第54話 ルシアママの、カミングアウト

「る、ルシアママが……はじめて?」

「う、うむ……」


 なんだかわけがわからない……

 そんなことありえない、だって──


「だ、だってルシアママ……育児経験あるって……」

「それに、赤ちゃんをエルフの森に──」

「あ、あの子は……ゴニョゴニョ……」

「は?」


 そして……ルシアママは少しづつ、話してくれたんだ。

 正座で。


「じ、自分でいうのもアレだが……私はエルフの森でも負け知らずだったのだ」

「そうなんだ?」

「ああ、やはり精霊の声が聞こえるというのは……」

「精霊魔法を使う者たちにとって、有利にすぎるからな」

「なるほどー」

「そしてまぁ……それを戦いに用いるセンスがあったのだろう」

「気づけは師匠の技量を超え、エルフの森で最強になっていた」

「だが、そこで問題が起きた」

「もんだい?」

「最強ゆえに……私に言い寄る男が居なくなってしまったのだ」

「なんと」

「しかも何故か【ルシアを倒せる者が、婿にふさわしい】などという空気に……」

「さらには、それを知らなかった私が、挑戦者たちを──」

「た、たおしちゃった?」

「ああ、ことごとく……しかも完膚なきまでにな」

「おぅふ」


 すると、ルシアママのお顔は、さらに暗くなって……


「それを横目に……順調に結婚してゆく姉妹や友人たち」

「気づけば年頃の娘で結婚していないのは私だけ……」

「エルフの風習ゆえ、氏族の赤子の育児は上達すれど……」

「肝心の自分はいいつまでも独り身のままだったのだ」

「おぉう」

「そして私は……エルフの森を出ることにした」

「武者修行、そういう大義名分でな」

「たいぎめいぶん?」

「ああ、本当の目的は……ムコ探しだったからな!」

「むこさがし!?」


 なんということでしょう……

 ルシアママは、【婚活女子】だったのです!?


「で、でもっ ルシアママ……ハイエルフなんでしょう?」

「ああ、そうだが?」

「ハイエルフなんて……森の外にいるの?」

「いや? まず居ないだろうな」

「ならなんで?」

「ふむ、エルフも森の外では少ないだろうし……」

「というか……私が認めれば、人族でも構わないと思っていたぞ?」

「そ、それじゃ……ハイエルフの血が、守れないんじゃ……」

「生まれたそのコ【ハーフエルフ】になっちゃうよね?」


 ぼくは逢った事はないけど……

 お耳が短めで、寿命も人族とエルフの中間……くらいなんだよね?


「ハーフエルフ? なんだ、それは?」

「あれ? ハーフエルフさん、いないの?」

「ああ、例えば人族と男とエルフの女が子供を作れば──」

「つくれば?」

「その子供は確実にエルフになる」

「そうなの?」

「うむ、男女逆なら人族になる」


 つまり異種族で赤ちゃんを作ると、ぜったいにお母さんの種族になるんだ?


「だが、その場合は繁殖率がぐっと下がる」

「はんしょくりつ」

「エルフの男に比べ、人族の男は相手を孕ませやすいからな」

「おぅふ」


 確かに人族の特徴のひとつが【繁殖力】だけど……

 そういわれると、なんだか微妙なキモチ~


「それはエルフとハイエルフも同じでな」

「母がハイエルフなら、その子は皆、精霊の声が聞こえる子になる」

「そ、そうだったんだ」

「だから相手は人族でも構わないのだが……」


 そしてまた、ルシアママのお顔が曇る。


「しかし……エルフの森の外は、私にとっても見るものすべて、珍しくてな」

「わかります」

「そしてつい、張り切って魔物やら盗賊団やらを討伐しまくってしまい……」

「あー」

「ついた二つ名が【斬撃妖精】」

「おかげで恐れられ、崇められることはあっても」

「言い寄られるようなことはまるでなく……」

「おぅふ」


 は、はりきりすぎちゃったんですね?

 ルシアママ……


「そして……そんなある日」

「氏族の命を受け、私を訪ねてきたものが居た」

「しぞくのめい?」

「要は……私の様子を見に来たのだな」

「おそらく当主である父の差し金だろう」

「と、当主?」


 や、やっぱりルシアママ、ハイエルフ氏族のお嬢さまなんですね?


「それは……私の一番下の妹と、その夫でな」

「そしてその妹の腕には……赤ん坊が抱かれていたのだ」

「あかちゃん」

「こんな機会でもないと、うちの氏族の者が森の外に出るのは難しいからな」

「妹も、半ば物見遊山のつもりだったのだろう」

「供の者も連れず、夫と娘の3人でやってきた様だ」

「もちろん私も歓迎し……その姪っ子を抱き上げて、大いに可愛がった」

「そしてその赤ん坊も、すっかり私に懐いてくれてなぁ」


 ルシアママ、育児スキルは高いですからね。

 【年齢=恋人いない歴】みたいだけど……


「そして……その赤ん坊を私が預かって、妹たちは王都観光へ──」

「その時、緊急の呼び出しが、王城からあってな」


 勇者召喚による招集ですね? わかります。


「可愛い姪っ子を置いて行く訳にもいかず」

「『まぁいいか』と連れて出向いてしまい……」

「ま、まさか?」

「す、すると周囲は【私の娘】と勘違いしてしまってなぁ」

「ですよねー」

「ま、まぁ? その扱いが心地よく、つい否定する間もなく……」


 そしていまさら『違う』とは言い出せずに……

 それは現在に至るまで続いた──ってことぉ!?


「で……でもぼくっ ルシアママの母乳で育ったんだよ?」

「うぅ……エルフは母性本能があれば、出産せずとも母乳が出せるのだ」

「おぅふ」


 そ、そういえばエルフって【手ほどき】すると……

 赤ちゃんができやすくなっちゃう種族でした!?

 しかも氏族で育ててるんだから、いつでも母乳が出せたほうが都合がいい!?

 そんなふうにぼくが、唖然としてると……


「あ、アイナには、何卒内密に!?」


 それはおよそ一切の無駄も力みもない──

 見事な土下座でした。


「ちょっ! 全裸土下座とかやめてよぉ!?」

「し、しかしっ ああしてレイナを育てているアイナに比べ……」

「実は私は……妊娠どころか、子作りの経験すらなく──」

「それでも、ルシアママはぼくのママだから」

「だって、ぼくを母乳で育ててくれたんだもん」

「クリス……」


 ルシアママが【初めて】だったのにはびっくりしたけど……

 それでもぼくのママであることに違いはないんだ。


「だから……そんなこといわないで? ルシアママ」

「クリス……では」

「うん♡」

「あ、アイナには、黙っていてくれるのか?」

「えー」


 まだそこ……気にしてたんだ。

 けど、ルシアママのお顔は不安なまま。

 だったら──


「じゃあこれからも……【レッスン】してくれる?」

「ならぼく……えへへ♡」

「むしろご褒美すぎる!?」


 それから──

 ルシアママとまた、いっぱい【レッスン】しちゃって……

 そのまま胸に抱かれて、ぼくは眠りました♡


 そしてこの日から……

 ぼくの【レッスン】をしてくれるママは、ふたりになったんだ♡


 ◇◆◆◇


「う~ん、どうしよっかな~♪」


 あの、ルシアママとのはじめての【レッスン】から、一月ほどたったある日。

 ぼくはケストレルの街を歩いていました。

 ひとりで。


「おや……クリスじゃないか」

「あっ、レニーさん♪」


 そんなぼくに声を掛けたのは……この街の上級冒険者のレニーさん♪

 今日もスラっとしたビキニ姿がすてき♡


「ふふ、久しぶりだね……少し背が伸びたんじゃないのかい?」

「え? そぉかなぁ♪」

「なんといっても育ち盛りだからね、そのうちあたしの背なんて抜かれちまうさ」

「えへへ♪ だといいなぁ」


 とはいえ……

 気になるのは、亡くなったぼくの産みのママ、ステラママ。

 ぼくの前世の記憶でも、ステラママはすごくちっちゃ──小柄だった。

 魔王討伐のその後を知ってるルシアママも、

 今のぼくくらいの背だったっていってたし……


(ま、まさかこれ以上、伸びないだなんてこと……ないよね?)


 ちょっと──ううん、けっこうドキドキ!?


「ところで……今日はアイナ様たちと一緒じゃないのかい?」

「あ、今日はぼくひとりです」

「そうなのかい? じゃあ……あの村からここまで一人で?」

「はい、でも歩いてきたわけじゃないですから~」

「ってことは……荷馬車に乗って、かい?」

「いえ? ええと……レニーさん?」

「ん? どうした?」

「これからお話しするコト、ナイショにしてもらえますかぁ?」

「内緒? ああ、別に構やしないけど」

「えっとですね……実はぼく、お空が飛べるようになっちゃいました♪」

「………………は?」


 これはアイナママからも、なるべくナイショに!っていわれてるけど……

 レニーさんならいいよね♪


「そ、空が飛べるって……まさか、ルシア様の……アレかい?」

「そうです、アレです♪」

「なんてこった……」


 そう、あれからルシアママにも【レッスン】をしてもらって……

 あと【精霊魔法】についても、その使い方を教えてもらったんだ。

 そしたら──


「風の魔法防壁が使えるようになったら、わりとすぐに浮けるようになって♪」

「と、というか……クリスは精霊魔法が使えるのかい?」

「いまのところ、風精霊さんだけですけどね~♪」

「マジかい……人族で精霊魔法を使えるヤツなんて──」

「あたしは一人も知らないけどねぇ」

「あー、ぼくはルシアママの子供ですから?」

「そうか……大陸最高の風精霊使いの【内弟子】というワケだね」


 やっぱりルシアママの名前を出すと、すぐに納得してくれるなぁ。

 もっとも?

 勇者魔法とスキルは【前世のぼく】のチカラだから、ちょっとズルっぽい。

 けど、精霊魔法は前世のぼくには使えなかった。


(だから正真正銘、ぼくが自分で身につけたチカラなんだよね~)

(もちろんルシアママと、その母乳のおかげかもだけど♪)


 そう考えると、とってもうれしくて、

 ルシアママに付き添ってもらって、毎日練習したんだ♪

 アイナママはハラハラしてたけど……


(ぼくは【HP】ヒットポイントが10万もあるから、墜落してもたぶん即死しないし)

(それ以前に、ルシアママがぜったいに受けとめてくれる♡)

(たとえケガをしたとしても、アイナママは大陸最高の回復魔法の使い手だし?)


 そう思ったら、ぜんぜん怖くなくなって──


(気がついたら自分の思うように飛べるようになって)

(そして、精霊さんの声が、なんとなく聞こえるようになったんだ♪)


 とはいえかなりカタコトで……コトバというよりも【感情】に近い?

 だから精霊さんたちがぼくをお空に浮かべるとき──


『∩(´∀`∩) ワショーイ!』


 って、聞こえてくるんだ♪

 なんだか胴上げっぽい?


「な、なるほど……なら道中に魔物や獣に襲われることもないワケだ」

「ですね~」


 ホントは、飛ぶ魔物になんどか襲われたけど……

 ぼくには【万物真理ステータス】のレーダーがあるから、ぜんぜん平気♪

 ちなみにその速さは、いまのところ最高で時速60キロくらい。

 それだとこの街まで15分くらいで来れちゃう♪


「なのでぼく、この街までならひとりで来ていいことになったんです」

「ふふ、そりゃあよかったねぇ」

「だから今日はおかいものです♪」


 お金もだいぶたまってきたし♪

 今日はオリーブ油とかの消耗品とか、買いに来たんだ~


「ああ、そうだ……遅くなって悪かったね?」

「わるかったって?」

「前にクリスがくれたセッケンさ♪ ありがたく使わせてもらってるよ」

「えへへ♪ つかってもらってよかった♪」


 なんていったけど、ホントは気づいてた。

 だってレニーさんから、あのセッケンのいいにおい、してるから♡


「あ、そうだ♪ ……これもどーぞ♪」

「これは……?」

「こっちは固めたセッケンなんで、もち運びにべんりですよぉ♪」

「こ、こんなにたくさん……かい?」

「まいったね……あたしじゃロクに礼もできないよ……」

「えへへ、レニーさんがキレイでいてくれれば、ぼくもうれしいから♪」

「く、クリス……(キュン♡)」

「やぁん♡」


 レニーさんはぼくををきゅって抱きしめて……

 ほっぺにキスをしてくれました♪


(ああ……レニーさん、いいにおい♡)


 姉御っぽくて、ちょっとこわい感じのレニーさんだけど……

 ホントはとっても優しい人だって、ぼくは知ってるんだ~♪

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