第8話

 自分がこの光景を作り出した。

 そう言った井尾に、二本角の生えている馬にのった男は数秒沈黙する。

 実際、この男たちは星が落ちた……井尾がメテオを使ったのを見てから、すぐにここまでやって来たのだ。

 そうである以上、自分たちよりも先にこの場にいた井尾がこの光景を作り出したと言われても、納得するしかない。するしかないのだが……同時に、井尾という存在がそのような真似が出来るのか? と疑問にも思う。

 少なくても、身のこなしという点では明らかに素人だ。

 こうして話をしているときの立ち方だけを見ても、ある程度の技量は知ることが出来る。

 いくつもの戦いを経験してきた歴戦の勇士である男から見ても、井尾は戦闘訓練をしているようには見えない。

 とはいえ、星を落とすというのは戦闘技術云々といったようなことで出来ることではない。

 ましてや、先程井尾の口からも出たではないか。流星魔法、と。

 それはつまり、魔法でこの光景を生み出したということになる。


「魔法でこれだけの光景を、か。……だとすれば、君は随分と強力な魔法使いのようだな」

「そうですか?」

「……これだけの光景を作り出す魔法を使っておきながら、自覚がないと?」

「いえ、今までは色々と特殊な環境にあったもので。正直なところ、ここまで大規模な魔法を使ったのは初めてだったんですよ」


 まさか地球から転移してきたとも言えず、そう告げる。

 井尾のその説明を男がどこまで信じたのかは、分からない。

 だが、疑問を口にするような真似をしないところを思えば、ある程度は納得出来たのだろう。

 男にしてみれば、このような光景を作り出すだけの実力を持った相手と敵対はしたくないという判断もあっての言葉だったのかもしれないが。


「そうか。……ああ、そう言えば自己紹介がまだだったな。私はギュンター。黎明の覇者というランクA傭兵団に所属している者だ。君の名前を聞いてもいいかな?」


 黎明の覇者というもっともらしい名前だったり、傭兵団にランクがあるのか? といった疑問だったりがあるものの、井尾としては名前を尋ねられた以上、答えない訳にはいかない。


(偽名? いや、俺の名前を知ってる奴はこの世界にいる訳がないし、なら本名でいいんじゃないか? そもそも俺の名前の響きは日本語っぽくないし)


 そう判断し、口を開く。


「はい。俺は井尾……いえ、イオです」


 発音そのものは同じ『いお』であっても、その名前の雰囲気とでも呼ぶべきものは、井尾とイオでは明確に違った。

 そしてそれは同時に、イオがこの世界で生きていくという決意を新たにしたということでもある。


「イオか。それで……君はこれからどうする?」

「え? どうするって言われても……」


 てっきりもっと別のこと……具体的には自分の素性を聞かれるのかと思っていただけに、ギュンターの口から出た言葉はイオにとって予想外だった。


「取りあえず、魔石とかゴブリンの武器とか、そういうのを売って金にしようかと思ってましたけど。この辺りについては全く知らないですし、この辺りの金も持ってませんから」

「ふむ、なら……」


 ギュンターが何かを言おうとしたところで、その言葉を止める。

 一体どうした? と疑問に思ったイオだったが、ギュンターが少し離れた場所にある馬車……黎明の覇者の中でも一際立派な馬車に視線を向けたのを見て、そちらに視線を向ける。

 馬車……正確には黒い虎のモンスターと思しき存在が二匹で牽いているそれは、とてもではないが馬車と呼ぶには相応しくなく、むしろ戦車と呼んだ方が相応しいような圧倒的なまでの迫力を持つ。

 とはいえ、傭兵団として考えた場合はそれだけ凶悪な馬車というのも普通なのだろう。

 この世界の、そしてこの地域の傭兵団について知らないイオだったが、それでも日本にいたときに読んだ漫画の類で何となく想像は出来た。


(それに、ランクAって言ってたしな。……Aとかが何で遣われてるのかは分からないけど。過去に地球からやって来た誰かが情報を広めたとか?)


 そんな風に疑問を感じているイオだったが、ギュンターはそんなイオに少し向かって申し訳なさそうに口を開く。


「すまない、イオ。団長に呼ばれてしまった。少しここで待っていて貰えないか? 恐らくだが、イオの持つ魔石を買い取りたいといったような話だと思う。ああ、もちろんその場合は街で売るよりも高く買い取ることになるだろうから、安心して欲しい」

「はぁ、それは構いませんけど。魔石とかが欲しいのなら、それこそまだゴブリンの死体はいくらでもあるんですから、そっちから確保すればいいのでは?」

「そう言われてもな。このゴブリンの軍勢を倒したのはイオなのだろう? だとすれば、横取りするような真似は出来ないんだよ」


 そう言われれば、イオとしてもそういうものかと納得するしかないと同時に、黎明の覇者という傭兵団に対して好意を抱く。


「分かりました。俺はそれでもいいですよ。ただ、その代わりと言ってはなんですけど、街に戻るときは俺も連れて行ってくれませんか? さっきも言いましたけど、この周辺についても殆ど分からないので。それに……聞いた話だと、ここから街までは結構な距離があるみたいですし」

「その辺も聞いてこよう。とはいえ、団長……ソフィア様は寛大な人だ。恐らく問題ないとは思うが」


 ギュンターの言葉には、その人物……ソフィアという相手に対して、強い尊敬の念があった。

 いや、尊敬どころか半ば崇拝に近いのではないかと思えるような、そんな様子。

 笑みを浮かべると、ギュンターはソフィアという人物がいるのだろう馬車に向かう。

 それを見ながら、イオは少しだけ意外な気持ちを抱く。


(ソフィア? それって女の名前だよな? いやまぁ、女っぽい名前だけど、実は男でしたって可能性もあるけど)


 あくまでもイメージとしてだが、このような精強な傭兵たち……それもランクAと言っていたのを考えると、間違いなくトップクラスだろう実力を持つ傭兵団を女が率いているとは思えない。

 それこそ、筋骨隆々な男が率いているといるのなら、イオにも素直に納得出来たのだが。

 そんなことを考えているイオだったが、ふと自分に向かって何人もが視線を向けているのに気が付く。

 騎兵や馬車の御者台にいる者たち。

 そんな多くの者たちが、イオに向かって視線を向けているのだ。

 幸いなのは、その視線に敵意がないことか。

 あるいは敵意の類があってもイオが単純にそれを察することが出来ないだけといった可能性もあるが。

 何故自分を見ている? 一瞬そう思ったものの、考えてみれば当然だろう。

 黎明の覇者というこの傭兵団が、こうして壊滅したゴブリンの軍勢を見に来た。

 それはつまり、本来なら黎明の覇者がこのゴブリンの軍勢と戦う予定だった……そう考えられるのだから。

 傭兵団である以上、当然のように金を稼ぐには戦闘行為が必要となる。

 イオはそんな黎明の覇者の稼ぐ機会を奪ってしまった。

 とはいえ、イオに向けられている視線は実際にはイオが心配しているようなものではない。

 数万はいるだろうゴブリンの軍勢を一撃で殲滅した人物だけに、当初は強い警戒の視線を向けている者もいたのだが……ギュンターとのやり取りを見れば、戦いという行為そのものにイオが慣れていないのが理解出来る。

 そこから考えた場合、イオは明らかに素人だ。

 少なくても身体の動かし方という一点においては。

 本人が言っていたように魔法を使ってこの光景を生み出したというのなら、それこそもし自分たちと敵対した場合、呪文の詠唱を行っているときに接近して倒せばいい。

 そのように思ったからこそ、イオに対する視線の中には敵意の類は少なかった。

 言ってみれば、イオはその弱さによって敵意を向けられることから避けられたのだ。

 本人がそれを知れば、喜ぶかどうかは微妙なところだったが。


(魔石や武器を買い取ってくれるのなら、悪い話じゃないはずだ。……うん。きっとそうだ。それは間違いない。あとは俺を乗せて近くの街まで移動してくれるかどうかだが……どうなるんだろうな)


 その辺に関しては、あくまでも出来ればといった程度でしかない。

 最悪、断られても黎明の覇者が去ったあと、それを追っていけば街に到着するのは間違いない。

 黎明の覇者がイオを街に近づけるといったような真似をしたくなく、意図的にイオを迷わせるように移動しなければの話だが。


(それにしても、ゴブリン……この軍勢をどうにかしたということは、あとでそれが問題になって面倒なことになりかねない。それはそれで面倒な状況になりそうだけど。あ、そうなるとちょっと不味いな。閉じ込められる可能性もあるのか)


 イオの使う流星魔法は、ただの魔法というよりも戦略兵器的な側面を持つ。

 いくら数を集めても、そこに流星魔法のメテオを使われようものなら、軍隊としての意味をなさない。

 そんな存在がいて、さらには流星魔法使うことにを特化にされており、近接戦闘が決して得意ではない以上、権力者にとってイオの存在はどう思うか。

 そう考えれば、イオが嫌な予感がするのは間違いない。


(あれ? これってもしかして不味いんじゃ? 俺が黎明の覇者と一緒に行動して街に連れて行って欲しいというのって、自分から最悪の結果に向かってるような。かといって、今この場から逃げるなんて真似は出来るはずもないし)


 黎明の覇者には、騎兵や馬車が多数いる。

 正確にはここにいるのは全てがそのような者たちだ。

 そんな相手から逃げ出そうとしても、逃げ切れるとは思えない。

 ここ数日、山の中で逃げ続けるといった真似をしており、走る速度という点は間違いなく鍛えられている。

 しかし、それはあくまでもゴブリンを相手に生身で逃げるといったもので、騎兵や馬車を相手に逃げ出すといった真似は到底出来ない。

 つまり、この場から逃げ出すのは到底不可能なのだ。

 そんな風に考えていると……やがて、先程ギュンターが入っていった馬車の扉が開くのだった。

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