第6話 威厳とトイレ


「そう言えばトイレの神様って曲があったな」

この家は古いので、もちろんトイレもしゃがんでするタイプだ。だがこれは「運動には良い」と聞いたので、借家でもあるからそのままにしている。そのおかげか、六十になった今の所、膝が痛いということはない。


「この家に住んで良かった・・・あの人の言うとおりだったわ。

トイレの神様に別嬪さんにしてもらわなくてもいいから、あの人を生き返らせてなんて勝手な話かな。それにまあ生き返ったとしても私がこの年では、ハハハ、別の人と結婚するでしょうね。

良い人は若くして逝くか・・・」

案外トイレと言う場所は落ち着けるところだ。

レバーを回し「さあ、すっきりした」と口に出した途端、


「ん・・・・」


と言う低い声がした。


「え! 」


私は慌てふためいた。聞こえたのはまさにここだったので、トイレの小さな窓を急いで開け、そこから外を見たが、誰もいはしない。


「家の中? え! 鍵は閉めたはず・・・・! 」


女としての危険は無くなったため、物取りだとしても、どうしたらいいのだろうか? 携帯はもちろん部屋の中、


「どうしよう!!! 」トイレの中で怯えることしかできない私に


「大丈夫だ、怖がる必要はない、部屋には誰もいない、私は声だけだから・・・」


とても落ち着いた、教養番組のナレーションのような男性の声だったが、この私の慌てように「すまない」という気持ちもこもっていると感じ取れた。


「あ・・・・」


私は何と言ってよいかなどわかりはしない。すると声がまた聞こえた。


「お前は・・・本当に夫に生き返って欲しいか? 」

「それはそうなって欲しいです!! 」

間髪入れずの即答だったため、彼の方がひるんだように


「そう、そうか・・・確かに一年では可哀そうだ、だがお前以上に可哀そうな人間も沢山いる、それはわかっているか」


「それは・・・・そうです・・・・・この国にもたくさん、世界中には数えきれないほどの人がいるでしょう、そう思って生きてきました・・・・・」


「うん・・・・・」


私の答えにそう反論は無いようだった。


「お前が私の頼みを聞いてくれれば、お前の望みをかなえてやろう、夫を生き返らせ、お前も若い頃に戻り、もう一度人生を二人で歩み直すがいい。どうだ? 」


「え! 本当にそんなことが・・・そんなことが本当にできるんですか、そんなことができるのであればあなたは、神様!! 」

私が祈るようにそう言うと


「私は神ではない!! 」


初めてきつい口調で言われた。


「え! でもそんなことができるのは・・・・じゃあ・・・反対の悪」


「悪魔でもない! 私は「尋常ならざる力をもつ者」だ! それだけは忘れるな。私は神ではなく「尋常ならざる力をもつ者」わかったな、繰り返せ」


「え、尋常ならざる力をもつ者、様ですか」


「そうだ、だが、誰にも言うなよ、私のことを。とにかくお前は言われたことを遂行してくれればよい、彼女達・・・難しいが・・・・」


「彼女達?? 」


「とにかく、今は暇そうだな。今日は編み物の気分でもあるまい、これから掃除用具一式を持ってトイレに入り直せ、バケツとか雑巾とか。掃除機は・・・コンセントがあるところとない所があるからわからん、とりあえず箒と塵取り、それから大きなゴミ袋、雑誌を束ねるヒモ、家にあるか? 」


「は? 多分探せば・・・・」

「とにかく言われたものを、一応持って入れ、どうせ一日では片付かないだろうから」

「掃除をするんですか・・・・・」

「詳しいことは彼女に聞け、私は忙しい、それではな」

「は・・・い・・・・・」


一度完全に気配が消え、私は茫然とトイレに立ちつくしていたが、今度は慌てるように


「すまん、すまん、大事な事を言い忘れた。今度からトイレの前で「掃除をしに入ります」と言えば良いから、それではな」


また気配が消えた。もちろん私はしばらくトイレに立ちつくしたままだった。



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