第18話 鉱道市
「状況は予想以上よろしくないわね。」
我の自室で、ジークリンデのもたらした情報と、数ヶ月分にも渡るドドル王国中の新聞を読み終えたヤーニャが眉間に皺を寄せてそう言う。この空間には、我とヤーニャ、そして、クレメンチーナしかいない。
もっとも、我の自室への入室は、このふたりにしか許していないのだが。
「ドドル王国における国民の不満が爆発寸前だとは知っていたが、予想以上だな。」
数百年戦争に明け暮れ、貴族と僧侶(宗教関係者)、そして一部の商人以外に対し重税を課してきたドドル王国。いずれ爆発は免れないとは思っていたが、よりによってこのタイミングとはな…
「あら、他人事のみたいに言うけど、その原因の半分くらいは貴女のせいよ、ローディ。」
新聞を机に置き、ヤーニャが我を見て言う。
「?意味が分からぬ。確かに我はドドル王国、その王城まで攻め入ったが、彼の国は、一度の敗戦程度で崩れる国ではないぞ。」
そう、確かにあの戦争には勝った。しかし、人的にも、経済的にも、被害はルユブル王国の方が大きかった。最後の最後に決定的一撃を我が与えたことで戦意が削がれたというだけで、彼の国が本気で戦略を練り直し、消耗戦に持ち込まれていたら、人口で圧倒的に劣るルユブル王国は、人材が枯渇し、降伏していただろう。
現に、あの時ルユブル王国では、敗戦が続き、戦死者と戦傷者が増え、反戦ムードが起こり始めていた。
あの戦争は、正しく紙一重の勝利であり、世間一般に言われる様な、大逆転勝利ではなかった。それに、結果だけを見れば、ドドル王国の戦略的勝利とも言えた。仮に、今、確かな戦略を練って再度開戦されたら、ルユブル王国には、それに抗う術は無いだろう。
大陸最強で最大の陸軍国家たるドドル王国。何百年も大陸の覇者として君臨し続けたその力は、紛うこと無く本物である。
故に、何故その崩壊の序曲の要因に、我が半分も関与していると言われる所以が分からぬ。
「ローディ、貴女、王城を攻める時、どんな格好だったかしら?」
「どんなだと?忘れるものか!!あの様な動き辛い格好、二度とせぬぞ!!」
思い出すだけでも腹立たしい。普段よりも更にキツくコルセットを絞められ、金の刺繍を施された純白のドレスに、ド派手な祭具を持たされたのだから!!
「あのせいで、女神がドドル王国に神罰を下したと民衆は思ったみたいね。見た目だけなら、瓜二つだもの。」
やれやれ、という仕草をしながら、呆れた様に言うヤーニャ。
「お前と、クレメンチーナが無理矢理着せたのではないか!!何故我だけのせいにするのだ!!そもそも、我はあんな格好したくないのだ!!」
なんという責任転嫁だ。
「でも、似合っていたわよ。」
「当然だ。我は何を纏っても美しくからな。」
この世で最も美しい我に似合わぬ装束などあろう筈もないのだ。
「その自信が羨ましいわ…」
呆れた様に溜息を吐くヤーニャは、続けて言う。
「まあ、それは置いておくとしましょう。あの時、貴女の姿をむ見た民衆は、女神アプロディタが降臨し、ドドル王国、つまり、王族や貴族、特権階級に対する神罰を行ったと信じたみたいよ。」
「…何故そうなるのだ。いや、待て!!何故我ひとりに責任が有るかの言うのだ!!無理矢理あの様な格好をさせたお前たちにも責任が有る!!」
そう、我は何度も拒んだのだ。それだというのに、無理矢理あの様な格好をさせたヤーニャとクレメンチーナが素知らぬ顔をするのは納得いかない。確かに、その様な格好をさせられた鬱憤を晴らす為に、少し暴れ過ぎたという自覚はあるが、そもそもの原因はこのふたりにある筈だ。
「確かに、私たちにも僅かばかりの責任はあるかもしれないわ。でも、最大の原因は、そんな紛らわしい容姿をしたローディーのせいでしょ?」
悪びれた様子もないヤーニャに呆れる。こいつはいつも何かを見透かして動いている。この世において、最も完璧であり、完全無欠である我を以てしても、ヤーニャに対し、そういった権謀策略では及ばないというのは知っている。まあ、それを理解しているからこそ側に置いているのもあるが…
「嵌めたな…まあよい。それで、我にどうしろと?」
この様に動いたということは、その先の未来を見据えている筈だ。
「いいえ、暫く何もしなくていいわ。この行く末を見守りましょ。ああ、そうだわ。ジークリンデが来て、人手も多少マシになったし、あの小娘、リリーを使役にしましょう。世界を見せてあげてもいいんじゃないかしら?」
「ヤーニャ、小娘をどうするつもりだ?」
奴はあくまで預かりもの。奴の成長の為、安全が約束された上での無理難題を課すことはあれど、その身を危険に晒すのは本意の真逆である。
「どうするつもりもないわ。あの娘に、世界を見せるのは、必要なことだと思うわよ。役目のない貴女の護衛たちに加えて、ジークリンデを着けておけば、余程のことが無い限り安全だとは思うわよ。」
リリーヤ・ペチェノ。我と同じ、この世で最も尊き我と同じ特異体質と赤い瞳を持つ。とはいえ、あの小娘は、歯牙にもかけぬ程の微弱な魔力しか持っておらぬし、肝心の魔導具の職人としての腕前も、一流にはまだ遠く、養父たるバンク・ペチェノには遥かに及ばない。
本来なら、才能や能力のみで人を判断してきた我が気に止める必要さえない相手だというのに、何故か妙に気に係る。正確に言えば、何故か目が離せぬ危なっかしさと愛らしさを感じてしまい、つい目で追ってしまうのだ。
万人を魅了し、万人を超える力を持つ我とは異なる魅力。それは万人を魅了するものではないのだろう。しかし、我は、あの小娘を見守ってやらねばならないという不思議な使命感に駆られてしまっていた。
あらゆる事に百面相する様、年相応に取り乱す様、それなのに、時折みせる年不相応の表情。食い意地が張っており、食事の度に見せる屈託ない幸せそうな笑み。
全ての仕草が愛おしく感じる。故に思うのだ、あの小娘の眠った才能を開花させてやりたいと…
「分かった。ヤーニャの言う通りにするとしよう。但し、小娘には我の跳べる様に異空間移動様の魔導石と、危険を知れせる為の魔導石を持たせる。」
空間魔法を展開し、ふたつの魔導石を取り出してそう言う。
「随分とあの小娘にご執心ね。まあ、それでも一向に構わないけど。」
ヤーニャは、感情の読み取れない表情と声色でそう返答する。
「では、準備をしなければなりませんね。来月の頭当たりからで宜しいでしょうか?」
我らの話を黙って聞いていたクレメンチーナが口を開く。
「そうだな…それで良い。行き先は…」
「とりあえず王都でいいんじゃないかしら?学園に入る前に、どんな場所か知っておくべきだし、あの猫かぶりに用があるんでしょ?」
ヤーニャが割って入る。もっとも、それに異論は無いので、何も言わずに頷く。
「ああ、そうだな。では、その様に手筈を…」
我の言葉を聞き、一礼して部屋を出て行くクレメンチーナ。
「ヤーニャ、お前、何を考えておる?我の計画では、後数ヶ月待って、纏めて世界を見せようと思っておったのだが。」
クレメンチーナが去り、ふたりっきりとなった部屋で問う。小娘には、いずれ世界を見せるつもりではあった。しかし、ヤーニャの提案したそれは、我の計画よりも数ヶ月以上早い。
「先を見据え、安全性を考慮しただけよ。ローディー、貴女の計画通りに世界を見せるには、あの小娘はまだ未熟、それでも、あまりに世界を知らな過ぎる。程良く汚れた世界を見せる必要がある、そう判断しただけよ。」
煙草を吹かし、そう言うヤーニャの瞳には、なにかの決意を感じた。
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「おい、クソガキ…こいつはいくらで売れるんだ?」
アプロディタ様に言われた通り、ジークリンデさんにリャホフさんが作った魔導石を見せた感想だ。
「いや、知りたいのは値段じゃなくって、どういう魔法が入ってるかなんですけど…」
しかし、確かにジークリンデさんの言う様に、この魔導石がどれ程の価値があるのか、少し気になる。
実験に使っていたという魔石は、正直質で言えば最悪レベル。職人が練習で使う魔石よりも格段に質が落ちた物だ。でも、見たこと聞いたこともない魔法が込められている。
場面を切り取ったかの様に写し出す魔法、こんな物を量産出来る様になったら、画家の仕事は無くなってしまうかもしれない。
廊下の壁に掛けられた、凄く高そうな額縁に入った絵画をチラリと見てそう思う。そんな私の考えを掻き消す様に両の頬を引っ張られる。
「俺が先に聞いてんだ!!さっさと答えろクソガキ!!」
犬歯を剥き出しに怒鳴るジークリンデさん。私は痛みに両手をバタバタとさせて藻掻く。
「はにゃしゃにゃいとひゃべれまひぇん!!」
「あぁ!!何言ってっか分かんねぇぞ!!」
それは手を放してくれないからですってば!!そう言ってるのに!!
「何をなされているんです?」
呆れた口調で、ジークリンデさんの背後から声がする。ちょうどジークリンデさんが壁になり姿は見えないが、この声はクレメンチーナさんだ。
「…っち、別に、クソガキに頼まれて石ころ見てただけだ。」
舌打ちして手を放すジークリンデさん。解放された私はパタパタと走ってクレメンチーナさんの方へ駆け寄る。
「ジークリンデさん、お嬢様から給金と手当てをお預かりしております。」
そう言って革袋を差し出すクレメンチーナさん。ぎっしりと中身が詰まっていると分かるそれをジークリンデさんはふんだくり、じっとクレメンチーナさんを見つめ、
「要件は終わりか?さっさと行けよ。」
噛み付く様に言う。それを全く意にも返さない感じでクレメンチーナさんが応える。
「では、失礼致します。…ああ、そうでした。リリー様、明日から午前中は私がマナーの指導を致しますので、よろしくおねがい致します。」
私に一礼し、アプロディタ様のお部屋がある方向へと踵を返す。普段はメイド服の帽子に隠れて見えなかった明るい茶色の髪が、ちらりと見えた。
…ふと、このお屋敷でお世話になることを決意した時に、アプロディタ様が言っていたことを思い出す。
『小娘、覚悟しておけよ。クレメンチーナは、怖いぞ』
あのアプロディタ様が恐れるクレメンチーナさん。動揺したところを見たことがない落ち着いた冷静な人だけど、いつもテキパキと動き、頼れる侍女長って感じだし、アプロディタ様が最も信頼している様に見える人だ。
確かに主たるアプロディタ様にもズバズバものを言うし、強引にアプロディタ様を押さえつけることもある。しかし、そういう場合は絶対にアプロディタ様に原因がある(仕事をサボろうとしたり、お菓子を摘み食いしたりした時)し、忠臣故の行動だと思う。
あんまり怖いというイメージはないんだけどなぁ…
「けっ!!あのクソババア。」
革袋を左肩から斜めに掛けた鞄に仕舞いながら、ジークリンデさんが悪態をつく。
「バ、ババアって…失礼ですよ。」
アプロディタ様程ではないが高身長でスラリとしたクレメンチーナさんは、整った顔立ちでスタイルも良いし、立ち振舞いも、良家の出だと思う程洗練されている。
肌だって皺ひとつないどころか瑞々しいし、多分、年齢も私の実母(32歳)よりも遥かに歳下だろう。
そんな彼女にババアというのは流石に失礼だと思う。そりゃあ、ジークリンデさんよりは年上だろうけどさ。
「あいつ、あんなだけど37だぞ。」
「嘘でしょ!?」
ジークリンデさんと親子くらい歳が離れている。えっ!?信じられないんだけど…
「案外、姉御や俺と同じくらいの歳のガキがいるのかもな。」
ピン!と金貨を一枚親指で弾きながら、ジークリンデさんが言う。
クレメンチーナさんに子ども…その年齢が本当なら、絶対に無いとは言い切れない。というより、私はここにいる人たちについて、殆ど知らないんだなぁ…
宙を舞い、重力に従って落ちてくる金貨をジークリンデさんが掴む。
「さて、金も入ったことだ、一杯やりに行くか。」
「お酒買おうにも、お店なんか無いですよ?」
お屋敷の中には店も酒場も無い。当然、お屋敷の周りにもそんなものはない。
「なんだ、オメェ知らねぇのか?…まあ、ガキにゃあ縁がねぇか…」
ジークリンデさんの言うことが分からず、首を傾げる。
「んじゃ、ついて来い。姉御にオメェの子守をしろって言われてんだ。離れて飲みに行ったのがバレたら殺される。」
私の首根っこを掴んで歩き出す。飲まなきゃいいんじゃないですか?
そう言ったらまだほっぺを引っ張られそうなのでやめておいた。それに、知らない場所に連れ行ってもらえるということに、少しときめきもあった。
「ジークリンデさん!!滅茶苦茶寒いんですけど!!」
お屋敷の別棟、その裏口を出て暫く歩く。一面真っ白な雪景色、そんな雪原に簡易な木製の屋根が伸びており、その下を歩いて行く。
「おい、外に出るなよ。出たら死ぬぞ。」
障害物が一切ない雪原は、強風が吹き荒れる。風によろめき、屋根の下から出そうになった私にジークリンデさんがそう言う。多分、この屋根の下にアプロディタ様が何かしらの処置をしているのだろう。お屋敷の中で感じる魔力と同じものを感じる。この道は安全地帯ということだろう。
それにしても、簡易な防寒具だけで出たのが間違いだった。まさか外をこんなにも歩くことになるなど思ってもみなかった。
「どこまで行くんですか!!」
正直、凍え死にそうだ。
「後ちょっとだ。…おっ!!あったあった。」
ジークリンデさんがニィッと笑う。
「大きな雪壕…?」
雪に覆われた大地に、少し盛り上がってポッカリと開いた大きな穴。人工的に雪を掻き分けて作られている様に見える。
「一番近いのはここだが、他にも何箇所もあるぜ。まあ、当然だがな。」
雪を固めて作られた階段を降りていくと、木製の門が現れる。
その門をジークリンデさんが叩く。
「あのっ…ここは?」
なんの説明もしてくれないジークリンデさんに訊ねるが、
「黙ってついてくりゃ分かる。」
説明する気はないらしい。
その時、門の小窓が開き、男の人が顔を覗かせた。
「姉御…じゃ伝わらねぇか…お嬢様の遣いだ。」
ジークリンデさんがそう言うと、男の人は訝しげな顔をしながらも門を開ける。
「見ない顔だな…」
槍を手に現れる2人の男性。防寒着を纏っているが、兵士の様な格好だ。
「そりゃあ、そうだ。なんせ、ここに来んのは3年ぶりだからな。ほれ、これでいいだろ。」
ジークリンデさんは、そう言って1枚の木札を見せる。
それを手に取り、じっくりと見た兵士風の男性は、それを返し。
「間違いく本物だ。通っていいぞ。勿論、そっちの子どもも。」
私を見てそう言う。
「おーし、クソガキ、行くぜ。」
何が何やら分からないまま、ジークリンデさんに手を引かれて雪壕の中に入って行く。
「なんですかここ!?」
広々とした空間には、屋台や出店が建ち並び、沢山の男の人たちがそこでワイワイと騒いでいる。
様々な食べ物やアルコールの匂いに、何日か身体を洗っていなさそうな男たちの匂いが混じり…
「臭いっ!!ホント、なんなんですかここ!?」
鼻を押さえてそう言う。
「なにって、見て分かんだろ。鉱道市だ。」
いや、当たり前みたいに言うけど…
「なんですか、それ?」
知らないんですけど。
「『働く人間がいりゃあ、必ず消費の場が出来る。魔石という一大産業に従事する労働者が浪費する場を設けなくてどうするの』だったか?あの死神みてぇな女が言ってたな。つまり、そういうこった。」
ジークリンデさんは、口調を真似て言う。その真似た口調から、死神みたいな女というのは、恐らくヤニーナ様のことだと分かる。
ヤニーナ様は、傭兵の話をした時にも言っていた。日々命懸けの仕事をする人間は、明日なき身としてリミッターが外れる。普通ではない思考で浪費すると…
明日があるか分からぬ故に、目の前の道楽を貪るのだと。
さっきのジークリンデさんの口振りから、ここは恐らく魔石の鉱道。だとすれば、この場に屯する男の人たちは、鉱夫ということになるのだろう。
「ちぃっと割高だが、飲めりゃあそれでいい。」
鼻が曲がりそうな匂いがするのに、愉しそうに笑うジークリンデさん。まるで、この程度の悪臭など意にも返さないといわんばかりだ。
「おら、クソガキ。さっさと行くぞ!!」
私の手を掴み、無理矢理引っ張って行く。
「おい、酒だ!!とびっきり強いやつだ!!」
逞しい身体つきをした男たちの間に入り、店主にそう言い放つジークリンデさん。訝しげな表情を見せる店主に、ジークリンデさんは金貨を投げる。
「さっさとしな!!」
あまりにも豪胆な振る舞いだが、それを受け取った店主は黙って酒をグラスに注ぐ。
「オメェら、何しに来た?」
ドン!とグラスを置き、店主が威圧的な態度で聞いてくる。いや、グラスはひとつでいいんですが…
「何しに?酒を飲みに来たに決まってんだろ。ここじゃあ、ここくらいしか無ぇんだからよ。」
そう言ってグーッとグラスを一気に煽る。
「それとも、なんか文句でもあんのか?」
お酒が飲めて上機嫌、というわけではない。落ち着いたトーンで話すジークリンデさんだが、若干滲ませた魔力は、いつでも攻撃出来るぞ、という意思表示に見える。
そこに、ジークリンデさんが、アプロディタ様と合った時に見せた小物感は一切ない。威圧的だった店主も、両隣に座る男たちもたじろぐ殺気を放つ。
「い、いや…悪かった。なんせ、ここに女が来るなんて、滅多に無いんでな。」
店主の男が、極寒の市だというのに汗が額に滲んでいる。
「そうかい、だったら思う存分飲ませろよ。滅多に来ねぇ女の客だ。これからも何度か来る、大切にしろよ。」
それまでの殺気は消え去り、ケラケラと笑うジークリンデさんは、私の前に置かれたグラスを手にとり、これまた一息に飲み干した。
鼻が慣れてきたのか、漂う悪臭もあまり認識しなくなっている。ゲラゲラと笑いながら、隣に座る男を殴るジークリンデさん。酒癖が悪いとか、そういうレベルじゃない気がする。それだというのに、次々と彼女の横に男たちがやってくるのは、荒っぽい口調だし、粗暴さが露骨に分かるけど、ジークリンデさんが魅力的に見えるからだろう。
全く着飾っていない、野暮ったい傭兵らしい服装なのに、それでも分かる凹凸ある肢体に、ボサボサに伸ばしっ放しの真紅の髪に、半分隠されているけど、整った顔立ち。…目つきは凄く悪いけど。
犬歯を剥き出しに笑い、バシバシと隣に座る男の肩を叩いては、容赦なくぶん殴る。正しく酒場の暴君。それだというのに、皆、楽しそうにしているのは、傭兵として、男性ばっかりの世界で生きて来た彼女ならではの魅力なんだろうか?
アプロディタ様の様に、全てを圧倒的するのではなく、彼らの懐に入り、打ち解ける魅力が、彼女にはあった。
「奢れ!!奢れ!!もっと俺に奢って、もっと酔わせろ!!素敵なご褒美があるぜ!!」
男たちに囲まれ、男たちに奢られた酒を上機嫌で浴びる様に飲むジークリンデさんは、魅力的に笑う。お屋敷で接していた時とは違う、彼女の姿がそこにあった。
「…それで、我の呼び出しに気付けなかったと?何故我も呼ばぬ!!」
不機嫌そうに言うアプロディタ様の前で、私たちふたりは跪いていた。なんでも、どんちゃん騒ぎをしていた時に、アプロディタ様が私たちを呼んでいたというのだ。
「お嬢様、叱りつけるべきところが違います。」
冷静にクレメンチーナさんが指摘する。ヤニーナ様は、呆れた様子で煙草を吹かす。
「ぁ、姉御ぉ…違うんですぉ…このガキに世間ってぇのを教えてやろうと…」
二日酔いで痛む頭を押さえながら、ジークリンデさんが怯えながら言う。
「それなら事前に連絡しろ!!」
アプロディタ様の怒りはご尤もで、反論の余地はない。
「ごめんなさい…」
私も頭を下げる。それこそ、これ以上下げようが無い程深々と。
「クレメンチーナ!!我がその現場を確認しに行く!!後は任せた。」
そう言って立ち上がろうとしたアプロディタ様を、クレメンチーナさんとヤニーナさんが飛ばした魔力の糸が、椅子に縛りつける。
「いいわけないでしょ。」
「お嬢様がただ飲みたいだけでしょう?お仕事が残っていますので、この者たちに処罰を与え、早急にお仕事に戻ってもらいますよ。」
冷たい笑顔でアプロディタ様にそう言うふたりに、アプロディタ様は項垂れ、
「ジークリンデ、貴様は2日間酒抜きだ。小娘、貴様は甘味だ…次は首を刎ねる。よいな!!」
最後だけキリッとした表情で告げる。
2回目の罪の重さが余りにも違いませんか?
子どもが悪戯した時の罰程度の罪と、斬首刑、中間がスッポリと抜け落ちている。
勿論、そんな指摘など出来る筈もなく、ジークリンデさんと一緒に、深々と頭を下げて、引き摺られていくアプロディタ様を見送った。
本当に威厳があるのか無いのか、分からない人だなぁ…
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「お嬢様、お手紙が届いております。」
暖かな木漏れ日、木陰のベンチに座り、ウトウトとしていた時に、侍女がそう言って手紙を差し出す。
「…うん。ありがとう。」
小さく欠伸をして、一緒に差し出されたペーパーナイフを使い、封を切る。
「まあ、ローディーお姉様からだわ。」
封を切った時に飛び出た彼らが見えたことで、送り主が分かり、微睡んでいた目が開く。
「ふふっ、新しいお友達が出来そうよ、メレフ。楽しみだわ。」
手紙を読み終えた私の声に、ニャァ…と退屈そうに鳴く愛猫メレフ。
その頭を撫で、再び微睡みに沈んでいく。
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