金のスマホ 銀のスマホ

足袋旅

カクヨムコン 5題目 スマホ

 買い物の帰り道、普段から目にしてはいたが立ち寄ることのなかった神社へと足を運んだ。

 初詣に行くのも面倒になって、神社というのは縁遠い場所に自分の中ではなって久しい。

 だが今はまっているスマホアプリのガチャで、どうしても欲しいキャラが限定でピックアップされている現在。だというのに資金的に天井まで引くのは無理な現状。これはもう神頼みしかないと思い至ったのが神社へと向かった理由だ。


 参道を通って鳥居をくぐり、手水場で手と口を清め、いざ拝殿へと進む。

 お賽銭の五円を投げ入れ『限定キャラが引けますように』とお願いを済ませると、売店でおみくじを引いた。結果は大吉。

 天気も良かったので、神社の境内にある溜め池前に置かれたベンチで内容を読むことにした。

 気になるのは待ち人と勝負運の項目。

 待ち人来る。勝負運挑めば実る。と上々の結果。

 これはもうここでガチャを引くしかないとスマホを取り出した。

 アプリを起動し、ガチャの画面を表示する。

 まだ課金はしていないものの、無料石で二十連はできる。

 参拝効果とおみくじの結果を信じて、十連のボタンを押した。

 ロードは無く、次々出てくるキャラたちも見知って既に持っているキャラばかり。さらには最低保障。

 がっかりと項垂れるも、次こそはと続けて十連のボタンを押した。

 ロードが走る。期待してボタンをタップしていく。虹色に光る画面。出た。限定のキャラだ。


「うらよっしゃあああああああああああああ」


 ベンチから立ち上がり、両腕を振り上げ万歳し、勝利の雄叫びを轟かせる。

 地面をついばんでいた鳩が飛び立ち、疎らながらにいた参拝客の注目を浴びた。

 興奮しすぎて外だったのに家のテンションで喜んでしまった。ちょっと落ち着こうと恥ずかしさから顔を伏せ、自省しつつベンチへと座る。

 反省はしたものの、興奮は未だ内心でくすぶっている。

 手に入れたキャラの詳細を早く見て愛でたい。

 というわけでスマホを見ようとしたのだが………どこにもない。

 慌ててというよりも取り乱したように探す。

 手元にもポケットにもない。

 足元や周囲を見てもない。

 どこに行った?さっきまで手元にあったのに。

 ちょっと過去の動きをシュミレーションしてみようか。

 ベンチに座る。ガチャを引く。喜ぶ。手を振り上げる。ここか?ここなのか?

 後ろを振り返る。後ろには溜め池。まさか。

 そんな心境で水面を眺める。

 俺が喜んで手を振り上げた拍子に、スマホを手からすっぽ抜けさせてあの池の中に投げ入れてしまったとでも?

 嘘だ。嘘だといってくれ。

 頼りない足取りで池の手前、木の柵へと歩み寄る。

 そんな時だった。


 霧が深く立ち込めた。まるで視界が効かないほどの濃霧。

 昼日中、こんな濃い霧どころか普通の霧だって見ることは少ない。

 戸惑いと視界の悪さで動けないでいると、不意に前方が明るくなった。

 霧の中に人型のシルエットが浮かんで見える。

 池があるはずの場所に人影?と疑問に思っていると、その場所だけ霧が晴れていく。おかげで影ではなく、しっかりとその存在が確認できた。


 黒く艶やかな黒の長髪が印象的な美女の姿。

 その美貌と慎ましやかながら高級そうな和服を着ていることから、大和撫子という言葉が浮かぶ。

 そんな美女が語りかけてきた。


「貴方が落としたのはこの金のスマホですか」


 右手に金のスマホを掲げての問いかけ。

 なんの冗談だろうか。訳が分からないことが連続しすぎて、もう脳の処理が追いつかない。


 美女を見つめたまま黙ること暫し。


「貴方が落としたのはこの金のスマホですか」


 再度同じ台詞が繰り返された。

 フリーズしている場合じゃない。ここはなにか答えなくては。

 あの童話になぞらえるならば、これは普通のスマホですと言えば金と銀と普通のスマホをもらえるという流れだと予想がつく。

 だが待ってほしい。あれって日本の童話じゃないはずだ。イソップかグリムかアンデルセンか。正しい原典は知らないが海外なのは確か。

 なのになぜ日本でこんなことが起きる?とりあえず質問してみようか。


「あなたは泉の女神か何かですか」


「いいえ。私はこの神社で祀られている神です」


 地元の神様だった。ならば何故金の斧と銀の斧ベースのこんなことをしているのか気になるというもの。


「これって海外の童話にそっくりですよね」


「………たまたまです」


 たまたまだそうだ。本当か?これパクリってやつじゃ。


「オマージュです」


 心の声が読まれた!?っていうかオマージュって。


「貴方が落としたのはこの金のスマホですか」


 誤魔化してませんか、女神様。


「いいから答えなさい。答えないならば私は帰りますよ」


「違います!」


 俺のスマホを返してもらわなければ堪ったものじゃない。慌てて正しい答えを口にする。


「ならばこちらの銀のスマホですか」


「違います」


「ならばこちらの普通のスマホですか」


「はい、そうです」


「正直者ですね。そんな貴方には金と銀と普通のスマホ、全てあげましょう」


 女神様が近寄って来て、三台のスマホを差し出して来るので手を出して受け取る。っておっも。重いよこれ。落としそうになったわ。でも金は重いって言うし、これはマジで純金のスマホなのか。売ったらいくらするんだろう。ガチャ代の足しになるからいずれにせよ万々歳だ。


 気付くと霧が晴れて女神様の姿も消えていた。

 だが確かな重みが手の中にあって、夢ではなかったと分かる。

 なにはともあれ元のスマホが返ってきて良かった。

 そう思ってスマホをいつものように触るが電源が入っていないのか画面が暗いまま。あっ、と嫌な予感に襲われる。

 俺のスマホ、完全防水じゃない。ということはもしかして………。

 いくら電源ボタンを長押ししても起動しない。

 まさか嘘だろ。神様が拾ってくれたからワンチャンあれよ。あってくれよ。


 無情にもスマホが復旧することはなかった。

 これまでに費やしたガチャのデータが消えた。

 知人の連絡先とかどうでもいい。ゲームアプリのデータほど重要ではない。

 金のスマホを売っても返ってこない限定キャラ達。

 俺はこれまでにないほどの後悔をした。



 この話の教訓。

 データのバックアップ、データ連携、データ移行用のパスワードの発行は絶対にしましょう。


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