第44話 ルシアママのむかしばなし
「ただ……出産で消耗したのだろう……」
「ステラはすっかり体調を崩してしまってなぁ」
しばらくしてぼくが落ち着いたあと……
ルシアママはお話の続きをしてくれた。
「もともとステラは線の細いやせっぽち」
「胸も微乳のままで、母乳の出も今ひとつだった」
「びにゅう」
「そんなステラに代わり、私は赤ん坊への授乳を申し出た」
「育児経験のある私は、当時まだ母乳が出たからな」
「そ、そうなんだ?」
「その子は訳あってエルフの森に戻してしまったが……」
「こうしてステラの赤ん坊に母乳を与えるのも、なにかのお導きだったのだろう」
「………………」
魔王討伐がなかったら、そのコは今もルシアママと暮らしていたのかな?
けどそうだったら、ぼくは今こうしてルシアママと一緒にいないわけで……
「そしてクリス……お前は私のおっぱいが好きでなぁ♡」
「えっ?」
「いちど吸い付くとなかなか離してくれなかったから」
「よくステラにヤキモチを焼かれたものだw」
「そ、そうなの?」
「ああ、ステラもかなり整った容姿の女だったが……」
「その背の低さと乳がないことは、わりと気にしていたようだったからな」
「おぉう」
「それは昔、アイナも同じでな?」
「アイナママも?」
「ああ、アイナは今でこそあの乳だが…昔はステラとさほど変わらぬ微乳だった」
「そしてさっき言ったアイナの恋人がなぁ」
「なにかと私の乳に見とれていたので……」
「んなっ!?」
「おかげでアイナにも、よくヤキモチをやかれていたなw」
「ななな……」
なにやってんの!? 前世のぼく!
って……ぼくのことだけど!?
「ま……それはさておき、ステラもそのあとだいぶ回復してきてな」
「乳の出もそれなりに良くなってきたのだ」
「よかった」
「それでもクリスがすぐに、ステラの乳を吸い尽くしてしまうから……」
「通算でいえば7:3で、私の乳を飲んでいたところか」
「そんなに」
「ふむ……そう考えると」
「どうしたの? ルシアママ」
「いや、前に話しただろう?」
「『精霊魔法を使える人族はほとんどいない』と」
「だね」
「そして、エルフの乳を吸って育った人族も、またほとんどいない」
「あ……」
「そしてクリスは精霊魔法が使える」
「もしかしたら、なにか関わりがあるやもしれんな」
「そう、だね……」
【精霊魔法】は勇者のぼくでも使えなかった魔法。
だから今のぼくに使えるのは、ルシアママとの関わりが大きい……
(とは思ってたけど……母乳かぁ、ありえるかも?)
母乳は赤ちゃんにとって、大切な栄養をいっぱいふくんでる。
とくに身体をつくるタンパク質が豊富なんだ。
(赤ちゃんのぼくの身体は、ルシアママのおっぱいで育ってきたんだ)
(そして母乳は、血液からつくられるっていうし……)
(それはエルフの血が、ぼくに交じるということ……なのかな?)
もちろんぼくにエルフの身体的特徴はぜんぜんない。
けど……
(風の精霊さんがぼくのお願いをきいてくれるのは……)
(もしかしたら──)
そんな風にぼくが考えていると……
「まぁ、ともあれだ」
「ステラの体調も回復し、2人の母乳でクリスはすくすくと育った」
「村への襲撃もすっかりなくなってきたし……」
「私もそろそろ身の振り方を考える頃かと、思い始めたその頃──」
ルシアママの表情が……沈んだ。
「クリスがそろそろ2歳になるという頃……」
「ステラが病で……急逝してしまったのだ」
「………………」
「それこそ、ステラが体調不良を訴えた矢先……」
「あっという間に衰弱してしまい……なすすべが、なかったのだ……」
辛そうに目を閉じるルシアママ。
「そのあまりにも早すぎる死に、私はもちろん……」
「ステラを慕っていた村人達は、悲しみに暮れた」
「そして何よりも……」
「まだ母の死を理解出来ず、目覚めぬステラに寄り添うクリスが……ぐすっ」
「不憫で……ならなくてなぁ」
「ルシアママ……」
ルシアママは泣いていた。
流れるなみだを……ぬぐいもせずに。
「その時……私は決めたのだ」
「そんなクリスをしっかりと抱き上げ……その姿をステラに見せながら」
『私が母となり育てあげる』
「そう……ステラに誓ったのだ」
「ルシアママぁ!」
ぼくたちは……しっかりと抱きあって……
ただただ、感じるままに泣いたんだ。
互いのぬくもりを感じながら……
今はもういない……ステラママを想って。
◇◆◆◇
「ふふ……いかんな、泣いてばかりではステラに呆れられてしまう」
「そう、だね……えへへ」
もちろん、ステラママがいなくなってしまったことは……寂しいし、悲しい。
けれど……いまのぼくにはルシアママとアイナママがいてくれる。
だからステラママのためにも……ぼくはりっぱな大人になりたい。
そして天からそれを見ていてほしいんだ。
「そして──ステラの葬儀が済んで、すぐのことだ」
「私はクリスを正式に養子にすることを決めた」
「ありがとう……ルシアママぁ」
「なに、クリスは私の母乳で育った子だ」
「もはや他人とは思えなくてな」
「えへへ♪」
「そしていちどは【エルフの森】に連れてゆく事も考えたのだが……」
「えるふのもり」
「しかし養子にしたといえども、クリスはあくまで人族……」
「あの排他的なエルフの森で暮らすのは難しいだろう」
「そうなんだ……」
「それにこの家は、ステラの息子であるクリスが引き継ぐべきだ」
「私はそう考え、この村でクリスを育てる事を決めたのだ」
「ルシアママ……」
そっか……
このおうち、ぼくは生まれたときからいるから気づかなかったけど……
もともとは、ステラママの住んでるおうちだったんだ。
「それからは……私はしばし、討伐の依頼は断り……」
「クリスと共に過ごすことにした」
「ステラのいなくなっても、クリスが寂しくないように……な」
「ルシアママぁ♡」
「ふふ、そんな私の愛情を一身に受け……クリスは健やかに成長していった」
「それはもう……見守っているだけで、幸せになれるほどにな♡」
「えへへ♪」
そういって、ぼくのほっぺをなでなでするルシアママ。
そのお顔はとっても優しげで……
「それから……1年ほど過ぎた頃だったか」
「私たちの村に、アイナがやってきたのだ」
「アイナママが……」
『ステラのお墓に、お別れをさせてください……』
「遅ればせながらステラの訃報を聞き、やってきたのだろう」
「私はそんなアイナを快く迎え入れた」
「そしてアイナは、アイナとよく似た女児を連れていた」
「それは……」
「ああ、そしてその瞳の色は……あのアイナの恋人だった男」
「その者と同じ【黒い瞳】だったのだ」
「そう……なんだ」
それはもちろん……レイナちゃんのこと。
そして黒い瞳は、前世のぼく【召喚勇者】と同じ色なんだ。
「失踪後……アイナは自分が育った孤児院を頼り……」
「その手伝いをしながら、その子──レイナを産んだらしい」
「そう、だったんだ」
「しかし、もともと生真面目なアイナのこと……」
「やはり自分のしでかしたことに悩んでいたらしくてな」
「アイナママ……」
「その表情には、苦悩がありありと見えた」
「もちろん当時の神殿も王家も、聖女の功績にはじゅうぶん感謝していたし……」
「その追手がかからないこと自体、咎めなどない証拠だといってやったのだがな」
「なっとくしなかった?」
「そうだ……その孤児院もすでに去り、これからまた旅に出るという」
「なんで!?」
「長く留まってはその場に迷惑がかかる、そう思ってのことだろう」
困ったお顔をする、ルシアママ。
だけど──
「故に、私はこういってやったのだ」
「最近、魔お──もとい、魔族の残党が活発化してきた」
「その討伐の依頼も増えてきて、断るのが難しくなってきてなぁ」
「そんな時、クリスを見てくれる者がいれば、とても助かるのだが──とな」
「ルシアママ……」
「それにこの家は広すぎる」
「誰か一緒に住んでくれないものだろうか……なぁ、アイナ?」
「………………(キュン♡)」
「私のそんな申し出に……アイナは頷いてくれたよ」
「涙を零しながらな」
な……なんて男前なんだ!?
すてき……すてきするぅぅぅ!?
「ルシアママ……かっこいい!」
「ははっ そうかそうか♪ それに、な……」
「この私の依頼で、ステラの息子の面倒を見るのだ」
「アイナにそれをやらせて、文句をいうやつなど居やしないだろう?」
「なっとく!」
もともとアイナママは許されてたみたいだけど……
それはアイナママ自身がなっとくしない。
けどルシアママの【依頼】ということにすれば──
「ルシアママはやっぱりすごい!」
「ルシアママ、ぼく……大好き♡」
「あぁ……クリス♡」
「ぼく、ルシアママに逢えてほんとうによかった♡」
そしてぼくは、ふと考える。
さっきのルシアママの【ふとした思いつき】。
それから遠く離れて暮らしてた、アイナママに……
ステラママが亡くなった報せが届いたこと。
(これってもしかして……ミヤビさまが……)
もちろんそれを判断したのは、それぞれのママ自身だけど……
そのきっかけを与えてくれた、その可能性はあるかも。
(そう考えると……やっぱりミヤビさまに感謝しないと♡)
◇◆◆◇
「アイナたちがやってきたときのことは、クリスは覚えているか?」
「うん、そういわれてみれば……」
「ぼくの覚えてる、いちばん前のことって、そのときのことかも」
もちろんそれは【前世の記憶】は抜きにして、ね?
「ルシアママがアイナママとおはなししてるときに……」
「ぼくはレイナちゃんといっしょに、お外で遊んでたからね♪」
「はは、そうだったな」
「すっごく楽しかったら『またいっしょに遊べるかなぁ』って思ってたら……」
「ルシアママに『今日から家族だ』っていわれたの、今でも覚えてるよ♪」
「ふふ……そういえば、すっかり意気投合していたな」
「まるで仲睦まじい──」
「えへへ♪」
「姉妹のようだった♡」
「ぼくは男のコですけど!?」
「ははっ あまりにもクリスが可愛すぎてな」
「むぅぅ」
そして思い出す。
アイナママとの初めての会話を──
◇◆◆◇
「ねぇ オバちゃ──」
「その呼び方は止めましょうね?」ゴゴゴゴゴ……
「ひぃっ!? じゃあ……レイナちゃんのママ?」
「ちょっと長いですね……わたしの名前は【アイナ】というんです」
「だからアイナママ、でいいですよ♡」
「わかった、アイナママ♪」
◇◆◆◇
それからルシアママもそう呼ぶようになって、
そのうち、ほんとうのママであるステラママのことも教えてもらって──
(だからぼくのママは、3人になったんだ♪)
ステラママはいまはいないけれど……きっと天から見守ってくれている。
そしてルシアママからは剣術を、アイナママからはお勉強を教えてもらった。
性格はまるで正反対のママたちだけど……
ぼくはふたりのママが大好きだ!
「そしてクリスはこうもいっていたな?」
「え? なんて……?」
「その日の晩、4人での初めての食事に、それはもう大はしゃぎでな」
「そ、そうだっけ……?」
「そしてこういったのだ」
『ねぇ、ルシアママ! アイナママ!』
『ぼくがおおきくなったら、ふたりともおよめさんになって♪』
「──とな♪」
「んなっ!?」
「ははっ その時もレイナが『わたしは!?』と、クリスを揺さぶっていたなw」
「うぅ……ぼくってば~」
でもきっとぼくのことだから……ホントにそういったのかも~
そんなぼくをルシアママは、またぎゅうって抱っこしてくれる♡
ぼくらのあま~いイチャイチャは……
レイナちゃんとアイナママが帰ってくるまで続いたのでした♪
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