第4話 おばさんの入浴


「はあ、気疲れした・・・・・というか・・・」


家の浴槽の中で私は一人呟いた。


「クレオパトラちゃんのことで、あの子に言い過ぎたかな・・・」


とさらに反省を深めると同時に、自分の人生を振り返っても見た。

彼女と同じ年頃の私は、もっと子供だったのかもしれない。礼儀も彼女ほどできてはいなかっただろうし、考えれば考えるほど、この生活で本当にかなり「いい気」になっていたのかもしれない。

大体、クレオパトラに「ちゃん」を付けること自体がいけないことなのかもしれない。だがそれは私にとってみれば、尊敬と、紛れもなくある種の愛情と感謝の表現の現れだった。


「もうあれから一年半か・・・そう、気を付けなければいけない。

クレオパトラちゃんも言っていた、彼女が私の前から消え去ってしまうときに

「終わり際に気を抜かないように!! 」って」


大きな、そのあたりの空気を美しく震わせる、ハープのような美声で、彼女は叫んでくれた。


「彼女、今頃はバラのお風呂にでも入っているかしら。それとも最近さらに日本贔屓が加速して、晩白柚(ばんぺいゆ、大きなみかん、熊本特産)風呂だったりして

いや・・・無いなあ、後始末は自分でしなきゃいけないから、ハハハ」


疲れから湯船でウトウトし始めた。タイルが貼ってある、古い浴室で


「本当に・・・願いが叶うのかかしら・・・」


水をはじかなくなった肌を見ながら、一年半前の、あの運命の日のことを思い出した。






「ああ、あったかい、ありがとう、おうちさん」


 孫がいたら笑ってくれそうな言葉を、私は一人、家の玄関で言った。

春先は急に冷えるので、家が温かいのはありがたいことだった。


誰かが暖房を入れてくれているわけではない。この家が古く、昔からの「土壁」だからだ。

夏の猛暑日はさすがに暑いが、それでも一年のうちに家に入ると同時に困ること日は、とても少ない。この家は賃貸だ。すぐ近所にとてもやさしい大家さんもいて、もう三十年以上ここで暮らしている。

本間に近い四畳半と六畳の家は、一人では十分、新婚の夫婦にもうってつけだった。




「ほら、ここにしようよ、昔の作りだけど、冬の今の時期にこれだけあったかいなんていいよ! 」

結婚したての夫はそう言った。

正直言うと私はもっと家賃が高くて、洒落た所がいいなと思ったが


「これから子供も生まれる、それまでにお金をためて」


夫の方がその時はしっかりしていたように思う。

「もう一組若い夫婦が下見に来ています」と言う不動産屋さんの言葉で、私たちはすぐに契約した。

しかし住み始めてすぐに立場は逆転してしまった。私の方がこの家が大好きになってしまったのだ。小さいゆえに要は家事がスピーディーに行える。その反面埃が目につきやすいが、その当時は「専業主婦」だったので、掃除も楽しくできた。

「本当、光熱費もかからないから貯金も十分にできている。でもなるだけここに長く住みたいな。生活しやすい! 」


「じゃあ、ずっとここで? 」

「一軒家を買って、子供が遠方に就職したら、結局後々面倒になる。そのことを考えたら・・・」

「ハハハ! そこまで考えるの? 」


小さな家で二人でいつも笑い合っていた。

それがあまりにも突然に終わりを告げた。



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