第42話

「それで、どうする?」


 餓狼の牙との戦いに参加するかどうか、そう尋ねるローザにイオは頷く。


「分かりました。幸いにも今すぐにやるべきことはないので、その一件は受けます。ただ、俺は魔法使いなので前線で戦うことは出来ないですよ? かといって魔法を使うなんて真似も出来ないですし」

「それはしょうがないでしょうね」


 イオの言葉にローザは素直に頷く。

 実際にもしイオが魔法を使おうものなら、餓狼の牙は何も出来ずに隕石によって消滅することになる。

 そうなると、ローザが考えているような見習いたちに戦いの経験を積ませる真似は出来ないし、何よりも盗賊を倒して得られるお宝の類も纏めて消滅してしまう。

 また、場合によっては餓狼の牙に捕まっている者たちがいる可能性もある以上、とてもではないが流星魔法を使うような真似は出来なかった。


「イオには餓狼の牙の討伐に同行して貰うけど、実際に戦って貰う訳じゃないから安心してちょうだい。さっきも言ったように、普段黎明の覇者がどんな行動をしてるのかを知って貰うためだし……それ以外にも、下の子たちには護衛をしながら戦うということに慣れて貰う必要があるしね」


 そこまで言ったローザは、意味ありげにイオを見る。

 その視線の中には、いざとなったら……本当にいざとなったらだが、切り札として流星魔法を期待しているという色があった。

 そのようになれば盗賊団は問答無用で消滅するだろうし、お宝も消え、捕まっていた者たちも死ぬだろう。

 しかし、それでも見習いたちが死ぬよりはそちらの方がいいとローザは判断していた。


「じゃあ、準備をしてちょうだい……と言おうと思ったけど、イオは特に準備の必要はないのよね?」

「そうですね。杖を持っているので、それ以外は特に何もないですし」


 イオは自分の持っている杖に視線を向ける。

 ゴブリンの軍勢から入手したその杖以外、イオはこの世界に来たときの服装でしかない。

 それこそこれから盗賊団討伐に行くのなら、ある意味で準備は出来ているようなものだった。

 しかし、当然ながらローザはそんなイオの言葉に対して素直に頷く訳にはいかない。


「杖はともかく、盗賊団の討伐に行く以上はそのままだとちょっと問題ね。金属鎧は……」

「無理です」


 ローザが最後まで言うよりも前に、イオは即座に無理だと告げる。

 餓狼の牙がいるのは山――イオが数日暮らしたのとはまた別の山だが――である以上、金属鎧を装備して山登りが出来るとは到底思えなかった。

 ローザもイオの身体つきを見れば、鍛えている訳ではないというのは理解したのか、そんなイオに対して別の提案を口にする。


「なら、革鎧はどう? モンスターの革を使った鎧だから、金属鎧に比べると大分軽いはずよ。ただ、防御力も金属鎧よりも劣るけど」

「それは……うーん、でも山の中ですよね? それに俺は直接戦わないで、離れて見ているのなら……もっと動きやすい方がいいんですけど」

「戦いを甘く見てんじゃないわよね?」


 イオの口から出た言葉に、ローザはイオをじっと見ながら言う。

 赤い髪をしていることも関係してか、ローザの眼差しはまるで火のように強烈な印象をイオに植え付ける。


「そんなことはないですよ。ただ、革鎧とかは着慣れてないですし、そういうのを着て移動するとなると足手纏いになる可能性もありますから」

「……なら、どういう防具がいいのかしら?」

「魔法使いなので、ローブとかそういうのはどうでしょう?」


 イオにしてみれば、魔法使いにお決まりの防具と言われて思い浮かべるのはやはりローブだ。

 いわゆる魔法剣士のように魔法を使いながら前線でも戦うのなら革鎧でもいいだろうが、今のイオは純然たる魔法使いでしかない。

 そしてイオの口からローブという言葉が出たのを聞き、ローザは視線の圧力を少しだけ弱める。


「ローブね。ただ、黎明の覇者にも魔法使いは少ないから、予備のローブの類はあまりないのよね」


 ローザの口から出たその言葉に、イオは意外な思いを抱く。

 てっきりこれから店に行ってローブを買ってくるといったようなことをする必要があると思っていたのに、今の言い分では黎明の覇者が所有しているローブを貰えるということになるだから当然だろう。


「だとすると、無理ですか?」

「いえ、客人のイオに無理を言ってるんだもの。こっちもきちんと仕事をするわ。……ただ、そうね。上級と中級の二つがあるけどどっちがいい? ああ、ちなみに中級の方は無償で渡すけど、上級の方はさすがに無償とはいかないからゴブリンの魔石とかの代金から天引きね」

「うーん……そうですね……どうしたら……」


 ローザの提案にイオは迷う。

 具体的に上級のローブというのがどのくらいの値段なのかが分からない。

 だが同時に、どうせなら上級の方が欲しいと思うのも当然だった。


「ちなみに、その上級のローブが欲しいと言った場合、どれくらいの値段になりますか?」

「そうね。本来イオに支払う金額の五分の一くらいかしら」

「あ、じゃあ上級のでお願いします」


 ローザの説明を聞いたイオは、あっさりとそう告げる。

 これで半額ということにでもなればもっと迷っただろう、最終的には断った可能性が高い。

 だが、五分の一程度の値段なら問題はないと判断したのだ。

 ……イオは、自分が黎明の覇者に売ったゴブリンの魔石を始めとした諸々の値段がいくらになるのか把握してないので、五分の一程度ならとあっさり納得した。

 しかし、五分の一という値段であってもその値段の元となる値段が違えば、当然ながら大きく変わってくる。

 イオに分かりやすく言うのなら、元になる金が千円、一万円といった程度ならそこまで大きな差はないが、百万円、一千万円といった値段になれば、五分の一であっても大きく変わってくるのは当然だった。

 そしてゴブリンの魔石とはいえ、上位種ともなれば相応の値段になる。

 ましてや、ゴブリンの軍勢を率いていたゴブリンキングであれば、かなりの高値となるのは当然だろう。

 そんな値段の五分の一となると、相応の値段になるのだが……それをイオが知らないのは、いいことなのか悪いことなのか。

 ともあれ、それによってイオは上級のローブを貰う……購入することになる。


「分かったわ。ちなみに上級のローブは高価なだけあって、性能は高いから十分に防御力も期待出来るわよ。そういう意味ではイオにとってちょうどいいかもしれないわね」

「そうなんですか? ならありがたいですね。具体的にはどういうローブなんでしょう?」

「モンスターの革を錬金術師が特殊な加工をして作ったローブよ」

「……なるほど」


 興味津々といった様子でローザの言葉に頷くイオ。

 漫画が好きだっただけに、普通のローブではなくモンスターの革が使われており、さらにはそこに錬金術も関係しているのだから、興味を持つなという方が無理だった。


「けど、何度も言うようだけど……そういうローブだから、かなり高額になるわよ?」

「構いませんよ。むしろ、中途半端な性能のローブよりは、しっかりとしたローブの方が最終的には便利ですし。安物買いの銭失いという言葉もありますしね」

「初めて聞く言葉ね。けど、言いたいことは分かるわ。でも、最初から使い捨てにするような何かの場合は、安くてもいいんじゃない?」

「その辺は人それぞれで認識が違うと思いますよ」


 そう考えたイオが思い浮かべていたのは、いわゆる百円ショップと呼ばれている店だ。

 ……実際には消費税のせいで百円ではなかったり、あるいは百円ショップなのに三百円、五百円といった値段の商品があったりするのだが。

 そんな百円ショップだった、最近は商品の質も上がっているという話をTVで聞いたり家族や友人たちから聞いた覚えがある。


(って、今は百円ショップについて考えている場合じゃないな。……あ、でも商人をやるなら、百円ショップ……銅貨ショップとか銀貨ショップとかそういうのをやってみてもいいか?)


 一瞬そう考えるも、百円ショップで重要なのは商品の数だ。

 そうである以上、そこまで大量の商品を集められるかと考え、すぐに却下する。

 将来的にはもしかしたらそのような真似が出来るかもしれないが、今の状況でそのような真似は絶対に出来ない。


「とにかく、上級のローブね。すぐに持ってくるから、ちょっと待っててちょうだい」


 そう言い、ローザはイオの前から立ち去る。

 自分だけを部屋に残していってもいいのか? と思わないでもなかったが、別にこの部屋はローザの借りている部屋という訳ではなく、誰も使っていない部屋の一つだ。

 現在は英雄の宴亭を黎明の覇者が借り切っているので、使われていない部屋というのもいくつかあったりする。

 その部屋でイオとローザは今回の盗賊の件について話していたのだ。


「ローブか。これでより魔法使いらしくなるか。……ただ、今回の件を抜きにしても、やっぱり色々と鍛える必要はあるんだろうな」


 誰も似ない部屋にいイオの言葉だけが響く。

 イオも、現在の自分がとてもではないが強いとは思っていない。

 そうである以上、この世界で生き残るためには相応の強さが必要になるのは間違いなかった。

 これが日本なら、それこそ格闘家といったような人種でもなければ、そこまで必死になって鍛える必要もないのだろうが。

 だが、現在イオのいる剣と魔法のファンタジー世界においては、弱いというのはいつ死んでもおかしくはない。

 だからこそこの世界において生き残る為には、相応の強さが必要となる。

 もちろん、一つの村や街に定住しているのなら別にそこまで鍛える必要もないのだろうが。

 しかしイオの場合は、黎明の覇者と共に一緒に行動をすることになっているのだが。


「とはいえ、黎明の覇者の傭兵たちと一緒に鍛えるってのもな」


 レックスの様子からすると、傭兵の訓練はかなり厳しいものだと思われる。

 また、イオが黎明の覇者に所属すればしっかりと鍛えるといったようにも言われていた。


「何をするにしても、とにかく餓狼の牙を倒してからか」


 そう呟いて、戦いについて考えるのだった。

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