第33話 わがままな人

「……」

「なんだ、どうして何も喋らないのだ航」

「い、いや」


 恥ずかしいの一言、である。

 なぜかって?だって初めてできた彼女と一緒に帰っているからだ。


 今までは意識していなかったというか、それ以上に忍の変な部分が目立っていたせいもでぼやけていたが、よく見なくとも忍は美人なのだ。


 細く、しなやかな身を俺に寄せてくると、ふわっと心地よい香りが漂う。


「航、あかねのことなのだが」

「え、あ、うん」

「ちゃんと聞いているのか?」

「き、聞いてるって」


 さっきまで泣いていたくせに、切り替えが早いというかサバサバしているというか、なぜそんなに淡々と話を進められるんだ。


「航、あかねは私が完璧でなければ価値はないとそう言った」

「そんなことを……相変わらずひどいな」

「いや、しかし私はそうあるために彼女を利用していたのだ。だから、あかねには怒る権利がある」

「……利用って。その言い方、ちょっと引っかかるけどな」

「なぜだ?」


 忍がグッと俺に顔を寄せてくる。

 ち、近い……しかしまぁ俺の彼女、美人だなぁ。じゃなくて


「ええと、だってあかね先輩はあれだけ計算高い人だろ?それなのに忍にいいように使われたってのはちょっと違和感があるというか。本人なりにそうあることが都合よかったんじゃないか?」

「うむ……そう言われれば、そうだな。しかしわざわざ私の下に甘んじる理由とは、なんなのだ?」

「プレッシャーから解放されたい、とか色々あったのかなぁ。ほら、あかね先輩の親ってうちの理事長だし家柄も厳しそうだよね」

「……よく考えてみれば私はあかねの家に行ったことがないな」

「え、そうなの?」


 よくある話ではある。

 仲のいい親友の家に行ったことが実はないというのは驚くほどではないが、忍とあかね先輩の仲であればそれは少し違和感があった。


「忍はあかね先輩の両親とかあったこと、ないの?」

「理事長なら何度かあるぞ。しかし厳格な雰囲気漂う人でな、正直に言えば苦手だ。私のことは気に入ってくれていたからまだよかったが」

「……その辺も関係あるのかな」


 なんて色々考えてはみたものの、忍が近すぎてあまり考察が捗らない。


 いや、もう他のことが頭に入ってこない。

 ……忍と、本当に付き合ったんだよな。


 あの結城忍と、俺は彼氏彼女の関係にある。

 迫られていた時はうんざりだったのに、今はそう思うだけで心臓が破けそうだ。


「航、さっきからずっと難しい顔をしてどうした?」

「い、いや、それはだな」

「……やはり私といるのは嫌、か?」

「ち、違う違うそうじゃなくてだな……恥ずかしいんだよ」


 恥ずかしい、照れくさい。そんなことを彼女に言うこともまた恥ずかしい。


 そう話した途端、忍がポッと顔を赤くした。


「……ふむ、私に欲情しているというわけか」

「言い方最悪だな……」

「私はずっと航を見て興奮しているぞ」

「だから言い方」

「幸せすぎて死にそうだ」

「……」


 いざまじまじとそう言うことを言われるとやはり恥ずかしいものだった。

 そのあとはお互い照れてしまい、しばらく無言で忍の家まで歩いた。


「あがっていかないか、と言いたいところだが私はあかね対策のために一つやらなければならないことがある。だから今日はここでいい」


 てっきりこの後家にお邪魔するものだと思っていたから少し拍子抜けだったが、しかし付き合ったとはいえ解決しなければならない問題が残っているのはたしかだ。


 それは何も忍に限った話でもない。


「ああ、じゃあ今日はここで。忍、無理しないように」


 寂しさもあったが、ここであまりメソメソしていたら男としてどうなのかと考えてさっさと帰ろうとした。


 その時、忍が俺を呼び止める。


「航」

「ん?」

「す、好きだぞ……」

「……あ、ありがと」


 くるっと反転して忍はマンションに消えていった。

 それ、反則だよ……



 俺はどこか浮かれたまま家について、こっちはこっちでやるべきことをはじめる。


 まず、桜への報告だ。

 正直言って言う必要があるかどうか考えたが、桜とただ男女だからというだけで縁が切れるというのが俺は嫌だった。


 もちろんこれは俺のわがままで、桜にその気がないのなら俺はあいつと関わるのをやめる。

 しかし忍とのことを心配してくれていた彼女に一言、伝えるのはやはり俺の責任だと思う。


 そして向かいの家にいるであろう彼女に電話をかける。


「もしもし、桜か」

「お兄ちゃん、今日はうまくいったの?」

「……一応、忍と付き合った」

「……そっか」


 少し沈黙があった後、桜は一言小さくそう言った。

 そのあと、桜の方から話を始める。


「お兄ちゃん、よかったじゃん好きな人と付き合えて」

「ま、まぁ、な」

「私に気遣ってる?それならもういいわよ、お兄ちゃんにはよく考えたら忍さんみたいな変な人の方がお似合いだし」

「なんか棘がある言い方だな」


 桜は声だけだが明るい雰囲気で話をしてくれた。

 もちろんこれが本音だと鵜呑みにしてはいない。

 桜は自分の気持ちを押し殺して明るく振る舞ってくれているだけ、なのだ。


「桜……ありがとう」

「な、何がよ!?べ、別にお兄ちゃんのために我慢なんかしてないもんねーだ!まっ、せいぜいお幸せに、だよ」


 プチッと電話を切られたが、俺は胸のつっかえが一つとれてホッとした。

 本当に桜はいい幼なじみだ。

 いっそ本当の兄妹ならここまで悩まなかったのに、と思うのも俺のわがままである。


 電話が切れて一息つこうとしていると電話がくる。

 忍だ。


「も、もしもし」

「なぜメールを返さない?桜と電話していたのか?」

「い、いやそれはだな……っていうかやることあるんじゃないのか?」

「もう終わった。だから今からそっちに行こうと思って電話したのに出ないから不安になったのだ。桜だな?」

「ええと……いや、付き合った報告をだな」

「モヤモヤする、イライラする、ソワソワする。だから航の顔を見て落ち着きたい。もう着くから出迎えろ。じゃないと怒る」


 ブチっと電話が切られた。


 付き合う相手を間違えたか、なんて小言を吐くくらいは許してほしい。

 それくらいすごい圧力だった。


 しかし急いで玄関先に出た時、前に立つ女性の姿を見てそんな考え方を改める。


「航、お邪魔する」

「あ、うん」


 私服姿の彼女に思わず見蕩れた。

 やっぱり綺麗だ、なんて言うと本当に彼女を見た目だけで選んだように聞こえるので控えるが本当に綺麗なのだ。


 白いワンピースが細い彼女にはよく似合う。

 そしてお土産といって持ってきたケーキの箱を下げている姿はとても清楚。

 こんな人が彼女なのだと思うと、改めて恥ずかしくなる。


「桜と、話していたのは報告だけか?」

「う、うんもちろんだって」

「じゃあ私のことが好きなのだな」

「そ、そうだよ……っていうか早く入ってくれよ」

「……疲れた」

「は?」

「手を引いてくれないと動けない、もう歩けない」

「……わかったよ、ほら」


 たった数歩、玄関に入るまでの間だが忍の手を握った。

 こういう甘え方されると、俺はまた彼女のことを面倒くさくも面倒みたくなってしまう。


 ……ちょっと、浮かれてるな俺。

 



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