第41話

 結局イオは何とか盗賊の討伐についての依頼を受けず……そしてギルドで傭兵や冒険者として登録もすることはなかった。


「ただ、身分証は必要だろう。今は黎明の覇者の客人という立場だから問題ないけど、何かあったときのことを考えると、どこかのギルドに登録をする必要があるんじゃないか?」


 ギルドから出ると、イオはウルフィからそんな風に言われる。

 実際にイオは身分証を持っていない。

 水晶からこの世界に送られたものの、そこは山の中で身分証云々というのは全く関係のない生活をしていたのだから。


「そうなんですよね。ウルフィさんの言ってることは十分に分かるんですけど。だからといって、どこのギルドに所属するのかってのはちょっと。ギルドに所属しないで身分証を入手する方法はないんですか?」

「それはあるさ。ただ、それは……たとえば、このドレミナの住人になるということで登録をしたりする必要が出てくるから、黎明の覇者と一緒に行動するようなことは出来なくなるけど」

「それは困りますね」


 ウルフィの言葉にイオは頷く訳にはいかない。

 ゴブリンの報酬の諸々の代金をローザから貰うために、しばらくは黎明の覇者と一緒に行動するのだ。

 そうである以上、イオがドレミナの住人になって定住する訳にはいかなかった。

 ……ソフィアから聞いたドレミナの領主の件もそこに影響してるのは間違いなかったが。


「とにかく……ん?」

「あ、イオさん! って、ウルフィさん!?」


 街中を歩きながら話をしていたイオとウルフィだったが、不意に自分に向かって近付いて来る人物に気が付いて言葉を止める。

 その人物……レックスは、イオと一緒に有名人のウルフィがいるのを見て驚きの声を上げた。


(ウルフィさんが黎明の覇者の客人として一緒に行動することになったってのは、知らされていないのか? それともある程度以上の地位にいる人たちだけが知ってるのか?)


 これがもっと重要な秘密であれば、そのような真似をしても理解は出来る。

 だが、ウルフィが一緒に行動するというのは、当然ながらそこまで重要な情報ではない。


「ウルフィさんは、しばらく黎明の覇者の客人として一緒に行動するらしい。それでレックスが俺を呼びに来たってことは、何か用事があったのか?」


 ウルフィや他の面々に対する言葉遣いとレックスに対する言葉遣いは明らかに違う。

 それはイオがウルフィを助けたというのもあるし、目上ではなく自分と同格の存在であると思っているからだろう。

 そんなイオの言葉に、レックスは頷く。


「あ、そうでした。えっと、実はこれから盗賊団の討伐に行くことになったんですけど、イオさんも呼んで来るようにと」

「……え?」


 レックスの口から出た言葉に、イオはそんな呟きを漏らす。

 このタイミングを考えると、もしかして……と、そう思ったのだ。


「盗賊団って……もしかして餓狼の牙なんて名前の盗賊団じゃないよな?」


 ギルドで見た依頼書に書かれていた盗賊団の名前を口にするイオ。

 違っていて欲しい。そんな思いで尋ねたのだが……


「あれ? 何で分かるんですか?」

「フラグか……」

「フラグ?」


 思わぬところでフラグを回収してしまったと落ち込むイオに、隣で話を聞いていたウルフィはフラグという言葉の意味が分からずに首を傾げる。

 当然だろう。まさか日本の漫画で使われることが多かった、一種のお約束的な言葉をウルフィが知っているはずもない。

 もしそれを知っていたら、それこそイオは驚くだろう。


「気にしないで下さい。ただ、まさかさっきの今でいきなり餓狼の牙と戦うことになるとは思わなかったので。……とはいえ、俺はあくまでも客人だから、戦う必要は……」

「うん、ないだろうね」


 ウルフィがイオの言葉に頷く。

 だが、そうなればそうなったで、何故餓狼の牙の討伐に自分が行くのか? といった疑問がある。


「それ、俺が行く必要があるのか? 一応俺は黎明の覇者の客人ということで、黎明の覇者に所属してる訳ではないんだけど」

「そう言われても……僕は上から言われて呼びに来ただけですから。取りあえず宿に戻って貰えませんか? そうすれば詳しい説明を聞くことも出来ると思いますけど」


 レックスのその言葉に、イオはどうするべきか考える。

 このまま無視をしてもいいのではと思ったのだが、黎明の覇者とは友好的にやっていきたいと思う。

 それだけに、今の状況では無視をする訳にもいかない。

 餓狼の牙と呼ばれる盗賊団の討伐に行くかどうかは別として、何故自分がそれに呼ばれるといったようなことになってるのか……それを聞きにいくのは、決して悪い話ではないと思った。

 幸いにも、今のイオは特に何かを急いでやる必要があったり、手の放せない用事があったりする訳でもないのだから。


「分かった。取りあえず話だけでも聞いてみるよ。……ウルフィさん、すいません。そんな訳で一度英雄の宴亭に戻ることになりました」

「ははは、そうらしいね。まさかここで餓狼の牙が出て来るとは、私も思わなかったよ」


 そう言いつつも、ウルフィは特に残念そうに思ったりといった様子はない。

 ウルフィにしてみれば、今回の件はある意味で渡りに船だと思ったのだろう。

 もしかしたら、イオの持つ力を自分の目で直接見ることが出来るかもしれない。

 そう思ったから、むしろウルフィにとってこのようなハプニングは望むところですらあった。


「何だか、喜んでませんか?」

「そうかい? そう見えるなら、もしかしたらそうかもしれないね。とにかく、今ここでこうして時間を使っているのもなんだし、急ごうか」


 イオの様子から若干不満そうなニュアンスを感じたのだろう。

 ウルフィはそう言いながら、イオとレックスを連れて英雄の宴亭に向かう。

 そんなウルフィと共に行動にしながら、イオは隣を歩くレックスに声をかける。


「それで、レックスもその餓狼の牙の討伐に参加するのか?」

「はい。とはいえ、僕の仕事は防御に特化した感じになると思いますけど」

「だろうな。攻撃は……いずれ出来るようになるかもしれないけど、昨日一日だけでどうにか出来たりはしないだろうし。ちなみに、黎明の覇者の新人ってことで妙な注目を浴びていたりしないか?」


 少しだけ心配になって尋ねたのは、レックスが黎明の覇者に所属するようになったのはイオの紹介からだからという理由だろう。

 元々は黒き蛇という傭兵団で雑用だけをさせられていたレックスだ。

 黎明の覇者に所属するのは、新人であってもある程度の実力の持ち主が多いと聞いているだけに、レックスがそのような者たちと一緒に問題なくすごせるのかといったようなことを気にするのは当然だった。


「優しくしてくれる人が多いですよ。ただ、訓練は厳しいです」

「だろうな。黎明の覇者はランクA傭兵団なんだ。そんな傭兵団の訓練なんだから、厳しくても当然だと思う」


 厳しい訓練をするからこそ、高ランク傭兵団として活動出来るのだろう。

 もしここで緩い訓練しかしないのなら、それこそランクA傭兵団までランクアップするのは難しかったはずだ。


「そうですね。本物の……英雄と呼ばれるような人たちが所属する傭兵団というのは、納得出来る感じでした。僕もあの訓練を楽に出来るようになったら……そう思います」

「頑張ってくれ」


 そう気楽に言うイオ。

 レックスが他の傭兵たちに目を付けられて理不尽な目に遭っていないのなら、イオはそれで問題なかった。

 そこから先は、レックスが自分の力で活躍していく必要あるのだから。

 イオはレックスから黎明の覇者の訓練の厳しさを聞きながら、英雄の宴亭に戻るのだった。






「で、ローザさん。何で俺が餓狼の牙とかいう悪名高い盗賊団の討伐に行く必要があるんですか?」


 英雄の宴亭に戻ってきたイオは、偶然近くを通りかかったローザに向かってそう尋ねる。

 レックスは出発の準備をしており、ウルフィは食堂で一休みをしているので、この部屋にいるのはイオとローザの二人だけだ。


「ああ、その件? それについては別に無理にとは言わないわ。ただ、私たちが普段どういう行動をしているのか、知っておいた方がいいと思ってね。私たちと一緒に行動するなら、その辺は理解しておいた方がいいでしょう? 行くのが嫌なら、断ってもいいしね」

「それは……」


 嫌なら行かなくてもいい。

 そうローザに言われると、イオとしては何と言えばいいのか迷ってしまう。

 もし盗賊団と戦うのを強制するようなら、イオも断っていただろう。

 しかしローザは……正確にはソフィアも含めた黎明の覇者の上層部なのかもしれないが、今回の一件に関しては半ば善意で言っていた。

 ……半ばということは、もう半分は打算によるものなのだが、幸か不幸かはイオはその辺についてはまだ気が付いていない。


(さて、どうするか。強制でないとなると、ちょっと興味があるのは間違いないんだよな)


 ギルドで聞いた限り、餓狼の牙という盗賊団は相応に有名な盗賊団らしい。

 そうである以上、そのような盗賊団と黎明の覇者……ただしイオがレックスから聞いた話では、今回出るのは主力ではなく見習達ということだったが、そのような者たちとの戦いは正直なところイオも興味があった。


「どうするの? 提案しておいてなんだけど、もし行くのなら早く決めてちょうだい。出発まであまり時間がないから」

「そうなんですか? そう言えばレックスもそんなことを言ってましたね。……何でそこまで急に?」

「ギルドの方から要望があったのよ。それに、ゴブリンの軍勢との戦いがなくなったから、下の子たちには少しでも経験を積んで欲しいというのもあるわ。そういう意味では、餓狼の牙というのは丁度いい相手なのよ」


 ギルドでは厄介な盗賊団として認識され、討伐依頼が出されても誰も受けるようなことがなかった餓狼の牙。

 そのような盗賊団が、黎明の覇者の下の子……見習いたちにとってはちょうどいい。そうローザは言い切ったのだ。


「でも、大人数で近付けば餓狼の牙はすぐに逃げるって聞いてますよ?」

「あら、黎明の覇者に所属する子たちが、盗賊程度の相手に見つかると思ってるのかしら?」


 イオの言葉に、自信満々にローザは笑みを浮かべながらそう告げるのだった。

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