スマホはヒトだけの物に非ず

八百十三

スマホはヒトだけの物に非ず

 地球には何だかんだ、異世界からの魔物まものが昔からやって来ていたと教科書で読んだことがある。

 昔も今も、妖怪だの化け物だのと言われて排斥の対象となり、ちょっとでも人間を害する意図を見せれば討伐対象。魔物の血に触れることで発症する異世界由来の病気が、重篤になると人間を魔物に変えてしまう・・・・・・ことも手伝って、魔物という者への理解は近年になるまでなかなか進まなかった。

 だが、相互理解が進み、魔物の社会進出も進んだ今は、元人間の魔物にも異世界出身で地球で生きることを選んだ魔物にも権利が認められ、姿は違えど良き隣人。ここ東京でも、結構な割合で平気な顔をして街中を歩く魔物を見るようになった。

 そして、魔物たちの間で急速に普及したものがある。

 パソコンと、スマホである。

 インターネットの普及によって爆発的に普及したパソコンは、ペンを持たなくても文字が書けるということで魔物に大変喜ばれたし、外見に関わらず他人と交流できるSNSの存在は、人間と魔物の融和に一役買った。モデルだったり有名ブロガーだったり、SNSを活用して人気になった魔物は多い。

 だから空を飛ぶドラゴンが宅配のリュックを背負いながらスマホで配達先を探す光景も、メドゥーサのお姉さんがサングラスをかけながらスマホ片手にカフェで紅茶を飲む光景も、もう見慣れたものだ。

 スマホは別に人間にとっての必需品じゃない。魔物にとっての必需品でもあるのだ。むしろ人間以上に、魔物はスマホを必要としている。

 例えば。

「にゃんこだいまじんさん?」

 目の前のライオン獣人の彼。SNSで俺と交流のあるフォロワーの一人で、異世界から日本に渡ってきてこちらの文字の歴史を勉強しに来ている。いわゆる留学生だ。

 名前はアレシウス。俺よりちょっと年下らしい。日本語は読めるし書けるが話すのが出来ないため、翻訳アプリを活用して俺と話している。

 「にゃんこ大魔神」は、そう、俺のSNSでのハンドルネームだ。本名登録が不要で自分の好きな外見をデザインできるのをいいことに、SNS上では悪魔猫として振る舞っている。

 あざといのは自分でも分かっているが、インターネットの中でくらい、自分の理想を体現した生き物になってもいいじゃないか。こうして目の前で根っから魔物の人と話したりすると、何やってるんだろうという気になるが。

 なので俺も、アレシウスと会ってまず最初に謝ったのだ。「本物の悪魔猫じゃなくてごめんなさい」と。

 だが、彼はすぐに首を振って笑った。そして翻訳アプリに文字を打ち込んで、こう言うのだ。

「ほんものじゃないこと、しっていました。にゃんこだいまじんさん、してんがたかいから」

 何でもないことのように話す彼に、俺は赤面しながら俯くので精一杯だった。どんなに俺が表面上を取り繕っても、見破られたら呆気ない。

 そこから、俺はアレシウスとカフェでコーヒーを飲みながら色々と話した。故郷のこと、日本語の方言のこと、漢字の難しさのこと、などなど。

 程よく打ち解けたところで、俺は二杯目のコーヒーに手を付けながらため息をついた。

「羨ましいですよねー。地球は国境を越えたら文字もガラッと変わるし、同じ国内でも無数に方言があって、同じ国の人同士でも言葉が通じないこともあるのに、異世界なら基本そういうことは無くて、同じ言葉と文字で世界中のどこの人ともやり取りできるんですから」

 そうぼやく俺に、苦笑を向けてくるアレシウスだ。

 実際、彼に話したら大層驚いていたのだ。「地球には200近くの国があり、それぞれの国で人間が話している言葉は違うことが多い」「一つの国の中でも、地方や風土によって言語が変化することが多く、日本には100を超える方言がある」ということに。

 ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、彼がスマホに打ち込んだ日本語を音声出力する。

「はい、『オルレーヌ』、ひとびとはおなじことばをはなします。ですが、わたしたちまものとは、ひとははなせません」

 その言葉に、俺は小さくため息をついた。人間同士が同じ言葉を話していても、人間と魔物は種族も身体の作りも違う。小説なんかでは人間の言葉を習得している魔物も結構いるが、現実はそう簡単ではない。

「やっぱり、人間の言葉と魔物の言葉は違うんですね……」

「ちがいます。それに、ちきゅうのように『すまほ』がありません。ちきゅうなら『すまほ』をつかって、ひとびととはなせます」

 そうスマホに話させながら、アレシウスが彼のスマホを持ち上げた。魔物の手でも操作のしやすい、特殊なタッチパネルを採用したスマホ。今では世界各地で、魔物対応のスマホが作られている。

 自分の愛用するスマホを愛おしそうに見ながら、彼はスマホに文字を打ち込んで、自分の代わりに話させていく。

「だからわたしは、べんきょうしにきました。ちきゅうのもじをもちかえれば、ひとびととまものがはなせるようになるかもしれない。そうしたら、『ころしあい』もなくなるかもしれません」

「そうか……そうですよね」

 その言葉に、胸が少しきゅっと痛む俺だ。

 アレシウスの故郷、「オルレーヌ」という世界は、人間と魔物が長年争っている。人間の王と魔物の王がいて、互いに憎しみ合い、日常的に殺し合っている。そんな日常を憂いて、彼の故郷の偉い人が地球に彼や、彼と共に選ばれた魔物たちを留学させに来たのだ。

 彼も、故郷で他人と分かりあうことが難しい現実をまざまざと見せつけられている。それだけに、スマホ一つで他者と分かりあえるこの環境が、美しいと思うのだろう。街を行く人々や魔物たちを見ながら、彼が零した。

「ちきゅうは、いいですね。まものだからというりゆうで、ひとびとはぶきをむけてきません。にゃんこだいまじんさんのように、まものになりたがるひとがいるのは、おもしろいです」

「いや、それは……だって、俺だってもっと人目を引く姿になりたいんですもん……」

 そしてアレシウスの率直ではっきりした言葉に、小さくなりながら言葉を返す俺だ。

 俺だって、本物の悪魔猫になれたら喜んでなっていただろう。それを現実とするのはとても難しいことで、しかもよしんばなれたとしても、一生悪魔猫として生きていくことを宿命づけられるという状況があるし、魔物になったと行政に届け出ないとならない。そうしたら元人間であることの証明書の発行、人間用の健康保険だの運転免許だのを返納して魔物用のを再取得などなど、面倒がついて回る。

 気軽に「人間辞めてー」と口にするのは自由だが、実際に辞めたらいろいろ面倒なのだ。

「悪魔猫やってたら、みんな気軽に話しかけてくれるし、女子受けもいいし、いろんな人と交流持てるし……本物になれたらそりゃいいですけれど、あの病気で好みの魔物になるためにはその魔物の血に触れるだけじゃ足りないし」

「わかります。あくまねこ、じっさいにあうのはたいへんだとおもいます。それならにせものでも、えんじたほうがはやいです」

 俺の言葉に頷きながら、アレシウスも肩を竦めつつスマホに入力して言う。本当に、SNSでならその辺の面倒ごとは一切関係ないから有り難い。魔物の彼も人間の姿を借りることも出来るし、翻訳機能を使っていろんな国の人と話すことも出来る。

 本当に、魔物にとってこの機械は、夢の機械だろうと思うのだ。

「じぶんのなりたいものになれる。『すまほ』、ありがたいものだとおもいます」

「……確かに」

 自分のスマホにそっと、愛おしそうに手を置くアレシウスのもふもふした手を見て、俺はもう少し自分のスマホを丁寧に扱おうと、心の中で思うのだった。

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