第35話 桜とあかねの闘論

 桜と忍の共同戦線。

 などという事態をいつ想像できたことか。


 まぁ、それでもこの二人が手を組めば心強い。


 それぞれ学年一の秀才と名高い二人が組めば、きっとあかね先輩にだって。


「おい桜、私の航から離れろ!」

「私のお兄ちゃん、だからいいの!忍さんこそたまには自由にさせてあげないと逃げられるわよ」

「航は私が好きなのだ!妹などに興味はない、というかお前はそもそも妹ではない!」

「妹だしー。なんなら養子に入ってやる!義妹との禁断の……って展開で攻めてやる」

「このチビ助めが」

「なによぺったんこのくせに」

「燃やしてやる」

「やってみなさいよメンヘラ」

「おーい、やめろー!」


 顔を合わせたらすぐこれである。


 昼休み、三人で作戦会議と行きたいのだがどうも話がまとまらない。

 ちなみにあかね先輩は今日学校では姿を見ていないそうだ。


 だが忍曰く「授業に来ないだけで学校のどこかにはいる」そう。

 いや、この学校何でもありだなほんとに……


「とにかく、桜が放課後あかね先輩と話をした後で忍が気持ちを伝える、ということでいいんだな?」

「そういうことよお兄ちゃん。私はあかね先輩をボコボコにしてやるから、弱ったところで忍さんが登場ってわけ。ま、そうでもしないとこの人、あかね先輩にやられちゃいそうだしー」

「ふん、そんな大層な口をきいておいて桜の方こそ半べそかいて帰ってくるのではないか?言っておくがあかねは口も悪いし気も強いからな」


 まだ二人が仲良く手を繋いで、なんてことにはなりそうもない。

 しかし今はあかね先輩の問題を解決することで同じ方向を向いている。

 

 しかし本当にうまく行くのだろうか?


 そんな不安を残したまま放課後になる。

 俺は忍と合流して、桜からの連絡を待つ。


 彼女は話がまとまったらラインで報告すると言っていたので、俺と忍は大人しく生徒会室で待つこととなった。


「航、こうして二人でこの部屋にいると落ち着くものだな」

「うん、そうだな。まさか初めて呼ばれた時はこうなるなんて……ってなんで脱いでるんだよ!?」

「ん?恋仲の男女が誰もいない部屋で二人きりならすることは一つではないか」

「いやいや、いっぱいあるから!それに桜から連絡来たらどうするんだよ」


 全然落ち着かなかった。

 上着を脱いでシャツのボタンに手をかけていた忍を止めて、一旦落ち着こうとお茶を淹れた。


「はぁ。忍、あかね先輩と桜は本当に戦えるのかな?」

「うむ、桜はあれでいて頭がいい。あかねも相当なものだがしかし案外相性というもので桜が勝つかもしれんぞ」

「相性、ねぇ」


 桜が心配になりながらも、俺はまず自分の貞操の心配をしながら部屋で距離をとりつつ忍と話を続けていた。



「あら、呼び出した割には遅かった……桜ちゃん?ああ、そういうこと」

「あかね先輩、今日は私から言いたいことがあります」


 桜とあかねが屋上で向かい合った。

 そよそよと吹く風の音で声が届きづらく、互いに少し歩み寄る。


「幼なじみを忍ちゃんに盗られた腹いせ?だったら筋違いよ。あれはあの二人が勝手に」

「それはもういいです。でもあなたのそのひん曲がった根性を叩きなおしに来ました」

「あら、随分ね。私、これでも先輩よ?口の利き方には気をつけなさい」

「あかね先輩、単刀直入に言いますけど……とんだチキンですね」

「……なんですって?」


 桜は顔をしかめるあかねを指さす。


「忍さんを隠れ蓑にして、努力することを放棄して、親を盾にして、ほんと何一つ自分ではできないとんだビビり女なんて私、怖くありませんから」

「私は持ってるものを最大限に有効活用するだけよ。持ってない人間のひがみなんて聞いても無駄ね」

「それ、いつまで続くと思ってます?」

「え?」


 指した指を逸らし、今度は腰に両手を当てて桜がふんぞり返る。


「先輩、親は先に死ぬし忍さんだって結婚したらあなたのことなんか見向きもしない。それに忍さんみたいな都合の良い女、そうそういるもんですか。あの人に捨てられたら、困るのはあなたよ。そんな先の事も見えないほど馬鹿なんですか?」

「ば、馬鹿ですって!?」

「ええ、大馬鹿です。だから素直になって忍さんと仲直りしてください。共依存とかなんとか知りませんけど、人に依存するなとまでは言いませんが自分の意思くらいは持ってください。周囲の期待が嫌なら嫌って、はっきり言えばいいんですよ」

「簡単に言うじゃない。でもね、それができれば」

「できます。あなたはしなかっただけです。怖いから」

「……知った風な口、聞いてくれるわね」


 あかねはじりっと桜に近づく。

 その時、桜はひるむことなく前に出て、やがて二人の距離が縮まる。


「先輩、本当は忍さんと仲良くしたいだけなんでしょ?でも恥ずかしいからそんな建前ばっかり並べる。違いますか?」

「違うわね。私は彼女を利用して親の過度な、そしてエスカレートした期待を彼女に背負わせてやっただけよ。自由を得るためにね」

「自由の為、なんていう割には随分窮屈な生き方してますけど」

「自由な未来のための必要な投資よ。でも忍ちゃんが言うこときかないならもういらない。それだけ」


 話は続く。

 しかし平行線をたどる二人の話し合いは終わることがなく、一時間ほどが経過した。


「なかなかわからずやですね、先輩」

「あなたこそ、なんでそこまで私と忍ちゃんのことに拘るの?意味がわからないわ」

「私は、お兄ちゃんが望むことをしてあげているだけです」

「あら、健気ね。でもそれって自殺行為なんじゃない?」

「知ってます。でも、私は現実とちゃんと向き合えるタイプですから。誰かさんと違って」

「……もういいわよ」


 あかねはそう言って桜から目を逸らした。


「もういいわ、疲れた。なんであんたみたいなガキと言い合いしないといけないのよ」

「それじゃ、私の勝ちってことでいいんですか?」

「好きにして。もう私の知ってる忍ちゃんはいないし、思惑もバレた以上付き合えっこないんだから。他を探すわ。もう帰っていいかしら」

「だ、そうですよ忍さん」

「え?」


 桜が呼ぶと、忍が屋上に上がってきた。


「あかね……」

「忍ちゃん……謀ったのね」

「訊いてくれあかね、私は」

「いいわよ訊くわよ。ちょっと二人で話をしましょう。桜ちゃん、ここからは大人の時間よ。ガキは帰りなさい」


 あかねが言うと、桜は黙って屋上を出る。


 そして、忍とあかねは向かい合う。


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