第21話 狂気と教会

 目の前に置かれた質素なパンと粗末で、使い古された木のコップに注がれた水。

「この様な物しか準備出来ずに申し訳御座いません。」

 申し訳なさそうに頭を下げて言う男。

「なんの連絡もなく訪れた我々を責めず、ましてや饗して頂いているのです。感謝以外の念はありません。」

 目の前に置かれたパンと、それを振る舞う教会の主に祈りを捧げる。

「それに、教典にも記されております。人はパンと水、それに感謝し、祈りを捧げよ、と。神の教えに則った、素晴らしい饗しですよ。」

 教皇庁より一月と数日、長い旅路の果てに辿り着いたラザール聖堂。ヴィドノにある巨大な聖堂であり、大陸でも一二を争う歴史を誇る大聖堂。

 そこを統括するソンズは、数人の僧侶と修道女を連れ食堂に相対して座っている。

「寛容なるペルペトゥア猊下に感謝致します。」

 そう頭を垂れるソンズ。

「ソンズ、その様に卑下するものではありません。素晴らしい夕食会ではありませんか。」

 本当に、神々の教えに則った、素晴らしい夕食です。だから、そんな素晴らしい食事には、全員が席に着かなければなりません。

「さあ、皆さん、神が…アプロディタ様が与えて下さった実りに感謝し、いただいきましょう。…勿論、この聖堂の全員で。」

 食堂の入口、その閉ざされた扉の先にいる神の子たちに向け、そう声をかけた。





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 なんのおとづれもなく、ここ、ラザール聖堂に現れたペルペトゥア・シエルラに、私だけでなく、全ての聖職者が怯えていました。

 教皇庁、教会の総本山であるそこで、枢密卿の座を拝し、かの悪名高き異端審問部の長官を務める女が、前触れもなく現れたのだから、当然でしょう。

 彼女が現れた。その報告を聞いただけで、若い修道女たちは卒倒する程で、皆、『誰が』、いや、『それとも全員が…』そんな恐怖と不安の中、私は彼女と対話を望み聖堂の入口へと向かいました。


 聖堂の入口前で、そんな恐怖の権化の如き彼女は、

「嗚呼…アプロディタ様…なんと気高く、美しいのでしょう…日々、我らを見守り、命を与えて下さることに、感謝致しております…」

 数人の異端審問官を従えながら、アプロディタ様の石像に跪き、歓喜と感謝を伝え、ボロボロと大粒の涙を流しながら祈りを捧げていました。

「ペルペトゥア枢密卿…」

 なんと声を掛ければ良いのか、分りませんでした。ただ、彼女は、私の呟きの如き声に顔を上げ、今だ涙の伝う頬を、目尻を拭うことなく、瞳を閉ざしている様にしか見えない糸目で私を見ました。

「ラザール聖堂を任せて頂いております、ソンズで御座います。」

 教会の礼に則り、片膝をついて挨拶をする。

「突然の来訪にも関わらず、ご丁寧なお出迎え、感謝致します。ソンズ…聖地ヴィドノは予想の何倍も神の息を感じる場ですね。」

 女神アプロディタ様の石像を見つめながらそう言う彼女は、更に大粒の涙を零す。

「女神様の再臨なされた地、こんな有難き地に訪れることが出来ただけで、お恥ずかしい話ですが、涙が止まりません。」

 歓喜と感謝を隠すことなく、そう言う。そんな彼女に、

「ペルペトゥア猊下の信仰、又、その忠誠に頭が下がる思いです。」

 明らかな勘違いを彼女はしている、そんな革新がありながらも、狂気に似た信心深さと、それを異端と認定し、残虐な行いを神の名の下に行える彼女に、そうとしか答えられませんでした。


「この聖堂の全員で。」

 急な来客であること、そして、月の終わりがけであることが重なり、普段以上に質素な食事しか直ぐに準備出来なかった我々を責めるどころか褒め称え、彼女がそう言った。

 その言葉によって、我々だけでなく、併設された孤児院の子供達も共に食卓を囲むこととなる。幼い子供達は、この恐ろしき来客が何者であるか知らず、新しくやって来たシスターと思っている様子で彼女に話かけている。冷や汗が止まらない我々をよそに、ニコニコと子供達の相手をしながら、食事を分け与えながら話す彼女。そこだけを見れば、理想の修道女であった。


「さあ、もう寝る時間ですよ。」

 知らない誰かとの食事という、孤児院ではあまり無い機会に、はしゃいでいる子供達にそう告げると、不満そうにしながらも、修道女たちに導かれ孤児院へと戻っていく。

「ねえ、シスター。寝る前にご本読んで。」

 修道女に手を引かれながら、一人の子がペルペトゥアにお願いする。随分と子供達に懐かれているみたいで驚きます。警戒心の強い子たちが多いというのに…

 しかし、いかに無邪気な子供のおねだりとはいえ、彼女はここで子供達の面倒を見るただの修道女というわけではありません。

 枢密卿という高い地位に座し、我々を使う立場にある人。じゃあお願いします。など言える筈もなく…


「我儘を言ってはいけません。さあ、早く…」

 慌てて子供の手を引いていた修道女がそう言って、手を少し強く引きました。

 修道女の表情と、その焦り具合は、枢密卿の手を煩わせてはいけないという思いと共に、子供達を、そして自分自身も、彼女から離したいという切実なものを感じます。

「そうおっしゃらず。なんのお話がいいですか?」

 修道女の、我々の気など一切知らず、ニコニコと立ち上がり子供のそばに行く彼女。

「アプロディタ様のお話!!」

 無邪気な子供は、元気よくそう答え、孤児院と教会の境界となる区画に置かれた本棚から、一冊の本を取り出す。

 マズいことになりましたね…

 アプロディタ様の本。教会に属する者がそう聞けば、神話か聖典に関するものと思うでしょうが、この本は違う。

 子供達にねだられて教会の運営資金で買った、ある英雄を描いた絵本。

 子供は、喜々としてそれを手に持ち、彼女に見せる。

 私達の顔から、血の気が引いていく。

 




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「アプロディタ様のお話!!」

 目を輝かせながら無邪気に答える子供に、口元が緩みました。

 素晴らしい!!近年、信心を忘れた愚か者が増えてきたというのに…やはり、子供はいいですね。この素晴らしき信心を忘れぬ様に、しっかりとお話をしてあげましょう。

 しかし、先程の神の教えに則った食事に加え、子供達の表情や状態、何よりこの信仰心…私の中でソンズの評価が急上昇です。

 ソンズがアプロディタ様の魔力選定を執り行ったという話を聞いた時は、その羨ましさと嫉妬で危うく異端審問にかけてしまおうかと思いましたが、一瞬の気の迷いに衝動的に駆られずに良かったと今は心底思います。

 選ばれるべくして選ばれたのですね…今はそう思えます。まあ、件の時分、私はまだ六歳で、そもそも不可能ではあったのですけど…

 それはさておき、彼は教皇庁にいる地位や権力だけある連中よりも遥かに神の下僕として相応しいです。

 願わくば、新たな旗印となって欲しいものですが…

 しかし、女神が再臨なされているのに、それを認めぬ今の教皇庁に歯向かわないあたり、あまり過大評価すべきでは無いでしょうけど…


 現教皇は、女神が再臨なされたというのに、それを認められないどころか、それを偽りだと声高に宣言し、教皇の座を降りるどころか、新たに聖女なる役職を設け、その地位に詐欺師を置いている。

 とっとと火刑に処してしまいたいものですが、如何せん、女神様は姿をお隠しになられ、その御威光を白日の元に晒されず、教会は汚職に満ち、教皇自ら詐欺師を使い、浅ましく御布施を横領しています。

 実に嘆かわしく、情けない現実。いえ、こんな我らだからアプロディタ様は姿をお隠しになられたのでしょう…

 

 嘆く私に、子供が絵本を持って駆け寄って来ました。

 極力開かない様にしていた瞼を、思わず見開いてしまいました。

 その手に握られていたのは、腐敗した、己の権力と財を守る為だけに躍起になっている最低で最悪の教皇庁が認めていない、あの赤い軍服を纏ったアプロディタ様の美姿おすがたが描かれておりました。

 …言葉が直ぐには出ませんでした。ただ見開いた目で、ソンズを、その周りにいる修道士や修道女を見ます。皆が青い顔をしています。

 無理もありません。私は、異端審問官。本来であれば、教皇の指示に従い、彼らを拷問に掛け、火刑に処すのが、教皇庁の求める異端審問官の役目。




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 糸目を見開き、我々を見つめる彼女に、皆の顔が青褪めていく。

 せめて、子供達だけは見逃して欲しい。その為に出来ることを必死に考えていました。

「それでは、後で読んであげますね。先にお部屋に戻って、ベットに入っているのですよ?」

 彼女は、糸目と、ニコニコとした表情に戻り、子供の頭を撫でると、その背中を押しました。

 元気一杯に頷いた子供が走って部屋に戻って行くのを見送り…

「ソンズ…」

 我々に向き直りました。次の言葉を待つ迄、蛇に睨まれた蛙の如く、全く動くことが出来ず、ただ、心臓がバクバクと激しく鼓動を打つのが煩い程に鼓膜へと響き、血の気が引ききって、今にも倒れてしまいそうです。

「私は貴方を見くびっておりました。」

 再び糸目を見開き、ゆっくりとそう口にする彼女に、私は、己の最後を確信しました。

「猊下、願わくば…」

 せめて私以外の者達は…そう思い口を開こうとしたのですが、

「いえ…もう何も仰られる必要はありません。」

 灰色の瞳に涙が溜められ、潤々と輝いている。この聖堂に属する全ての者が地獄の苦しみを味わうのだろう。そう覚悟しました。


「子供達を寝かしつけた後、お時間を頂けますか?」

 私の回答を聞かずに、ニッコリと笑ってそう言うと、孤児院へと足早に向かう彼女。

 それはお願いなどではなく、命令であったのだろう。彼女の連れて来た異端審問官達が私を拘束する。

 それから、諦めという覚悟、それを決めるには十分の時間を彼女は与えてくれた。


 聖堂の地下。

 物置として扱っている部屋、そこへ異端審問官達に連行され、椅子に縛りつけられ、身体の自由を奪われました。

 ここなら、どんなに叫ぼうと、誰にも聞こえないければ、助けも来ないでしょう。

 不幸中の幸いは、連行されたのが私一人だけだということです。

「お待たせ致しました。あら…?」

 部下の女性審問官に誘導され部屋に入って来た異端審問部の長官、ペルペトゥア・シエルラは、椅子に縛られた私を見て驚いた様子です。

「ペルペトゥア猊下、異端者…」

 私の側にいた審問官がペルペトゥアの側に駆け寄り何かを言おうとした時でした。

「愚か者!!」

 彼女の怒声と共に見開かれる眼。その怒声の直後、その審問官の首が地面に落ちました。

「嗚呼、嘆かわしい!!実に嘆かわしいことです!!異端審問部の一新が早急に必要ですね…」

 突然起こった異常事態に審問官達が困惑し、狼狽えているのを見て、

「今がその良い機会、ですね…」

 ペルペトゥアは、溜息を短く吐きました。

「貴方方は女神の、アプロディタ様の下僕には相応しくありません。」

 彼女がそう告げると、ゴト、ゴト、と審問官達の首が落ちていきます。本当に一瞬の出来事、彼らはなんの反応も出来ませんでした。

 首と血液の散乱する、そんな猟奇的な場を作り出した張本人は、返り血を拭いもせず、

「ソンズ…怪我はありませんか?愚かな異端者共…本当に困ったものです。」

 糸目に戻り、子供が悪戯をした時の母親の様な雰囲気で私を縛っていた縄を解く。

 どちらが真の彼女なのだろう…?いや、どちらも真の彼女なのでしょう…


 身体の自由を取り戻したというのに、私は、呆然とし、立ち上がることが出来ませんでした。

 そんな私に、彼女は灰色の眼を見開いて、

「ソンズ、リリーと呼ばれる方を知っていますか?」

 質問の様に問われるが、彼女の中で私が知っているという正解はあるのでしょう。きっと、知らない等と言えば、私は床に無数に倒れた首と胴体の離れた彼らの仲間入りを果たすのだと…

「紅き瞳の少女…何処にいらっしゃるのですか?」

 恍惚の表情を浮かべ、狂気に満ちた瞳を向けて続けて問いかけてきました。





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 「ドドル王国の首都、バーヌルに降り立ったアプロディタはその女神の降臨を思わせる威光だけでバーヌル市民を平伏させ、愚かな王の腕を切り落とし、罪を懺悔させ、エルドグリースという偉大なる領主に軍を向けた報いを受けました。」

 絵本を読み終え、パタリと閉じる。

 なんだか、思っていた内容との差異は非常にありますが、腐敗した教皇庁の定める異端認定を逃れるぎりぎりを突いたと思えば上出来とも言える内容です。

 『女神の降臨を思わせる』とか、『エルドグリースという偉大なる領主』という、まるでアプロディタ様の再臨を認めないという意思表示の様な表記や、アプロディタ様が敵対勢力を断罪する=エルドグリース家が神の母家の如き表記は大変認め難いものですが、アプロディタ様という、この世で最も貴く、尊く、そしてこの世の全ての存在が全てを捧げなければならない。そんな至高にして最高たる存在がおわすことを再認識する機会としては及第点でしょう。


 不満はありつつも、その感情を抑えて子供達もの顔を見ます。

 既に何度かこの絵本を読んで貰っていたのか、アプロディタ様の再臨を周知させるこの朗報に、歓喜と畏敬の涙を流す者は無く、再認識の様にその威光を讃え、畏れ多くも、それに倣うことを望む発言をしていました。…まあ、幼い子供ですし、致し方ないのでしょう。

 神の偉業を己も成さんと願う。夢のまた夢…かといってそれを否定する気は微塵もありません。

 神の偉業に人である我等は如何にしても届かない、だから、神に全てを捧げるのです。

 そう、身を以て経験させ、そう教えれば良いのですから…


「僕、アプロディタ様の従者にしてもらうんだ!!」

 なんとも素晴らしい宣言をする少年、なんとも素晴らしい心意気でしょう。思わず頬が緩みます。

「ダニールには無理よ!!魔力も無いし、何より、喧嘩だっていっつも負けてるじゃない!!」

 そんな素晴らしい宣言をした少年に、少女が笑いながらそう言います。それは蔑みでした。魔力も、力も持たない少年に対する。…しかし、何故でしょう?彼女の表情から、それ以外の感情を強く感じます。 

 まあ、そんなことはさておき。

「そんなことはありませんよ。アプロディタ様は慈悲深き女神様です。その身を捧げ奉仕させて頂こうという、正しき信仰を持つ者を必ず救済なされるのですから。」

 彼女の言葉を否定します。

「ダニール。貴方が誠心誠意アプロディタ様に御奉仕し、地獄の業火に焚かれてもその信仰を失わず、思い続ければ、アプロディタ様は必ず愚かで悍しく、醜き我等をお救い下さるでしょう。」

 そう言って彼を抱き締めます。私の胸にすっぽりと埋まった彼の頭を優しく撫でながら少女を見ると、ブスッと不機嫌そうにしています。

 大丈夫、貴女まだ幼い。これから、己の、生まれ堕ちた時から背負う罪と向き合い、正な信仰を持てば、貴女も彼の様に救われる生命となるでしょう。そう思いを込め彼女に微笑みます。

 …何故彼女は睨むのでしょう?もしやあの少女は邪に取り憑かれているのでは…?


 直地に邪を祓わねば…そう思い、聖杖を握った時、幼児は私の袖を引きました。

「シスターはアプロディタ様に会ったことあるの?」

 あどけない表情で私に問いかけ、

「僕は無いんだ。」

 と少し悲しそうに告げます。

 嗚呼、そうです…あの素晴らしき威光!!あの素晴らしき美姿!!そして我等を正しき道へと導く圧倒的な魔力と輝き!!

 あの神々しいお姿を一度たりとも拝見すれば、全ての邪は祓われ、皆が正しき道を歩むのです!!

 私の様な霞の如き存在とは違い、女神様は全てを導く御力があるのです!!

「私は、アプロディタ様と一月と十三日、御遣えすることを許されました。あの至高で至上の日々…そこで見た美姿、御言葉、全て鮮明に、まるで今の事の様に思い出せます。」

 忘れもしない、あの日々。私は一月と十三日、正確に言えば一月と十三日、と四時間二十七分五十六秒。

 幸運にも、再臨なされた御姿を拝し、御言葉を頂き、御傍に侍らせて頂ける迄の期間を含めれば、更に十八日。

 全てが掛け替えなく、有り難く、何より、女神様にお仕え出来るという幸福に満たされた至高の日々でした。

 思い出すだけで思わず感涙してしまう、そんな美しき日々。女神の側にお仕え出来る。これ程光栄な事はこの世に存在しないのですから。

 …やはり、一刻も早くアプロディタ様にお戻り頂かなければ…

 そんな決意を再度固めていると、

「アプロディタ様って、本当にこの絵本みたいな見た目なの?」

 なんと無礼な!!思わず聖杖に手が伸びそうになりましたが、私に向けられた邪気の無い瞳に思い止まります。

 この子供達は、救いようの無い異端者共とは違うのです。まだ幼く、教えを真に理解出来ていないだけなのです。アプロディタ様がお戻りになられるその時迄、微力ながら私が導かなければ…

 絵本に描かれた、あの素晴らしき神々しさを全く再現なされていないそれを見ながら、質問に答えます。

「よく似せて描いているとは思いますよ。ですが、アプロディタ様の美しさ、何より、その神々しさは人如きに表現出来るものではありません。」

 その美姿を残したい。この絵本を描いた者の気持ちは嫌という程分かります。しかし、あの美しさは、人の力で表現出来るものではありません。

 その美姿は描き残す様なものではなく、瞼に、記憶に焼き付けるもの。表現しようなど烏滸がましいのです。

 まあ、信仰の導入としては良い手法とは思いますが…


「あの紅き瞳で私を見て頂けている。それだけで得も言われぬ幸福に満たされるのです。」

 吸い込まれる様な、アプロディタ様にのみ許された紅き瞳を瞼の裏側に思い出します。

「リリーも赤い眼してる。あのちんちくりんのチビがそんな特別なんて思わないわ。」

 他の子たちよりも年上に見える少女が乳飲み子をあやしながらそう言う。

 ア、アプロディタ様以外にあの瞳を宿す御方が…思わず動揺してしまいました。

「リ、リリー…貴女の言うリリーという方は何者ですか?」

 もしや…私の中で一つの可能性を考えました。

「何者って、運良く貴族になっただけのチビ。馬鹿みたいなデッカイリボンを二つ付けてるわ。魔力だって私の方が多いのよ!!チビの癖に…」

 何やら個人的な恨みがあるように感じます。

「ナー姉ちゃんは、キリル兄ちゃんが好きなんだけど、キリル兄ちゃんはリリー姉ちゃんが好きなんだ。」

 一人の少年が私にこっそりと耳打ちしてくれます。

 成る程、嫉妬というわけですか…そんなちっぽけな悩みなど、神の教えに従えば、直ぐに吹き飛ぶでしょうに…

 おっと、そんな場合じゃありませんでした。

「それで、本当にリリーという方は紅い瞳をされているのですか!?」

 私の問いかけに、子供達は口々に肯定を述べる。しかも、それだけではありませんでした。

「リリー姉ちゃんは魔力が減らないんだってー。」

 無邪気な子供の声がとんでもない言葉を発します。

 アプロディタ様だけに宿す事を許された神の力が…

 私の考えていた一つの可能性が確信に変わり始めました。

 アプロディタ様は、使徒を御遣わせになられたのだと。そのリリーなる少女は女神の遣い。

 我等を女神の下に導く遣い、天使なのだと。天使は子供の姿をしていると言われていますし、恋敵からチビと称されているのも、それを裏付けるものに思えてきます。

「そのリリー様は何処におられるのですか!?」

 鬼気迫る私の問いに、子供達は一瞬驚きましたが、

「知らない。最近見なくなったの。」

 幼い少年がそう答えます。

「僕は、神父様に王都に行ったって聞いたよ。」

 別の少年はそう答えます。

「王都ですか?…ソンズは居場所を知っているのですね…」

 彼とはこの後話す約束をしている。ちょうどいいですね…彼には聞くべき事が増えましたね。

「有難う御座います。それじゃあ、もう夜も深くなってきました。良い子は寝る時間ですよ。」

 フフフッ、と微笑み子供達をベットの中に入る様に促し、孤児院を後にします。

 やはり、女神再臨の地たるヴィドノへ来たのは正解でしたね。


 アプロディタ様!!まだ我等を見捨ててはいなかったのですね!!

 罪深き人間に対し、何たる慈悲深さ!!このペルペトゥア・シエルラ、神の下僕として、より一層の忠義忠誠をお誓い致します!!

 足早に廊下を進み、待機させていた配下に声をかけます。

「ベルタ、ソンズはどちらに?」

 今回連れて来た面子の中で私を除き唯一の女性審問官であるベルタに問います。

「はい、シルエラ様。地下室でお待ち頂いている様です。」

 片膝を付き頭を上げずに言うベルタ。

「いる様です…貴女は自分で確認をしていないのですか?しかし、地下室ですか…私の意図を汲んでの行動、という事でしょうか?」

 あの醜悪なる教皇庁の犬共にそんな事が出来るでしょうか?いや、出来る筈が無いですね。

「ベルタ、急ぎますよ!!」

 予想通りなら、その首を撥ね、塵一つ残さず焼き払ってやりましょう。





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「リリーというお方らしいのですが、ご存知ですか?ご存知ですよね?王都に行かれたとお伺いしましたが、嘘偽りは御座いませんよね!?」

 灰色の瞳をもギラギラと輝かせながら、狂気の漂う笑みを浮かべながら私の胸倉を掴んで問うてきました。

 あの子、リリーさんがヴィドノを発ち、シャンバルに向かうと伝えに来てから数日後、彼女の姿を見掛けなくなった。それから数十日が経った頃、流石に孤児院の子達も疑問を懐き始めた。『リリーお姉ちゃんは何処にいるの?』そんな子供達の心配する様な疑問に、私は嘘を伝えました。

「彼女は王都で仕事をしているそうですよ。」

 そんな嘘。ただでさえ心配している子供達に、シャンバルという罪人の流刑地や荒くれ者たちの出稼ぎ場という認識の広がった地に行ったとは言えなかったからです。

 純粋なあの子達は、私のその言葉を信じていたのでしょう。それを彼女に伝えた様です。

 まさか、嘘があの少女を守ることになるとは…あの時、子供達を傷つけぬ様にと、放った嘘が、リリーヤ・ペチェノという、不可思議で魅力的な少女を守る事になるとは…

 もしかすると、彼女は、本当に神に愛されているのかもしれませんね。

 

 彼女の問いから数秒後、私はこの聖堂に所属する全ての者と、リリーヤ・ペチェノという少女を天秤に掛け、彼女に答えました。

「ええ、直接彼女から聞きました。王都へ仕事に行くと。最も、既にそれを終えて去っているかもしれませんが…」

 リリーさん…本当に申し訳御座いません。私は、貴女一人よりも、この聖堂にいる全ての命を優先してしまいました 

如何に赦しを乞うても赦されないとは分かっています。どうか、その罪を科すなら、私だけに留めて下さい。

 そう内心で祈りながらそう伝えました。

「ソンズ、貴方は本当に優れた、そして恵まれた信徒です。女神様だけでなく、その使徒様にも縁があるのですから…」

 心底羨み、羨望と嫉妬の宿った瞳をえ私に向けながらペルペトゥアは続けて私を見て言いました。

「羨ましい限りです。それ以外にもお話したい事が沢山あるのですが…それは、次の機会にしておきます。それで、お願いなのですが、エルドグリース家の当主であられるサムイル様にお会いしたいのですが、場を設けては頂けませんか?教会への多大なる貢献をして頂いている御方に一言御礼を申し上げたいのです。」

 お願い、そう言っていますが、命令以外の何ものでもないのでしょう。

 彼女の持つ聖杖から流れる魔力、その行く先が、私に突き付けられているのが嫌でも分かりました。

「畏まりました。明日交渉に向かい、日程wO取り付けます。」

 無用な波風を立てぬ様に、指示に従います。

「ええ、よろしくお願いします。…ベルタ!!忌まわしき異教徒共の浄化を行いますよ!!」

 私に微笑みを向けたかと思うと、直ぐ様独断的断罪者の、厳格な表情で女性審問官に厳しい口調で告げました。

「直ちに可能です。」

 私が彼女との会話に意識を取られていた間に行ったのか、女性異端審問官の横に積み上げられた多数の首と胴体。

「…異端の罪、それを浄化し、二度と輪廻せぬよう、烏滸がましくも神の業火を使用することをお赦し下さい。」

 ペルペトゥアは両膝を付き、祈りを捧げました。

「女神アプロディタ様…」

 その呟きと共に、目が眩む程の輝かしい炎が屍の山に灯り、様々な色に変わりながら燃え上がっていきます。

「聖気法…」

 魔力を有し、魔法を使用する者の最頂点、神授の魔法と評される歴史上十数人しか至らなかった高み。

 そこに至っただけで、教会からは聖人や聖女と認定される神の御業。

 そんな魔術を以て、彼女は遺体を塵一つ残さず消し去りました。


「ソンズ、エルドグリースの件、お願い致します。貴方には期待していますよ。」

 そう言って地下室を出て行くペルペトゥア・シルエラと、その後ろをついて行くベルタという女性審問官。微笑むペルペトゥアとは異なり、何故か彼女は私を睨んで部屋を出て行きました。

 彼女らが部屋を出た後、どっと披露や心労が襲いかかり、へたり込む様に床に仰向けに倒れ、大きく溜息を吐きます。

「嫌な予感しかしませんね…」

 もう既に胃痛と頭痛が襲ってきました。








 



 

 

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