第39話

「それで、イオ。君は今日これからどうするんだい?」


 取りあえず謝罪の件も一通り終わったところで、ウルフィはイオにそう尋ねてくる。

 ウルフィが頭を下げたことで、食堂にいた多くの者がまだイオたちのテーブルに視線を向けていたのだが、ウルフィはそれを特に気にした様子はない。

 イオは周囲の視線が気になってはいたものの、今はそれを気にしても仕方がないと何とか無視していた。

 周囲の視線を意識しているという時点で、完全に無視するといったようなことは出来ていないのだが。


「そうですね。ウルフィさんとの一件が解決したので、今日はもう一度ギルドに顔を出してみるのもいいかなと思っています」

「そうか。なら、私もイオと一緒に行動しよう」

「え? ……いいんですか?」


 ウルフィはドレミナにおいてもソロでランクBまで上がった腕利きの傭兵として知られている。

 そうである以上、ウルフィがいれば余計な騒動に巻き込まれるといったようなことは減るだろう。

 ……昨日の一件のように、ウルフィの信奉者が妙な行動をするといった可能性もあったが。


(そう言えば、結局あの連中はどうなったんだろうな? ウルフィさんにはその辺の話をしたって感じだったが、実際に襲撃してきた連中には一体どうしたのか全く聞いてないけど)


 昨日ソフィアやローザと話したときの感触からすれば、実際にイオにちょっかいを出してきた相手に何の報復もしていないとは考えられない。

 さすがに殺したといったようなことはないだろうが、ケジメとして骨の一本や二本を折るといった程度は行われていておかしくはなかった。


(まぁ、俺にはもう関係ないんだろうけど)


 イオにしてみれば、自分を暴行しようとして追ってきた相手が逆に暴行を受けても、それは自業自得であるという認識だ。

 自分がやるのはよく、自分がやられるのは嫌だということはないだろうと。

 これでイオが実は心優しい性格をしているのなら、自分に危害を加えようとした相手に対してであっても穏便にして欲しいと言うかもしれない。

 だが、イオは水晶の影響によって精神を強化されている。

 あるいは、元々イオの性格にそのような部分があったのかもしれないが。

 ともあれ、イオがウルフィの信奉者を庇うような真似はしなかった。


「イオがどういう行動をするのか、興味があるからね。それにゴブリンの件がなくなった以上、私も暇だし。そういう意味では、今は特に忙しくはないんだ」


 ウルフィは別に責めるつもりでイオにそのように言った訳ではないのだが、ゴブリンの軍勢を纏めて殲滅してしまったイオにしてみれば、微妙に責められているような気がしないでもない。


「じゃあ、ウルフィさんに問題がないなら、一緒に行動してくれますか?」

「この場合は私がイオと一緒に行動したいと言ってるんだから、もし頼むのなら私が頼む方が普通だと思うんだけど。……まぁ、いい。もちろん私は構わないよ」


 そう言うウルフィに感謝しながら、イオは焼きたてのパンに手を伸ばすのだった。






「さて、では行こうか。私が一緒だから妙なことには巻き込まれないと思うが、もし巻き込まれたら黎明の覇者の名前を出すように。それで大体はどうにかなるだろう」

「そうですね。昨日のようなことにはなりたくないので、そうさせて貰います」


 英雄の宴亭から出たイオは、ウルフィと共に街中を歩いていた。

 まだ朝……いや、もう大分昼に近い時間帯だが、その関係もあってか大通りに人の姿は多い。

 それはいいのだが、イオが疑問に思ったのは街中を歩いている人の表情が明るいことだ。

 昨日見たときは、明るい者もいたが避難してきと思しき者も多くおり、そのような者たちは暗い表情を浮かべていたのだが。


「何だか、妙に活気があるような?」

「うん? ああ、多分ゴブリンの軍勢が倒されたという情報が広まったのだろう。領主としても、自分の領地には出来るだけ早く落ち着いて欲しいだろうしね」

「そう言えば、昨日ソフィアさんが領主に報告に行ってましたけど、それでですか」


 正直なところ、この地の領主に対するイオの感情は決してよくない。

 いや、よくないどころか悪いと言い切ってもいいだろう。

 そうなったのは、やはりソフィアから領主に対しての愚痴を聞かされてたからか。

 領主としては間違いなく有能ではあるらしいが、女好きでソフィアにも言い寄ってきていると。

 これでソフィアが領主に好意を抱いており、言い寄られるのも満更ではないのなら、イオもここまで領主を嫌うようなことはなかっただろう。

 だが、ソフィアは間違いなく領主に言い寄られるのを嫌っている。

 領主の能力と性格が一致していないのは間違いなかった。


「恐らくそうだろうね。そんな訳で、ゴブリンの軍勢の件でドレミナに避難していた者たちも数日中に自分の故郷に戻るから、人の数は今よりも大分少なくなるとは思うよ」


 そう言うウルフィだったが、イオにしてみれば最初からドレミナはこのような状況だったので、これがドレミナの普通というイメージがある。

 これから人が減っていくと言われれば、それこそ寂しくなるのでは? と思わないでもない。


「そうなると、この活気もなくなるんですかね?」

「どうだろう? 私の予想ではそうでもないと思うよ。いつも通りのドレミナになっても、それなりに活気はあるだろうし。……いや、むしろゴブリンの軍勢の件で今まで近付かなかった商人たちがまたやって来るようになるから、活気そのもの今よりもあるんじゃないなか」

「商人ですか。……そうですよね。普通に考えれば、商人が危険な場所に行く訳がないですよね」


 商人にとっても、自分が商売に行った場所でゴブリンの軍勢と遭遇するといったようなことを考えれば、普通はそのような場所に行くのは避けるだろう。

 そう思ってのイオの言葉だったのだが、ウルフィは首を欲に振る。


「そうでもないよ。商人の中には、自分から危険な場所に向かう者もいるんだ。商人にしてみれば、危険な場所での商売は儲かるからね。戦争のときも商人が商売に来るのは珍しくないし」


 ウルフィの説明を聞き、イオはハイリスクハイリターンという言葉を思い出す。

 実際に危険な場所での商売となると、その儲けは大きいのだろう。

 だが、ちょっとミスをすれば……いや、ミスをしなくても運が悪ければ、破滅が待っている可能性も高い。

 イオがこれからどうするのかは分からないが、一応商人になるという選択肢もない訳ではなかった。

 しかし、そんな状況になっても、イオとしては戦場で商売をするといったような真似は出来ればやりたいとは思わない。


「そういう商人って、自分が危険な目に遭ってもどうにか対処出来るだけの実力の持ち主とかなんですかね?」

「商人である以上、基本的には護衛を雇っている者の方が多いだろうね。もちろん、傭兵や冒険者をやっていた者が引退して商人になったりした場合は、普通の商人よりも荒事には慣れているだろうけど」


 元傭兵や元冒険者の商人。

 そう言われると、イオもそのような商人は強そうなのだろうと理解出来た。


「それにしても、商人か。イオは商人になるつもりなのかい?」


 言葉には出さないものの、ウルフィの言葉にはそれは惜しいといったニュアンスがある。

 イオが流星魔法を使えて、ゴブリンの軍勢を全滅させたというのを知っている以上、その力を眠らせて商人になるのは惜しいと。

 ましてや、ウルフィはイオと一緒に行動すれば面白いもの、今まで見たことがないようなものを見ることが出来るかもしれないと考え、そのために黎明の覇者の客分という形で合流したのだから。

 だというのに、イオが安定を求めて商人になるというのは……ウルフィとしては賛成出来ない。


「選択肢の一つとしては考えてますよ。ただ、問題なのは俺が実際に商人としてやっていけるかどうかといったところですか」


 正直なところ、イオにとって商人というのはそれなりに魅力的な職業ではある。

 特に自分の流星魔法で隕石をいくらでも入手出来る状態あればよけいに。

 だが、商人としてやっていく以上は交渉能力が必須となる。

 ……少し前までは高校生でしかなかったイオに、商人としての交渉能力を期待するのが間違っているのだが。

 もしイオが商人になったら、それこそ交渉によって多くの商人の食い物にされてもおかしくはない。

 あるいはそのような生活を続ければ自然と交渉能力が高くなる可能性もあるので、そのような生活も無駄ではないのかもしれなかった。


「お、昨日の兄ちゃんじゃねえか。今日も串焼きを……って、ウルフィさん!?」


 屋台の店主が昨日客として来たイオを見て声をかけるものの、イオと一緒にいる人物がウルフィであると知って驚きの声を上げる。

 まさか、イオがウルフィと一緒にいるというのは完全に予想外だったのだろう。


(普通はそうだよな。……俺も何でこうしてウルフィさんと一緒になって行動してるのか、全く分からないし)


 イオにしてみれば、ウルフィのような人物が何故ここまで自分に親切にしてくれるのかが分からない。

 流星魔法に興味を持ってるのは間違いないのだろうが、それでもやはり何だか妙な気分になるのは間違いなかった。


「あははは。その、ちょっと成り行きで。……それにしても、よく俺の顔を覚えてましたね」


 イオはこの屋台で串焼きを買ったことをそれなりに印象深く覚えていたものの、イオと店主では立場が違う。

 イオにとっては美味い串焼きを売っていた店主ということで印象深いものの、店主にしてみればイオは多数いる客のうちの一人でしかない。

 にもかかわらず、こうして店主はイオを見てすぐに昨日の客だと思い出したのだから、それはイオにとっても素直に凄いと思う。


「客商売をやってるんだ。そのくらいは当然だろう。……で。どうする? 今日も串焼きを買っていくか?」

「えっと……いえ、止めておきます」


 本来なら串焼きを買いたいと思うが、朝食を食べたばかりのイオとしては今は串焼きを食べたいとは思わない。

 そうなると、ここで串焼きを買っても冷えるだけである以上、イオはそう言って断り、ウルフィと共に大通りを進むのだった。

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