第24話 精霊

「すまない、遅くなった。」

 約束の時間に少し遅れてしまったことを、妻ヴィルヘルミーナ様に詫びるフロル様。

「いえ…お仕事お疲れ様です。」

 小国とはいえ、姫君。そんな出自である彼女は優雅にフロル様の方を向き、これまた優雅に一礼する。その姿は優麗という表現に相応しいものだった。

「…何か辛い事でも御座いましたか?」

 顔を上げ、フロル様の顔を一目見ただけで、感情を読み取れる。理想的な奥方と言えるだろう。…フロル様とヴィルヘルミーナ様、その両方が一切の無表情であることを除けば…


 フロル様にお仕えして十余年、大変優秀であり、上下問わず気配りの出来る素晴らしいお方だというのは身に染みて分かっている。常に冷静沈着であり、文武両道、産まれる順番が違えば、エルドグリース家の次期当主となってもおかしく程、それでいて当主サムイル様、当主代理のベールナルド様、そのどちらからも信頼される真面目な人柄。

 ケチのつけようもない理想的な上司であるのだ。ある一点を除けば。

 その唯一にして最大の欠点。それは、常に無表情、常に真顔ということなのだ。

 何を考えているのか、どの様な感情、状態であるのか、何一つ読み取れない。本人曰く非常に嬉しいという時も表情にも、行動にも、何一つとして変化が無いのだ。

 どう読み取れと?そんな誰にも理解出来ない、フロル様の感情の機微を唯一読み取れる方が、ヴィルヘルミーナ様なのだが…

 この人も何を考えているのかさっぱり分からないのだ!!

 デーデン王国、そんな小国の姫君であられたヴィルヘルミーナ様。婚姻前、周辺諸国での通り名は『氷結の姫君』『鉄仮面の姫』奇しくもフロル様と同じ、常時無表情、常時真顔の、感情の読めないお方であったのだ。

 そんなお二人の会話は、何一つ楽しそうには見えないのだが、双方とても楽しんでいるらしい。フロル様曰く『凄く楽しい』『ヴィルヘルミーナの前では自然な笑顔を出せる』らしいのだが…分かる筈もない。だって二人共無表情なんだから。

 まあ、そんなことを考えながら、お二人の静かな晩餐を警備する。

 分からなくったっていいんだ。自分にとって最高の上司が楽しんでいるのだから。その場を守る。それが自分の大切な務めなんだから。

 チラリと見えた二人の食事風景。何か言葉を交わしているが、表情には何一つ変化はない。それでも、本人たちは楽しいんでいるのだろう。ならそれで良いのだ。




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「何故皆、可愛い義妹を嫌うのでしょう…」

 今日あったことを伝えた後、悲しみに沈んだ表情でヴィルヘルミーナが言う。他の兄上たち(グスタ―ル兄上を除き)は異常なまでに妹を毛嫌いする。嫌う理由は一つ、それぞれの立場を脅かすから。父に唯一(異常なまでに)可愛がられる妹は、確かに父存命中は圧倒的な脅威であるかもしれないが、本人にはあまりそういった権力とか後継者争いへの関心がないし、何より可愛い。それなのに、他の兄上たちがアプロディタを嫌う理由が分からないのだ。

「分からない。それに、なんで私や君がアプロディタから嫌われているのかも分からない。」

 私にとって可愛い妹。とっても可愛いのだ。アプロディタの姿を見れば自然と笑顔になるし、そんな笑顔のまま、彼女に接しているのに、愛しい妹…アプロディタは、何故か私たち夫婦に対し、威嚇する猫の様に殺気をまき散らし、警戒しながら立ち去っていくのだ。まあ、そんな姿も可愛いと思ってしまうのだが…

「可愛いアプロディタに義姉様って呼んで欲しい…」

 溜息混じりにヴィルヘルミーナがそう言う。彼女が私への嫁入りを決めた理由を辿れば、切実な願いであるのは明白であり、それを未だ叶えられない悲しみが顕著に現れた言葉だった。




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「話を戻すとするか。」

 聖気法、一握りの天才にのみ許された神域の魔法を『誰にでも出来る簡単な魔法』と言ってのけたアプロディタ様は、ここからが本番という様に上機嫌になる。

「魔法や魔術、その先にあるのが聖気法なら、魔力の真髄はこれだろう。」

 ニヤリと笑うと、「来い。」そう小さく呟いたアプロディタ様。

 その直後、目を疑う光景が目の前で起こった。

 

 フワフワと七色の光の玉がアプロディタ様へと吸い寄せられる様に現れたのだ。何度目を擦ってみてもその光景は変わらない。

 そんな不可思議な光の玉はアプロディタ様の周辺に集まると、

「かみさまー。」「かみさまー。」

 とピーピー騒ぎ始めた。いや、喋れるんですかそれ!?

 そんな光の玉たちそれぞれを一撫でし、アプロディタ様は私を見る。

「これが精霊術だ。己の魔力をもって精霊と契約し、精霊による魔法を行使するものだな。」

 そんなことを言うアプロディタ様に撫でられた光の玉はピョンピョンと元気に跳ね回っている。

「こっちに来て見てみると良い。」

 元気に跳ね回る光の玉を目で追いながら私にそう言う。その言葉に、何も返せず、ただ頷き呆然とアプロディタ様の傍に近く。

 神様、神様と騒ぐ光の玉。カラフルなマリモみたいなそれには、間抜けな顔がついており、少し可愛い。

「精霊は一つであり無数。無数に存在するが全て一心同体。」

 そう言って赤い光の玉を掌に乗せるアプロディタ様。

「こやつは火の精霊だ。契約出来れば、何処へ行こうとその地の火の精霊を呼べる。」

 じぃ、と火の精霊と見つめ合う。子供の落書きみたいなそれがそんな凄い存在とは思えない。何の魔力も感じないし。

「なんだこのやろー。」

 ピョンピョンと宙を跳ねながら私に近づく火精霊とやら。口が悪いなぁ。

「どうすれば良いんでしょうか?」

 アプロディタ様に問う。触れば良いのか、それとも何か儀式的なことをするのか、それとも戦うのか…戦うのは嫌だなぁ。

「決めるのは精霊だ。委ねよ。」

「はい…」

 アプロディタ様の回答に気の抜けた返事をする。委ねる?こんな珍妙なまん丸生物に?

 私の眼前まで近づいた赤い玉は、

「おらぁー。」

 その一声と共に襲い掛かってきた。

「成程、力を示せということらしい。小娘よ、戦うしかないようだな。」

「噓でしょ!!」

 咄嗟に身を逸らしながら叫ぶ。こんな赤玉とどう戦えというのだ!!


「駄目、死んじゃうって…」

 滅茶苦茶強かった。嫌、強いなんてもんじゃない。ジークリンデさんにボコされた時よりも遥かに力の差を感じた。なんだよこのまん丸生物…正直、アプロディタ様に回復してもらえなければ本当に死んでたと思う。

「かみさまー、あいつざこ。すんごいざこ。それにまりょくもまずい。」

 そんな赤玉こと火の精霊さんは、そう言いながらアプロディタ様にピョンピョンと駆け寄って行く。

 散々な言われようで腹が立つが、床に這いつくばる私には、反論する余裕など、体力的にも精神的にも無かった。そもそも勝てないしね。

「というように、精霊はそこそこ強い。まあ、我よりは遥かに弱いがな。故に契約出来れば、大した実力が無くとも、そこそこの魔導士となるわけだ。」

 火の精霊を撫でながらアプロディタ様は私を見下ろして言う。

 私の様な底辺魔女には夢の様な話だし、数少ない希望かもしれない。でも…

「契約って、勝たなきゃ駄目なんでしょう?」

 あんな強い奴に勝てたらそもそも十分な実力者だと思う。

「別に必ず戦わなければならないわけではない。精霊に委ねろと先程言ったであろう。精霊が何を持ってその者を認めるのか、それはその時の精霊の気分次第。思いもよらない所で勝手に契約していたなんてこともあるのだ。要は、精霊に認めて貰う必要があるということだ。最も、契約には対価があるがな。」

 サラッと言ってのけるアプロディタ様だが…

「ちょっと待って下さい!!対価って何ですか!!それに、勝手に契約って…怖すぎませんか!?」

 恐ろしいことを平然と言ってるよこの人!!対価が命だったりしたらどうするんだ!!

「グスタール兄上、小娘、貴様も会っただろう?兄上は知らず知らずのうちに聖の精霊、つまり治癒魔法、六法から外れた唯一の魔法、それを司る精霊に勝手に気に入られ、勝手に契約されたのだ。対価は『あらゆる戦闘行為を行えない。』というものだ。故に兄上は戦うという能力が完全に欠落している。戦闘意思を持って魔力を行使出来ないし、剣を振るえば明後日の方向へと飛んで行くのだ。その代わりに、並外れた治癒魔法を使えるのだ。…まあ、我の方がもっと凄いのだがな!!」

 ふふんと胸を張っていうアプロディタ様。最後の一言を言いたかっただけな気もする。

「でも…それって、グスタール様が望んでたことではないんですよね?」

 アプロディタ様の自慢は無視して疑問を提示する。

「…そうだな。兄上は軍人に憧れておった故、本人の望むのとは真逆の力を得たのだからな。これも精霊の気まぐれということだ。」

 自身が称賛されなかったことに少し不満そうにしながらアプロディタ様はそう答える。

「じゃあ、ここでこうして精霊が見えて触れることができるのも気まぐれなんですね…」

 精霊、姿形は見えず、しかし、存在されるとされてきた宗教の概念である筈だったそれが見えて、挙句ボコられたのだ。それもまた気まぐれということなのであって欲しい。

「いや、我の魔力で具現化させただけだ。命じたであろう、『来い』と。」

 うん、やっぱりそうだった…アプロディタ様が当然の様に言うのに頭がおかしくなりそうだ。

「まあ、我にしてみれば、こやつらもペットの様なものであるからな。」

 そう言って精霊たちを撫でる彼女。だったらもう少し躾けてくれませんか。


 その後、何故か全ての精霊から喧嘩を売られ、買う気もないのにボコボコにされた私は、精霊が大っ嫌いになったのだった。

 









 

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