第40話

「昨日に比べると、やっぱりギルドにいる人は少なくなってますね」


 ギルドの中を見回したイオは、隣にいるウルフィに向けてそう言う。

 ウルフィはイオのその言葉に当然というように頷く。


「そうだね。これもゴブリンの軍勢の件が片付いたからというのが大きいんだろう。騒動がなければ、傭兵は仕事がない。……冒険者のように何らかの素材の採取を受けたりといったような真似をする者もいるけど、そういうのが得意な人ばかりじゃないしね」

「それに、やっぱり戦いの方が報酬はいいから……ですか?」

「それもある。ただ、戦いでは自分が死ぬ可能性もある。それに比べると、採取は……街の外に出る以上、危険なこともあるかもしれないが、それでも傭兵の仕事よりは危険が少ないだろうね」


 ウルフィの言葉が聞こえたのか、ギルドにいた何人かの傭兵や冒険者たちがイオたちに視線を向けてくる。

 そんな他の者たちの視線を向けられつつも、隣にウルフィがいるからというのもあるが、イオは決して後ろに下がったりはしなかった。

 ウルフィはイオの様子に当然気が付いていただろうが、その件に関しては特に気にした様子もなく言葉を続ける。


「さて、それでどうするんだい? こうしてギルドにやってきた訳だけど……特に何かやってみたいこととかはあるのかな?」

「え? うーん、そうですね。取りあえず色々と見て回ろうと思ってたんですが……依頼書とか、そういうってあそこに貼ってある奴だけですか?」


 少しだけ興味深くイオがそう言ったのは、視線の先に存在する掲示板を見てだろう。

 そこに貼られた紙を見て、傭兵や冒険者たちは自分がどんな仕事を受けるのかを話し合っている。

 いかにもイオが日本にいたときに好んでいた漫画のギルドといった様子で、それが興味を惹いたのだろう。

 ウルフィにしてみれば、何故イオがそこまで依頼ボードに興味津々なのかは分からない。

 それでも今はイオの護衛、もしくは案内役としてここにいる以上、その言葉に素直に頷く。


「そうだね。あそこに貼ってある依頼書から選んで、自分の受ける依頼を決めるんだ」

「じゃあ、冒険者って字の読み書きが出来る人が多いんですね」

「読み書きの出来ない人は、仲間であったり、ギルドの職員に頼んだりとかするよ。ただ、条件のいい依頼は当然だけど早い者勝ちだ。字が読めないというのは、冒険者としてかなり厳しい」

「字を読めるのって、重要なんですね」


 ウルフィにそう返しながら、イオは水晶によって字を読める程度の知識は与えられていたことに安堵した。


(漫画とかだと冒険者の中には字が読めない奴もいたけど……そうなると、この世界では識字率って何気に高いのかもしれないな)


 冒険者が字を読めない場合、高額の報酬の依頼を受けることが難しくなるのは間違いない。

 そういう意味でも、冒険者たちはより高い報酬の依頼を受けるために、そして生き残るために必死になって文字を覚えるのは当然の話だった。


「ちなみに、イオは文字の読み書きは出来ると思ってもいいのかい?」

「あ、はい。その辺は問題ないです」

「そうか。なら、これからイオがどういう道を選ぶにしろ、その選択肢は結構広いと思うよ」


 イオはウルフィと会話をしつつ、依頼書が張り出されている依頼ボードに向かう。

 だが、その依頼ボートを見たイオは残念そうな表情を浮かべる。

 てっきり依頼ボードには大量の依頼書が貼られているのだとばかり思っていたのだが、実際には依頼書の数はかなり少なかったからだ。

 そんなイオの様子を見て、ウルフィは笑みを浮かべて口を開く。


「ちなみに依頼書が少ないのは、朝に傭兵や冒険者が依頼書を取って依頼を受けているからだね。早い者勝ちだからこそ、より報酬の高い依頼を受けるには朝からギルドに来る必要があるんだ」

「つまり、俺が見たい光景を見るためには、朝早く来ないといけなかった訳ですか」

「そうなるね。この時間まで残っている依頼書となると……それはつまり、傭兵や冒険者たちが引き受けなかった依頼が大半だと思うよ」


 そう言われたイオは依頼ボードに張り出されている依頼書を見る。

 そこには商人の護衛であったり、盗賊のアジトを探すというものだったり、特定の薬草やモンスターの素材を買い取るというものや……少し変わったところでは決闘の代理というものまであった。


「決闘の代理……? 決闘って代理を用意したりしてもいいんですか?」

「あまり外聞はよくないけど、そこまで珍しいことではないよ」


 普通決闘となれば、決闘を申し込んだ方や申し込まれた方が自分でやるものだと思っていただけに、ウルフィの説明はイオにとっても意外だった。

 とはいえ、決闘の概念に関してはイオが知ってるのはあくまでも漫画での知識だけだ。

 残念ながら、水晶に与えられた知識の中にもそのようなものはなかった。


「傭兵と冒険者だと、どっちの方が決闘の代理人を受ける方が多いんですか?」

「それは簡単に分けることは出来ないよ。傭兵の中にはモンスターとの戦いを得意としている者もいるし、冒険者の中にも人との戦いを得意としている者もいるしね」

「そういうものなんですか?」

「ああ。傭兵にしろ冒険者にしろ、得意としているものはそれぞれによって違う。たとえば、イオは魔法を使うことが出来るけど、近接戦闘は苦手だろう?」

「そうですね。それは否定出来ません」


 杖を持っているので、それを武器として使えばある程度の戦いは出来るだろう。

 実際にレックスを助けたときはそのようにして切り抜けたのだから。

 しかし、もし相手がイオの相手をするのが面倒臭いと思わず、本気で戦いを挑んできていた場合、恐らくイオが勝つといったことは不可能だった。


「だろう? だから傭兵も冒険者も、自分の得意分野の依頼を受けることが多い。もちろん、苦手な分野を克服するためにその依頼を受けるといった可能性もあるけど」

「そうなると……俺がもし依頼を受ける場合はこういう依頼を受けた方がいいんですか?」


 イオの視線が向けられたのは、鉱山から鉱石を運ぶという依頼。

 黎明の覇者で使われているマジックバッグの類があれば、このような依頼も楽にこなせるだろう。

 あるいは馬車を持っていれば、また同様に。

 しかしイオはそのようにそれらを持っていない以上、袋か何かを用意して、それに鉱石を入れて持ってくるといった真似をしないといけない。

 その上、依頼書をしっかりと見ればそこには持ち帰る鉱石の量の最低ラインが決まっている。

 イオがそれを一人で運んで来るというのは、とてもではないが無理だった。


「それはイオには厳しすぎるかな。イオなら……たとえば、こういう依頼を受けてみるといいと思うよ」


 鉱石を運ぶのは到底無理だと思っていたイオに、ウルフィが示したのは一枚の依頼書。

 そこにあるのは、とある盗賊団の殲滅。

 イオはにその盗賊団の名前に覚えがなかったものの、この時間になってもまだ依頼書が依頼ボードから剥がされていないということは、このギルドに所属する傭兵や冒険者がこの依頼を受けなかったということを意味している。

 それはつまり、この依頼がそれだけ難しいということだった。


(でも、盗賊団なら腕利きの傭兵や冒険者なら、倒そうと思えばすぐにでも倒せると思うんだけど……多分、何かあるんだろうな)

 そう判断したイオだったが……


「おいおい、ウルフィさん。その依頼は止めた方がいいぜ」


 不意にそんな風に声をかけられる。

 微妙に覚えのある状況に、イオはもしかして……と思う。

 しかし、イオが見た方にいたのは昨日イオを教育しようとした男ではない。

 その顔にはイオをどうこうしようとしているようには思えない。

 ただ、何も知らないで盗賊討伐の依頼を受けようとしているウルフィに忠告しようというものだった。


「あんたが強いのは知ってるけど、その盗賊団はかなり狡猾な連中で、しかもかなりの強さを持っているらしいぞ。それに、数の多い傭兵や冒険者たちが近付いて来るとすぐに逃げるらしい」

「そこまで賢い盗賊団がこの辺にいるのかい? 何日か前に見たときにはなかったと思うけど」

「ああ、今朝貼られたばかりの依頼だからな。ただ、前々からその盗賊団の噂は流れてきていて結構有名なんだよ」

「……なるほど。数の多い敵を見つけると逃げるか。それはつまり、相手が少数なら襲ってくるという認識でいいのかな?」


 そう言いながら、ウルフィの視線が向けられたのはイオだ。

 イオは自分を見ているウルフィが何を考えているのか、理解出来てしまう。

 理解出来てしまうからこそ、慌てて首を横に振るった。


「ちょっ、ウルフィさん!? 俺に盗賊退治なんて無理ですってば!」


 そう告げるイオの無理だという言葉に、ウルフィに忠告していた男も素直に頷く。

 自分なら出来るとイオが口にしようものなら、何があっても止める気だった。

 だが、イオは自分の力量を弁えており、それが男にとっては好印象だったのだろう。

 普通、傭兵や冒険者になったばかりの者は、意味もなく自分の実力に自信を持っている者が多い。

 それだけに、本来なら自分では到底受けられないような依頼であっても見栄を張って受け……結果として、そのまま死ぬという者が多かった。

 親切な傭兵の男はイオがそのようなことにならないで安心していたものの、イオにすればそれ以前の問題だ。


「そもそも、俺はまだギルドに登録も何もしてないんですよ? そんな俺が依頼を受けられる訳でがないでしょう!?」

「そっちは大丈夫だよ。いざとなったら私が依頼を受ければいいんだしね」

「いや、それはちょっと……」


 ウルフィにしてみれば、いざとなれば自分がどうにかしてみせるという思いがあった。

 ランクBの傭兵というのは、それだけの実力を持つ。

 実際にはウルフィが何かをしなくても、イオの流星魔法を使えば一発だろうと認識はしていたが。

 しかし、イオとしてはそう簡単に流星魔法を使う訳にはいかない。

 流星魔法を使えば杖は壊れるし、そもそもゴブリンの軍勢に続いて再び隕石が落ちてきたとなれば、それは明らかに不自然だった。

 ……ゴブリンの軍勢に隕石が落ちたのも十分に不自然だったが、万が一、億が一の偶然という可能性はある。

 しかし、さすがに二度目となれば……イオとしては、出来ればその件は遠慮したかった。

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