第19話 レニーさんは、いろいろスゴかった!?

 とまぁ、そんなレニーさんだったけど……


「れ、レニーさんっ すごい……」

「ぼくっ レニーさんをとってもそんけいしますっ!!」

「そ、そうかい? あ、あはは……」


 そういいつつも、レニーさんはちょっとお疲れぎみ。

 それというのも……


「まさかアイナママから、街に行っていいって……いわせちゃうなんて♪」

「まぁね、そういう約束だったろう?」

「ですけど……」


 そう、レニーさんはアイナママに頭を下げっぱなしではあったけど、

 それでもきちんと、ぼくを街につれていって……

 冒険者ギルドでの【はじめてのおしごと】を、させてあげてやりたいって、

 アイナママにお願いしてくれたんだ!


「あー、そっから先は言わなくてもわかるよ」

「アイナ様にあたしがビビって、もうなにも言えない」

「そう思ったんだろ? クリスは」

「………………(ふいっ)」

「そこで目を逸らすってのは、認めてるって事だねぇ」

「ぎくっ」

「……ま、その通りなんだけどね」

「そうなんだ……」


 するとレニーさんが、ふと遠い目をする。


「あたしらのパーティーが、いままで出くわした一番ヤバい魔物がね……」

「小屋ぐらいの大きさのあるストーンゴーレム」

「こやぐらい!」

「追ってた別の魔物が、ゴーレムの縄張りに入り込んじまってねぇ」

「おぅふ」

「しかも見通しも足場も悪い、うっそうとした森の中」

「あっちは木をなぎ倒しながら、ひたすら追いかけて来る」

「その脚は予想以上に速く、さらには攻撃魔法まで飛ばして来やがった」

「こわすぎる!」

「そりゃぁもう……死にものぐるいで逃げたよ」

「あれで1人も死ななかったのは、それこそ奇跡だね」

「よかった……」

「でまぁ……ぶっちゃけアイナ様は、ソイツの時より怖かった」

「おぅふ」

「ああ、もちろん【恐怖】とかじゃないよ?」

「あくまであたしが緊張しただけさ」

「それだけアイナ様は、あたしら神官にとっては雲の上のお人だからねぇ」

「あー」


 それはそうかも……

 ぼくにとってはずっと一緒ににいるママで、

 とってもきれいで優しくて、料理上手な家庭的なママだけど。


(それに前世では恋人だったし?)

(ぼくが【勇者】だったっていうのも……)

(そのへんがマヒしちゃってる理由かも?)


「というか……クリスは知ってたんだろう?」

「アイナ様のことをさ」

「ええと……」


 そういえば、アイナママが勇者の従者で【救国の英雄】だったってことは……

 ぼくは知らない?


(そうだ……知ってるのはあくまで【前世】のぼくだ)

(アイナママからは、それを直に聞いてない)


「あ、アイナママから、ちょくせつじゃないけど……」

「村の人たちは【聖女さま】ってよぶ人も多いから」

「ん? そうなのかい?」

「それでぼく、なんとなく……」

「アイナママが、勇者の従者だったって、わかったというか?」

「ってことは……あちゃあ」

「レニーさん?」

「もしかして……クリスには秘密にしてたのかい?」

「ええと……」


 【秘密】……というより【まだ教える時期じゃない】って感じかも?

 それはそうだ……

 従者の話をするなら、勇者──前世のぼくだけど、

 レイナちゃんのパパの話にもなっちゃうし?

 だからきっと……アイナママはぼくらが聞けば、教えてくれると思う。

 けれど、それを聞かないかぎりは……


(その【時】が来るまでは……ってことかも)


「まえに王都にいるころは、すごい神官だったって聞いてました」

「でもレイナちゃんが生まれたんで、いまはこの村で静かに暮らしてるって」

「なるほど……ああ、こりゃ悪いコトしちまったかね……」

「あ、いえ。ギルドのお姉さんもぼくの前で【英雄級】っていってましたし」

「そっか……なら、そこまで秘密ってワケでなかったのかねぇ ──ん?」

「そのレイナっていうコは、アイナ様の娘さんなのかい?」

「そうですけど?」

「じゃあ、クリスの姉か妹ってことかい」

「あ、ぼくはアイナママのほんとうの子供じゃありません」

「……へ?」

「ぼくを産んでくれたママは、ぼくが赤ちゃんのころに病気で……」

「なんだって? ……じゃあ」

「はい、ぼくを産んでくれたママが亡くなったとき……」

「アイナママがレイナちゃんを連れて、この村に来てくれたって聞いてます」

「それからアイナママは、ぼくをほんとうの子供みたいに──」

「あっ あっ アイナっ さまぁぁぁっ!?」

「ぎょっ!?」


 なんてことばが出るくらい、ぼくはおどろいた。

 レニーさんが……歯を食いしばって、ぽろぽろなみだを流してるから。

 それはもう【マジ泣き!】って感じで……


「れれっ レニーさんっ!?」

「くぅぅ……さすがはっ【慈愛の聖女】! くぅぅうっ!?」

「それにクリス! よかったなぁ! ほんとうに良かった!」

「親を亡くした子なんて、いくらでも見てきたけど……」

「その中でもクリスは、ほんっ……とうぅぅぅにっ 幸せ者だっ!」

「よかったなぁっ よかったなぁっ うぅぅっ!」

「れ、レニーさん」

(レニーさん、姉御だけあってナミダもろい!?)

(でもまぁ……そういうことになるのかな?)


 平和をもたらした救国の英雄が、すべての地位や権利をなげ捨てて……

 片田舎の村で、今は亡き知人の子供を母代わりとして育ててる。


(そりゃぁ……【いい話】かも? ──んごっ!?)


 そのとき、ぼくのお顔に衝撃!?

 というかこれ……


(れ、レニーさんに、だきしめられてる!?)


 レニーさんはぼくの頭をきゅっと抱きしめて、

 今もちいさく震えながら泣いてる……


「れ、レニーさん? その……泣かないで?」

「ぐすっ ぐふぅぅぅっ く、クリスはいい子だなぁっ ぐすっ」

「で、でもいいんだ! 別に悲しいワケじゃない……からぁ」

「え、ええと……」


 なんていうか……その、困る。

 悲しくなくても、女の人が泣いてるのは……

 それに──


(れ、レニーさん……すごくいいにおい、する)

(それにその……おっぱいが)


 レニーさんの弟のユカイさんは【まな板】っていってたけど……


(そんなことない!?)

(そりゃあ……アイナママよりはずいぶんひかえめ? だけど……)


 ぼくのお顔にふんわりと押しつけられたそれは……

 とってもやわらかかったんだ。


 ◇◆◆◇


 レニーさんによると……

 ぼくの住む村に【聖女アイナ】がいることは知ってたみたい。

 でもギルドから、


【静かに暮らしていらっしゃるので、必要以上の干渉は避けるように】


(……っていわれてたみたい)

(レニーさん、だいじょうぶなのかなぁ?)

(って、ぼくがおねがいしたんだもん、平気……だよね?)


 そもそもいま、アイナママが静かに暮らせているのは……

 平和だから。

 魔王がいない魔王軍なら、人族の軍隊でもなんとかなる。


(そりゃぁ、ホンネをいえば?)

(聖女には、もっといろいろ働いてほしいだろうけど)


 そこは救国の英雄として、すでに実績のある身だし?

 超緊急事態ならともかく、そうでないなら……


【望みのままに、静かな暮らしをさせてあげたい】


 そう考えてるくらいには、王宮の人たちは良識派っぽい。

 そしてレニーさんも、

 ぼくがアイナママの家族だということは、知らなかったわけで。


(ぼくが【万物真理ステータス】で、何でも知ることができるのとは逆に)

(ほんとこの世界の情報って……おそいし、つながらないんだ)

(そしてアイナママも……)


 もしぼくが、前世の記憶がなかったら……

 アイナママが【勇者の従者】だったこと、気付かなかった?

 そう考えると……たぶん気付いたと思う。

 もともと【聖女と呼ばれるくらいすごい神官だった】

 というのはわかってたし、

 あの街のひとたちの慕いっぷりとか、アマーリエさんの言葉で……


(もしかしたら……アイナママはあの街にいるときに)

(ぼくに従者のことを聞かれたら、話してくれるつもりだったのかも?)

(でもぼくは、前世の記憶があったから──)


 そう、聞かなかったんだ……ぼくは。

 これってもしかして──


(あ、アイナママに……へんな心配かけちゃった?)


 あの日、荷馬車で見るものみんな珍しくて、

 あれだけアイナママにずっと質問してたぼくが……

 アイナママの事については、何も聞かない──


(うぅ、すっごく不自然)

(それとも……)


 【聞いちゃいけないこと】と察して、あえて気付かないふり。

 なんて感じに考えちゃってるのかも!?


(うぅ……前世の記憶のせいで)

(なんだかアイナママと、きょりができちゃうかんじ)

(やっぱりこれ、問題なのかも!?)


 ◇◆◆◇


「では、ご子息をお預かりさせていただきます」

「は、はい……よろしくお願いしますね? レニーさん」

「はい、あたしの全身全霊をもって」


 翌朝、ぼくをむかえにきてくれたレニーさんが、

 アイナママにそういった。

 ゆうべの件で何か思うところがあったのか……

 レニーさんのアイナママへの緊張はなくて、あるのは尊敬のまなざし。


(また、アイナママのファンが増えちゃったなぁ♪)


 そしてレニーさんの【全身全霊】という言葉に、

 アイナママは深くうなずいた。

 その表情には、信頼がこもっていたんだ。


「ねぇ……クリス? あれ……」

「あ、レイナちゃんは知ってたんだ?」

「ま、まぁね」


 そう、レイナちゃんのいう【あれ】とは……

 レニーさんの歳が、20代半ばを越え、

 かつレベル30という高レベルゆえに……

 装備することをためらい、一時期は諦めてしまった──【あれ】。


(レニーさん……ビキニアーマー装備してきちゃった)

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