第32話 年上の彼女


 結局一時間以上、彼女の姿を探したが待ち合わせ場所には来なかった。


 さて、帰ろうか。

 さすがにくるつもりがあれば連絡くらいするだろう。


 まさか俺の方がフラれるなんて、意外だったなぁ。

 なんて言い方、まるで俺がモテモテみたいな言い方で気持ち悪いな。


 でも、あの頃に素直に忍と向き合っておけばよかったんだ。

 そうしなかったのは俺だから、やはり俺がフラれるで正しいんだな。


 校舎を出ようとした。

 しかしここから去ってしまうと全てが終わるような気がして少し躊躇してしまう。


 悪あがきをするつもりまではなかったが、何気なく自販機コーナーにあるベンチに腰掛けた。


 忍という女は勝手なやつだ。


 勝手に人を生徒会に引き摺り込んで、勝手に彼女になって勝手に勝負をして勝手に負けてどこかに行ってしまった。


 ほんと、勝手だよ。

 年上なのに、完璧なはずなのにどこか弱々しくて、アホみたいなところを覗かせる忍が、ずっと気になってしょうがなかった。


 ずっと、そんな忍といると楽しいと思っていた。

 メールは、ちょっと控えてほしいけど。でもあんなに送り続けてきたくせに今じゃ全くなんてあんまりだよな。


 あーあ、俺ってこんなに女々しかったんだ。

 恋愛なんてしたことなかったから、正直意外だ。


 それとも忍にあてられて、俺までメンヘラみたいになってしまったのかな。


 はぁ……今度こそ帰ろう。

 もう、明日から学校くるの嫌だな。


「航!」


 立ち上がった時、声がした。

 振り向くと……忍が息を切らして立っていた。


「しの、ぶ……?」

「よかった、まだいたのか」

「……あかね先輩のところに行ったのか?」

「ああ、行った。行って、言ってきた。航が好きだと」

「……」


 ああ、もうなんでこの人こんなに綺麗なんだよ。

 ていうか泣いてたらダメだろ、反則だよ。


 もう、ここで告白しないといけない雰囲気じゃんか。

 いい、けどさ。


「忍、俺」

「航、私は航が好きだ。好きだ好きだ好きだ。だからメールしたい、毎日迎えに行きたい、あんなこともこんなこともしたいしなんなら風呂も寝る時も一緒でずっと航を監視していたい。私はそうしないと壊れてしまいそうだ」

「……ちょっと、いや大分重いなそれ」

「そうだ、私は重いのだ。重いしそのくせ人に寄りかかっていないと自分の重みすら支えられないくらい軽い人間なのだ。だからこんな、こんな私でいいのか?」

「……最低なプレゼンだなそれ」


 ほんと、最低なプレゼン、だけど最高のプレゼントだよそれ。


「忍、俺は忍の事が好きだ。だから付き合ってほしい」

「……顔、か?」

「へ?」

「わ、私は顔はいいと自覚している。だから、やっぱり見た目で選んだ、のか?」

「……」


 めんどくさい人だな。

 素直に喜んでくれたらいいのに、なんでこんなにマイナス思考なんだ。

 自分で顔が良いとか言う自信家のくせに、こういうところだけほんと、臆病だな。


「私は胸も小さいぞ。それに経験もない、メンヘラ処女だ。そんな私がどうして」

「知らないって。まるで俺がおかしなやつみたいになるじゃんかそれだと」

「おかしい、航はおかしい。なぜ桜じゃなくて私、なんだ」

「……年上、好きなんだよきっと」

「そ、そんな曖昧な」

「で、忍は嫌なの?」


 言うと忍は後ろに手を組んで石を蹴った。

 まるで拗ねた子供の用に。


「い、嫌では……ないが……」

「じゃあ、いいの?」

「え、ええとだな……わ、私でよければ、その……付き合ってや、やらなくも、いや、是非、えと……」


 もう素直に答えてくれよ、何回も好き好き言ってたんだから。


「好き、だ。だから、付き合おう」

「そう落ち着くのね……うん、こちらこそよろしく頼むよ」


 そう答えた瞬間、忍の目に溜まっていた涙がツツッと落ちる。

 これは、うれし涙なんかじゃないと、すぐにわかった。


「わ、私は……あかねをずっと利用していた……というのに彼女を捨てて……自分のわがままを選んだ、のだ……」

「忍……落ち着いて」

「もう、二度と口をきかないと……言われてしまった。当然だ、私は、私は……」

「……」


 そんなに辛いのに、なんで俺なんか選ぶんだよと小突きたくなったが、震えている忍の細い身体を俺は自然と抱きしめていた。


「……二人でなんとかしよう。あの人も、きっとわかってくれるだろ」

「う、うん……私、もう一度あかねと笑ってお喋りが、したい……」


 問題は山積みのようだ。

 それでも俺は今日、本当の彼女ができた。


 結城忍、生徒会長で美人で万能で、でもメンヘラで怖がりで面倒くさいことばかりだけど気になって仕方がない先輩。


 今日はそんな彼女と、一緒に並んで正門を出る。

 

 

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