来栖真帆について知っていること
華川とうふ
来栖真帆はスマホを持っていない
クラスメイトの来栖真穂はいわゆる学園のアイドルという存在だ。
さらさらとした黒髪をポニーテールに結い上げ、爽やかなティファニーブルーのリボンで結んだ。制服はちょっとやぼったく、校則通りの膝にかかるくらいの丈だが、下手に短いよりも、清楚でお嬢さま感がでている。
今日みたいな春一番が吹く日には皆、彼女のスカートが風ではためき、何時もは隠れた白い太ももがチラリと見えるだけで、誰もが息をのむ。
来栖真穂はとにかく可愛い。
誰にでも優しいし、勉強もできる。
ただ、なんでもできる万能型ならイヤミに感じる人間もいるが、来栖については毎日放課後自習室が閉まるまで勉強しているのを皆が知っているので誰もやっかんだりしない。
来栖は非常に努力家で、そんな彼女が勉強をしている横顔がみたくて、学校中の生徒が自習室を利用するようになり、全国模試の結果が学校全体で良くなったなんて噂もあるくらい。
本当か嘘かは知らないけれど……。
だけれど、彼女について不思議な点が一つだけある。
来栖真穂の連絡先を知っている者は誰一人いないのだ。
そう、女子生徒であっても。
普通なら、放課後はスマホをとおして宿題やら雑談で誰かとつながっていたいはずだ。
だってみんなそうしている。
家のベッドに寝転びながら、友だちとメッセージのやりとりをしたり通話したりするのが普通だと思っていた。それが青春ってやつかと。
だけれど、来栖真穂は違う。
それだけ彼女は特別な存在ということだろうか。
これがいじめられっ子とか陰キャとかハブられているようなタイプならわかる。
だけれど、相手は来栖真穂だ。
誰もが彼女とお近づきになりたく、彼女の連絡先を手に入れるために何でもするというような男子生徒は一人じゃないはずだ。
来栖真穂はそれだけ魅力的で特別だ。
ますます興味がわいてきた。
そして、一線を越えた。
放課後(といっても、彼女が自習室を出る時間なので外はうっすらと暗い)、彼女のあとをつけたのだ。
いけないことだと分かっている。
一歩まちがえたらストーカー、いや、一歩まちがえなくても現在進行形ストーカーである。
でも、知りたかったのだ。
彼女について。
来栖真穂のあとをあるく。
すらりとした脚がリズムよく地面を蹴っていく。
狭い歩幅でごちゃごちゃと歩いている自分とは大違いで慌てて、彼女の歩くリズムにあわせる。
来栖真穂の日常はドラマチックだった。
道をあるけば、捨て猫をみつけ心優しい彼女は捨て猫を救う。
商店街をあるけば、いろんなお店の人が彼女に声をかけて、何も買っていないのに彼女の両手にはいろんな店からおまけと称して野菜だのコロッケが渡されていく。
道ばたで占い師に声をかけられればとまって話をきき。
ポケットティッシュを配っていた人を無視せずに、ちゃんとポケットティッシュを受け取ってあげる。
わかった。彼女、来栖真穂は天使のように優しい完璧な美少女だと。
そんな彼女が最後に足を止めたのは公園だった。
商店街から一本裏にはいった先にある小さな寂れた公園。
大方、ここで運命的な出会いをするか。
物語に出てくるような、イケメンで大学生の彼氏とこっそり甘いデートでもするのかと思った。
しかし、来栖真穂はその公園のまんなかにあるピンク色のタコの滑り台の中に入っていった。
不思議に思って、タコの中にあるトンネルを覗いてみる。
すると、そこには来栖真穂がいた。
ただ、弱々しく薄闇のなかで三角座りをした少女が震えていた。
「あなた……みてたの?」
来栖はこちらに気づくと、まっすぐとこちらをみたまま問う。
「……うん」
仕方ないので正直に答えた。
そこから、来栖は彼女自身のことについて語り出した。
ある日、家に帰ったら彼女の両親がいなくなっていたこと。ちょっと前から異常は感じていたけれど、まさか彼女を捨てるなんてことは想像していなかったらしい。
そして、来栖には頼れる親戚もいない。
彼女は孤独だった。
幸いなことに、高校の学費はなぜだか入学時に三年分一括支払いという訳のわからない私立校独特のシステムでなんとか通うことができているらしい。
来栖は一生懸命勉強して、奨学金をもらって大学に進学したいらしい。そのために、休日はアルバイトをして、寝る場所はこの公園。
なんか現実ばなれした話だった。
「私って、本当になんにも自分じゃ出来なくて。賢くなりたいんだ……だからちゃんと高校を卒業して大学にいきたいの」
来栖はそう言って笑った。その瞬間の笑顔は本当に誰よりも輝いていた。
こんな風に書けば美談かもしれないけれど、実際は問題だらけだ。
女の子が一人で公園で野宿なんて絶対に危ない。
それにもっと来栖はちゃんとした生活を送るべきだ。
だけれど、なんとなく学校に通い、なんとなく大学に行くだろうなと思っているだけの自分では何の解決法も浮かばなかった。
両親とは仲が悪いわけではないが、父の転勤に母がついていっていて、身近に相談できる大人がいないのは自分も一緒だった。
「ねえ、うちにおいでよ」
気づいたらそう言っていた。
そして、来栖の手を引いていた。
これが、彼女と二人だけの生活が始まった日の話だ。
来栖真帆について知っていること 華川とうふ @hayakawa5
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