エモいガジェット今昔

金澤流都

いちばんエモいガジェットはなにかとかそういう問題じゃなくなってしまった。

 スマホにはエモみが足りないと保健室の柄井先生は仰る。エモみって要するにエモーショナルであるということで、つまり感動的とか、心を揺さぶるとか、そういう意味なんだろう。スマホにエモみが足りないというのはどういうことか。改めて先生に訊いてみる。


「どういうことなんです、エモみが足りないというのは」


 僕がそう訊ねると先生は「その話題待ってました」の顔をして、

「いいかね、ガラケーにはエモみが詰まっていた。好きな人からメールがくるんじゃないかとそんなことありえないのに問い合わせを連打したり、メールの返信の「Re」の字が増えていくのとともに好きな人との関係が深まっていくと誤解したり、ギャル文字とかいう読解不明な怪文書を打って一人悦に入ったり、『あなたは××番目の旅人……』みたいなサイト作ったり」

 と、得意げに語る。先生は僕くらいの年ごろにガラケーと一緒に育ったのだろう。


「先生、それ単なる先生の黒歴史じゃないですか。それにいまスマホ使ってるでしょ」


「ウグウーッ」先生は悲鳴を上げた。だって本当に単なる先生の黒歴史だし、先生はいまものすごくごっついスマホを愛用している。僕はポケットからスマホを取り出して、いまどきの若者らしくLINEを開いた。保健室登校の僕なんかにメッセージを寄越すやつは……あ、ライトノベルレーベルの公式LINEから新刊のお知らせが来ている。大好きなライトノベルの続刊が出るようで、つい「やったぜ」とつぶやいてしまった。先生は怪訝な顔をして、「SNSで彼女でもできたか?」と訊ねてきた。


「いえ。推してるライトノベルの続刊が出るというだけです。いやー長いこと楽しみにしてて、てっきり打ち切りになったとばかり思っていて。いやー推しラノベがあるっていいですねえ」


「推し……か。そうか、もうあこがれの対象は周りにいるリアルな異性じゃなくて、世の中にあふれるさまざまなコンテンツにあこがれを抱くんだな。そしてその推しはスマホの中から語り掛けてくるわけだ。あれか、よく知らないがゲームにお金溶かしたりしてるのか?」


「しませんよそんな馬鹿馬鹿しい。そういうのは金銭感覚のしっかりしてないお子様のやることです」僕がそう言うと柄井先生はうーむという顔をした。そのとき保健室の戸が開いて、

「おーい本田。きょうの宿題持ってきてやったぞ……おいおいスマホいじってるのか。授業やってる時間はカバンからだしちゃいかんだろう。保健室でも同じだ」

 と、クラスの担任教師である鈴野先生がジト目で見てきた。おっさんのジト目、ぜんぜん可愛くない。しょうがないのでスマホをカバンにねじ込む。


「鈴野先生、ガラケーってエモいですよね? あのころの嬉し恥ずかしな青春が詰まってますよね?」と唐突に柄井先生が鈴野先生に訊ねる。


「うーん、俺が高校生のときはポケベルだったからなあ……数字の語呂合わせでやり取りするほど古いのじゃないが、十四文字のメールになにを詰め込むか、必死で考えたっけ。いま思うとすごくエモいな」


 うわっ生きる化石が出てきたぞ。柄井先生もさすがにビックリの顔になる。懐かしい思い出に浸っている鈴野先生の表情は幸せな顔だ。


「なに大渋滞しておるのかね」

 続いて現れたのは黒柳理事長だった。優雅なヒゲの紳士である。しかし大渋滞て。


「いやその、なんていうか、心揺さぶるデジタル機器の話をしてました」と、僕。


「心揺さぶるデジタル機器か。私が学生のころは黒電話じゃった。恋人の家に電話をかけて、恋人の父親が出たときの焦りたるや。エモかったのー」


 黒電話……あれってデジタル機器なんすか……?


「黒電話、かーちゃんがひらひらのレースや柄物の布でデコったりしてのう。いやああの時代はよかった。いまはなんでもスマホでできるからのー」


 黒柳理事長は背広のポケットからスマホを取り出した。スマホ使ってるんかい。


「そこはやはりいちばんエモいのは文ではないか」現れたのは校舎の前にでーんと鎮座しているはずの、学校創立者の銅像だった。この学校は幕末にもとになった教育機関ができたので、創立者のなんとかいう人は着物にちょんまげの姿で銅像になっている。しかし文て。


「まろは和歌が『えもい』と思うぞよ」


 続いて現れたのは資料室に置いてある平安時代の歌人の掛け軸。掛け軸は軸の両端を器用に動かして、一反木綿状態で現れた。


「ウホ。甲骨文字、エモイ」

 今度は理科室にある原始人の骨が、火にかけてひび割れた亀の甲羅をもって現れた。


「ちょっと待て、収拾がつかんぞこれは」


 柄井先生が白目になる。鈴野先生も困った顔。黒柳理事長も学校創立者も平安時代の歌人も原始人も、もう引っ込みがつかなくなって全員どうしていいか分からなくなったそのとき、外からほぁんほぁんほぁ~とUFOが現れた。


「コレカラハ ウィルソンノ ジダイダゼ」


 UFOから宇宙人が降りてきてそんなことを言った。その手には見たこともないデジタルガジェット。……。


「なんか変な白昼夢見ちゃったな」と思った。僕はいろいろと病気がちで、こういうわけの分からない幻覚を見てしまったのかもしれない。最近疲れてるもんな。そう考えて頭を掻き、創立者も歌人も原始人も宇宙人もいなくなって、理事長と鈴野先生も帰ったのを確かめて、スマホでツイッターを開く。トレンドには、「ウィルソン」「デジタルガジェット」「日本で発売」の文字。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エモいガジェット今昔 金澤流都 @kanezya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ