第6話
もうすぐ山頂という場所にある、崖の上。
そこで井尾が見たのは、無数の……それこそ数百、数千、数万……あるいはもっと多いのではないかと思えるような、ゴブリンの群れ。
当然それだけのゴブリンがいれば、そこには井尾がこの山で何度も遭遇した普通のゴブリンだけではなく、メイジやファイターといった井尾も知っている上位種や、井尾もまだ知らない上位種が多数存在してもおかしくない。
実際、移動をしているゴブリンの中には明らかに他のゴブリンよりも大きな個体もそれなりにいる。
「多数のゴブリン、それにここからはかなり離れている。そして俺の手には魔法を使うための杖がある。なら……ここで魔法を使わない訳がないよな?」
言葉には出さなかったが、井尾の中にはここ数日延々とゴブリンと遭遇しては逃げるといった行為で鬱憤が溜まっていたのも間違いない。
井尾にとって不幸中の幸いだったのは、今の山の中にはゴブリンがかなり少なくなっていることだろう。
山の中にいたゴブリンが現在どこにいるのか……それは考えるまでもなく、井尾の視線の先にいるゴブリンの軍勢。
そしてゴブリンの軍勢を流星魔法で倒すと決断すると、井尾は手にした杖に視線を向ける。
ゴブリンメイジの持っていた、魔法発動体の杖。
これがあるからこそ流星魔法を発動させることが出来るのだが、その杖を持つ井尾にしてみれば、恐らく一度流星魔法を使えばこの杖は壊れて使い物にならなくなるといった予感があった。
それはつまり、現時点では流星魔法を一度しか使えないということを意味している。
またゴブリンメイジが姿を現せば話は別だが。
現状では一回しか使えない流星魔法を、ここで使ってもいいのか。
「いいに決まってるだろ」
自分の考えに自分で突っ込みを入れると、変な邪魔が入らないうちに魔法を使おうと判断し、杖を手にして意識を集中する。
すると、分かる。
どうやって流星魔法を使えばいいのか。
流星魔法という才能を持つ井尾だが、その流星魔法の具体的な効果は呪文を唱えることと、何よりも強力なイメージによって決定される。
この点、日本でゲームや漫画が趣味だった井尾にはかなり有利だ。
隕石を落とす魔法というのは、それなりにメジャーなのだから。
そしてメジャーでありながらも、極めて強力な魔法として扱われている。
(というか、今更だけど……何で俺の才能は流星魔法だったんだろうな? どうせなら爆発魔法の方がそれらしいのに)
某国民的RPGにおいて、井尾の名前は爆発魔法となっている。
その辺を思えば、自分の才能は本来なら爆発魔法なのでは? と、そう思わないでもなかった。
(いや、今このときに限っては、爆発魔法よりも流星魔法の方が効率的だし、それはそれでいいんだけど。……よし、やるか)
自分の中にある下らない考えを消し、流星魔法を使うための呪文の詠唱を始める。
『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』
そうして魔法が発動した瞬間、井尾が手にしていた杖が砕け散る。
ゴブリンメイジが持っていた杖は木で出来ていたのだが、その杖は折れるのではなく砕け散るといった表現が相応しい、そんな現象により使いものにならなくなってしまう。
「げ」
砕けて木の破片となってしまった杖に、井尾の口からはそんな声が出る。
こうなるだろうと予想はしていたものの、それでも実際に杖が使い物にならなくなったのを見れば、折角の杖がと思ってしまう。
とはいえ、その杖に対しての思いは青空を斬り裂くように天から降ってきた隕石を見た瞬間、完全に井尾の中から消え去る。
「は、ははは……流星魔法って本当に文字通りの意味なのかよ……」
分かってはいた。分かってはいたが、それでもやはり実際に流星魔法を使ってみないと、それが具体的にどのような魔法なのか、完全に実感は湧かなかったのだ。
そうして天から降ってきた隕石は、ゴブリンの軍勢の中央に落下し……
「って、やばい!?」
隕石が落下した以上、その衝撃波がこちらまで来るのではないか。
そんな風に思ったが、衝撃波の類は井尾のいる崖の上まで一切届くことはない。
一瞬……本当に一瞬だったが、もしかして隕石が落ちたのは実は気のせい、もしくは幻だったのでは? と思わないでもなかったものの、井尾はすぐにそれを否定する。
自分の中には、間違いなく流星魔法のメテオを使ったという感覚があったためだ。
(だとすれば、衝撃波の類は……魔法だから、か)
それで納得してもいいのか? と井尾も思わないではなかったが、実際に説明出来る理由はそれくらいしかない。
そうである以上、井尾はそれで納得するしかなかった。
「うわぁ……」
改めて崖の上から見える景色に、井尾の口から唖然とした声しか出ない。
かなりの距離があるので、正確な状況を理解出来る訳ではない。
だがそれでも、井尾の放ったメテオによってゴブリンの集団が致命的な被害を受けたのは、間違いない事実だった。
「って、こうしている場合じゃないか。早くあそこに行かないと」
本来なら、ゴブリン数匹からも逃げ回っていた井尾がゴブリンの軍勢と呼ぶに相応しい集団に自分から向かうといったような真似はしない。
だが、今は別だ。
何故なら、ゴブリンの軍勢は井尾の使ったメテオによって壊滅的な被害を受けている。
そしてモンスターが死ねば、その身体からは素材や魔石を奪える。
所詮はゴブリンだが、軍勢の中には明らかに上位種と思しき存在も見えた。
普通のゴブリンならともかく、上位種の魔石なら高く買い取って貰える可能性もあるし、何らかの使い道がある可能性も否定は出来ない。
そして井尾が魔石と同じか、あるいはそれ以上に欲しているのが魔法発動体の杖だった。
ゴブリンメイジから奪った杖は、今のメテオで砕けた。
何故そのようなことになったのか、具体的な理由は分からないが、杖があれば井尾は流星魔法という奥の手が使える。
ゴブリンメイジの杖は、一度魔法を使っただけで砕けた。
だが、ゴブリンメイジの上位種……それがどのような存在かは分からないが、とにかく一度の魔法で破壊されないような杖を持っているゴブリンがいる可能性は否定出来ない。
……とはいえ、井尾の使ったメテオによってゴブリンの軍勢はほぼ壊滅状態である以上、もしゴブリンメイジの上位種がいてその杖があったとしても、無事に残っているのかどうかは運次第なのだが。
ともあれ使い捨てにならなくても杖を手に入れることが出来れば、井尾としては問題ない。
あるいは魔石や素材を確保して、それをどうにか売り捌けば街中で杖を購入出来る可能性もある。
そう判断し、井尾は急いで山を下りる。
ゴブリンはその多くが軍勢に加わっていたためか、特に敵に遭遇することもないまま井尾は山の中を走る。
その足取りは軽く、そして山道を走るのに慣れていた。
日本にいたときは山の中を走るような経験はほほなかった井尾だったが、それがここまで走り慣れたのは……単純に、この世界に来てから数日、ゴブリンから逃げ回っていたからだろう。
ゴブリンの足はそこまで速くないものの、それでもこの山で生活しているだけあって、山道を走るのは決して苦手ではない。
そのようなゴブリンから逃げるには、井尾もまた山道を走るという行為に慣れる必要があった。
もちろん、最初は走っている最中に躓いたりもしたり、転んだりといったこともあった。
だが、山道を走るのに慣れなければ死ぬ。
比喩でも何でもなく、文字通りの意味で命懸けで山道を走るという技術を磨いたのだ。
命懸けだからこそ上達も早い。
そうして培った技術を存分に用い、井尾は山を下りていく。
ここまで来るのに数日かかったのが、それこそ数時間で山を脱出することに成功した。
さすがに数時間も走り続ける訳にもいかないので、何度か休憩しながらの行動だったが……それでも井尾は無事に山から脱出することに成功したのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……って、休んでいる暇はないな。今はとにかくゴブリンの軍勢のいた場所に向かわないと」
呟きつつ、井尾は地面を走る。
山に比べると、圧倒的なまでに走りやすい大地。
そのまま一時間ほど走ったり歩いたりを繰り返し、喉の渇きや空腹を感じながらもその場所に到着する。
「うわ……これは……」
その場所に到着した井尾の口からは、そのような声しか出ない。
大地の中心部分は巨大なクレーターになっており、その周辺の大地は隆起しており、その一体の外側には木々の類は一切ない。
地面が隆起しているのは恐らくメテオで隕石が落下した影響なのだろうが、井尾の知識が正しければこのようなことになるはずはない。
取りあえずこれも魔法だからということで半ば無理矢理に納得し、井尾は改めて地面を見る。
そこには黒焦げになったり、手足が砕けていたり、肉塊になっていたりと、多数のゴブリンの死体が無造作に転がっていた。
もしかしたらゴブリンの生き残りもいるのではないかと思ったのだが、幸いなことに井尾が周囲の様子を見る限り、生き残りはどこにも存在しない。
そんな光景を見ても、井尾は特に気持ち悪くは感じない。
ゴブリンを殺す云々というのと、現在の井尾の視線の先にあるのは全く違う光景だ。
いや、実際にはゴブリンが死んでいるという意味では同じなのだが。
それでも明らかに違う。違うのだが、井尾はそのような光景を見ても動揺する様子はない。
もちろん、目の前の光景を見て驚いているかと言われれば、驚いている。
しかし動揺して何もすることが出来ないといったような、そんな感じではない。
「とにかく、まずは魔石と杖だな。……ゴブリンの素材って売れるのか? 上位種なら売れると思うけど、具体的にどこを剥ぎ取ればいいのか分からないし……あとでそういうのを勉強しないといけないか。……お、でもこの短剣はいいな」
今まで井尾が使っていた錆びた短剣とは違い普通に使える短剣を見つけると、そちらに手を伸ばすのだった。
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