第58話 アプリルさんは、すっごくかわいい!?

「ちょ……ルシアママっ 夜這いって──んむっ」

「く、クリス! いけませんっ」

「ルシアっ 貴女もこんな所で、何を言い出すのですかっ!」


 アイナママが慌ててぼくのおくちをふさいだ。

 いけない……ここは冒険者ギルドの中でした。

 個室とはいえ、ミラさんもマハさんもいるし?

 けどルシアママは平気なお顔でこう続けました。


「ああ、心配ない」

「アプリルがどうこうする前に、私が眠らせたからな」

「ぷはっ そ、そうなんだ……あ、魔法とか?」

「ん? 違うぞ」

「じゃあ……当て身! とか、締め技とか?」

「いいや? アプリルが、どうしても抱いて欲しいとせがむのでなぁ」

「せ、せがむから?」

「すこしばかり指で可愛がってやったら、あっけなく失神したぞ?」

「んなっ!?」

「さすがは箱入り娘……今まで自分で慰めることすら、知らなかったようでなぁ」

「その皮を剥いて、指の腹で転がすように撫でて──」

「やめたげてよお!?」

「それ以上いけないぃぃぃ!?」


 ◇◆◆◇


「ルーシーアーっ?」

「は、はい……もうしません……」


 ルシアママは今……アイナママに怒られて、床に正座しています。

 しょんぼりと正座するルシアママを見て……

 ミラさんとマハさんがおろおろしてるけど──


「う、うらやま──いえっ ルシア様に夜這いをかけるなど、なんて無礼なっ」

「わ、私もして欲し──いえっ 姫巫女ともあろうお方が、不埒千万ふらちせんばんですっ」


 あの……なんでおまたに両手をはさんで、もじもじしてるんですか?

 お顔もまっかだし?


「貴女という人は……嫁入り前の娘に、いったい何をしているんですかっ」

「いやだから……これこそ『手ほどき』だろう?」

「私はただ、自分で処理をする方法を伝授しただけで──」

「ミラさん、マハさん?」

「「はひっ」」

「エルフの森には嫁入り前の若い娘に……」

「自らを慰めるすべを【当人に実演して】教える文化があるのですか?」


 ぶんぶんっ


 激しく首を左右に振るミラさんとマハさん。

 ですよねー


「はっ!? る、ルシア様っ 僭越ながら私も、そのすべを知りません故っ」

「姉様ずるい! ルシア様っ 私にも是非っ 実演していただければとっ」

「ミラさん……マハさん?」ゴゴゴゴゴ……

「「ひぃぃぃっ!?」」


 その時放たれる、アイナママの笑顔の威圧ゴゴゴゴゴに……

 一瞬で黙っちゃうミラさんとマハさん。

 あー、アイナママの前でソレはまずいよねぇ


「ルシア? 貴女のいうアプリルさんへの懸念とは、それだけですか?」

「はい……そうですぅ」

「わかりました、では……ミラさん、マハさん?」

「「はひっ」」

「先程の、我が家への逗留の件……先様には承知しましたとお伝え下さい」

「よ、宜しいのですか?」

「此度また、姫巫女様が暴走したら……」

「ええ、ですからわたしがそれを監視し、阻止します」

「どうやらエルフの皆さんに、ルシアを止められるお方が居ないようですので」

「さ、さすがは聖女アイナ様……」

「どうぞよしなにお願いいたしますぅ」

「ちょ……だから土下座はやめてぇぇ!?」


 そんなわけでぼくのおうちに……

 姫巫女さんが、やってくることになりました~


 ◇◆◆◇


「ルシアママぁ……ほんとにぼく、いっしょにいてもいいのかなぁ?」


 ぼくはいま、ケストレルの街にママたちと3人でいます。

 今日は姫巫女さんがこの街に、到着する予定なんだ。

 きのうお隣の街についたって、早馬でお知らせがきたんだって~


「なんだ、まだそんなことを言っているのか?」

「でもぉ……アプリルさんって男のひと、苦手なんでしょう?」

「なに、アプリルが苦手なのは、いかにもゴツゴツとした男らしい男だ」

「その点、クリスは食べてしまいたいほど可愛らしいからな♡」

「かわいいっていわないでよぉ!?」


 だけどアイナママまでうんうんって! ふか~く頷いてるし!?


「ともあれ……私は家で待っているから、後はアイナ? よろしく頼む」

「わかりました、ルシアこそ、ここまで送って頂いてありがとうございます」

「いやなに、じゃあクリス……また後ほどな ちゅっ♡」

「はぁい、ルシアママ♡」


 ぼくのほっぺにキスをすると、ルシアママはふわりとお空に舞いあがる。

 ルシアママは家長として、おうちでお客さんをお迎えしないといけないからね~


(ホントはぼくがアイナママを抱っこして、飛べたらいいんだけど……)


 いちど試したとき、重くて持ちあがらなかった時のアイナママのお顔……

 あんな表情のママは、もう見たくない……


(レイナちゃんは大丈夫だったから、余計にショックだったみたい~)

(うんっ もっと風精霊魔法の特訓、がんばろう!)


 姫巫女のアプリルさんも、同じ風精霊魔法の使い手みたいだし?

 ならいっしょに特訓するのもいいかも♡

 そんなふうにぼくは……アイナママとのんびり待っていたんだ♪


 このあとたいへんなことになるだなんて、ちっとも知らずに──


 ◇◆◆◇


「わぁっ【聖女】アイナさまでいらっしゃいますねっ♪」

「はじめまして♪ アプリル・インゼルドルフです」

「私……お目にかかれて、すごく光栄です♪」

(おぉう)


 ぼくたちの待つお部屋に入ってきたのは、とっても元気な女の子だったんだ。

 エルフだからお耳が長くて、ふんわりしたブラウンの髪はツーサイドアップに。

 意思の強そうな目はキラキラしてて……

 なにより見ているだけで元気になりそうなその笑顔!


(かわいいっ)

(日本のセンターアイドルがつとまるくらいかわいい!?)


 ただ意外だったのは、ビキニアーマーじゃないこと。

 ふつうの白いブラウスに赤いチェック柄のスカート。

 首元には赤いリボンを付けてるから、なんだかすっごく普通に見え──


(はっ!? いけないっ)

(ぼくまですっかりビキニ文化に染まってるぅぅ!?)


 そしてアイナママも、今日はビキニじゃなくて神官服。

 冒険者ギルドにいるのにビキニじゃないの、久しぶりだったり?


「こちらこそお会いできて光栄です(ニッコリ)」

「ですがわたしが聖女だったのは昔のこと」

「今はいち神官に過ぎませんので、どうぞ【アイナ】とお呼びくださいね」

「は、はいっ アイナ──さん♪」

「ええ、それで結構ですよ♪ そして──」


 アイナママがぼくを見ながら、背中を軽く押してくれる♪


「あ、ぼくクリスです♪ はじめまして」

「わぁっ♪ あなたがルシアさまの息子さんですね?」

「はい♪」

「ルシアさまが何度もおっしゃっていらしたけれど……本当にかわいい♡」

「か、かわいいっていわないでぇ!?」


 とはいえ、男の人が苦手なアプリルさん。

 ぼくのことは平気みたいでちょっと安心♪

 アイナママやミラさん、マハさんもそれを見て【当然】ってお顔してるけど~


(ぼくとしては、むしろもっと男っぽくなりないのにぃ!)


 ◇◆◆◇


「あははっ♪ そうなんですか~ さすがは【かわいい英雄】ですね♪」

「あうぅぅ~」


 な~んてぼくの【二つ名】をどこかで聞いてたのか……

 アプリルさんはおおよろこびしてる。


(まぁ? 楽しんでもらえたみたいでよかったけど♪)


 今はぼくとアイナママ、そしてアプリルさんと3人でお茶を飲んでるんだ♪

 アプリルさん、街についたばかりだからね~

 だからこうして休憩してから、出発するんだって。

 ちなみにアイナママのとっておきのお茶だから、とってもいい香り♡


「ですが……宜しいんですか? お供の方が居ないだなんて……」

「あ、大丈夫です♪ 私、こう見えても自分のことは自分でできますし♪」


 そんなアプリルさんのお供は、誰もいなかったんだ。

 だからぼくたちの後ろに、ミラさんが給仕として控えていて……

 アプリルさんの後ろには、マハさんしかいないんだ。


(すごいなぁ、この歳でエルフの森から一人旅かぁ)


 エルフの森の【姫巫女】は、人族でいう【聖女】みたいだっていうし?

 そのうえアイナママの氏族に次ぐ、高貴なおうちのお嬢様だっていうから、

 10人……もしかして20人? とかお話ししてたんだけどな~


「それでも……とちゅうで魔物がでたら、あぶないんじゃないですか?」

「心配してくれてありがとうございます♪」

「だけど私……けっこう強いんですよ? えへへ♪」

「んー」


(そういえばルシアママも、妹さんが王都にきたたとき──)


『妹も、半ば物見遊山のつもりだったのだろう』

『供の者も連れず、夫と娘の3人でやってきた様だ』


(って、いってたっけ)

(それにアプリルさんは、すごい【風精霊魔法】の使い手だっていうし?)


 もしかしたらエルフさんたちって、けっこう放任主義?

 なんてぼくが思っていたら──


「それに、こんな機会でもないと……」

「………え?」

「【婆や】や【姉や】のお小言から、開放されませんから♪」


 そういって、いたずらっぽく舌を出すアプリルさん……


(かわいいっ!?)


 エルフさんが放任主義かどうかはわからないけど……

 アプリルさんはおもいのほか、ふつうのかわいい女の子でした♪


 ◇◆◆◇


「アイナ様……そろそろ」


 そしてしばらくして……

 ミラさんがアイナママにそっと耳打ちする。


「ええ……ではアプリルさん、我が家へ向かいましょうか」

「わぁっ♪ いよいよルシアさまにお逢いできるんですねっ」

「私……ずっと楽しみにしてたんです♪」

「まぁ うふふ♪ ルシアも貴女にお逢いするのを楽しみにしていましたよ?」

「えへへ♪ 嬉しいです」

(おぉぉ)


 なんて……ふつうなら【救国の英雄】に憧れる女の子、なんだけど?

 このまえルシアママから【あの】おはなしを聞いちゃったから……


(なんだかちょっとドキドキしちゃうぅ~)


 そしてアイナママたちが部屋のお外に出ていこうとした、その時──


「あ──あれ?」


 どさっ


「アプリルさんっ」

「姫巫女様っ!?」


 アプリルさんが……急に倒れた!?


「あ……大丈夫、です」

「ですがっ」

「えへへ……実は、ルシアさまに早くお逢いしてくて……」

「ちょっと無理しちゃいました……」

「だいじょうぶ……ちょっと休ませてもらえば平気ですから」

「そう……ですか?」


 そういいながらアプリルさんは自力でたちあがる。

 ちょっと弱々しい笑みで、ガッツポーズまでしてるけど……


「アイナ様、今日のところは……」

「ええ、そうですね……」

「アプリルさん? 今日は大事を取って、この街でお休みください」

「………はい、ご迷惑をおかけして……本当にすみません」

「そう思うなら……しっかりと休養を取って、元気になりましょうね?」

「る、ルシアさまには──」

「ええ、ルシアには【所用】と言っておきますから……」

「貴女は安心して、養生してください」

「はい……ありがとうございます……アイナさん」


 すると、アイナママはキリっとしたお顔になって……


「ミラさん、貴女は宿の手配を」

「マハさん、エルフの森への連絡手段はないのですか?」

「ございます、緊急用のマジックアイテムが」

「万一の為に、その準備をお願いします」

「承知いたしました」

「わたしは滋養薬をいただきに、神殿に行ってきますので……」

「クリス、アプリルさんを見ていてあげてね?」

「わ、わかったよ、アイナママっ」


 アイナママが回復魔法を使わないのは……

 病気や疲労は魔法じゃ治らないから。

 だから安静にして滋養のあるものを摂るのが、正しい治し方なんだ。


「アイナ様っ 神殿でしたら私が──」

「いえ、わたしが行ったほうが話が早いでしょう」

「これでも神官ですし、元【聖女】ですから多少の無理も利きます」

「で、ではよろしくお願いします」


 そうしてママたちは部屋から出ていって……


「あぁ……」

「あ、アプリルさんっ ぼくにつかまって!」

「あ、ありがとうございます……クリスくん」

「だ、だいじょうぶっ お薬をのんでお休みすれば、ぜったいによくなりますよっ」

「ええ……でも、このカラダはもう……ダメだと思います」

「そんなっ」


 さっきより、アプリルさんの顔色が悪い。

 ぼくがなにか手がないかとあせっていると──


「だってこれ……私が毒を飲んだんですから」

「………え?」

「このまま昏睡して……目が醒めなくなって……衰弱して死ぬ毒です」

「なな……なんでそんなのを──」

「なぜって……それは──んちゅ♡」

「んむっ!?」


 その時……そして蕩ける様な妖しい目が、赤く光ると……

 アプリルさんがぼくに、キスをした。

 ぼくの視界はまっかになって──


「あ、アプリルさ──」


 どさっ


 そして真っ暗になって、何も見えなくなった。

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