第7話

「おおおお、ラッキー。これはありがたいな」


 数万以上のゴブリンの軍勢の中心に流星魔法のメテオを使い、隕石が落ちた。

 その結果として大半のゴブリンが死に、武器や防具もほぼ全てが破壊されてはいた。

 しかし、ほぼ全てであって完全にではない。

 母数が多い以上、破壊されていない武器や防具、杖であっても無事な物は結果的にかなりの数となる。

 そんな中で井尾が見つけたのは、見るからに業物の大剣。

 ゴブリンとは思えないくらいの巨体……身長二メートルを超える身体を持つゴブリンの上位種の死体が握っている大剣は、その手の審美眼を持ってない井尾であっても明らかに業物だと納得出来る代物だった。しかし……


「うおっ、重い……な」


 持ち上げた大剣は、二十キロ以上は確実にある。

 精神的には水晶によって強化されたものの、井尾の身体は日本にいた頃とそう違いはない。

 山の中をゴブリンと遭遇しては逃げ続けるといった命懸けの鬼ごっこを数日繰り返したおかげで、身体もそれなりに鍛えられてはいるが、それはあくまでも走るという意味での強化であって、純粋な腕力はそこまで鍛えられてはいない。

 結果として、二十キロ以上の重量を持つ大剣はとてもではないが井尾が使いこなせないのは確実だった。

 もちろんそれは大剣を持つことすら出来ないという訳ではない。

 実際に大剣を持つといったような真似は何とか出来るのだから。

 しかし、持つことが出来るからといって自由に振り回せるかというのは、また別の話となる。

 とはいえ、自分が使えないからといって業物の大剣をそのままにするといった真似はしない。

 業物だけに、これを売れば間違いなく高値で売れるのだから。

 この世界の貨幣の価値はまだ分からない。

 いや、もしかしたら貨幣の類は発展しておらず、まだ物々交換といった可能性もある。

 それでも業物の大剣の価値は十分にあった。

 そうして集め売り物になりそうな武器や、短剣で取り出した魔石を一ヶ所に集めていった井尾は、当然ながらその途中で何本かの杖を入手している。

 ゴブリンが使ってる杖だからか、それとも魔法の発動体の杖は木製と決まっているのか。

 その辺りの事情は井尾にも分からなかったが、集めた数本の杖は全てが木製だった。

 そして、触れた瞬間にメテオと同クラスの魔法を使えば粉々になるだろうと確信出来てしまう。

 それでも何本かある以上、最低限メテオはその回数分使えるというのは大きい。


「メテオほどじゃなくても、もう少し威力を落とした流星魔法を使えば……二回、三回といった具合に使えたりするか? とはいえ、その辺は試さないといけないんだけど、それもまた難しいんだよな」


 流星魔法は、基本的にその名の通り宇宙から隕石を落とすといったような魔法だ。

 このゴブリンの群れに使ったメテオを見れば分かるように、非常に目立つ。

 威力に関しては一発の魔法でこれだけの被害を与えられるのを見れば分かるように、非常に……いや、極めて強力な魔法だ。

 しかし、隠密性という意味では目立ちすぎるのは間違いない。

 つまり流星魔法を試そうとしても、それは間違いなく他の者に知られてしまうのだ。


「砂漠とか荒野とか、そういう誰にも見つからないような場所で試すしかないけど……そういう場所に行くにしても、金は必要だしな」


 そうして再びゴブリンの魔石や武器を集めるといった真似をしていると、やがてゴブリンの軍勢の中央……メテオで直接隕石の落ちた付近まで辿り着く。

 地面が盛り上がっており、まるで土の壁といった具合になっていたが、井尾は何とかそこを登っていく。

 そうして壁の上までやって来ると……


「うお……これは凄い……」


 土の壁の向こう側に空いている穴の中心部分には、かなり巨大な隕石が存在していた。

 半ば地中にめり込んでいるその光景は、この隕石こそがゴブリンの軍勢を滅ぼしたのだと、何も知らない者であってもそう悟るに相応しいものがある。

 そうして隕石を見ていた井尾は、ふと思いつく。

 日本にいたときに読んだ漫画の中で、隕石を材料にして武器を作るといったような展開があったのだ。

 だとすれば、もしこの隕石を持ち帰って売ればかなりの儲けになるのではないかと。


「とはいえ、問題なのはどうやってこの隕石を運ぶかだよな」


 半ば地中に潜っている隕石は、その状態でも横の長さは十メートルほど、縦の長さは五メートルほどもある。

 これで地中に潜っている部分も合わせれば、一体どれだけの大きさになるのかは想像も出来ない。

 とてもではないが、井尾が個人で運ぶといった真似は出来ないだろう。

 馬車の類を持ってきても、これだけの大きさとなれば、そのままでは運ぶのは難しい。


「アイテムボックスとかあればな」


 改めて流星魔法の才能しかなかった自分を残念に思う。

 この隕石が武器屋や防具屋、もしくは鍛冶師……あるいはいるのかどうか分からないが錬金術師といったような相手に売れるのかどうかは、今の井尾には分からない。

 しかし、何らかの特殊な金属……それこそこの辺りには存在しないだろう金属の類があったりした場合、これは大きな意味を持つ。


「あるいは、貴族とか商人とかが買ってくれるか?」


 井尾が日本にいたときに見たTV番組で、隕石を集めるのを趣味としている者がいるという特集を見た記憶がある。

 オークションに出した結果として、かなりの高値がついたというのも。

 その辺りの事情を考えた場合、隕石は売れる可能性が高い。

 とはいえ、それはあくまでも文明の発展した日本……いや、地球だからの話だ。

 もしかしたらこの世界においては、隕石を購入するということを考える者がいない可能性も否定は出来なかった。

 その辺りの理由はどうあれ、井尾の視線の先にある隕石は大きすぎて、とてもではないが持っていくことは出来なかったのだが。


「魔石と武器の残りだけで十分収入は確保出来るし、今は……うん?」


 まずはゴブリンの魔石や武器を集めよう。

 そう考えた井尾だったが、壁の上から遠くを見ると、こちらに近付いてくる集団を見つける。

 遠くなのでまだここに到着するまではそれなりに時間が必要だろうが、それでもこの場にやって来ているのは間違いない。


「誰だ? というか、このままだと不味いのか? けど……」


 ここから一旦逃げるかどうか。

 そう考えた井尾だったが、この世界に来て初めて人と接触するのだ。

 あるいは人ではなくエルフやドワーフ、獣人、それ以外の種族といった可能性も否定は出来ない。

 出来ないが、とにかく山の中で数日サバイバル暮らしをしていた井尾としては知的生命体と接触したいと思うのは当然だろう。

 とはいえ、ここは戦場だ。……いや、戦場だったというが正しいか。

 そのような場所である以上、やって来る者たちは血の気の多い者という可能性は否定出来ない。

 つまり、せっかくここで集めた武器や魔石の類を奪われるかもしれないのだ。

 だが、やって来る者たちが横暴な真似をせず、しっかりと井尾の事情を汲み取ってくれる可能性もある。

 そうして迷い……結局、井尾は人恋しさを完全に捨てるようなことは出来ず、ゴブリンの上位種と思われる巨大なゴブリンの身体から取り出した魔石を懐の中に入れ、そして何かあったときのために杖を何本か持っておく。

 杖があり、流星魔法を使えたとしても、敵に勝てるとは思えない。

 ましてや敵を近寄らせれば、呪文の詠唱や実際に魔法が発動して隕石がここに降り注ぐまでの時間を考えると、井尾は殺されてしまう可能性もあった。

 それでも何とか出来ると、そのように思いながら相手が近付いて来るのを待つ。

 そうして近付いてきたのは、騎兵や馬車が大半の機動力の高い集団。

 ただし、騎兵や馬車と表現した井尾だったが、その中には角が生えている馬であったり犀のような存在だったりと、馬以外のモンスターも多数存在していた。


「うお、これはまた……凄いな」


 圧倒的な迫力を持つその集団に視線を奪われていると、当然ながらその集団は戦場にいる井尾の存在に気が付き、近付いて来る。

 この場にいるのは井尾だけである以上、色々と事情を聞きたいと思うのは当然だろう。


(さて、何だかんだと逃げる前にやって来てしまったけど……見た感じ、多分大丈夫だと思うが……問答無用でこっちに攻撃してきたりはしないよな?)


 ある意味では完全に運任せの井尾だったが、幸いにしてそんな井尾の願いは通じたらしい。

 騎兵や馬車の集団は井尾のいる場所から少し離れた場所で停まる。

 お互いに沈黙を保つこと、数分。

 馬やモンスターの呼吸の声のみが周囲に響く。

 頭部から二本の角が生えている馬に乗った騎兵が前に出ることで、状況が動く。


「お前は、一体何者だ?」


 兜を被っているので、顔つきは分からない。

 だが、その声から、結構若い相手だというのは理解した。

 理解したが、ここで一体どのように対処すればいいのか迷う。

 元々人恋しさから、やって来る者たちと話し合うことにしたのだ。

 だが、この場合はどういう態度で話せばいいのか、今更ながらに迷う。


(俺が誰なのかを聞いてるし、警戒もしてるようだけど……敵意のようなものは感じない。見下しているといった感じもしないし)


 井尾は殺気の類を感じたりといったような真似は出来ない。

 だから、井尾が感じているのはあくまでも今の状況でそのようだと思っているだけであり、実際には敵意の類を隠しているのを、井尾が見抜けないだけかもしれない。

 それは井尾も分かっていたが、向こうが友好的に接してきたのだから、自分もまた友好的に接した方がいいだろうと判断し、口を開く。


「何者かと言われれば、この光景を作り出した人物というのが正直なところですね」

「お前が……あの、星を落としたというのか?」

「星を落とすというのは詩的な表現ですね。ですが……ええ、はい。流星魔法を使ってここにいたゴブリンの軍勢を壊滅させたのは、俺で間違いないです」


 そう、告げるのだった。

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