第42話 ルシアママの【社会見学】

「【ソニックブレード】!」


 キュ──ン


 剣に風の精霊をまとわせて軽くひと振りをすると、

 いつものカン高い高周波の音がひびいた。


「ほう」


 そしてそれを後ろから見てるのは……ルシアママ♪

 ぼくの魔法を見たいっていうから、まずは土魔法の【ケースショット】と、

 ぼく考案の【ソニックブレード】をみせてあげてるんだ♪


「風がしきりに動いて……いや、震えているのか?」

「すごっ 見えないのにわかるんだ!?」

「ああ、風の精霊が教えてくれるからな」

「そ、そうなんだ?」


 ぼくの持つ【勇者魔法】にも、翻訳の魔法はあるんだ。

 けど精霊のことばなんて、ぼくにはぜんぜん聞こえないけど……


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全能翻訳トランスレイト

 種別:勇者魔法

 状況:常時

 対象:術者

 効果:あらゆる言語を理解し、会話及び読み書きができる魔法。

    魔族語や高位の魔物などの言語も理解可能。

    常時発動で魔力消費はなし。

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(だからこの前の魔族も、あのとき【翻訳】の魔法を使ってたのかなぁ?)

(そうでなかったら、魔族の言葉じゃ通じないはずだけど……)

(ぼくは全能翻訳トランスレイトがかってに翻訳しちゃうからなぁ)


 あとは、あのときの【魔物使い】が使ってた【支配魔法】なんかは、

 一種の【テレパシー】みたいな感じで使役するから、

 翻訳はいらないっていうけど……


(どうなんだろ?)


 ともあれぼくは、5センチくらいの太さの薪をたてて、

 その風をまとわせた刃で……スパっと斬った。

 固定もしていない薪が斬れたから、その切れ味がわかってもらえると思う。


「ほう、たいしたものだな」

「えへへ♪」

「ふむ……こうか?」


 するとルシアママは刀を抜いて、刃が欠けちゃって使えなくなった大きな斧、

 その鉄の部分を──


 キィンっ


 と、まっぷたつに斬っちゃった!?


「ふむ、これは面白いな」

「なななっ いきなり!? それに呪文もなしに!?」

「ん? ああ……さすがに風の精霊とは付き合いが長いからな」

「だいたいのことは、考えただけでやってくれるのだ」

「なにそれすごい!」


 エルフだからできるのか、ルシアママがすごいのか……

 ぼくの【ソニックブレード】じゃ、鉄のカタマリなんてぜったいムリ!

 というか、見ただけですぐマネできちゃうとか……


「やっぱりルシアママはすごいや!」

「そ、そうか? んふふ♡」

「そうだよ! ぼくなんかこれ、思いついてから使えるようになるまで……」

「すっごい時間かかったんだからっ」

「いやいや、その【発想】こそが凄いのだぞ? クリス」

「私は200年風精霊と付き合ってきたが、こんな使い方は思いもしなかった」

「そ、そう? えへへ♪」

「ああ、さすがは我が愛弟子!」

「そして最愛の息子、クリスだ♪ んちゅ♡」

「やぁん♡」


 そういってルシアママはぼくを抱き上げて、ほっぺにキスをしてくれる。

 そしてぎゅうって抱きしめて、いっぱいほおずりしてくれたんだ♪

 いまは鎧をつけてないから、そのカラダの柔らかさにうっとりしちゃう♡


(けれど……)


 左手だけは、ガントレットを付けてるんだ。

 ルシアママは左手首と左目を、魔王戦で失ってしまったから……


(マジックアイテムの義手をつけてるって聞いてるけど……)

(ホント、いわれないとぜんぜんわからないや)


 この世界は魔物が人族を襲うから……

 ケガしたり死んじゃったりする人がすごく多い。

 だから義手や義足なんかが、すごく普及してるそうです。


(でも、前世の記憶のあるぼくだから、いまはわかるけど……)

(やっぱりアイナママの神聖魔法でも)

(ルシアママの目と手首は、なおらなかったんだ)


 神聖魔法はケガは治りやすいけど……

 大規模な欠損の修復と、死者の蘇生はできないんだ。

 取れてしまった部分がその場にあれば、くっつけることはできるけど、

 ルシアママの手首と左目は、回収ができなかったんだ。


(前世のぼくが……強制転移させちゃったから)


 とはいえ、あのあと魔王は大爆発をおこして……

 ぼくもそれに巻き込まれて死んじゃった。


(あそこにいたら、ママたちも死んじゃっただろうし……)

(やっぱりあれでよかったのかなぁ)


 だからルシアママは、いつも髪で左目のところを隠してる。

 もちろんそれでもルシアママは、すごくきれいだけど♡


「い、いやぁ……やはりいいものだなぁ♡」

「え? いいものって?」

「ああ、以前【精霊魔法】の研究をしている連中に依頼されてなぁ」

「しばらくその連中に付き合って、実験だのなんだのに協力してやったのだ」

「じっけん」

「それというのも、精霊魔法は人族で使える者はほとんどいない」

「エルフさん専用っぽいよね」

「そうかもしれないが……故に人族には非常に人気がないのだ」

「あー」

「なのでその研究をする連中も、また【変わり者】扱い」

「ですよねー」


 人族が使えないと……どうしても、ねぇ?


「そこにだ、ひとりだけ【若い女】が途中から参加してな?」

「ただやる気はあるが、いまひとつ実力が伴わない……そんな女だ」

「ふむふむ?」

「そしたらなぁ……他の男どもがやたらに貢ぐのだ、その女に」

「おぅふ」

「その滞在費やら貴重な文献やら、我先にと競うようにな」

「私はそれを見ていて、呆れてしまってなぁ」


 ええと、それは──


「だが……今ならそのキモチ、理解できる!」

「自分の得意分野に理解を示し、共に語り合える!」

「ああっ なんて素晴らしい♡」

「さあクリス! なにか欲しいものはないか? 剣か? それともお小遣いか!?」

「なんでもこのママが、叶えてやろうではないか♡」


 それ……【サークルの姫】ってやつですね? わかります。


(って、ぼくは姫じゃなくて男のコだけどね!!)


 ◇◆◆◇


(うわ~っ サラマンダーより、ずっとはやい!!)


 ぼくはいま、空を飛んでいます。

 しかもルシアママに抱っこされて……


(勇者だったとき、山脈をこえるのに……)

(テイムされたサラマンダードラゴンに乗ったことがあるけど)


 ルシアママの飛行魔法は、それよりずっと早く感じる。

 しかも……


「る、ルシアママの飛ぶ魔法って、こんなすごかったんだね?」

「はっはっはっ♪ そうかそうか」

「うん……なんだかイメージが違いすぎて」


 まず、空を飛ぶポーズって、どんなのだと思う?

 そりゃ……うつ伏せで、両手を前に突き出したアレ、だよねぇ?


(誰だってそー思う、ぼくもそー思う)


 だけどルシアママは……

 脚を下にした、斜め45度くらいに身体をうしろに倒したポーズ。

 いわゆる【ソファーに浅くゆったりこしかけたポーズ】に近いかんじ?

 『なんでこのポーズ?』って聞いたら……『楽ではないか』って。


(そりゃぁ、あの【飛ぶポーズ】って、ずっとやるのはたしかにつらそう?)


 前世の日本で、友達にロードバイクをかりて乗せてもらったことがあるけど、

 あの【前傾姿勢】で顔を前に向けてるだけで、すぐに首がいたくなったっけ。


(それに、風がぜんぜんあたらないんだよね)


 ルシアママがいうには、まず風でカラダを覆ってから、

 別の風で浮かせて飛んでるんだって。

 だからぜんぜん風圧を感じなくて……なんというか、映像みたいな感じる……

 そしてなによりも──


「る、ルシアママ……でもぼく、この格好は~」

「ん? しっかり抱いていないと危ないではないか」

(で、でもなんで【お姫様だっこ】なの!?)

(ぼく、お姫様じゃありませんのだっ)


 おかげで、ルシアママのきれいなお顔が目の前にあって……

 ついついみとれちゃう♡


(というか、エルフのことを【妖精】ってよぶ人がいるけど……)

(そのキモチ、わかるなぁ♡)


 姿をもたない【精霊】に対して、【妖精】は人の姿をしているんだ。

 そして妖精たちは、神さまが創ったその【眷属】のひとつ。

 4元素の精霊をベースに、神さまの姿を模して創られた……っていわれてる。


(だから妖精はみんな、すっごい美形ばっかりなんだって♪)

(大きさは30センチくらいしかないけど)


 そしてエルフも美形ぞろいで、森の自然のなかで暮らしてる。

 だから人族はエルフのことを【妖精】ってよぶ人も多いんだ♪


(もっともルシアママは……)

(【斬撃妖精ざんげきようせい】って呼ばれてるけどね~)


 それはルシアママが、風の精霊魔法の【風刃】をよく使ってて……

 振った剣から飛んでく風刃で、岩とかもカンタンに斬りさいちゃうから。


(ルシアママは気にしてないみたいだけど……)

(けっこうぶっそうな二つ名だよねぇ?)


 ◇◆◆◇


 そしてぼくは……ケストレルの街の、とある建物にいます。

 そこは暗殺、密輸、賭博、人身売買など……街の暗部をとりしきる、

 通称【闇ギルド】の隠しアジトのひとつだそうです。


(ルシアママいわく、【社会見学】だっていってました)


 けど……


「ひぃっ!? ざ……斬撃妖精!?」

「最近、なにかと物騒でなぁ……」

「先日も、私の家族に刃を向ける者がいて──どうなったか聞きたいか?」

「ひぃぃぃっ!?」


 街についたルシアママが、ここまで着くのにわずか30分くらい?

 そのやりかたは……

 街のチンピラににっこり微笑んで『闇ギルドはどこにある?』って聞くだけ♪


(ね、カンタンでしょ?)


 そしてこの建物でも、怖がってるだけの人にはなにもせず、

 殴りかかってきた人は、風で壁に叩きつけて気絶させて……

 武器を抜いてきた相手は……風刃でまっぷたつにしちゃった。


(それでこの、いちばん奥のお部屋にいた、幹部っぽい女の人だけど……)


 レニーさんと同じくらいの歳の、人族の女の人で……

 ビキニを装備してるけど、レベルはそんな高くないみたいで面積大きめ。

 【元素魔法使い】っぽい、黒いレザーブーツとグローブを装備してるけど……

 【魔女】っていうより【女王さま】っぽいかんじ?

 そして……


 ヒュンヒュンヒュン──


 静まりかえるお部屋のなかに……何かが激しく回転するような……

 風切り音が、ずっとひびいてる。

 それは不可視でありながら、その女幹部さんの首のあたりから聞こえてきて──


(うわぁ【風刃の首輪】とか、なにそれ怖──)


 ヒュパッ!


(あ、たらした鼻水がまっぷたつ)

「ひぃぃぃぃ!?」

「おっと、下手に動かないほうがいいのではないか?」

「い、命ばかりは!?」

「人聞きの悪い……そもそも私は【話し合い】に来ただけなのだぞ?」

「それに、お前は私に武器を向けていない」

「殺してしまったら、私が犯罪者ではないか」


 【風刃】は見えないから武器じゃないんですね?

 そのわりには、風切り音をわざと大きくしてるみたいだけど~


「そしてお前たちは【傷つけずに拐え】と命じていたそうだし?」

「だからなぁ……【その依頼】さえなければ──」

「お互いに幸せになれると思わないか?」

「わわっ わかった! いや……わかりました!」

「今後一切! あなたとその家族には敵対しません! 誓いましゅからぁぁっ!?」


 ホントかなぁ? と思って、【万物真理ステータス】で好感度を見てみたら……

 本気でそう思ってるみたいで【ややマイナス】くらいになってた。

 たぶん【好感】っていうより【服従】みたいだけど~


(って、あらら……)


 そう誓ったあと女幹部さんは……

 全身のいろんなところから、血じゃない【体液】を漏らして、失神しちゃった。


「ええと……ルシアママ?」

「まぁ、こんなところだろう」

「こいつら全部を潰して回るのは骨が折れるからな」

「なら適当な頭を残して、そいつになんとかさせた方がずっと楽だ」

「なるほどー」


 さすがはルシアママ、その言葉に深いモノがある。

 そんなルシアママの手を、ぼくはそっとにぎって……


「じゃあルシアママ♪」

「クリス……♡」

「次は、冒険者ギルドにおわびに行こうね?」

「………………はい」


 ◇◆◆◇


 そうして──

 その晩、影で人身売買を商っているという噂のある【とある商人】が、

 心臓の病で急に亡くなったそうです。

 くわばらくわばら。

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