第26話 動き始めたモノ
「…つまり、何がなんでも私に王都に行けということですね。」
精霊にボコられた傷を一瞬で癒やしたアプロディタ様が突然言い放った言葉に、無となった表情で私は言った。
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「想像の数万倍弱いが、王都との往復くらいなら問題ないか。」
私を抱え、そう呟きながら治癒魔法を使うアプロディタ様。
桁外れの魔法で、通常なら全治数週間の傷が、瞬く間に癒える。
「あの…大変不穏な言葉が聞こえた気がするんですけど…」
傷が瞬時に癒えることへの驚きよりも、彼女の呟きの方に驚くあたり、私もここの環境(アプロディタ様という異常な存在が居る日常)に慣れてしまったということなのだろう。
「…何を言っている?我は前もって言っていたであろう?」
アホの女神もどきは、キョトンとした表情で私を見て首を傾げる。
「…聞いてないです。」
そんな女神もどきに、そう事実を告げる私。
「いやいや、我は言ったぞ?故に、こうして魔法の講義を行っているのだからな。スタニスワフとルーカス、あとジークリンデを従者として王都に行けと昨日伝えた筈…」
そう言って、男前な騎士こと、スタニスワフさんを見るポンコツ。
「すみません主、初耳です…」
言ってないんだから当然な反応を男前が示す。
「あれ…?」
首を傾げるポンコツ女神もどきは、暫しの沈黙の後、開き直る。
「ならば今言った。我が言ったのだから、絶対服従だ!!」
取り繕う気もないのか、そう高らかに宣言した。
「嫌ですよ!!なんでいきなり王都に行くんですか!?私、平民以下のゴミ貴族ですよ!!」
私の悲痛な叫び、自分で言って悲しくなるが、事実なので仕方ない。
王都は完全なる貴族社会と聞いている。私の様な一応貴族程度のちんちくりんが王都を歩けば、きっと悲惨な目に遭うだろう。
「我が行けと言ったら行け!!」
そんな私の悲痛な叫びは、暴君のポンコツアホ女神もどきには通じない。
「せっかく、我が社会勉学をさせてやろうと機会を設けたというのだ!!」
癇癪を起こす寸前となっている我が儘な箱入り娘のお嬢様。
これ以上は本当にヤバい。アプロディタ様と接してまだ数ヶ月の私でも分かる。
洒落にならない魔力が溢れ出し、あの恐ろしく強い、憎っくき精霊たちでさえ、怯えているのだから。
「…つまり、何がなんでも私に王都に行けということですね。」
表情筋が死滅した様な顔で、私はそう言った。
アプロディタ様は、いい歳した成人女性の筈なのに、私が大人になって折れなければいけないのだろう?
そう思いながら、癇癪を起こす、成人して四年も経つ大人な筈の行き遅れのお嬢様を死んだ目で見つめていた。
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待て…主は先程なんと言った?
主たるアプロディタ様と、そのお気に入りのペチェノの養女がなにやら言い合っている最中、軽いパニック状態の頭を整理する。
そう、先ず主が言った言葉は…
「スタニスワフとルーカス、あとジークリンデを従者として王都に行けと昨日伝えた。」
だった。
つまり、自分とルーカスが護衛としてペチェノ嬢に同行し、王都に行くという命だ。
突然伝えられたことへの驚きはあるが、実際の軍務下で起こる火急の事態に比べれば、それ程驚くことでもないのだが…
ジークリンデは駄目だろう…
別に彼女が嫌いなわけではない。
寧ろ、生き残るという一つの目標のために、あらゆる戦い方をして、ここまで辿り着いた彼女を素直に評価している。
問題は、最近知り合ったばかりだというのに、顔を会わせれば、破廉恥な格好や仕草、時には過激な接触をしてくる彼女。
それが好意からとは思っていない、彼女はそういうことに不慣れで奥手な自分をからかっているのだと思う。
故に、その挑発に乗ってはいけないことは重々承知だし、これまでも堪えて来た。
しかし、護衛として共に数十日過ごすとなれば…
俺だって男だ…
理性のタガが外れ、一線を越えてしまう可能性だってある。
仮にそうなった場合、自分の性格上、自責の念に押し潰されるし、後ろめたさから、彼女の言いなりになる自信がある。
主に仕える身として、それは許されない。
「何故ああも魅力的なのだ…」
男勝りな性格に、品の無い仕草や態度、言葉遣いに振る舞い。それでいて、蠱惑的な肢体と整った顔立ち。
「おのれ…ジークリンデ…」
そう無意識に呟いた。
火照った顔が見えない様に俯いて。
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「そもそも、人という存在がこの世に誕生し、皆が女神アプロディタ様の元で生きていた頃…つまり、皆が平等に女神…
地下で行われている演説。
反王政、反貴族の市民が集まったその場で行われている演説。
街で知り合った男、マクシミリアン・ピエールの演説を周囲の熱狂から数歩離れた感覚…冷め表情で俺は聞いていた。
下らない綺麗事、所詮、人は実力と才覚、そして運とタイミングであると思っている。
その全てを自分は兼ね備えている。そう自覚しているが、如何せん、現状足りないものがある。
強い後ろ盾と出世の足掛かりだ。
そのふたつの内、将来的に最強の後ろ盾と成り得る存在を見つけたのだから、正直、反吐が出る感想しか抱けない演説を聞き、それを後程褒め称える為にこの場に来ていた。
「素晴らしい演説でした。」
演説を終え、熱狂の中退席したマクシミリアン・ピエールと、事前に手紙で打ち合わせた待ち合わせ場所のカフェで落ち合い、演説に対する嘘八百の感想を伝えた。
「貴族である貴方にそう言って貰えると、違った感情が湧きますね…」
感慨深そうに真摯な目を俺に向けていうマクシミリアン。
「貴族といっても、貴族社会から爪弾きされた底辺の貧乏貴族です。私の様な者からすれば、王の
感服した表情と声を作り、彼にそう伝える。
そもそも、誰の下になる気も無ければ、己自身が正義なのだが、自身の描くシナリオには、この男が必要だ。
想定通り、愚直で馬鹿真面目な男は、俺の方弁に歓喜の表情を浮かべている。
「時代は変わる。それは貴方同様、私も思っています。皆が市民で皆が等しく生きる国、貴方の描くそれに賛同するのは、私だけでなく、私と同じ様な立場の貴族の中にも何人かは存在します。」
そうマクシミリアンに告げる。
現状に不満を持つ下級貴族は多い。その現状を貴族から出た言葉として、再度強く認識させる。
「貴族も同じ思い…強いインパクトを与える言葉ですね…」
愚直で馬鹿正直な男と思っていたが、少し違っていた。
彼の言葉に、そうマクシミリアンの評価を上方修正する。
大衆を操る武器を、言葉や材料を、コイツは常に集め、己の正義を成し遂げようとしている。
「更に支持者が増えるでしょう。…ただ、個人が特定される様な言葉は控えて下さい。特定され、情報が漏れた場合、貴方を支援する前に私が死んでしまいますから…」
冗談っぽくそう言う。
「勿論分かっています。支援とリスク、そして相互利益も…」
帰って来た言葉と笑みの中で見えたマクシミリアンの目。
「ええ、貴方を英雄にしてみせますよ。」
取り繕った笑みを消し、軍人という、命の勝負師としての顔で答えた。
「ならば、貴方を正義の使徒に私がしてあげましょう…オーレリアン・ブオナパルテ殿。」
己が正義という狂気に取り憑かれら狂人、マクシミリアン・ピエールの支配者の片鱗を感じた。
こいつに暫く賭ける。
そう確信出来るだけの狂気と熱気、何より匂いを感じた。
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「「面白い男だった。」」
二人の男は、同じ感想を抱きながら別の道を歩いて行く。
「オーレリアン・ブオナパルテ…才覚、実力に問題無し。…後継者には丁度良い。彼なら正義の世を継ぐ力がある…」
そう呟いて歩くマクシミリアン。
「マクシミリアン・ピエール…想定以上の傑物。…アイツの下なら、少しだけなら働いてやっても損は無いか…」
帰路、マクシミリアンに対する評価を再精査しながら、呟くブオナパルテ。
時代を変える二人の意思は真逆ながら、結び付こうとしていた。
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