第3話 時代が作ったヒト


「ごめんなさい、掃除の仕方がわからなくて・・・・」


彼女の言葉を聞き流すように私は


「いいのよ、私の仕事なのだから。まだ綺麗にしている方よ、もっとひどい所は沢山あったから」

「そうですか・・・良かった・・・・・」

彼女の部屋で掃除を始めた。


 まずは寝室、木の豪勢なベットに美しい布団があったが、寝室であるが故に埃がどうしても舞う、それが色々な所に舞い降りてきていた。窓が無いので、部屋のすべての箇所、平等な量なのが面白い。その薄い埃の層をまずは乾拭きして、また時間を置いて充電式の掃除機をかけることを繰り返した。もちろん家具を傷めないように気を付けながら。


寝室が終わってすぐ横の応接室(この造り自体が下心そのものなのだが)に入ったが


「此処はキレイにしているのね」


「ええ! あの方が見えるのですから・・・そこだけは何とか」


彼女なりに努力はしているようだった。

「だったら寝室もしておいた方が」とは大人のおばさん的考えなのかもしれない。

だが、まあそう悪い子ではないと話をしているうちに、やはり

「同じ事を言う」と思わざるを得なかった。


「あの・・・クレオパトラに会われたことはあるのですか? 」

「ええ、一番最初は彼女だったから」


「彼女たちは食堂でも別室なんです。ですから見たこともなくって。でも・・・あまり・・・美しくはないと・・・聞いたのですが・・・」


 私はこの言葉が単純に「嫌い」に、聞けば聞くほどそうなった。

この可愛らしい彼女も間違いなく美女、スタイルも良い。それを自分も十分にわかっているのだ。だが悪いが彼女がクレオパトラよりも勝る点は、そこしかないように思えた。

彼女は一見優しそうに見えるが、それは芯のあるものではない。安き方に流れ、自分の運命に抗おうという強さもない。若さという時の柱が無くなった時に、彼女は美女のままでいられたのかという疑問もわいてくる。それが最近の私の心境だ。

だからいつもこう言うことにしている。


「彼女の、クレオパトラちゃんの魅力はそこだけではないわ。私も色々回って掃除をしたけれど、私の国の言葉、日本語で挨拶をしてくれたのは彼女とあと数人よ。クレオパトラちゃんの場合、私の顔を見て「きっと日本人だ」と思ったらしいの。私の仕事についての説明もとても分かり易かったわ。

彼女は今でも学び続けている、語学から美容のことまで。持っていた本の数もそのジャンルも桁違いだわ。王女として生まれたからだけじゃない、彼女は歴史に名前が残って当然な人よ」


「そう・・・そうなのですね・・・立派な方なのですね・・・頭もよくって・・・」


ちょっと虐めた感じがしたので、


「でも・・・クレオパトラちゃんは・・・その分お掃除が嫌いだった見たいだけどね・・・」


「フフフ」


二十歳前で病気で亡くなった子なのだから、それを考慮しなければと自分でも反省した。


「さあ、今日はこれでおしまいにします、また来ますね。あなたも夕食でしょ? 」


「ええ、先ほどのドームに一緒に行けばよろしいですよね」


と二人で向かった。


「あの、どの扉から見えられたのですか? 」


「ああ、それはどこからでもいいみたいだけれど、食堂はどの扉ですか? 」


「あちらです、小さなウサギの像があるでしょう? あそこからです」


「わかりました、では」

と私はその扉に近づいた


「あの! そこは! 駄目です!」

そんな声を出したこともない、という彼女の焦った声がしたが、私はその扉のノブにペタリと小さなシールを張った。


「あ・・・何か印をつけられたのですか・・・」


「ええ、食堂だけは絶対に私が入ってはいけない場所なので。それを覗くのも禁止ですから、わかるようにしておきました」


「ああ・・・そうですか・・・そうですよね、ご存知ですよね。食堂だけは他の人が入ってはいけません、とあの方も」


安心している彼女を見ながら、実は私は後ろ向きで何か所かに、更にシールを張った。極めつけは、靴の紐を直すふりをして、扉の下の方、本当に見えにくい所にも扉の色に合わせたシールを張った。掃除道具のほかにシールを持つようになったのは、最近の事だ。


「それでは明日か明後日にまた来ますね」


「はい、ありがとうございました」


私は一つの扉を開け、急いで閉めた。


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