ココアはミルク砂糖たっぷり

水円 岳

 ねえ、恋人が目の前にいるのに、ずっとスマホ見てばかりってどうなんだろ。


「ちょっと、タクヤ! あたしが目の前にいるのに、なんでスマホばっかいじってるのよ!」

「しゃあないだろ。必要ないならいじらないよ」

「いわゆるスマホ中毒ってやつ?」

「失礼な。いじらない時間だってあるさ。さっき言っただろ? 今は必要だからいじってるんだ」


 そっかなあ。わたしがタクヤとデートしてる時って、ひゃっぱースマホ見てるんだよね。そりゃあ、かっこいいし、優しいし、いろいろ尽くしてくれるし、スマホ見っぱなしってとこ以外は理想的なんだけどさ。でも、やっぱ負けてる気がしちゃうじゃん。四角四面のただのキカイにさー。


「恋人ほっぽらかしてスマホばっかいじってると、そのうち嫌われちゃうよー」


 遠回りに言っても効果ないから、直接釘を刺す。でも、タクヤはにやにや笑ってるだけ。


「美帆が俺を嫌うなんてことは、未来永劫ありえないだろ」


 くっそお! 人の弱みに付け込んで! でも、悔しいかな、それが事実なんだよね。タクヤあってのわたしだし。

 ぷうっとむくれたまま、スマホに釘付けになっているタクヤの瞳を追う。


「ココア飲もっかな」

「いいんちゃう? 俺はコーヒーでいい」

「一緒にココア飲まない?」

「やだ。美帆の注文通りだと、ミルクと砂糖がこれでもかと山盛りだから。ココアでないものになっちまう」

「ええー? ココアはべったべたに甘いからいいんだよー」

「俺はむーりー」


 ちぇ。しょうがない。

 でっかいマグカップにココアパウダーが大さじ一杯。あとはカップ半分の砂糖と温めたコンデンスミルク。ココアっていうより、溶けかけたチョコキャラメルみたいな見かけだけど、甘くないココアなんかココアじゃないもん。


「ぐえー。見てるだけで胸が焼ける」


 ちらちらと視線を飛ばしてくるタクヤに、ちょっとだけ挑戦的な視線を送り返してみる。


「ふふん。悔しかったら飲んでみそ」

「冗談ポイ」


 しょうがねえなあっていう視線でわたしを見てるタクヤに、懲りもせず説教をする。


「ねえ、スマホ見っぱなしはよくないって。わたしがこんなベタ甘のココアを作ってる時くらいしか、こっち見ないじゃん」

「まあな。でも何度も言うようだけど、必要があるから見てるんだよ」

「ふうん。どんな必要なんだか」


 ぷんぷくりんに膨れたわたしをじっと見つめていたタクヤは、さっとわたしの胸に手を伸ばして……。


◇ ◇ ◇


「うーん。確かにうまいこと改良したよなあ」

「ココアだろ?」

「そう。ただのアラートアプリじゃ普及なんかしないよ。一番伝搬者になりやすい若い男性にアプリを使わせるために、魅力的なアバターを組み込むっていうアイデアはいいよな」

「しかも育成、やりこみ要素ありだもんな」

「んだ」


 俺が設定した女の子アバターは美帆。もちろん、俺の好みのタイプにチューニングしてある。俺の生活パターンを読み込んで学習し、感染リスクの高い場所への移動や感染しやすい行動を察知すると、涙目で「やめて」と懇願する。女の子に泣かれるのは辛いよな。男性心理の痛いところを的確に突いてくる。


 ただこのアプリ、いいことばかりじゃないんだ。アプリへのアクセス頻度が低くなると、アバターの外見も性格もどんどんやさぐれてしまう。はっきり言えば、かわいくなくなる。

 毎日一定以上の時間、自分の設定したアバターと会話し続けなければならない。アラートアプリへのアクセス頻度を上げる必要があるから仕方ないんだろうけど、どうしてもスマホを見ている時間が長くなってしまうんだよな。


 それでなくても、移動中や休憩中はずっとスマホをいじっているんだ。美帆のためだけにさらにスマホを操作するのは……なあ。


「どうした? タクヤ」

「いや、改良されたのはいいんだけど、これ政府配信のアプリだから簡単にアンインストールできないんだよな」

「まあな。そこだけはちょっとウザイよね」

「キャラモードオフにしときゃいいんだろうけど、そうすっとアバターが即へそを曲げるだろ?」


 カズのアバターも『カワイイ系』だ。俺と同じ悩みを抱えているんだろう。


「ううー。そうなんだよ。女の子のリアルなネガは、アバターに持ち込んで欲しくなかったなー」

「でも、ただはいはいと言うこと聞くだけのアバターじゃ、こんなに普及しなかったと思うぜ」

「ジェラシーとか立腹要素も、やりこみには必要ってことかあ」

「うまいこと作ってるよ」


 美帆がいつも飲んでる、ミルクと砂糖たっぷりのベタ甘ココア。とても飲めそうにないけど、そういうのもありかなって思ってしまう俺は、そのココア以上に甘いんだろうな。


「しゃあない。またかまってやるか」


◇ ◇ ◇


 ああ、タクヤは知らない。わたしのキャラは、スマホの操作で作られているわけじゃないの。わたしは、スマホという小さな部屋に住んでるリアルな女の子なの。切ない恋心も激しいジェラシーも、設定での作り物なんかじゃない。モノホンのリアルなんだ。


 でも、それをどうやって伝えたらいい? タクヤはわたしをアバターとしてしか扱わない。スマホの画面に表示させる女の子としか見ていない。わたしの示す愛情も心配も、機能として当然のものだって考えてるんだ。


 違うよ。違うの。わたしはここにいる。ワタシハココニイル。ワ・タ・シ・ハ・コ・コ・ニ・イ・ル。



【 了 】


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ココアはミルク砂糖たっぷり 水円 岳 @mizomer

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