んでいた場合……いや、餓狼の牙がいなくても野生動物であったり、モンスターであったりがいれば、馬が殺される可能性が高い。
また、偵察に行った者たちが集まる本陣としての役割もあるから当然だろう。
「でも、俺だけがこうして何もしないでここにいるってのは……ちょっと居心地が悪いですね」
イオの呟きに、ルダイナは真剣な表情で口を開く。
「客人なんだから当然だろう。ここでイオを山の中に向かわせて被害が出るようなことになれば、洒落ないならないからな」
ルダイナのその言葉に、イオは納得する。
微妙に自分の存在が足手纏いになってるような気がする。
だが黎明の覇者の傭兵たちと比べると全く鍛えていない自分が一緒に山の中を移動しても、足を引っ張るだけだというのは容易に想像出来る。
「そうなると……俺はちょっと馬の世話でもしてますね」
「あー……いや、止めておけ。馬もこれから戦場になるということで、かなり気が立っている。慣れている奴ならともかく、イオはまだほとんど馬と接したことがないだろ。下手をすれば怪我をするぞ。馬の蹴りは強力だからな」
「それは……」
イオも、馬の蹴りが強力だというのは、理解出来た。
普通なら馬車を牽く馬はそこまで立派な馬ではない。
しかし、ここは黎明の覇者だ。
見習い組であるとはいえ、十分に立派な戦力となるだけに、馬も相応の能力を持つ個体が用意されている。
それこそ、その辺の傭兵団の主力が使っている馬と比べても明らかに格上の馬が。
そのような馬だからこそ、人を攻撃することに躊躇などしないだろう。
……もちろん、それだけきちんと調教された馬なのだから、ちょっとやそっとで暴れたりしないのだろうとイオには思えたのだが。
「それに、餓狼の牙はいなくなっても、現在山で何かが起きているのは間違いない。何かあったときはすぐ守れるように、イオには俺の側にいて欲しい」
ルダイナからそう言われれば、イオもこれ以上無理を言うような真似は出来ない。
何かがあればすぐにでもイオを助けるというルダイナの言葉に、イオは大人しくする。
(これって、もし俺が女だったらキュンってしたりするのか? ……うん、取りあえず考えただけで気持ち悪いから、なしにしておこう)
自分でも下らないことを考えたと思いながら大人しく待つ。
すると、まだ傭兵たちが山の中に入ってそこまで時間が経っていないにもかかわらず、一組のグループが山の中から姿を現す。
そのグループを率いていた男は、戸惑ったような表情でルダイナに報告する。
「おかしいです、ルダイナさん。餓狼の牙どころか、モンスターや動物の類もほとんどいません。やっぱり変ですよ、これ」
「……動物の類も?」
ルダイナにとって、その報告はかなり予想外だったらしい。
訝しげな様子で、確認するように尋ねる。
「一応聞くけど、ただお前が動物を見つけられなかったってことは……いや、ないか」
「元狩人として、それはないと断言したいですね。もしこれで俺が動物を見つけられなかったら、狩人としても失格ですし。それに……動物だけじゃなくて、鳥の類もほとんどいませんでした」
「鳥もか。……しまったな。もしかして最悪の場所に来てしまったのか? おい、足の速い奴に指示を出せ。この山は危険だ。何かがある。そうである以上撤退を……」
「ルダイナさん、大変だ!」
ルダイナが味方に指示を出しているとき、再び山の中から別のグループが姿を現す。
その表情は厳しく引き締まっており、何かがあったのは間違いないと、そう思えるのは間違いなかった。
ルダイは嫌な予感が早速命中したかと考えながら、出来ればそこまで大きな内容ではないようにと思いながら口を開く。
「何があった」
「餓狼の牙の連中を見つけた」
「何だと?」
その報告は、ルダイナにとっても予想外だった。
だたし、いい方向に予想外の内容だったが。
「それで餓狼の牙は?」
「全員死んでいた。……それ人じゃなくてモンスターか何かに殺された可能性が高い喰い殺されていた。あの様子からすると、口だけで大人一人を丸呑みにしたりするくらいの大きさを持つ」
「それは……本当か?」
ルダイナはその報告に深刻な表情を浮かべて尋ね返す。
餓狼の牙が喰い殺されているという報告を持ってきた者たちは、当然だと頷く。
このような件でデタラメな報告をしてどうするのかと。
「俺が予想していたよりも危険度が高いな。だが、偵察隊からはそんな報告はなかった。だとすれば、偵察隊が戻ってきてからこういう状況になったのか? ……まぁ、いい。とにかく足の速い奴を選んですぐ全員に戻ってくるように連絡しろ」
先程中断した指示が再開され、馬車の近くに残っていた者から何人かが急いで山の中に入っていく。
当然ながら、そんな中でイオは特に何かをするでもなくじっとしているだけだ。
今ここで自分に何が出来るのかといった問題もあるが、それ以上に今ここで下手に自分が動くような真似をした場合、ルダイナ達に迷惑をかけるだけど思っての行動。
(レックスたち、無事だといいんだけどな)
現在、具体的に何が起きているのかは、正直なところ分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えば完全にイレギュラーな事態が起きてるのは間違いない。
餓狼の牙がモンスターか何かに喰い殺されているのだから。
そのような場所にレックスたちもいるのは、イオにしてみれば心配だった。
とはいえ、今のイオに出来るのはレックスたちが無事に戻ってくるのを祈るのみだ。
「いいか、全員戻ってきたらすぐにここから離れる! 皆、何があってもいいように準備をしておけ。特に弓と矢はいつでも使えるようにしろ!」
ルダイナの指示によって山の中にいる者たちを呼びに行くと、すぐに続けて命令がされる。
それは山から離れるときに、山から誰かが……いや、何かが追撃をしてくる可能性が高いのを前提としたものなのは間違いない。
今までは特に何をするでもなく大人しくしていたイオだったが、撤収の準備をするくらいなら手伝えると判断して動き出す。
「ルダイナさん、撤収の準備なら俺も多少手伝えます。荷物運びとか、そういうのくらいですけど」
「頼む」
イオの言葉に短くそう告げるルダイナ。
今の状況では少しでも多くの人手を必要としていたのだろう。
そんなルダイナの言葉に頷き、イオも早速撤収の順位を始めた。
幸いなことに、ここを拠点として使おうとしてはいたものの、馬車から降ろした荷物はまだ多くなかった。
だからこそ、ここに残っている者の人数が少ない今であっても、かなり迅速に荷物を馬車に戻ることが出来る。
「イオ、こっちも頼む! 向こうの馬車だ! もう結構荷物が詰まれているから、その辺は注意してくれ!」
「分かりました!」
荷物の積み込みを指揮している男の言葉に従い、イオはイオは急いで荷物を馬車まで運ぶ。
荷物を馬車に運ぶのは単純な仕事ではあったものの、それでも急いでいるというのもあってか、イオはかなり緊張をしていた。
少しでも早く何とかしなければ、その遅れが致命的になる。
そんな思いから必死になって運んでいたのだが……ふと気が付けば、周囲には山の中に入っていた者たちが結構な数戻ってきている。
何人かは荷物の積み込みを手伝っており……
「貸せ、こっちは俺が運ぶ!」
不意にイオが持とうとしていた荷物が奪い取られ、運ばれる。
それをやったのがイオを嫌っているドラインだったのが、荷物を奪われた本人にしてみれば意外だったが。
イオはそんなドラインの様子に何か言おうとしたものの、今はそれよりもまずは自分のやるべきことをやる必要があるだろうと判断し、荷物の積み込みに専念する。
ドラインも、今はイオに絡んでいるような暇はないと判断したのか、黙々と片付けを行っていた。
そうして片付けている中で、次第に他の者たちも山から下りてくる。
「イオさん!」
そんな中、不意にイオはそんな声をかけられる。
聞き覚えのある声に視線を向ければ、そこにはレックスを含めてイオと一緒の馬車に乗っていた面々の姿。
もちろん、馬車に乗っていた全員が一つのグループに入った訳ではなかったので、一緒の馬車の中にいても別のグループに入っている者もいたが。
「レックス、無事だったか」
「ええ。それよりも僕たちも荷物の積み込みを手伝います……って言うつもりだったんですが、その必要はないみたいですね」
「他の人たちが手伝ってくれたしな」
急いで山から下りてきた者たちも、何かが危険だというのは理解していたのだろう。
多くの者たちが荷物の片付けに協力していたので、すでに荷物の積み込みはほぼ終わっている。
「ルダイナさん、馬が!」
不意にそんな声が聞こえてきたイオは、馬車に繋がれている馬の方を見る。
するとそこでは、小さい頃から訓練を重ねており、戦場であっても興奮することなく冷静に動ける筈の馬が落ち着かない様子を見せていた。
それは見ている者に不吉な予感を抱かせるには十分だった。
「全員揃っているな! よし、撤退するぞ! 馬車に乗り込め!」
ルダイナの命令に従い、全員が素早く馬車に乗り込む。
イオもまた、他の者たちに遅れないように馬車に乗り込み……そして馬車は全速力でこの場から離れる。
「何とか助か……」
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
助かった。
馬車の中でそう言おうとしたイオだったが、次の瞬間その言葉を遮るかのように大きな雄叫びが周辺一帯に響き渡るのだった。
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