第17話 赤い髪の傭兵

 長い道のり、というより広すぎるだろ。

 ドドル王国からルユブル王国へと国境を跨ぎ、もう何日も歩いている。『来い』と簡単に言うが国土面積だけは異常にあるルユブル王国、その中でも最大の領地を持つエルドグリース家の所領を徒歩で縦断するだけでも半月以上掛かる。本当であれば馬車を使いたいが、呼び出しの相手のことを考えると、あまり人とは関わらずに待ち合わせの場所へと向かう必要がある。

 何処で誰が見ているか分からない。

 これは請け負った仕事をやってみて身に染みて分かる。実際、無関心を装い、日常を送っている振りをして生活を送っているだけでも、民衆は様々な情報をもたらす。そうやって情報を集めていた身からすれば、信用できる人物なんていないのではないのかと、軽い人間不信になりそうだった。

 まあ、元々他人なんか信用しちゃいないが…


 この世で信じられるものは力か金だ。

 その点、現在の雇用主はその両方を持ち合わせている。給金だけでなく、必要経費として飲み食いや宿代でさえ気前よく出してくれる。故に多少の不満があっても従っている。

 かといって、忠誠心があるかと聞かれたら全く無い。あくまで金銭による信頼関係であってそれ以上ではない。

 ではもっと良い給金を出す者がいたら裏切るかと聞かれたらそれもまた有り得ない。雇用主と被雇用者という関係の前に、絶対に逆らえない程の圧倒的な力の差があるからだ。

 自分より強い者には逆らわない。これが賢い生き方だと、傭兵として生きてきた経験がそう結論付けている。

 なら、間違いなくこの世で最も強い相手に対して、歯向かう気など全く起きない。あるのは恐怖だけだ。

「姐御に目ぇ付けられたのが運の尽きだぜ…」

 一泊した寒村を出た先、氷に閉ざされたシャンバルへと続く道を歩きながらそう呟く。それと同時に、あの美しくも恐ろしい雇用主の姿が脳裏を過り、ブルっと背筋が震える。

 初めての出会いはウックル、あの戦争で傭兵としてドドル王国側で参加していた時だった。


 楽な仕事、そういう触れ込みで参加した筈だった。未成年でありながら、魔力だけでなく、特異体質まで持つ俺は、既に傭兵として数件の仕事をこなしていた為、慣れからか、少し仕事に対する緊張感が薄れていた。

 だから、反応が遅くなってしまっていた。

 声が出ない。普段なら逃げる為に、無意識に動き出す脚が全く動かないどころか、圧倒的な力の前に恐怖と絶望で膝が折れ、ペタンと地面に尻が付く。目の前が光に包まれ、その光が消えると、周囲には先程まで意気揚々と略奪の算段を立てていた連中が倒れている。そいつらだけじゃない、ドドル王国の兵士たちも同様だ。

「頼む!殺さないでくれ!」

「無用な殺生はせぬ。しかし、よく我が後ろにいると分かったな。」

 強烈な光を放つ女が、俺の後ろ襟を掴み持ち上げる。

「何故だ?」

 好奇心の宿る瞳が問いかけてくる。無邪気な、子どもの様な純粋な瞳。その赤い瞳に底知れない恐怖を感じる。こいつはヤバい。溢れんばかりの好奇心と純粋さは正しく子ども。故に興味が無くなれば、殺される。そう、飽きた玩具の様に…

「見えるから…です。」

 いつもの様な話し方から咄嗟に敬語に切り替える。

「見える…よく分からぬな。詳しく聞きたいがここは戦場、故にそう長話も出来ぬ。」

 手短に説明しろ、そういう言葉が続くと思っていた。

「よし、後で詳しく聞かせてもらうとしよう。」

 女はそう言うと、俺の体を何かに突っ込んだ。

「うわっ!なんだこれ!」

 突然のことでパニックになる俺に、

「我の作った空間だ。安全だし食糧も水もある。暫くそこで大人しくしていろ。」

 空間魔法なのかこれ…なんか普通に豪華な部屋みたいだ…いや、空間を固定せずにこれだけのものと面積を維持してるって…ああ、こいつは人間じゃないんだな。どうりでであんな恐ろしいものが見えるわけだ。


 それから、割と快適なその空間で過ごしていたが、いつになっても出してもらえない。食糧も水も、徐々に残りが少なくなってきている。

 俺は、このままここでじわじわと餓死させられるのか?そんな恐怖からなんとか空間をこじ開けようと試行錯誤するが直ぐに魔力が切れる。

 このまま死ぬのか、そう思った時、天が割れる様に、空間が開いた。

 中を覗き込んだ女と目が合う。

「あ…すまん、忘れておった。」

 

「ここは…」

「我の屋敷だ。」

 俺を閉じ込めていた女と、俺を囲む様に立つ二人の女。一人は侍女の格好、もう一人は高そうなドレスに身を包んだ死人の様な女。

「ローディ、この赤いのは何かしら?」

 死人の様な女が俺を見てそう言う。赤いってのは俺の髪のことを言っているのだろう。

「面白そうだった故、拾っておいたのだ。」

「拾ってきたって…」 

 犬猫の様に言うなよ…

「一応聞いておくけど、何処で拾ったのかしら?」

 溜息混じりに死人女がそう言う。

「ウックルの戦場だ。確かドドル王国軍の端にいたな。」

「そう、二ヶ月近くほったらかしにしてたのね。呆れてそれ以上言葉が出ないわ。」

 二ヶ月…完全に忘れられてたのか…

「まあいいわ、そこの赤いの、名前と出身、その他にもいろいろと話して貰うわよ。」

 気付かぬうちに首に巻かれた糸、魔力が流れており、死人女が少し力を入れたら、胴と頭が今生の別れを迎えることになるだろう。

「そうだな、取り敢えず風呂にでも行くか。」

「はい?」

 

 あれよあれよという間に、侍女たちに服を脱がされ、一糸まとわぬ姿となる。

「な、何しやがる!」

 それこそ色んな事をやって来た。生きるために身体を差し出すこともあった。しかし、何人もの前で裸体を晒すという羞恥心はそれとは別だった。

「風呂に入ると言ったではないか。」

 裸体を隠すことなく、堂々と腕を組んだ奴がそう言う。

「その刺青、スビス国の傭兵団のものね。」

 死人女が俺の右肩に刻まれた刺青を見てそう言う。

「悪いかよ。」

 身を隠す物は全て剥ぎ取られた為、腕で身体を隠す様に抱く。

「別にそれは悪くないわよ。気に入らないのはそっち。」

 そう言って死人女が俺の胸を指でゆっくりと刺す。

「ひゃあっ!」

 死人女の冷たい指の温度が胸に伝わり、らしくない声を上げてしまう。

「男みたいな品の無い話し方のくせに、体だけはいっぱしに女なのね。ローディと一緒で女を捨てた方が大きくなるのかしら?」

 心底憎たらしい、そういう目で俺を見てくる。

「おい待て!我は女を捨ててなどおらぬぞ!」

 俺だって女であることを忘れてはいないし、捨ててなどいない。時にはそれを武器にしてきた。話し方は、生まれてこの方、周りにいた連中がそう言う喋り方だったからそうなっただけだ。

「単騎でドドル王国軍に特攻仕掛けるどころか、王城まで攻め込むのは、淑女がすることではないわ。」

 …こいつ何やってんの。絶対にこいつにだけは逆らわない。そう誓った。


「それで、赤いの、話してもらうわよ。」

 豪勢な湯船に浸かりながら、死人女がそう言ってくる。

「赤いのじゃねぇ。ジークリンデだ。ジークリンデ・エーベルヴァイン、多分十五歳。おめぇの言ってた通り、スビス傭兵だ。まあ、故郷くにではもう死んだことになってんじゃねぇか?まあ、どうでもいいけどよ。」

 なんせ、戦場から跡形もなく消え、二ヶ月近く音沙汰無いのだ。戦死したと誰もが疑わないだろう。

「年下だったのね。未成年のくせに傭兵として前線に行ける辺り、ある程度使えるってことなのかしら?」

 死人女の言葉を遮る様に、

「なんだ?故郷に帰りたいとは思わないのか。」

 アプロディタ(あの後自己紹介された)から質問される。

「俺は孤児で、別に故郷に愛着もぇ…無いですし、愛国心とかもないので…ただ、生きていく為に傭兵になっただけでして…」

 少しでも彼女の機嫌を損ねたら、俺は死ぬのだろう。慣れない敬語で上手く舌が回らない。

「ふむ、そういうものなのか…ああ、別に堅苦しい話し方は必要ない。言葉遣い如きで目くじらは立てんさ。話しやすい話し方で構わん。」

 何か考え込む様に呟いた後、そう言って私の肩に触れる。そう言われても、あのおっかないのが見えている以上、はいそうですか、と無礼な振る舞いは出来ない。しかし、言われたことに従わないのもの危険を感じる。


「そうですかい、そんじゃあ、片っ苦しい言葉は使わねぇぜ。それでいいんだよな、姐御。」

 あくまで敬意は持ってますよ、とアピールする。

「ああ、構わんよ。それでは本題だ。…ジークリンデ、お前には何が見えている?」

 真相を探ろうとする好奇心の宿った瞳、その回答を楽しみに待ち焦がれる様に、少し上がった口角。

「こいつのせいさ、姐御。」

 伸ばしっぱなしの赤髪、後ろは膝の辺りまで伸びている。前髪は右側だけ後ろに流し、左側は顔を隠す様に垂らしていた。それを掻き上げる。

 右の青い瞳とは違い、色素の薄い金色の瞳を晒す。

「こいつは生まれつきだが、魔力が見える。俺の特異体質はそれだけさ。」

 そう、それだけだ。だが、それのお陰で生き延びてきた。彼我の戦力差が見えることで戦いを避け、勝てる相手にだけ挑んできた。

「魔力が見える…内包された魔力ということか?」

 初めて出会った時から絶えず、神々しい光を放っている姐御がそう言う。あんたの場合、魔力が収まり切れずに外に飛び出てるけどな。

「まあ、そういうこと。だから俺はあんたらには逆らわねぇ。少なくとも俺じゃああんたらには勝てねぇからな。」

 姐御は勿論のこと、死人女でさえ俺よりも遥かに魔力量が多い。勝てない勝負はしない、それが俺の信条だ。

「思ったよりも賢いわね。」

 死人女がボソっと呟く。その呟きを無視し、

「姐御の魔力は異常だ。だからあの時見つけられた。それで満足か?」

 浴槽の淵に両肘を置き、そう言う。

「いや、足りぬ。ジークリンデ…お前は我の中に何を見た…今何が見えている…」

 一瞬で目の前に姐御の顔が現れる。両肩を掴まれ、馬乗りに近い姿勢となる。

 死の恐怖が身体を支配し、吐き気を催す。


 姐御の魔力、その異常なまでに膨大で途方もないそれの中に居るそれと目が合った気がした。

「姐御…姐御の中には何かがいる。それが何かは分からねぇ…でも、とんでもなくおっかないものだと思う。目が合っただけで死にそうになる。」

 湯船の温もりのせいではない、体の芯からくる恐怖心からドッと汗が噴き出る。

「目が合う?…そうか、そうか!そこにおったのだな!」

 突然目を見開き、そう叫んだ姐御、それから憑りつかれた様に高笑いし、俺たちを置いて浴場を出ていった。

 俺はそれで察した、やはりあれはこの世で一等恐ろしいものだ。それを宿した姐御は、それ以上に恐ろしい存在なのだと、身体にその恐怖心が植え付けられた。



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 大人というものは不思議だ。あれ程殺気を出して衝突していたヤニーナ様とクレメンチーナさんは、翌日の朝には、何事もなかったかのように振る舞っている。

 何があったのかとか、どうやって和解したのかとか、聞きたいことはいっぱいあるが、聞いたらいけない感じがして、私も何もなかったかのように振る舞うことにしていた。


 そんなこんなで、何事もなかったかのように過ごし、ここへと来て、もうひと月が経とうとしていた。私は日々ヤニーナ様の授業と、アプロディタ様に課された無理難題に取り組んでいる。全く実りのないアプロディタ様の課題とは違い、ヤニーナ様の授業は、様々なことを教えてくれる。神話や歴史、数学に言語、魔法学、全てが恐ろしい程の情報量で整理が追い付かない程だ。しかも、ヤニーナ様はその全てを何も見ずに説明する。あの小柄な(人のことは言えない)体の小さな頭に、いったいどれだけの知識が詰め込まれているのだろう…

 そんな中で一週間程前の授業を思い出す。歴史の授業、数々の戦場で登場する傭兵に対する解説があった。

 傭兵、そんな職業に対するイメージは、おとぎ話や英雄譚に出てくる荒くれ者の集団。そんな感じだった。

 しかし、ヤニーナ様から教わった傭兵の実態は、思っていたものとは少し違い、荒くれ者だが、その長や幹部となれば、一流の商売人であり、領主の様な仕事もしていたということだった。


 傭兵は戦争の匂いを嗅ぎつけてやって来る。勿論、本当に匂いにつられてやって来るわけではない。

 戦争が起こりそうな情勢や内情を独自の情報網で調べ、戦争を始めようとする地域や国家へと現れ、契約を勝ち取る。傭兵団は優れた情報網と交渉術を有していたということだ。

 そして人の集め方、ここにもその情報網が生かされている。その年に不作だった地域へと赴き傭兵の募集を掛ける。そうすることで生活の為に足元を見られることもなく人を雇用出来る。そうやって雇われた者たちには基本的に前金で給金が支払われる。

 しかし、ここからが傭兵団が商売人や領主の様な仕事をしていたという面だ。

 募集に応じた者たちは前金として結構な額を手にする訳だが、その前金を使って装備品を買わされる。一式揃った頃には前金は半分程になっている。

 そうして戦場まで皆でぞろぞろと歩いていくことになるのだが、傭兵団は停泊地に娼館や出店を必ず置き、傭兵たちがお金を落とす様にするのだ。そうして、戦場に着いた頃には前金は尽きている。そうなれば傭兵たちは功を立てるか略奪するしか道はない為必死に戦う。

 そうして傭兵団長は一切財布を傷めずに雇用主から莫大な契約金を得る。

 凄いシステムだと思う。完全に弱者から搾取する構造だ。勿論、優秀であればのし上がる者もいた。しかし、そんなのは一握りのうちのひとつまみ程度で、殆どが搾取される弱者で終わる。

「それじゃあ、傭兵団長ってお金持ちだったんですね。」

 そんな私の感想にヤニーナ様は、

「そうね、莫大な富と戦力を得た傭兵団は、国家にとって脅威でしか無くなったわ。だから、各地で常備軍化が進み、傭兵は用済みとなっていったわ。勿論、その過程で醜い争いは数多くあったけどね。」

 現在残っている傭兵の殆どが、用心棒や護衛、私兵としての仕事ばかりだという。

「スビス国は別ね。あそこは傭兵が国家産業で、今だに各地に傭兵を送り込んでるわよ。」

 スビス国、帝国領に囲まれた山岳ばかりの小さな独立国だ。農地が少なく、家畜の生育でさえ場所が足りない程険しい山々ばかりの国土、資源もない。なら人を資源として売り込む。それがスビス国が生き残る唯一の手段だった。

 そうして国家を上げた傭兵産業は、一時絶大な富をもたらした。それ以外に生きる道がないスビス国の人々は強かった。スビス国の傭兵を雇った方が勝つ。そんな風に言われた時期があった程だ。

 勿論、それも時代とともに廃れてきたが、スビス傭兵というブランドは今だに健在で、各国の王や有力貴族の護衛として雇われているという。


 では、何故私がそんなことを思い出していたのかというと…

いふぁい痛いいふぁい痛い!」

「うるせぇ!その目が気に入らねぇ!なんでよりにもよって姐御と似たような目をしてやがるんだ!」

 何故か左目を前髪で隠した真っ赤な髪をした荒っぽい女の人にほっぺを引っ張られ、怒鳴られているからだ。ついさっきアプロディタ様に紹介されたジークリンデ・エーベルヴァインさん。アプロディタ様やヤニーナ様よりも一つ年下の十九歳で職業は傭兵だという。しかも、あの名高いスビス傭兵というのだ。

「そのくせ見て見りゃ、全く似てねぇ魔力じゃねぇか!ビビッて損した!クソ雑魚のくせに俺をビビらせやがって!有り金全部よこせ!」

 なんと理不尽で横暴なんだろう。忠義高く、誇り高いスビス傭兵とは真逆だ。

もっふぇなひでふ持ってないです!」

 涙目になってそう答える。というより、いい加減手を放して欲しい。

「大層なおべべ着て、持ってねぇわけねえだろ!なんなら素っ裸に剥いて、そのドレス共々娼館に売り飛ばしてやろうか!」

 ようやくほっぺから手を放してくれたと思ったら、ひん剥かれそうになる。

「ギャー!!何するんですか!これは借り物ですから!辞めて破れたら弁償出来ないんですよ!」

 アプロディタ様のお古として貸して貰っている大層なドレスの価値は想像するだけで頭が痛くなる様な値段だ。もし破いたりして弁償となったら途方もない借金が更に途方もないことになってしまう。

 必死で守る私に赤いぼさぼさと伸びた髪が更に乱れるのも気にせずに、ドレスを脱がせようとしてくるジークリンデさん。まさか、お屋敷の中で追剥ぎに遭うとは…


「騒々しいぞお前たち。」

 呆れた様子でアプロディタ様が現れる。その女性にしては少し低くも凛々しい声が聞こえた瞬間、ジークリンデさんの手が私のドレスから放される。

「アプロディタ様!」

 解放された私は、救世主に助けを求め駆け寄ろうとした。

「む~!!」

 が、そうは行かなかった。素早く私を拘束し、口を塞ぐジークリンデさん。

「あ、姐御、騒がしくしてすみません。その…少し遊んでたもんでして…」

 引き攣った笑みを浮かべながら、冷や汗を流しているジークリンデさんは、バタバタと藻掻く私に殺意の籠った目を向けてくる。何が言いたいのかなんとなく分かる。余計なことをすれば殺す、そういうことだろう。

「そうか、そうか。早速仲良くなったか。うむ、仲良きことは良いことだ。しかし、小娘、ジークリンデも仕事があるのだから、あまり甘えすぎるでないぞ。」

 はっはっはっ、と嬉しそうに笑うアプロディタ様。あんたの目は節穴ですか?そんなアプロディタ様にペコペコと頭を下げるジークリンデさん。さっきまでの威勢のよさは何処へ行ったのだろう…

 アプロディタ様がくるりと向きを変え、自室へと向かおうと歩みを始めた。それと同時に、ジークリンデさんが安堵の溜息を漏らす。

「姐御のクソ野郎、心臓に悪いタイミングで現れやがって…」

 アプロディタ様に聞こえない様に小さく悪態吐くジークリンデさん。なんだろう、この人思った以上に小物臭い。

「ああ、そうだ。」

 そんなタイミングでアプロディタ様が足を止め、こちらを振り向く。

「な、ななな、なんでございましょうか!姐御!」

 聞かれたと思ったのか、尋常じゃないテンパ方でジークリンデさんが答える。

「小娘、ジークリンデに課題を見せてみろ。こいつの目なら糸口が見えるだろう。」

 ニィ、と悪戯っぽく笑い、はっはっはっとまた笑いながら元の方向へと歩いて行く。

 そんな背中が部屋に入って行くのを呆然と見送った。


「ああ!クソッ!!ムカつくぜ!姐御のせいで寿命が大分縮んじまった!」

 ドンと壁を殴るジークリンデさん。

「アプロディタ様ってジークリンデさんの雇用主じゃないんですか?」

 そんなに嫌いなら契約を更新しなければいいのに。

「うるせぇぞクソガキ!そもそもおめぇのせいだ!」

 理不尽再び。

「そ、そんな!さっきの絶対ジークリンデさんが悪いですよ!」

 そんな私の正論に、

「うるせぇ!雑魚は強い奴に従ってりゃいいんだよ!」

「さ、騒いだらまたアプロディタ様が来ますよ。」

 再び私のドレスに手が伸びそうだったので、そうビビりながら脅してみる。

「くっ…クソガキ!てめぇいつか売り飛ばしてやるからな。」

 彼女は、アプロディタ様の部屋を気にしながら、手を引っ込める。…うん、やっぱり小物臭いなぁ。私もだけど。ジークリンデさんが不機嫌そうに頭を一度振ると、伸ばしっぱなしの髪がまるで剣を一薙したようにブワッと横に一閃する。

 その時、長く垂らした真っ赤な髪で隠れている左目がチラリと見えた。不思議な金色の輝きは怒りではなく、不思議と悲しみが宿っているように感じた。



 


 

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