第38話 二人だけの話

「来ないなぁ、あかね先輩」

「まだ日が変わるまで二時間はある。問題ない」

「ふぁー、私眠たくなってきた……」


 桜があくびをして、俺も少し気が抜けた。

 そもそも学校の硬い椅子に何時間も座っているだけで身体はクタクタだ。


「桜、先に寝ていいぞ」

「忍先輩……うん、わかりました」


 桜は俺のために用意された布団で横になるとすぐに寝息を立てながら眠ってしまった。


「さて、邪魔者もいなくなったし」

「いやいやあかね先輩待つんだろ?今は大人しくしてないと」

「……落ち着かないのだ。信じているがそれでもな」

「……大丈夫だよ」


 眠る桜を挟んで座り、二人でじっとあかね先輩を待った。


 しかし時間を過ぎてもくることはない。

 もう夜中の一時過ぎとなったところで、忍を見るとうたた寝している。


「……このまま寝させてあげた方がいいかな」


 と忍に布団をかけてから俺も寝た。

 あかね先輩はこの日、忍の元に戻ってくることはなかった。



 ◇


「おはよう、航」

「ああ、おはよう。桜は?」

「帰ったぞ。あかねが来てくれたからな」

「ああ、そうな……え?」


 よく見ると、桜の姿はなく給湯室でせっせとお湯を沸かすあかね先輩の姿が代わりにあった。


「あ、おはよう早瀬君。グーグー寝てたね」

「……いつ来たんですか?」

「ふん、全員で待つなんて変なことするから寝静まった頃に忍ちゃんだけ起こして話したわよ」

「はぁ……」


 なぜ。という疑問への答えはすぐに出た。

 あかね先輩の目が腫れている。それに忍も。


 つまり、そういうことだ。

 二人だけで散々話して夜中中泣いたのだろう。


 だからあまり深く追及はしなかった。

 でも、本当によかった。


「でもこんなところで寝たから体が痛いなぁ。二人は大丈夫なの?」

「ああ、私は鍛えてあるからな。あかねも問題はない」


 二人でせっせと朝のティータイムの為の準備をしている姿は微笑ましい。

 あかね先輩も何があったかは知らないが清々しい様子だし、桜に色々言われたことで吹っ切れたのかな。


「あかね先輩、よかったら手伝いますよ」

「え、早瀬君は座ってて。私があなたの身の回りの世話は全部やるから」

「……!?」


 これはどういうことだ。

 あかね先輩が従順な奴隷のようになって俺にせっせとお茶を淹れている。


「忍、これは……」

「ふむ。実は昨日話し合ってこうなってしまったのだ」


 と困った様子で話す忍の説明を聞いて納得はしないが理解はした。


 これほどまでに忍が拘り、自分よりも大事だと選択した男がどれほどのものかというのをあかね先輩自身の目で確かめる、という話が飛躍しこじれていき、最終的にはなぜか早瀬航という人間がすんごい魅力的なやつなんじゃないかという意味不明な結論にたどり着いてしまったようだ。


 だから


「早瀬君。忍ちゃんより私の方がいいと思ったらすぐにでも言ってね。あ、あの子頑固だから浮気とかうるさいけど私はそういうの全然気にしないから」


 などと完全にキャラ崩壊したことを言ってくる。


「……遠慮します」


 としか言えない。

 だって忍がいるのだから。


 それを聞いて今度はあかね先輩が笑う。


「あはは、嘘嘘冗談よ。あなたにちょっと興味が出たのは本当だけど、これからは仲良くしましょうね」

「そんなところだと思いましたよ。ふぅ、こちらこそよろしくお願いします」


 と言ってあかね先輩と握手を交わす。


 そんな光景を満足そうに忍が見ていたところで、俺にしか聞こえない声であかね先輩が一言。


「私ならいつでも抱かせてあげるからね」


 といってニヤリ。

 俺はさすがに赤面してしまった。


 この後忍から、「あかねと何を話していたのだ」と散々詰められて困りはしたが、まぁそれでも一応の関係修復は果たせたようだ。


 ◇


 二人の関係性については二人だけの秘密だそうで、俺にすらあの日の詳細を語ってはくれない。

 ただし、今度はライバルとしてお互いを潰しに行くつもりで頑張る、という会話が聞こえてきたのでそういうところに落ち着いたのだろう。


 桜はアルバイトを始めてから何かの目的のためにせっせとお金を貯めている。

 忙しいこともあり毎日会うことはできないが、たまにバイトがない日はうちに転がり込んで勝手に飯を食べている。


 忍は引っ越しをするためにあれこれ片づけをしていたが、肝心の次の家が見つかっていない。

 同棲しないか、という誘いを受けたが何度か桜の妨害を受けて諦めることに。


 しかし、この夏から彼女の一人暮らしが決まった。

 俺の家の真裏のアパート、というのだから恐れ入る。


 ただ、ここは場所もよくて家賃も安いのでいつも満室だったと思うのだけど、果たして誰かの力が働いたのかは知らない。


 というわけで今、俺は彼女の引っ越しを手伝いに来ている。

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