最終話 

「航、それはこっちに持ってきてくれ。あと、本棚を運ぶのを手伝ってほしい」

「ちょっと待って、一回休憩させて……」

「情けないぞ。あかねが飲み物を買いに行ってくれているうちにここだけでも終わらせねば」


 忍の体力は無尽蔵だ。どれだけ動いても眉一つ動かない。


 一方俺は男手ということもあり重い荷物を積極的に運んでいたのがあだとなり、昼前には体力が枯渇していた。


「そういえば桜はどうした?最近忙しいのか」

「うん、バイトバイトで。そんなにお金貯めてどうするんだろうって感じだけど」

「まさか。その金で航を買収するつもりか?させぬ!」

「バイトのお金くらいで買収されないって……」

「じゃあいくらならされるのだ?ん?」

「さ、されないよ、いくら積まれたって……」

「そうか。うん、私は嬉しいぞ!」


 とか言ってキスされる。

 忍はすっかり甘えんぼではあるが、嫉妬深いところは相変わらずだ。


「二人とも、飲み物買ってきたよ」

「あ、ありがとうございますあかね先輩」

「じゃあお礼に私にもキスしてくれるかなぁ早瀬くん」

「え、え、えと」

「こらあかね!私のものをとるな!」

「なによー、忍ちゃんとは生涯争う約束でしょ?だったら男だって奪い合い、じゃないかしら」

「ぐぬぬっ」


 とまぁこっちはこっちでこんな感じだ。

 あかね先輩はあかね先輩で俺にちょっかいをかけてくるようになったがどこまで本気かは定かでない。


 ちなみに親との確執は完全に解消されたわけではないそうだが、大学は親のコネを使わずに二人とも同じところを受験するそうだ。


 俺もそれに続くように、受験勉強を今から頑張っているわけだが二人の学力にどこまで近づけるかと言えば不安しかない。


「やれやれ。一回休憩だな。もう住める程度にはなった」

「しかしこんな近くに住まなくても。半年先には卒業なんだし」

「だからだ。今のうちにイチャイチャしつくしておかねばな」

「……」


 忍は、高校から帰ってまず俺が忍の部屋に行き、夕食を食べてから一緒に風呂に入って一緒に寝て、時々必要な荷物を取りに行く時にのみ実家に帰ればよいという、ただの同棲プランを掲げていた。


 もちろんそれは却下したかったが、なにせ家が近いからそういうわけにもいかなそうだ。


 残り半年の彼女との高校生活は半同棲という形で過ごすことになりそうだ。


 引っ越し作業が終わり、やがて解散となった後すぐそばにある家まで着替えに帰ろうとしていると桜が久しぶりに目の前に姿を現した。


「やほ、お兄ちゃん」

「桜!今日は休みか?」

「うん、もうアルバイトはお終い。いっぱい稼いだから」

「そっか。ちょうど忍の引っ越しも終わったよ」

「……ちょっといい?」


 桜は俺を呼ぶと、そのままいつぞやの公園にまで行こうと言い出した。


 忍には「桜が話があるそうだ」とメールしたがもちろん聞いてもらえず一緒に来るというので仕方なく彼女も呼ぶことに。


 そして三人で公園に行くと、唐突に桜から話を切り出す。


「私ね、海外に行くの」

「海外?旅行でもするのか?」

「じゃなくて留学。もうこれでお別れだから会いにきたんだ」

「お別れ……って急すぎるだろ?いつだ」

「明日。朝一だから今日空港の近くに泊まる感じかな」

「明日……」


 あまりに突然訪れた幼馴染との別れに俺は言葉を失う。


 そんな俺に「もう行くね」と告げて桜は帰ろうとする。


「お兄ちゃん、忍さん、お幸せに」

「桜……」

「絶対いい女になるから。でも、忍さんと別れた保険は御免だしもうお兄ちゃんとは付き合ってあげないけどね」

「はは、そうだな」


 桜は、気丈に笑いながら最後に忍のところに行く。


「忍さん。頑張ってください。お兄ちゃんに飽きられないように」

「ああ。達者でな。いつでも戻って来い」

「二人が別れたらお祝いしに帰国しますよ」

「それなら一生海外生活だな」

「そうなることを祈ってます」

「……ありがとう」


 桜と忍は、固く握手をしてその後桜が去る。


 翌日の見送りは断られ、その日を最後に桜とは会うことがなかった。


 ◇


「航。文化祭は明日だぞ。客の受け入れ態勢はどうなっている」

「ええと。もう少し待ってくれ。まだ売店の最終チェックが」

「遅い奴だな。あかねの方は全て終わったようだぞ」


 今は十月。明日からは文化祭だ。

 俺たちは生徒会としてその裏方仕事に奮闘している。


 桜が急に海外にいってしまったことで、学校は意気消沈。桜のファンは後追いで海外にその姿を探しにいったとかなんとか。


 あかね先輩は相変わらずと言った感じで親の権力をかさに暗躍してはいるが、それはむしろ学校の治安維持のために使われている様子。

 忍の失墜した件についてはいつの間にか皆の話題から消えていたが、それがこの人の仕業だったかは定かではない。


 そして。


「航。少し休もうか」

「そうだな」

「明日は我々もオフだ。どうだ、文化祭デートでもしないか」

「そうしようか」

「ここの売店が気になるんだ。あと、午後の体育館の出し物だがな」


 楽しそうに話すのは俺の彼女。


 面倒だけど年上でも子供来たいな人だ。


「それでだ。今日、うちの親がこっちに来るのだが航を紹介したい」

「え、急だなぁ」

「ダメ、か?」

「……いいよ」

「じゃあ今日は赤飯か」

「それは恥ずかしいからやめよう……」


 ちょっと抜けてるけど。


「航、電話が鳴ってるぞ」

「うん……桜?」


 桜から電話。あの日以来初めてだ。


「もしもし」

「おにいちゃん!明日は文化祭でしょ?私も今日の夜日本につくから頑張ってね」

「え、そういうことは早く言えよ。今日は実家に戻るのか?」

「そだねー。夜、会う?」

「ああ、わかった」


 桜が戻ってくる。

 とはいっても数カ月ぶりではあるが嬉しいことだ。

 今日はいっぱい話を


「桜と会うのか?夜に」

「え、まぁちょっとだけ、ダメかな」

「ダメだ。私が優先だ」

「えー、久しぶりなのに」

「私が同伴するならいい。あと一時間だけ。それに終わったら今日はうちに泊まるのだ」

「……はいはい」


 嫉妬深いというか無茶苦茶というか。 

 でもまぁ


「航。桜にラブラブなところを見せつけてやる」

「桜も変わってないかなぁ」

「桜桜というなー、私をもっと大事にしろー!」

「わかってるよ。忍が一番だって」

「ふむ。なら、いい」


 最後は猫のように大人しく俺の肩にもたれる忍。


 大分面倒な人だけどこういうのが好きなのかな俺って。

 うん、好きなんだろうな。


「さて、明日に備えてもう一仕事するか」

「ああ。夜はもう一仕事だな」

「恥ずかしいから言うなって……」


 とまぁこんな感じ。


 でも、まだ学校生活は続くし彼女たちの卒業までは騒がしい日常が続きそうだ。


 ともあれ明日は文化祭。

 

 最高の形で迎えられるようにもうひと仕事、やりますか。




 おしまい

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ヤンデレな先輩とツンデレ幼なじみが俺を狙って離さない 明石龍之介 @daikibarbara1988

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